第68話 昆虫退治 (3)
「ふぅ‥」
死の覚悟から解放されて安堵し、腰を落とすアンゲーリカ。
仲間たちも安堵から崩れ落ちる。
「ミラ様、僕は何もできなかったので、せめて討伐した魔物の討伐証明のための部位を集めてきます」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ。血液に毒が含まれているから気をつけて。頼むな」
コボルトのエイドが討伐部位の毒針のついた尾の先端部分を切り落として回収していく。硬いので地面に尾を置いて、剣を叩きおろし、部位を切り落とすのだが、結構な労力なのだが、エイドは黙々と作業をこなしていく。
その間、枝を集め焚き火を作り、ミライが魔法で生み出した水を鍋にかけてお湯を作っていた。
それを布の上に置いた黒い粉に少しづつかけ、落ちた雫をコップに落とすと濃い茶色の液体が溜まった。
「これは何という飲み物なのだ?」
アンゲーリカが訊く。
「タンポポコーヒーだよ。タンポポの根を乾かし、焙煎したものだよ。少し苦くて癖があるが、飲みづらかったら砂糖を入れて飲むといい」
そう言って、ミライは手の平位の大きさの布を広げる。その中には薄茶色の顆粒状の物体が包まれていた。
「少し苦い。でも、癖になる味だな」
アンゲーリカがそう呟く。
「そうだろ?」
そう言って、ミライは全員分のコーヒーを用意する。あとは固いクッキーのような焼き菓子が用意された。
「甘い‥ミラちゃん、これ美味しいよ」
ミライの隣に座ったロジーナが焼き菓子を夢中でかじっている。
「このコーヒーとやらの苦さと焼き菓子の甘さが絶妙だね」
同じく、ミライの隣に座り、べったりとくっついているレナが同意する。
「レナ、もう少し離れてくれないか?」
「嫌ぁ、せめて隣にいさせてー!!」
余計くっついてくるレナに観念し、左腕を拘束されたままになる。
「聞いてもよろしいでしょうか? ミラ様は‥その、どなたに魔法を習われたのですか?」
「あぁ、なんというか‥はははは」
エレオノーラに愛想笑いで誤魔化すミライ。
「アタシのお師匠様のヌオレラ様も凄い魔導師だけど、ミラちゃんはお師匠様より凄いよ。あんな魔法見たことないもん」
ロジーナが同意する。
「ヌオレラって、王国の宮廷魔導師ヌオレラか?」
「そうだけど、ミラちゃん知ってるの?」
「ああ、そう言えば一度会ってるな。王国で三本の指に入る魔導師だろ?その弟子なんて凄いじゃないか」
「えへへ‥それほどでもないよ。ヌオレラ様の弟子って言っても20人くらいいるから。アタシはまだ下の方」
「エレオノーラは?」
「私のお師匠様はヴォーリッツ様です。魔導師ギルドの幹部をされていますわ」
聞くと、王国の魔導師ギルドに在籍する魔導師の数は約300人。
魔導師見習いまで入れると2000人ほどになるらしいが、魔法を使える魔導師の存在は貴重であった。
この中で3本の指に入ると言われているのが、ロジーナの師匠である宮廷魔導師のヌオレラと、魔導師ギルド長のリンデロード、もう一人は金板冒険者のグランヴィスト。
魔導師になるには、魔導師ギルドに加盟している魔導師に弟子入りして、修行して初級魔法を使えるようになり、魔導師ギルドの試験に合格する必要がある。
弟子入りする段階で体内の霊子の質と量、及び学力によって弾かれるのだが、才能があったからと言って、誰もが魔導師になれるわけではない。狭き門なのである。
魔導師は、全員魔導師ギルドに加盟してはいるのだが、その後の進路としては宮廷魔導師として国に仕えたり、ギルドに残ってスクロールや魔導具の作成、販売をしながら魔法の研究を行う者、冒険者として己の技術を高める者、辺境の地で村人と共存する者など、様々な生き方をしているとのことである。
「間違いなくミラちゃんは王国一の魔導師だよ」
「それでいて剣の腕も一流。ミラ様であれば、黒竜騎士団長のフリードリヒ将軍にも勝てるやもしれません」
「しかも美少女‥」
「それは関係ないでしょっ! しかし本当にあなたは一体何者なんでしょうか?」
四人に詰め寄られるが、笑ってごまかす。
「ミラ様、終わりました」
討伐証明の為の、魔物の部位回収作業を終えて、コボルトのエイドが戻ってきた。
「ご苦労様。すっかり任せてしまってすまなかったね」
「い、いえ、僕にはこれくらいしかできませんので」
恐縮しながら、エイドがうつむく。
「そういえば、前のパーティーでは色々と大変だったみたいだな」
「はい‥あの時は助けていただいてありがとうございました。前のパーティは銅板の駆け出しの冒険者のパーティに入れてもらったのですが、コボルトはその‥あまり戦闘には向いていないので、お荷物扱いされてしまって」
「まぁ、そうだな。しかし夜目が効いたり、鼻も聞くから敵感知能力が優れているし、器用だから練習すれば罠の解除スキルなんかも身につけて盗賊系の仕事をすることもできるんじゃないか?」
「はい、しかし、敵がいても力任せに向かって行くようなメンバーだったので」
「そっか、相性が悪かったわけだ。というか、そんなパーティは早死にするな、間違いなく。さっさと縁を切って正解だったと思うぞ」
「はい、でも次からは、慎重にパーティメンバーを選ぶことにします」
「そういうことなら、しばらくレナの下で盗賊としてのスキルを勉強させてもらったらどうだ?」
「ミラ様がそう言うのでしたらアタシは構いませんが‥何かご褒美はないのですか?」
「ご褒美?んー思いつかないが、またたまに一緒に依頼を受けると言うのではダメだろうか?」
「いえ、それでよろしいですわ。またミラ様と一緒に冒険できるのであれば、これに勝るご褒美はありません」
そう言って、レナがミライの左腕にぎゅっと捕まる。
「エイドもコーヒー飲むか?」
「ありがとうございます。これがコーヒー‥ですか?」
濃い茶色の液体を恐る恐る飲むが、すぐに苦そうに眉間にシワを寄せる。
「ははっ、大人の味だろ?砂糖を入れると飲みやすくなるよ」
「はい‥こちらの方が飲みやすいです」
砂糖を多めに入れて飲み、正直に感想を言うエイド。
「それは良かったよ。これも食べていいからな」
そう言って焼き菓子を出す。
「美味しい! あまり役に立っていない僕に、こんなにも良くしてもらえるなんて。ありがとうございます」
深々と頭をさげるエイド。
「そんなに卑下しなくてもいいさ。今きっちりお前も自分の仕事をしてきたんだから。胸を張って仲間だと思っていればいい」
そう言って、ミライは立ち上がり、上空を旋回していた久遠を腕に止まらせる。
「よしよし、お前もご苦労だったな」
と、一口大に切った獣の肉を数切れ食べさせる。
「クオー、クオー」
と嬉しそうに肉をついばむ久遠。
「さて、エイドがコーヒー飲み終わったら、帰ることにしようか」
そう言って振り向いた途端、1kmくらい先の離れた場所から、様々な鳥たちが一斉に飛び立ったのが見えたのである。
「久遠、すまんが、もう一度見てきてくれ」
眉をひそめ、久遠を飛ばせる。
(ミライよ、何やら良くないものが集まりだしたぞ)
久しぶりにイグニに呼びかけられる。
普段は何をしているのかわからないが裏で色々としているようで、こちらから暇つぶしで呼びかけても忙しいから用事がなければ呼ぶなと怒られるほどなのであるが、よほどのことなのであろう。
(良くないものって‥何かわかるか?)
(まだはっきりとはしないが、大量の負の霊子を感じる。悪魔か魔獣か、何れにしてもかなり危険だと思うぞ。そこの人間たちはゴーレムにでも乗せて先にこの場を離れさせた方が良い)
(そうか、わかった)
「おい、エレオノーラ。みんなを連れて、先に王都に戻れ。ちょっとまずいのが現れたみたいだ」
「まずいって、あの黒い霧はなんなのですか?禍々しい霊子を感じますが」
と、エレオノーラ。
「ミラちゃんは逃げないの?」
「ああ、あれをこのままにしておけないからな。戦うがお前たちがいると全力を出せないので、先に戻れ」
ロジーナの問いに答える。足手まといだと言われても、それが本当のことなのですんなりと受け入れる。
「ミラ様、私達が足手まといなのはわかる。しかしさすがのミラ様でも危険なのではないか?あれは何だ?」
「まだわからないが、悪魔かそれに準じる魔獣のようだな」
「悪魔?そんな、おとぎ話のような存在がなぜ突然?」
「さあな、でもそのままにしてもおけないだろう。戦ってみるさ。大丈夫だから、気にせず先に逃げろ」
「しかし‥」
「創造樹木獣」
ミライによって生み出された馬の形をしたゴーレムに跨り、
「アンゲーリカ!私達がいてもできることはないよ。せめて邪魔にならないように、そして足を引っ張らないように、この場を離れるよ!」
エレオノーラが叱咤する。
「ああ、わかっているが」
渋々とゴーレムに跨るアンゲーリカ。
「アンゲーリカ、あとは任せる。また王都でな」
「はい、必ずお戻りください」
「ミラちゃん、死んじゃダメだよ」
「馬鹿、そんなこと言うんじゃないよ、縁起でもない」
「ごめーん、でも必ずだよー」
「ミラ様、待ってます。必ずご無事でお帰り下さい」
「グスタフ様も、ご無事で」
5人は後ろを振り返りながら、その場を離れた。
「グスタフ、お前も当面は手出しは無用だ。少し離れていろ。相手の規模がわからないから、念のため、バハムートとリヴァイアサンを念話で呼び出してくれ。あいつらなら30分もかからず到着できるだろう」
「かしこまりました」
そうしてミライは黒い霧の方角に向かい飛び立った。




