第65話 女冒険者
「巨大な昆虫? 体長3mって、もう虫じゃねぇじゃん」
貼り紙を見ながらミライがつぶやく。
「アラナクランですか‥毒を持っている上に、硬い攻殻を持っています。剣が刃こぼれするのであまり戦いたくはない魔物ですね」
グスタフが答える。
王都エルバドールの冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、女バージョンのミライとグスタフが依頼を物色していた。
デーン村での魔導書も、この3ヶ月で8割方を読破した。あとはそれほど興味を引くような本が無かったので、スルーし、久しぶりに冒険でも出てみようかということにしたのである。
ここ数ヶ月冒険者ギルドで依頼を受けることが無かったのだが、1年間何も依頼を受けることが無かった場合、登録を抹消されてしまう。
一応救済措置はあり、金貨を支払いすれば延長可能なのだが、それでも延長は2回まで。
3年間依頼を受けることができなければ、登録は抹消される。
せっかく金板タグをもらったのに、再度、銅板から始めるのは勘弁してほしいので、久しぶりに依頼を受けることにし、街中に出てきたのであった。
とはいえ、男バージョンでは、国王であることがばれてもおかしくないので、いつもの通り女バージョンに変身している。
黒い塗料を塗った軽装の皮鎧に、片手用の細剣を腰に差し、ひざ下までの外套を羽織っている。
全てシンプルではあるが、それなりの上質さを持った物を魔法で作り出した。
その下の服も全て魔法で作り出したものである。
構造さえわかっていれば、素材を変換し、装備品やアイテムを作り出すのは容易であった。
また、素材がない場合も、霊素を変換し、分子構造を構築して素材から作り出すことは可能である。
基本的にこの世界に存在する物質は全て霊素が変化したものであるため、霊素から物質を作り出すことは可能なのだが、それなりの時間はかかってしまう。
霊素のみから皮鎧を作ろうとすると、素材である動物の皮を作り出すのに半日から1日、素材を皮鎧に作り変えるのは5分〜10分というところであろうか。素材が手に入るのであれば素材から作る方が圧倒的に楽なのである。
着ている服にしても、布さえあれば、数十秒で作ることができる。
万が一、竜に変身することがあった場合、装備や服などは破れて無くなってしまうので、布さえ空間の収納にストックしておけば、魔法で作ることができるであろうという算段をしている。
ちなみに人化する際に、服も込みで変身することは可能だが(というか、始めはそうしていたのだが)、見た目には服を着ているように見えているが、感覚的には裸と同じなので、やはり服を着ていた方がしっくりくるというだけの理由である。
普段は普通に作られた服を着る方が多いが、これについてはさほどこだわりなく、着る服がなければ魔法で作り出せば良いと考えている程度である。
「1匹につき10金貨で、上限が500金貨か。単体ではB級の魔物だと思われるが、数が多いのでA級依頼となっているのであろう。場所も近いし、手頃といえば手頃だが‥」
「ミライ‥ミラ様であれば、瞬殺でしょうな。返り血に毒が含まれているので、魔法で倒すことをお勧めしますが」
「そうなのか? グスタフは戦ったことはあるのか?」
「ええ、ございますとも。先ほども申しました通り、剣が刃こぼれしてしまうのと、毒を持っているので厄介ですが、所詮はただの虫ケラですので、大した相手ではございません。それよりもこちらにS級依頼として、黒竜退治の貼り紙がございますが、外させましょうか?」
「いや‥いいよ。あそこに行っても空っぽの洞窟があるだけだからな」
苦笑しながら見ると黒竜退治の報酬は5000金貨であった。およそ5000万円というところか。高いのやら、安いのやら。。。
すると、ガタンと椅子が倒れる音がして、1階のギルド併設の酒場で大声が上がった。
「テメェ、コボルトの分際で、贅沢言うんじゃねぇ」
「で、でも‥他の人の半分の約束だったはず‥。それが10分の1なんて、宿代も払えないじゃないか。ひどすぎるよ」
「あん?報酬の取り分に不満があるんだったら、別のパーティーに雇ってもらったらいいんじゃねぇか?パーティーに入れてやっているだけでもありがたいと思え!役立たずが!」
冒険者の男に投げ飛ばされて尻餅をつきながら抗議するコボルト。狼の頭を持った小柄な亜人である。
「チッ、弱い者いじめをするなら、どこか見えないところやってくれるか?酒が不味くなる」
「あ?アンゲーリカ、テメェ、少しくらい美人だからってちやほやされて、調子に乗ってるんじゃねぇぞ。犯すぞコラ」
「はぁ‥美人なのは生まれつきだ。容姿端麗だけでなく剣の腕も一流だぞ。大鬼族を倒したこともある私に向かってくる勇気があるのであれば、いつでも相手になってやるが?」
アンゲーリカと呼ばれた腰ほどまである赤毛のストレートの髪を持つ女性が腰の剣を抜く。長さ1mほどの片手剣だ。魔法が付与されているようで、刀身が鈍く光っている。
本人が自信を容姿端麗だと豪語しているだけのことはあって、かなりの美人だった。年齢は20代前半。
女性だけの冒険者パーティーなのだろうか、同じテーブルに座っている3人も女性の冒険者だった。
「アンちゃん、やっちゃえー!」
そのパーティの中で最も若い、10代後半頃の女性冒険者が、骨つき鶏もも肉の食べかけを振り回しながら応援している。
「こら、煽るな!」
すぐに隣の黒髪の女性冒険者に頭を殴られて、うずくまる。
「エーちゃん、暴力反対!!」
「うるさい!」
のん気な小芝居を打っている女冒険者達に、怒りをあらわにする男冒険者。
「おい、皆んな手伝えよ。こいつらに男の味を教えてやろうぜ。ひぃひぃ言わせてやるよ」
酒場には、女冒険者のパーティーの他に、3つのパーティがいたが、そのうち1つは女冒険者が一人混じっていたが、他は男冒険者のパーティーだった。
下品な男のいるパーティーの3人が同調し、いやらしい顔をして立ち上がったが、残りの冒険者達は露骨に嫌そうな表情を浮かべているが、助けに入ろうとする者はいなかった。
面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだということであろうか。
「エーちゃん、やばいよ。私たちヤラシイことされちゃうかもよ?」
「未成年が生意気なこと言ってるんじゃないの。大丈夫よ、アンゲーリカ一人で十分よ」
「でも、相手は4人だよ?、レナちゃん、どうしよー」
「ロジーナ。エレオノーレの言うとおり、やらしときゃいいのよ。放っておきなさい」
レナと呼ばれた茶髪の20代後半のミディアムヘアの女冒険者が、面白くなさそうにジョッキを傾ける。
手伝う気ゼロのようであった。
「殺すんじゃねぇぞ。あとでお楽しみが待っているからなぁ」
そう言って、ニタニタ笑いながらアンゲーリカと呼ばれた赤毛の女冒険者を取り囲む4人の男冒険者達。
綺麗な顔を歪ませて、虫ケラでも見るように男達を冷めた目でみるアンゲーリカ。
「女1人に男4人とは‥俺も加勢していいかな?」
男達の背後から近づいていくミライ。
「あ?お前も一緒にヤラシイことして欲しいのか‥ウギャ?」
男はサクッと片手で持ち上げられ、そのまま放り投げられ数メートル宙を舞って落下した。
次の瞬間、男が落下するよりも早く、残りの3人も床に転がっていた。
「‥‥」
目の前の光景に呆気に取られるアンゲーリカ。いや、酒場にいた冒険者達全員が呆気にとられていた。
「余計なお世話だったか?」
アンゲーリカに声をかけるミライ。
「いや、助かった‥ありがとう」
「どういたしまして」
「お前は大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
床に転がっている男達を外へと放りだし、コボルトに声をかけたミライに、
「ちょ、ちょっと待った。超絶美少女発見!!!」
先ほどレナと呼ばれた茶髪のミディアムヘアの女冒険者が立ち上がる。
「お嬢ちゃん、名前、名前を教えて!」
だいぶ食い気味に迫ってくる女に、後ろからゲンコツを食らわせる黒髪の女冒険者。エレオノーラと呼ばれていた女性だ。
「レナ! 完全に引いてるじゃないの!」
「ごめんなさいね。この子、美人を見つけるとこうなの」
首根っこを掴んで、引きずって戻っていく。
アニメみたいな光景に、一瞬我を忘れてしまった。。。
「えっと、どこから突っ込んで良いか‥取りあえず、俺はミラ。よろしくな」
「おー、ミラちゃん、可愛いねー。アタシはロジーナ。よろしく。赤髪の剣士がアンゲーリカで、女の子好きの変態がレナ、黒髪の暴力女がうちのパーティーのリーダーのエレオノーラ‥」
「バカ、そんなこと言ったら‥」
「ロジーナ!余計なこと言わなくていい!!」
再びゲンコツを食らうロジーナ。やっぱりだ。
「ところでミラ殿、見ない顔だが、王都は初めてなのか?銅板に成ったばかりの初心者と言う訳ではなさそうだが」
黒髪のエレオノーラが聞いてくる。
「ああ、少し前までカールスタッド王国のアルブフェイラにいたのだが、最近こちらに移動してきた」
「‥‥もしかして、カールスタッド王国でクラーケンや青竜を倒した女冒険者ミライというのは、あなたのことか?」
「ああ、やっぱり伝わっているかぁ、まぁ一応そうだけど。この国の国王と同じ名前であれなので、ミラで頼む」
「ミ、ミラ殿‥私と剣で勝負をしていただけないか?竜殺し(ドラゴンスレイヤー)と打ち合うチャンスなど二度とないかもしれない。お願いだ」
「アンゲーリカ!!あんたまでいい加減にしなさい!」
「本当、うちのメンバーがゴメンなさい」
なんだかリーダーのエレオノーラさんが大変そうだ。仲は良さそうで楽しそうだが。
「いいよ、外でやろうか?」
「本当か?やった、もうやっぱりやめたと言うのは無しだからな」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと相手してやるよ」
あまりの食いつきに苦笑を浮かべるミライ。
グスタフの方をチラ見すると、ため息をついている。面倒ごとに首を突っ込んでごめんねと心の中で謝った。
「いいよ、いつでも」
外に出て、細剣を抜いた。一応硬化の魔法を付与しているので、よほどのことがない限り刀身が折れることはないと思う。
「では、いかせていただきます」
そう言って、アンゲーリカが鋭い剣を打ち込む。
それを軽々といなすミライ。
「てぃっ、はぁっ」
気合を込めて、全力で剣を振るうアンゲーリカ。剣筋は悪くなかった。
剣は速く重い。無駄な動作も少なく、バランスが良かった。
大鬼族相手でも一体であれば勝てるであろうと思われる実力であった。
しかし、ミライに対してはかすりもしない。全て片手の細剣で受け流される。
ミライは攻撃には出ず、受け流すことに専念していた。
その様子を涎を垂らしそうな勢いで見つめるレナと、能天気に「アンちゃん、頑張れー」と旗を振るロジーナ。
20回ほど剣を受けただろうか、
「そろそろいいか?」
ミライはアンゲーリカの剣を受け流し、そのまま地面に押し付ける。
その返す剣で首元に剣先を運び、止めた。
「悪くない腕だ。練習次第で、まだまだ強くなれると思うよ」
「あ、ありがとうございます。すごい、すごいよ。これが竜殺しの実力なんですね?ミラさん、私を弟子にしてください!!」
綺麗に90度のお辞儀をするアンゲーリカ。
「ちょっ、アンゲーリカ!何を言ってるの!!」
「あーアタシもパーティーに入れてください。ついでにベットの中にも入れてください」
「あーレナちゃんずるい。アタシも入るぅ」
「あ、あの、僕も入れてもらえませんか?」
ちゃっかり先ほどのコボルトがアピールする。
あれ、おかしい。こんな展開になるとは‥‥。
グスタフの冷ややかな目が痛い。あいつ怒ってるな、絶対。
「あー、えっと、もう依頼を決めてしまったので、これから出かけるところなんだよねー。なのでまたの機会にということで‥じゃ」
逃げるように冒険者ギルドの建物の中に戻り、先ほどの虫退治の貼り紙を受付に持っていく。
手続きをしている間に、女冒険者達の姿が見えなくなっていた。
随分すんなり引き下がったなと思っていたら、王都を出る門の前で、再び彼女達に遭遇したのであった。いや待ち伏せされていたのであった。




