第63話 同盟
この門を潜るのは三度目になるか。
馬車の中から外を見ながら、少し懐かしく思う。
アインズゼーゲンの王城とは雰囲気が異なり、南フランスやスペインのような華やかさがある城である。建物の外壁が石灰岩でできているのであろう。白いので重厚というより優雅な雰囲気を醸し出している。
また、気候が暖かいせいだろうが、窓や扉が大きく、開放的な造りとなっていた。
前回までは一介の冒険者として国王に謁見したわけだが、今回は隣国の国王として訪れている。
最上級の馬車に揺られ、国務長官のアロイジウス・ベックマンを連れている。
馬車を守るのは、黒竜将軍のヒルデブラント・フリードリヒと、黒竜騎士団20名である。
王都アルブフェイラまでおよそ500kmほどの距離の旅となる。飛んでしまえば早いのだが、今回は国王としての訪問であるので、それなりの人数を率いて行く必要があった。その為、普通に馬車に揺られて向かうことにしたのだった。
道中は街道沿いの街に立ち寄り、宿で休みながらの4泊5日の旅となった。
先行して騎士の一人を街に向かわせ、2時間位遅れて王都アルブフェイラに到着した。
国賓として正式に招かれている為、待たされることなくすんなりと街の中に入り、そのまま王城の中に通されたわけである。
「こちらへどうぞ」
上品な壮年の執事に案内され、白く大きな両開きの扉を開けてもらい、部屋の中に入ると、そこには国王アスドルバル・デ・カールスタッド本人が立っていた。
部屋の中は豪華な造りとなっており、天井には大きなシャンデリアがぶら下がっている。
置かれた調度品は全て統一された落ち着いたデザインであるが、パッと見ただけで一級品であることがわかる。
部屋の中央には10人ずつが対面で座ることのできる大きなテーブルが鎮座している。
「ようこそ、王都アルブフェイラへ。御足労頂き申し訳なかった。それと国王戴冠お祝い申し上げる。今日は今後の両国の関係についてお話しさせていただければと考えている。まずはどうぞ、お座りくだされ」
握手を交わしながら、国王アスドルバルが笑顔を浮かべている。
国力から言うと、カールスタッド王国の方がやや大きいのだが、発言からも対等な立場で迎えているということなのであろう。
「この度はお招き頂き、ありがとうございます。また、先の戦いの際には援軍の申し出も頂いていたようで感謝しています。我らも貴国との関係は最重要と考えておりますので、良い会談となることを期待していますよ」
そう返し、案内されたように椅子に座る。
「まずはこちらの者達を紹介させてくだされ。まずは宰相のメレンジェス公爵」
紹介され一礼した男性は、国王よりも少し年上であろうか。頭には白いものが混じっている。顔は穏やかな笑みを浮かべているが、聡明そうな雰囲気がある。
以前謁見したときにはいなかったと思う。
「こちらが大臣のロハス伯爵」
こちらは40台前半だろうか。茶髪の癖っ毛のある髪を持つ男性である。身体つきもいいのだが、紹介されて挨拶をした声が大きかった。
ガハハと豪快に笑う。
「そしてこちらも大臣のレンドン伯爵」
こちらは50代前半の鷲鼻の男性だった。鋭い目で気を許していないのが伝わってくる。
この人物は、以前謁見したときに国王の後ろに立っていた人物だったと記憶している。
「そして、オルディアレス伯爵と、マレス伯爵じゃ」
30代後半の二人が紹介される。
この二人も以前見た顔だった。
カールスタッド王国として6名。後ろには壮年の騎士が3人立つ。
アインズゼーゲン側は、国王アスドルバルの前にミライが座り、両隣にはアロイジウスとヒルデブラントが座り、紹介した。
こちらも騎士は3名が後ろに立つ。残りは別室で待機している。
「これは噂に名高いフリードリヒ卿でございますな。戦場では最も出会いたくはない相手ではありますが、このような場所でお目にかかれて光栄ですぞ」
宰相のメレンジェス公爵がおどける。
「いやいや、こちらとしても、カールスタッド王国のよく訓練された大軍と戦うのは嫌なものですよ」
ヒルデブラントが笑う。
「さて、社交辞令はここまでとして、本題に入りましょうかね」
ロハス伯爵が会議の進行を始めた。
「我々カールスタッド王国としては、今まで小競り合いを続けていた過去をこの機に洗い流し、アインズゼーゲン王国と新たな友好関係を築いていきたいと考えております。つきましては対等な条件での同盟を結びたいと考えております」
「それについては我々も同じ意見です」
アロイジウスが答える。
こちらも外交の責任を与えているアロイジウスに進行を任せている。
「では、大筋としては同盟を結ぶことに同意頂けたということで、細かいことについて詰めていきたいと思います」
ロハス伯爵の進行で会議は進められた。
その後2時間ほどの話し合いが持たれたが、ほとんど意見がぶつかることなくすんなりと進められた。
国交を結び、両国の国民の移動を許可することとした。お互いの王都に大使館を起き、通行証を申請することで国境を通過できることとし、通行証無しに国境を越えたり、期間が過ぎても滞在していた場合、強制的に引き渡すことができるものとした。
例外として、冒険者ギルドや商人ギルドに所属する人間はギルドが身分を証明する為、従来通り国境の行き来は自由にできるものとした。
また、輸出入については10%の関税がかけられることで合意した。
ただし個別の品目については、後日、時間をかけて別途調整することとなった。
また、海路や陸路を使いリスボア王国と貿易することも了承されたが、その場合も10%の関税がかけられることで合意した。
軍事に関しては、他国からの侵略や魔物による被害、自然災害については援軍や救助の人、物資の提供を約束した。
ただし、自分の国から他国へ攻めていった場合はその限りではないことを合意した。
カールスタッド王国としても、今のところ、キルシュ公国やリスボア王国とも戦争するつもりはないということであった。当然先方の態度しだいではあるとのことであったが。
「さて、大筋の合意が取れたことで、同盟国の友人として聞かせて欲しい‥‥」
国王アスドルバルが真面目な顔で話切り出した。
「以前は女の姿で、今は男。クラーケンと竜を倒し、聖剣に選ばれたお主がただの人間とは思えない。何者なのか教えてはもらえないかな?」
その一言で、和やかだった会場の空気が緊張した雰囲気に一変した。
隣のアロイジウスが、何を言っているのだ?という顔をしてこちらを見る。
そういえば彼らには正体を明かしていないことを忘れていた。
「銀山の採掘は再開できたのですか?」
「お陰様でね。その代価として国宝であった聖剣エストレージャスだったことについては、少し高すぎる気もするがね」
鋭い眼光で返答する国王アスドルバル。
「あの時の約束は覚えていますよ。そちらが友好的でいてくれる間は、こちらも友好的であると。また、カールスタッド王国に危機が迫った場合はそれを守る剣となりましょうと」
「本日はその約束を守るために来たのです。それで十分では?」
笑顔で答える。
「そうだな、今はそれで十分だ。約束を覚えていてくれて感謝する」
改めて握手を交わして、決定した事項を記した同盟契約書にサインをして、その日の会談は終了となったのであった。




