第60話 新王国アインズゼーゲン
翌日、会議室に集められた面々は、緊張感に包まれていた。
王城の第一会議室。国王と侯爵以上の貴族しか入ることが許されていなかった会議室である。
今まで、国の重要な決定や、軍議がこの会議室で決定されてきた。
中央に濃茶色の高級な木材を使用し、豪華な装飾が施されている巨大なテーブルが置かれている。その周りには同じく豪華な装飾が施され、座る部分にはクッション性のある羊毛が詰められ、その上から手触りの良い光沢のある赤い布が張られている椅子が並ぶ。
その20人ほどが座れるその会議用のテーブルに、いわゆる下級貴族であった子爵や男爵であった者達が呼ばれ、座っているのである。
上座の席は空いている。そこは一つだけ椅子の作りが異なる。より大きく、豪華な飾りが施され、宝石がはめ込まれている。国王が座る席である。
その右隣にはヨハネス・ヒルシュフェルト元伯爵が座る。新アインズゼーゲン王国の宰相を務める男である。
その後ろ、壁際に茶髪のショートヘアの女性が立つ。ベスパである。ヒルシュフェルトの警護として、また補佐役として、影のように付き従っている。
ヒルシュフェルトの隣には、ニコラウス・フォクト元子爵が座った。ミライとの面談で最初に合格を勝ち取った知恵者である。
以下、
ヴォルフ・ヴィーラント元子爵
アーデルベルト・ボイムラー元子爵
ホルスト・トゥンダー元男爵
ウルリヒ・ピュークナー元男爵
アロイジウス・ベックマン元男爵
が並ぶ。
国王の左隣には、ヒルデブランド・フリードリヒ元王国騎士団長が座り、その隣には元王国騎士副団長ジークハルト・ロイターが座る。
以下、
ファビアン・レーヴィニッヒ元王国騎士
レオナルト・リッシェ元王国騎士
エッカルト・ゲーリケ元王国騎士
ロープ・クルマン元ヒルシュフェルト伯爵付き騎士団長
ヴィンツェンツ・ローマイアー元ヒルシュフェルト伯爵付き騎士
と並ぶ。
皆が揃い、最後に新国王であるミライが入ってきた。上座の国王の席に座る。
「みんな集まったな。では会議を始める」
ミライの一言に、緊張が走る。
ここに集められた者達は、何も聞かされず、ただ召集に応じて集まっただけである。
その為、何か重要なことが決められることは予想できるのだが、何が始まるのかまでは分からなかったのである。
「さて、まぁ、今日集まってもらったのは、他でもない。これからのこの国の方針を決める為だ。ビジョンを共有し、この国がより強く、豊かになるように、皆の知恵と力を貸して欲しい」
「ということで、まず最初にそれぞれの役職を任命する‥」
シーンと静まり返る中、誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。
「まずはヨハネス・ヒルシュフェルト、改めて宰相を任命する。俺の右腕として、政治と司法に関する国王の代理権限を与える」
「これが任命状だ。国王により解任されなければ、今日より2年間有効となる」
そう言って、羊皮紙に書かれた任命状を手渡す。
「はっ、この命を差し出す覚悟でこの任、精一杯務めさせて頂きます」
「ああ、よろしく頼む」
「次は、ヒルデブランド・フリードリヒ。今後この国を3つの州に分け、それぞれに騎士団を配置する。そのうち王都を含む北東部に配置する黒竜騎士団の騎士団長を命じる。黒竜将軍を名乗るがいい。お前には黒竜騎士団1万5000を動かす代理権限を与える」
「同様に、西部はバハムートに任せ、赤竜騎士団1万5000の、南東部はリヴァイアサンに任せ、青竜騎士団1万5000の代理権限を与えている。軍の再編は調整中だが、元王国騎士団を3つに分け、それに各貴族の元で雇われていた騎士、兵士達を均等に割り振るつもりだ」
「騎士団の役目は、隣国との戦争に対する抑止力という意味もあるが、王都や中小都市、主要な街道の警備、魔物退治など、治安維持が主な仕事だ。場合によっては冒険者を雇い、協力してもらうことも良いと思う。国力を上げる為、治安維持は絶対条件だ。それに向けて励んで欲しい」
そう言って、羊皮紙の任命状を渡す。
「これも2年期限だ。職務に相応しくないと判断した場合は、解任もあり得る。精進してくれ」
「はっ、畏まりました。三将軍の一角として、恥じぬ働きをお見せ致します」
「ああ、期待している」
「さて、ファビアン・レーヴィニッヒ、レオナルト・リッシェ、エッカルト・ゲーリケ、お前たち3人は、黒竜騎士団の副団長に任命する。フリードリヒ黒竜将軍の補佐を頼む」
「はっ!」
「ちなみに、赤竜騎士団の副団長には、ホルガー・フライシャー、ヨアヒム・キューゲラー、フェイト・ヒェルヒの3名に、青竜騎士団の副団長には、オスヴァルト・デュッケ、ヘンリック・イェレミース、ハーラルト・デットマーを任命し、すでに着任してもらっている」
「次はジークハルト・ロイター。お前にはこの王城の警備専属の騎士団、白竜騎士団の団長を任命する。300人の騎士団となるが、王国で4つ目の騎士団となる。これが任命状だ。よろしく頼む」
「はっ、謹んでお受けいたします」
「さて、ロープ・クルマン、ヴィンツェンツ・ローマイアー。お前たち2人には、5つ目の騎士団となる緑竜騎士団の団長と副団長を任命する。デーン地区の警備を担当してもらう」
「現状35人の元傭兵の警備係を置いていて、グスタフに任せているのだが、これを引き継いで緑竜騎士団とする。あの地区には、今後様々な研究、開発施設を備えた学校を作るつもりだから、王城と同等の警備体制が必要になると考えている。今はまだ兵舎も無いので、当面はこの人数のままとするが、1-2年のうちに白竜騎士団と同等の300人規模まで増員するつもりだ。当面はその準備期間だと思って対応して欲しい」
「はっ。畏まりました」
「あとは、グスタフ、パニガーレ、エストレヤ、ベスパの4名は、国王直属騎士として、各騎士団長と同等の権限を与えている。それぞれすでに役目を与えているので、任務の妨げにならないように、そこだけ理解しておいてくれ」
「さて、長くなったが、次は内政のほうだ。ニコラウス・フォクト、お前には農務省の長官を任命する。農産物の収穫効率の改善、農地の拡大、農地に対する税金の掛け率、亜麻の生産による紙の生産、これらの政策を立案し、会議で提案してくれ。合わせて必要な予算もな。良ければ承認するし、改善の余地があれば指摘する。ある意味国力を増強する基礎となる食料事情の改善を期待している。デーン村にクルトとイェルクという若者がいる。彼らにはすでに農地の拡大や、農法と肥料の研究を支持している。上手く連携して政策を考えるといい。協力するように俺からも言っておく」
「これが任命状だ。こちらも2年任期としている。そのまま継続するかもしれないし、別の職に就いてもらうかもしれない。辞めてもらうことになる可能性もある。結果を出せるよう頑張ってくれ、期待している」
「はっ、はい。せ、精一杯、務めさせて頂きます」
ニコラウスは、任された重責に身が引き締まる思いであったが、同時に興奮が身体中を駆け抜けていた。今まで考えてはいたが諸々の事情により実行に移せなかったことが、自分の手で立案し、提案できるのである。
ミライに採用されれば、それが政策として、国中で実施されるのだ。
こんなやり甲斐のある仕事は今後一生巡って来ないのではないかと思う。
思わず立ち上がり、勢いよくお辞儀した。
「期待してるぞ」
「はっ、はいっ」
ニコラウスは、少し照れながら、椅子に座った。
「次は、ヴォルフ・ヴィーラント。お前には財務省の長官を任命する。国の収支の計算や、国庫の管理、様々な政策の予算配分、貨幣の作成に関する政策の立案を任せる。当面は収支計算をしっかりと管理することだな。税として徴収した農産物を売却する仕事も含む為、最も癒着や不正が起こりやすい職となる。毎月細かく報告することを義務付けると共に、贈り物を受け取ることや、取引相手との会食も禁止する。清廉潔白に仕事に励め」
「はっ」
「次はアーデルベルト・ボイムラー。お前には司法省の長官を任命する。様々な問題に対し、法律案を作り提案してくれ。良ければ承認する」
「合わせて、作成した法律に基づき、違反したものを裁く裁判所という機関を設置して欲しい。裁判官はその法律を熟知している必要がある。そういった人材を育てるための学校が必要になると思う」
「まずは、人を殺したり傷つけたりしたらや、窃盗したら、破壊行為をしたらというように、明らかに誰が考えても罪だという内容を法律として定め、量刑の範囲を考えるように。そのうち想定外の犯罪が山のように出てくるから、都度法律を改正していく必要が出てくるので覚悟するように」
「はっ」
「次はホルスト・トゥンダー。お前には教育省の長官を任命する。将来的に全ての町や村に学校があり、7歳〜15歳の子供が、文字の読み書き、計算を無料で習うことができるように、政策を考えて欲しい」
「いずれその中から、デーン村に作るつもりの高等学校に入学し、様々な研究、開発に携わってくれる人材が育つことを期待する」
「デーン村の高等学校計画は、1-2年かけてじっくり検討したい。まずは学生や研究者を受け入れる住居や施設の建設からだな。今、住居の建設は進めさせているが、それを加速させよう」
「はっ、考えてみます」
「次はウルリヒ・ピュークナー。お前には資源省の長官を任命する。鉱山の管理と開発、新たな鉱山の調査。精錬技術の開発に、採掘した金属から貿易に回せる新たな産業を作り出してくれ。ニコラウスから南のクローステルという地方でガラスの材料が取れるという話を聞いた。調査を実施し、可能性を探ってくれ」
「はっ、はいっ。頑張ります」
「最後にアロイジウス・ベックマン。国務省の長官を命じる。外交、貿易に関わる他国との関係構築がメインの仕事になるが、その他国内の式典や行事についての担当にもなってもらう。取り急ぎ、戴冠式を行うのでその日程調整と、カールスタッド王国およびキルシュ公国、リスボア王国に招待状を用意し、必要に応じて首脳会議の段取りをお願いする。ヒルシュフェルトと相談し、進めてくれ。あとは国旗の手配だ。全ての町の国旗を入れ替えるように」
「直近で一番忙しくなると思うが、よろしく頼む」
「はっ、お任せください」
「ジークハルト、各長官の護衛は白竜騎士団の役目だ。詳細は任せるが、しばらくは逆恨みした元貴族による妨害工作などがあるかもしれない。気をつけてくれ」
「はっ」
「これから毎月この場所で国家運営会議を実施する。そこで新しい提案、各活動の進捗報告を行い、必要に応じて軌道修正をかける。予算の申請もその場で行ってくれ。事前にヒルシュフェルトとネゴだけしておくように」
「せっかく再生した国だ。皆が笑顔になれる国を目指したい。以上だ」
アインズゼーゲン王国の新体制が決まった。
その後、しばらくミライと各長官達、騎士達は、目指すビジョンについて語り合った。
それは自分の利益ばかり追い求め、国を食い物にしていた貴族社会とは大きくかけ離れたものであった。
ただし、自分達の職の権限を自分の利益の為に使うのであれば、前の貴族社会と何も変わらない、その為に任期を与えているし、国王に解任権があることをミライから説明され、改めて身を引き締めるのであった。
いずれにせよ、語り合ったビジョンに、これからどのような国になっていくのか、この会議に参加していた者は皆、期待に胸を膨らまし、昂ぶっていたのであった。
その会議が終わって2日後、アロイジウス・ベックマン国務省長官により、ミライ新国王の戴冠式の日取りが決められ、アインズゼーゲン新王国の全国民に知らされたのであった。




