第59話 面談
「不合格っ。連れていけ」
ミライの不機嫌な声が会議室に響く。
隣にはヒルシュフェルト、その後ろにはベスパが立つ。
ヒルシュフェルトの部下の文官がうやうやしく入室し、貴族を連れて外に出た。今後のことを説明するのである。
手切れ金としていくばくかの金銭を持たし、爵位を剥奪し、領地や屋敷も取り上げる。
これから一般市民として社会に放り出すのだ。
順応できる者は少ないと思うが、その場で処刑されるよりはマシであろう。
自分の才覚さえあれば、生きていけるのである。
ヒルシュフェルトに王国の全貴族の招集を命じてから5日。
その間に、ミライはヒルシュフェルトとその部下達を総動員させこの国の状態を把握するように努めていた。
おおよその国土面積。都市、町、村の位置。人口の把握。年間の農作物の収穫量と税率。特産物。鉱山の場所、採掘量。国庫の中にある資金。
資料が部分的にしか残っておらず、まとまっていない上、信頼できるデータなのかもわからない。
その為、確認作業には時間を要した。
かなりの誤差、おそらく20%はあるのではないだろうかと思われるが、おおよその国力を把握することはできた。
それと並行して、この国の高名な画家を呼び、国旗のデザインをさせる。
黒い竜が立ち上がり、雷を吐いている絵である。
言わずと知れたミライのことなのだが、その真実を知る者は多くない。
ただ、王国の顔となる紋章としての国旗と、国名は君主が変わり、国が変わったことを内外に知らしめる大事な役割がある。
たかが名前や紋章と馬鹿にできないのである。
そういった作業を終え、予定していた5日間が経ったところで、召集した王国全土の貴族が集まったところで、貴族との面談を開始したのである。
この貴族の内訳は、公爵0、伯爵6、侯爵23、子爵42、男爵62となっている。
この全員と面談をしているのである。
伯爵職から始め、現在31人が終わったところであるが、合格者はゼロ。ヒルシュフェルト伯爵派閥の人間もいたのであるが、残念ながら合格出来ず、お役御免となっている。
面談といっても、ミライは皆に同じように、たった1つの質問しているだけである。
それは、「この新王国の国力を上げるために、どうしたら良いと思うか?」という質問であった。
貴族達の反応は、今のところおおよそ3種類に分かれている。
1つ目は、横柄な態度で部屋に入ってきて、軟禁されていたことに不平不満をぶちまける者。こういった者は自分の立場が理解できていない時点で、即アウト。質問されることもなく不合格の烙印を押されて投げ出されるのであった。
2つ目はヘラヘラと下手に出て、美辞麗句を並べ立て、自分はハーコート伯爵のことは嫌いだったとか、ヒルシュフェルト伯爵に実は尊敬の念を抱いていたとか、長々と自分のことを話続ける者達。
こういった者達の答えは1つで、税率を上げ、より厳しく民衆から絞り取ればよいというものであった。
そうすることで王室の力は増し、軍隊が強化され、国が強くなるというものである。
言わずもがな却下である。
3つ目は、恐れ、慄き、何とか今まで通りの領地と爵位を維持してもらえるように懇願する者達。
そう言った者達の答えは、わかりませんと答えるか、何を言いたいのかわからない言葉を並び立てるだけものがほとんどであった。
「国力‥ですか?今年は雨が少なかったので麦の生産が昨年よりは若干少なかったのですが、良くなかった年の次は大体豊作になるので、来年は大丈夫だと思いますが‥」
というような具合である。
まともに質問に答えることも出来る者はいないのか‥と、呆れるとともに、イライラとしてくる。
そう言う者達がいることは想定していたが、流石に合格者ゼロとまでは思っていなかったのである。
ヒルシュフェルトも同様の感想だったのだろう、笑顔が引きつっている。
「次っ!」
次に入ってきたのは、サラサラのこげ茶色の短髪を持つ30代後半の男。
地味で大人しそうな外見である。
背筋を伸ばし、堂々としていて、驕りたかぶる態度ではない。
第一印象は好印象であった。
「名前を」
「はい、陛下。私はニコラウス・フォクト子爵と申します。私の領地はキルシュ公国との国境に位置し、アミノ砦を守る任についておりました。そちらにいらっしゃるヒルシュフェルト伯爵とは領地が近く、親交を持たせていただいておりました。ヒルシュフェルト伯、お久しぶりでございます」
「例の書状による呼び出しに応じたのは、この者だけでございました」
ミライがヒルシュフェルトの顔を見ると、ヒルシュフェルトが答える。
「ああ、あれか」
思い出したように呟き、納得する。
ようやくまともな答えが期待できそうだと思いながら。
「さて、ニコラウス・フォクト子爵。皆と同じ質問をする。答えを聞かせてほしい」
「はっ」
「この新王国の国力を上げるために、どうしたら良いと思うか?」
「国力‥ですか‥」
そうして、少し考え込む。
ニコラウスはこの答えにより自分の運命が大きく変わることをはっきりと理解していた。
その為、どう答えるのが新しい君主のこころに刺さるのか考えていた。
「陛下、恐れながら、ひとつだけ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。なんだ?」
「今までに面談を行い、合格者は出たのでしょうか?」
「いや、ゼロだ」
その質問を聞いて、ミライは面白く感じた。
おそらく税率を上げるなど馬鹿な答えは返って来まい。それであればすでに合格している貴族がいるであろうからである。合格者がゼロということは、ミライがそういった答えを望んでいないということをはじき出しているであろう。
「では、答えさせていただきます。国力を上げるには、農地の開墾、収穫効率の上昇、鉱山の開発、特産物の開発と貿易の奨励。こういったものが考えられます」
「具体的には?」
ミライが問いかける」
「はい、農地を開墾した場合は税率を下げ‥そうですね、例えば通常50%の税率を、開墾した畑に限り10年間20%に減らすなどする。そうすることにより、余剰資金を農具や家畜に回し、効率があがり、収穫効率が上がるということになると思われます。他にも畑の面積単位の税の上限を決め、それ以上の収穫があった場合は農民の取り分になるとすれば、面積単位の収穫効率を上げることができるでしょう」
「実利を与えてやる気を出すというアイディアだな。良いと思う。他にはあるか?」
「はい、より安定して、より多くの実をつける作物の改良や、様々な農法の研究をすることで、長期的により多くの収穫を得ることができるようにする方法もあります」
「ああ、それもいいアイディアだ。すぐに結果は出ないかもしれないが、将来に向けて種を撒いておくのは重要だ。商業や工業についてはどうだ?」
「南のクローステルという地方でガラスの材料が取れると聞いたことがあります。非常に高価で取引される為、産業化することで、カールスタッド王国や、キルシュ公国、リスボア王国との間にも国交を持ち、貿易を行うことで外貨を稼ぐことができるのではないかと考えます」
「また、我が国では山脈付近に、鉄鉱石や金、銅などの鉱床も多く、そういった鉱山の開発を行うことで、金属の供給強化もはかることができるかと考えます。あらゆる金属は需要に供給が追いついていない為、国内でも高値で取引されますし、他国との貿易においても有利になるかと思います」
「ほう、よく考えているな。ところで石炭の鉱床はないのか?」
「石炭‥ですか?それはどのようなものでしょうか?」
「石炭はまだ分からないか‥黒い鉱石で、植物が化石かしたものなのだが、非常に固くて、そして燃える。黒いダイアモンドとも呼ばれる貴重な鉱石だが、まぁいい」
「もう一つ、紙を大量に生産したい。羊皮紙では生産数が少ないので、高価過ぎて流通に使えない。亜麻を生産し、繊維を取り出して紙を作ることは出来るか?」
「紙‥ですか?どのようなものか詳しくはわかりませんが、亜麻であれば生産は可能だと思います。それで紙とやらが作れるのですか?」
「ああ、それを薄く引き伸ばして、糊で固めれば紙ができる。書物を作るのに必要だ」
「陛下の考えていらっしゃることの半分も分からず申し訳ありませんが、お時間をいただければ、必ずや、開発して見せましょう」
「よし、合格。とはいえ、合格者も例外なく爵位を剥奪する。よってお前は今から子爵ではない。領地も取り上げる」
「‥‥」
「その代わり、何らかの役職と毎月の給料を払おう。また、宮殿に部屋を一つと、城内に執務室を与える。役職や、詳しい仕事内容はまた明日指示する。いいか?」
「はっ、はい。光栄でございます。この身を粉にするつもりで微力を尽くしご期待に添えるよう努力いたします」
「ああ、よろしく頼む。この国を胸を張って自慢できるような国にしようぜ」
「はっ」
そうして、ニコラウスは初の合格者となった。
その後、ミライは1日で全133名の面接を終える。
最後の面接が終わったのは夜10時を回った頃であった。
ニコラウスほどではなかったが、子爵、男爵の中にはそれなりの回答を答えた者がいたのである。
爵位の低い方が、より生存本能が働き、生きていくために考えていたということか。
いずれにしても、133人中合格者6名という結果で、ミライの直接面談による貴族達の採用試験は終わったのであった。




