第58話 ルクセレ王国
王都エルバドールの中心には、高い塀に囲まれた広大な敷地が存在する。
その広さはおよそ700m四方にも及ぶ。
イタリアのローマの中にあるバチカン市国とほぼ同等だと思ってもらえるとわかるだろうか。
その敷地の入り口は1つで、門を潜ると広大な石畳みの広場が現れる。
正面には王城がそびえ立ち、巨大な玉座の間を中心に、会議室や執務室、図書室などの部屋が並ぶ。主に国王始め、貴族達の公務の拠点となる場所である。
それ以外にも、舞踏会などを行うためのフロアや、立食パーティーを行うための宴会場もあり、社交の場という目的の為のスペースもある。
天上には高名な画家による神と天使の絵が描かれて、内装には金や銀、宝石が散りばめられ、それ自体が世界遺産となりうる美術品としての存在であった。
左手には二階建ての宮殿が建っており、上から見るとアルファベット大文字のHのような形が縦長に伸びたような形となっており、主に居住スペースとなっている。
一階には食堂や炊事場、王宮内で働く者たちの住居部分などが並び、二階は国王や王族の住居スペースとなっている。
宮殿の横には巨大な礼拝堂がそびえ立っている。王室や貴族の為だけの礼拝堂だが、外壁には天使の彫像が並び、鮮やかな青色のドーム状の屋根が特徴的であった。中は薄暗く厳かな雰囲気となっているが、贅を尽くした美術品やステンドグラスなどによって、華やかに彩られている。
右手には、騎士達の兵舎、訓練場、馬小屋などが並ぶ。
王国騎士団に所属する騎士の従者たちは、皆、領地を持たない職業兵士となっている。
ここで暮らし、給料を貰っている。
準爵位を持つ騎士も同様で、騎士爵では領地を持つことはできない決まりとなっている。
騎士の従者は、騎士見習いとも呼ばれ、一定期間従者として働き、実力を認められると騎士への昇格試験を受けることができる。ただしその門は狭い。合格率は10%に満たない為、大部分は見習いのまま終わる。
運良く騎士になることができると、王国騎士団に騎士として残ることもできるし、他の貴族の騎士として雇われることもできるようになっている。
ちなみに貴族に仕える騎士の従者(騎士見習い)としても推薦状があれば騎士への昇格試験を受けることができるが、試験は一括で王国騎士団により行われる。精鋭が揃う王国騎士団の中で揉まれた騎士見習いとそうでない者とはやはり実力差があり、その合格率はさらに下がることになる。
騎士の兵舎の隣には鐘楼がそびえ立ち、王都の中で最も高い建物となる。
この塔の内部は螺旋階段となっており、554段の階段を上り、最上部まで到着すると、王都全体を見渡すことが出来るようになっている。
城の壁の外に高級住宅街があり、貴族達はそこの宮殿に住んでいる。貴族の格によって大きい屋敷もあれば、他と比較すると‥ではあるが、小さな二階建ての戸建という屋敷もある。
それでも、そのさらに外周の一般市民の家に比べると遥かに豪華であることは間違いなかった。
彼らは王国内に領地を持っていて、王都にも屋敷を持ち、必要に応じて行ったり来たりしている者達が大部分であった。
こういった者達は、王宮内に執務室があるので、毎朝王宮に通って仕事をするのである。
とはいえ、彼らの仕事というのは生産性が低い。
商人を呼び寄せて、徴収した税金を売りさばく商談や、芸術家を呼び、絵や彫刻の依頼、仕立て屋にはドレスや服の注文などである。
そうして集めた美術品や宝石、ドレスなどを社交という名の貴族同士の自慢合戦を行い、派閥争いに明け暮れるのが主な仕事であったのだ。
本人達は至って真剣なのだが、大部分がそんな調子であった。
さて、そんな王城の壁の中にある石畳の広場を歩き、王宮へと向かっているのは、ミライとヒルシュフェルト、バハムートとリヴァイアサン、パニガーレ、エストレヤ、ベスパ、グスタフ、王国騎士団の団長ヒルデブラント・フリードリヒ卿と、副団長であるジークハルト・ロイター卿、他数名の王国騎士と、ヒルシュフェルトの側近の騎士数名である。
戦いが終わり、兵士達を王都、および近隣の貴族領に撤退させる目処がついてから、ちょうどデーン村から呼び寄せ、合流したヒルシュフェルト達と一緒に、この王城に入ってきたのである。
機能的にはカールスタッド王国の王城と同じような造りとなっていたが、建物の配置や形、間取りや装飾品の雰囲気がまるで異なる。
そんな王城の中心にある謁見の間に向かい、ミライは玉座に座った。
その前に彼の部下達が並ぶ。
ヒルシュフェルトが最前列に一人、片ひざをついて最敬礼をしている。
二列目には中央にヒルデブラント、左にバハムート、右にリヴァイアサンが立つ。
バハムートは後頭部のところで腕を組み、若干あくびをしてやる気のない態度であったが、誰も注意する者はいない。
リヴァイアサンは綺麗な顔を崩さず無表情のまま優雅に立っている。
ヒルデブラントは立ちながらも敬礼し、新しい君主の顔を見つめる。
三列目に、王国騎士団副団長のジークハルトと、グスタフ、パニガーレ、エストレヤ、ベスパが並び、その後ろに残りの騎士達が並んだ。
「ヒルデブラント」
「はっ」
「元・国王を探してここに連れてこい。生死は問わない。他の王族、貴族達は軟禁し、部屋から出すな」
「それと、王国騎士団の中から、副団長もしくはそれに近いクラスの人間を10名選出し、半分づつをバハムートとリヴァイアサンの配下につけ、従者と共に移動の準備をさせろ」
「はっ」
「バハムートはパニガーレと西の主要都市であるレンズブルクに。リヴァイアサンはエストレヤと南の主要都市であるシュターデンに入り、キルシュ公国、カールスタッド王国の両国と、領内の魔物、盗賊、貴族の残党からの守りに備えてくれ。
ま、大きな戦いになることはないと思うがな‥ヒルデブラントの選んだ騎士とその従者を連れて行け」
「おぅ」
「了解した」
「ヒルシュフェルト、王国内の全貴族を5日以内に召集しろ。間に合わないものは反逆とみなし処刑すると伝えろ。準爵位の騎士爵を持つものも全員だ。付き添いの人間は3人までとする」
「召集した貴族達は王宮内で軟禁。後日全員と面談する。全員分のリストを作り、あとで見せてくれ」
「騎士爵を持つ者については、しばらくは王国騎士団の兵舎に住まわせ、後日配属先を通達することにする」
「はい」
「ベスパは引き続き、ヒルシュフェルトの警護を」
「はっ」
「グスタフはデーン村の警護を。当面は今まで通りに」
「畏まりました」
「ジークハルト。お前はしばらく俺の側に控えていてくれ。伝言役を頼むかも知らないからな」
「はっ、しかし‥」
複雑な表情を浮かべるジークハルト。
「ん?王国への忠誠を捨てきれないか?残念ながら、お前達の国王は判断を誤ってしまった。友好の道や投降の道があったにも関わらず、ハーコートにそそのかされて、戦うという道を選択した。それで負けたのだ。敗軍の将にかける同情はない」
「が、命令されて動いていた騎士、兵士達に責任を負わせるつもりはない。俺に忠誠を誓う気持ちがなければ辞めることも許可する」
「いえ、そういうつもりでは無いのですが‥」
「まだ気持ちの整理をつける時間も必要だろう。5日後に決断を求める。それまでに考えておいてくれればいい」
「とりあえず今は命令に従い、給料分の仕事はしろ。いいな?」
「はっ、承知しました」
しばらくして、国王ツェーザル・アーリンゲ・フォン・ルクセレは礼拝堂に隠れていたところを見つかり、処刑された。
国王としての威厳もなく、最後は子供のように泣きじゃくって大騒ぎしていたと聞いた。
特に公開処刑するようなことはせず、最後の晩餐を経て、翌日には人目のつかない牢屋の中でその生涯を終えたのである。
ここに、300年続いたルクセレ王国は、こんなにもあっさりと国が滅びるのかと思うほど、一晩で呆気なく終末の時を迎えたのであった。




