第56話 それぞれの準備 その2
「よぉ、調子はどうだ〜?」
右手を軽く上げて、部屋に入って来た男は、長身で細身の男である。黒髪だが、白人と日本人のハーフのモデルのような容姿を持ったその男は、屈託のない笑顔で微笑んでいる。
部屋にいた男は、40代後半の風格のある男性。少し頭に白いものが混じりつつあるが、それがかえって経験の深さを感じさせる。
ミライとヒルシュフェルト伯爵である。
部屋の奥には、警護役として置いていった、ベスパの姿もあった。
「よっ、ベスパも変わりないか?」
その答えに、無言で頭を下げる。
「これはミライ様。戦の準備はほぼ完了しています。兵士5000人はすぐに動かせる状況です。それと私と親しくしていた貴族達には仲間になるように書状を送っております」
「書状か。直接交渉じゃなくて良かったのか?」
「はい、この状況で証拠を恐れる必要がございせんので。また、それをもってどう動くのか、試している部分もありますが‥」
「書状を反逆の証拠として、裏切るか試しているということだな?」
「そうです。少し頭の良いものであれば、私が水面下で交渉する余裕もなく、追い詰められている状態であると考えるでしょう。その上で協力するか裏切るかを試しているのです。協力することを選択した者は、信頼するに足る人物であると判断します」
「そこまで頭が回らない場合は?」
「その場合は単純に仲間になるか裏切るか。どちらにしても結果は同じになるかと」
「なるほどな。で、結果は?」
「この近隣の私の派閥に属していた貴族にのみ送付しました。恐らく一両日中にはわかるかと」
「わかった、それは任せよう。で‥だ。一昨日の昼前のことになるが、ハーコート伯爵というやつがおよそ1500人の兵士を連れてこちらに向かって来ていたのを間者の情報で掴んでな、デーン村で待ち伏せしていたんだ。恐らくお前が送った使者の要請に答えたのだろうよ」
「しかし、その実お前を更迭し、カルシ砦を奪還しに来たとか言ってたぞ。随分偉そうにしてたが、何者だあいつは?」
「ハーコート伯爵ですか‥彼は国王の義理の父にあたる貴族で、今この国の実権を握っている人になります。私を更迭と言ってましたか‥今回、砦を奪われたことを口実に責任を取らされたというところでしょうね」
「そんな重要人物だったのなら、逃がさないで捕虜にでもした方が良かったか?国王に宣戦布告の伝令役をさせてやったのだが‥」
「いえ、どのみち戦争になるのです。むしろ戦争責任を取らせるのに最適な人物かと思います。それより既に宣戦布告をされたのですね」
「ああ、お前に任せていたのに、勝手に済まなかったな」
「いえ、とんでもございません。ちょうど良いタイミングでございました」
「そうか、それは良かった」
ミライが頷く。
「そういえば、その時に騎士団長だったヒルデブラントが仲間になったぞ」
「本当でございますか?あの者はこの国の騎士の象徴のような男。こちらの陣営にいるというだけで、相当な抑止力となり得ると思われます」
「そうだろうな」
「それで、この後の計画はどうされるおつもりですか?」
「ああ、すでにカールスタッド王国とはある程度話が付いている。先方の間者を捕まえて、こちらの要求は伝えてある。何もしないでくれるのが一番ありがたいとな。約束を守れば、ことが片付いたときに会談を行うことで合意した」
「キルシュ公国のほうは、間者が少し距離を取って監視しているようなので放置している。恐らくカールスタッド王国とのやりとりも掴んでいるはずだ。こちらも様子見で間違いないだろう」
「で、本命の戦争の方だが、俺とバハム、レビィ、そしてヒルデブラントの4名で終わらせる。半日もあれば決着つくだろう。ただ、その後の事後処理が大変だ。だから、お前に王都に来てもらう。しばらくは戻れないと思ってくれ」
「はい、ご命令とあれば」
「ああ、とりあえず、お前は信頼できる騎士と兵士100人程度を連れて一緒にデーン村に向かい、待機していてれ。明日の朝一に出れば問題ない。残りはこの領地内に残し、王国兵士の残党による破壊行為への警戒だ。追い詰められた貴族がそういった行動に出る可能性もあるからな。兵士を領内の町や村の警備に当たらせろ」
「はっ」
「味方になった貴族達も同様の指令を。裏切った貴族はとりあえず無視していて良い。攻撃して来たら撃退するように」
「それと、俺が国王になるが、お前には宰相の役を引き受けてもらう」
「私などが宰相でよろしいのですか?」
「ああ、今のところ他に思い当たる人選が無い。ただし、お前よりも有能な人材が現れたら交代させるかもしれないぞ。2年程度の任期で、役職や人選の入れ替えをしようと思っているからな」
「それは癒着を防ぐ意味で良い考えかと思います」
「ああ、その為に、まず始めに貴族制度は撤廃させる。貴族全員と面談し、使えそうな奴だけ残し、国の為に働いてもらう。使えない奴は手切れ金を与えて平民に放り出す。あとは知らん。使える奴は身分に関係なく登用する。財政や防衛、司法など、機能毎に大臣を任命して責任と権限を与えて運営する」
「あとは学校の設立だな。デーン村を学園都市にし、優秀な人材を集め高度な技術を研究させる。他にも各町、村に学校を置き、少なくとも文字の読み書き、計算くらいは皆が出来るようにさせる。食料事情の改善も必要だ。その研究もさせなければならない。やることは沢山あるぞ。本当はデーン村でこじんまりとやろうとしていたが、国単位でやれることの方が大きいだろう」
「よほどの想定外のことでも起こらなければ、明日中には戦争に決着がつき国が変わる。その後処理を頼む。国王とハーコート伯爵は処刑。家族に関しては恩赦を与えても良い。任せる。そして、新国名はアインズゼーゲンとする。最上位の祝福という意味だ」
「畏まりました。アインズゼーゲン、良い名前ですな。このヒルシュフェルト、微力ながら、ご期待に添えるよう精一杯努めさせていただきます」
「よし、主要な方針はこんなところだ。細かい話はまた王宮で話し合おう。忙しいところ邪魔したな」
「はっ」
ヒルシュフェルトは、風のように去っていった主人の背中を見ながらこう思う。
自分は幸運だったと。神のような力を持つ存在でありつつも、人間のことを気にかけててくれている。彼らにしてみれば、人間など犬や猫のような存在なのであろうが、その目線で話をしてくださっている。
派閥だ、戦争だと余計なことを考えなくても良くなったというストレスの軽減は計り知れない。その分、国力や教育に力を注ぎ、幸せな国を作ることができるのだ。今まで夢に見ていたことが現実になろうとしている。アインズゼーゲン、まさにミライによる最上位の祝福が与えられたこの国はどんな栄華を極めるのであろうか。
楽しみであると同時に、その重要な仕事を任されているという喜びと責任の重さに、改めて身が引き締まる思いでいたのであった。
そうして、ヒルシュフェルトはミライに言われた指示に従い、部下達に指示を出していく。
いよいよ決戦は明日へと迫っていたのであった。




