第54話 軍議
王都エルバドールの城内の一室、中央に濃茶色の高級な木材を使用し、表面がつるつるになるまで綺麗に磨かれ、豪華な装飾が施されている巨大なテーブルが鎮座している。
その周りには同じく豪華な装飾が施され、座る部分には、クッション性のある羊毛が詰められ、その上から手触りの良い光沢のある赤い布が張られている。
20人ほどが座れる会議用のテーブルは、王宮に相応しく一級品の出来栄えであった。
その上座に座るのは40代前半で、丸顔、恰幅がよい男だ。その顔からはあまり威厳や聡明という言葉に似合うような印象は受けない。
この男が、国王ツェーザル・アーリンゲ・フォン・ルクセレである。
先ほど、ハーコート伯爵より報告を受けてから、落ち着きがない。
「ハーコート伯、どうしたら良いだろうか?」
「陛下、怖れるに足りません。例えあの忌々しい騎士団長が寝返ったとしても、我々には5万を超える兵士がおります。あのような不敬な者達など数の力で押しつぶしてしまえばよいのです。私にお任せください」
国王の左前に座る初老の男が進言する。
この男が、エルネスタ・ハーコート伯爵である。
デーン村から逃げ帰り、先ほど戻ってきたところであるが、すぐさま対策会議を招集したのである。
国王の周りにはハーコート伯爵を含め、12人の貴族達の姿があった。
「威勢良く出て行った割には、デーン村などという小さな村で逃げ帰ってくるとは、ハーコート伯も存外大したことないですな‥」
「くっ‥フリードリヒが裏切りさえしなければ、このような結果にはならなかった。それとも貴殿であればあのフリードリヒ卿に単騎で勝てるというのですかな?」
「いやいや、私はハーコート伯のように勇猛ではないゆえ、ご遠慮させていただきます。ただ、単純に騎士達50人に囲ませて戦わせれば良かったのではないかと申し上げているだけでございます」
「ふん、あのような狭い場所でそれだけの人数が戦えるのであればそうしたわ。軍を率いることもわかっておらぬ若造が‥」
「なんですと?ハーコート伯爵といえども、その言葉はあまりにも無礼ではありませんか?」
そう、皮肉の言い合いをしているのは、エンゲルベルト・フリードベルク侯爵である。まだ30代後半ではあったが、ヒルシュフェルト派閥の一員である。
「しかし、困りましたな。フリードリヒ卿が裏切ったなど、士気に関わってきます。何者なのですか?そのミライという男は‥?」
「知るものか。儂に向かって暴言を吐いてくれたのじゃ、絶対に許さぬ。捕えて私の手自ら拷問して聴き出してくれるわ。恐らくキルシュ公国の手の者であることは間違いない。カルシ砦を攻め落としたというのも奴の仕業で間違いないじゃろう」
「では、ヒルシュフェルト伯爵もキルシュ公国に裏切った可能性は‥」
「十分にあるじゃろうな。我らに救援の使者を送り込んだのも罠であったのであろうよ。待ち伏せされていたのだからな。そしてそこでフリードリヒ卿の裏切りじゃ。危うく殺されるところじゃったわ。それを何とか逃れてこの危機を皆に知らせるために戻って来たのじゃ」
「さすがはハーコート伯爵殿下。そのような状況であったと?」
「そうじゃ、これは王国の危機じゃ。全力で対応を取る必要がある」
そう言って、ハーコートは貴族達の顔を見回す。
「よもや、反逆者に味方する貴族の方々がこの場にいるとは思いませんが‥」
「そうですな、ヒルシュフェフト伯爵と仲の良かった方々もいらっしゃることですしね」
「確かに、よもやスパイなどと言うことはないと信じたいものですな」
クスクスと馬鹿にしたような笑みを浮かべる貴族達と、苦虫を噛み潰したような貴族達に分かれる。この場にはハーコート伯爵派閥が8人と、ヒルシュフェルト伯爵派閥が4人いた。
もちろん苦々しい表情を浮かべているのが、ヒルシュフェルト伯爵派閥の貴族達である。
ヒルシュフェルト派閥の貴族は他にもいるが、国境付近の自分の領地に常駐していることが多く、この場にいない。この中にいるヒルシュフェルト派閥で、最も大きな発言力を持つのが60代前半のヴェルナー・ホフマン伯爵である。そのホフマン伯爵が口を開いた。
「ハーコート伯爵、そう簡単に戦争と申しますが、数万の兵士を動かすのにどれだけの準備期間が必要かご存知なのでしょうな?王国騎士団が1万と、この近郊の貴族領から兵を集めることで1万。合計2万人程度であれば、明日にでも出立させることもできるでしょう。しかし、それ以上となると、王国内の各領地から兵を派遣してもらう必要が出てくる。そうなると場所にもよりますが、最大2週間は必要でしょう。それでも最大5万人」
「これはホフマン伯爵ともあろうことが、そのようなことも分からないのですか?いやいや、長く生きていると面白いものも見ることができるものですな‥」
「なんですと‥?」
「何、まず2万の兵を王都より出立させハーグ平原に展開し待機させる。2万の兵でも十分でしょうが、より確実な勝利を手に入れるために、各領地から兵を派遣させ、南側と西側の兵が揃った時点で挟み撃ちにすれば良いのです。デーン村など瞬時に消えて無くなるでしょう」
そう言って、ほくそ笑むハーコート伯爵。
「では、西のキルシュ公国への守りはいかがいたすのですか?」
「そうですな。ヒルシュフェルト伯‥いや裏切り者のヒルシュフェルトがキルシュ公国の兵を招き入れ、参加させる可能性が考えられますな。だから、早くキルシュ公国に対して全面戦争をかけ、我らが王国の領地を取り戻すように言っておったのじゃ。それに反対していたヒルシュフェルトめが、やはりキルシュ公国に通じていたとは‥」
「国王陛下、この機に、デーン村の盗賊どもを滅ぼし、その足でヒルシュフェルトとキルシュ公国を押しつぶすことを進言いたしますぞ」
「そうだ、そうだ」
「それが良い」
ハーコートの演説に、賛同を唱えるハーコート伯爵派閥の貴族達。
「そなたがそう申すのであれば、そうするのが良いのであろうな」
国王ツェーザルが頷く。まぁ、何も深いことは考えていないのであろうが。
「恐れながら、国王陛下。ヒルシュフェルト伯がキルシュ公国とつながり、裏切ったなど、何の証拠もない噂レベルの話でしかありません。正式に使者を出して、弁明の機会を与えるのが公平かと」
「馬鹿な、儂達は待ち伏せされておったのだぞ?それを知っているのは救援を依頼したヒルシュフェルトのみであろう。状況証拠が揃っているのに疑う余地などないであろう。それともあれか?ホフマン伯もヒルシュフェルトと同じくキルシュ公国と繋がっていて、我らの動きを内部から邪魔しようという魂胆か?」
「何を無礼な。ハーコート伯といえども、今の発言は不敬極まりない。撤回いただきたい」
「本当のことを言ったまで。王国に忠誠を誓う貴族であれば、ああだこうだと否定的な発言をするのではなく、国王陛下の為にどのように勝利するかを議論するものでは?」
いやらしい顔を浮かべるハーコート。
状況が悪いことはホフマン伯爵も分かっている。
しかし、ここで全面戦争ということになれば、この国が滅びかねないということを危惧しているのだ。
「カールスタッド王国の方はどうなさるので?キルシュ公国に対し全面戦争ということになると、カールスタッド王国が動く可能性が高い」
「そうですな、では、そちらはホフマン伯にお任せするとしよう。伯の私兵5000と、徴兵による民兵を総動員すれば、1万人を超えるのでは?それで、持ちこたえられるでしょう?」
「何を、相手は8万の大軍を持っているのですぞ。1万では何日も持ちこたえられる訳が無いではないか。それに我が領地からのみ徴兵など、来年の収穫に影響が出てしまう」
「なに、国王陛下の為に働けるのです。そのようなこと大したことではないではありませんか?そうではありませんか?」
「くっ‥簡単に言ってくれる」
腹わたが煮え繰り返りそうになる怒りを覚えるとはいえ、それに向かってノーとは言えない。反逆と受け取られかねない可能性があるからだ。
「ところで、フリードリヒ卿が裏切ったのは痛いですな。あの者は竜殺しであり、王国騎士団の中でもずば抜けて強かった。そのような者が敵になるとは‥」
ハーコート伯爵派閥の1人が口にする。ミライや、バハムート、リヴァイアサンの名前はこの会議ではほとんど触れられていない。
ハーコートが自分のことばかりで、敵のことを正確に伝えていないこともあったのだが、基本的に多少強くても盗賊風情としか考えていない為である。
「そうかもしれないが、いくら個の力が優れているとて、何万人の兵士を相手に剣を振り続けられる者などおらん。疲れて倒れるのがオチじゃ。だから恐れるに足らんと申しておるのじゃ」
「さすがはハーコート伯爵殿下。その深慮遠謀。感服いたしましたぞ」
「ふん、当たり前だ。国王陛下の忠実な臣下たるもの、これぐらい当たり前のことじゃ」
そして、ハーコート伯爵は、国王ツェーザルに向かい、進言する。
「陛下。ルクセレ王国の威信をかけて、全兵力をあげて、反逆者どもには厳罰をくれてやりましょうぞ。進軍の許可を」
「そうか、許可するぞ。ハーコート伯爵に全指揮を任せる。我らが神の祝福があらんことを」
「はっ!」
そうして軍議は終わったのである。
ルクセレ王国の歴史に終止符が打たれるまでのカウントダウンが始まったのであった。




