第52話 ミライ vs フリードリヒ
「お前が王国騎士団長のフリードリヒ卿だな?うちの部下と楽しんでいるところ悪いが、お前に話がある」
「んだよ、せっかく良いところだったのによ‥」
現れたミライがそう言うと、バハムートがシラけたように剣を収めた。
それを見て、フリードリヒも剣を収める。
「そなたは?」
「ここの領主をやっているミライという」
「聞いたことがない名前じゃ。さては、ヒルシュフェルトが勝手に自治領を認めたという盗賊か?」
フリードリヒの問いに名乗ったところ、後ろにいた初老の男が、しゃしゃり出てきた。
「‥‥こいつは?」
「ハーコート伯爵殿下です」
フリードリヒが苦笑しながら答える。
「貴様。この儂に向かって不敬にも程がある。国王陛下のご命令でヒルシュフェルトを更迭し、カルシ砦を奪還する途中じゃが、お前のような盗賊ごとき、この儂が今すぐに討伐してくれるわ。エンデルス、シュトゥーベン!」
「はっ」
「殺せ!」
「はっ‥はい」
呼ばれた手駒の騎士が背後から現れる。
どちらも190cmを超える大柄の騎士である。
しかし、先ほどまで、フリードリヒとバハムートの人間技とは思えない一騎打ちを見た後で、そんな敵がいる相手を倒せるはずがないとわかっていながらも、仕える主人には逆らえないというところか。顔が痛々しく強張っている。
「おい、ヒルシュフェルトを更迭と言ったか?」
ミライは、目の前に現れた騎士達は無視して、ハーコートに聞く。
「ふん、お前のような盗賊風情に領地を奪われ、最重要拠点であるカルシ砦を何者かに落とされたのだから、当たり前であろうが」
「エンデルス、シュトゥーベン、早く殺れ!」
恐らく、先ほどの戦いを見ても、どれだけハイレベルな攻防であったのか、この場で唯一人わかっていなかったのかもしれない。
そうでなければ、その発言はあり得ない。
一歩前に出た二人の騎士達の前に、リヴァイアサンが出る。
「命が惜しいなら、剣を捨てろ。来るなら容赦はしない。命が無いと思え」
凛々しい女性が、槍を構える姿に、騎士達の間から密かにどよめきが起こる。
凛々しい横顔は、戦の女神の姿のようにも見えたからだ。
「どうした?早く殺せ!」
一人、状況を分かっていない、ハーコートの怒鳴り声が響く。
それを聞いても、本能的に命の危険を感じ、剣を構えながら、ブルブルと震えている2人の騎士。
行くに行けないのだから。かと言って、剣を捨てることもできない。
数秒待ち、シビレを切らした、リヴァイアサンが動く。
槍を頭上で回転させ、1人の首元に斬りかかり、寸前で止めた。
その槍の速さは、バハムートの剣と同様、目で追える者はいない猛烈な速さだった。
静から動に移った瞬間に、槍の穂先が首元に突きつけられていたというようにしか見えなかったのである。
「次は無い。今すぐ剣を捨てろ」
リヴァイアサンのその一言に、剣を捨て、両手を上げる2人の騎士。
それを見て、槍を戻す。
「貴様ら、何をしている!」
自分の言うことを聞かない部下に対し、怒りを露わにするハーコート。
「裏切り者め!」
そう言って、腰からやたら豪華な飾りつけされた剣を抜き、振りかぶる。
「お許しを!」
命乞いする騎士だが、怒りに身を任せたハーコートは聞く耳を持たない。
「ひいっ」
剣が顔の前まで迫り、悲鳴をあげる。
「そのくらいにしておけ」
瞬時にミライが割込み、振り下ろされた剣の刀身を手刀で叩き折る。
「ハーコート伯爵とやら。お前のような虫ケラが王国の重鎮だと言うのなら、この王国に存在する意義はない。ヒルシュフェルトのように、この国を守りたいと思っている奴らに失礼だ」
「たった今、王国に対し宣戦布告をする。3日以内に降伏し、城を明け渡すなら命だけは助けてやろう。嫌なら命がけで戦え、と国王にそう伝えろ」
ハーコート伯爵は、怒り狂い、目を白黒させている。
「はーっ?これは傑作じゃ。王国に宣戦布告じゃと?盗賊風情が?馬鹿も休み休み言え」
「王国騎士団。反逆者だ、全員で取り囲んで殺せ!」
しかし、誰も動こうとしない。
バハムートにリヴァイアサン。
自分達が束になっても敵わない王国騎士団長と渡り合うだけの実力を持った戦士が2人。
先ほどハンスをあっさりと吹き飛ばしたグスタフもいる。
そして彼らの領主たる男の実力も未知数なのだ。恐らく王国騎士団長と同等に戦った戦士以上であるだろう。
全員でかかっても倒せない相手であることは、戦いを生業とする彼らには痛すぎるほど分かっていたのだ。
「何をやっておる!貴様ら全員反逆罪で処刑されたいのかぁ!!」
顔を真っ赤にして吠えるが、誰も動けない。
「フリードリヒ。お前が率先して行動せよ!」
「ハーコート伯爵殿下。無理です。ここには彼らに勝てる人間はいない。一度戻って、国王陛下にご報告をすべきかと思います」
「お前の進言など求めておらぬわ!」
ハーコート伯爵は、フリードリヒに対し、蹴りを入れる。それをあえて受けるフリードリヒ。
「貴様は、儂の命令を聞いて戦っておれば良いのじゃ。分をわきまえよ!」
そう言いながら、3発、4発と、片膝をついている、フリードリヒを蹴り飛ばす。
「おい、いい加減にしろよ。虫ケラ。それ以上やってみろ。貴様の手と足を引きちぎって、この世の地獄を味あわせてやるぞ」
殺気を露わにし、声のトーンが変わるミライ。
先ほどからの傍若無人な態度に我慢の尾が切れた様子だった。
「ひいぃぃっ」
その威圧に押され、尻餅をつくハーコート。
「国王への伝言役として殺さないでおいてやってるだけということを知れ。これ以上不愉快な面を見せるなら、希望通り殺してやる。それが嫌なら、今すぐ国王に伝え、決断させろ。猶予は3日だ」
「くっ、クソっ、退却じゃあ‥」
1500名の騎士や兵士達がいた中で、このやり取りを見ていたのは先頭の100人程度。
残りは長い隊列になっていた為、見えていない。
その為、屈辱に震えながら退却するハーコートの号令に、何が何だか状況が良くわからないまま退却する騎士達。
しかし、その一部始終を見ていた騎士とその従者達のほとんどは、そのまま立ち尽くし、退却しようとしない。
その中には騎士団長のフリードリヒの姿もある。
騎士として国を守る、その誇りで命をかけている者達ばかりである。あのような男の権力を守るために命をかけているのではないという、怒りが滲み出ていた。
「ミライ殿。助けていただき、ありがとうございます。しかし、私も王国騎士団長として、宣戦布告を受けたからには、引くわけに参りません」
「あの男のためではなく、私の騎士としての矜持のために、決闘をお受け頂けないでしょうか?」
立ち上がり、ミライに向け、頭を下げる。
「構わないが、俺が勝ったら?」
「生きていれば、捕虜として投降します」
再び剣を抜くフリードリヒ。魔剣シュヴェルツェの片手剣と短剣の両方を抜き、二刀流を構える。
ミライは背中の剣を抜き、フリードリヒに対峙した。
「いいぞ、いつでも来い」
「では参る!」
フリードリヒは、先ほどバハムートと戦った時よりさらに一段階早いスピードで踏み込み、袈裟斬りに一撃を打ち込む。しかしミライは全く動こうとしない。
(捉えた)
そう確信した瞬間、視界からミライの姿が消え、首の後ろに衝撃が走る。
フリードリヒは、一瞬、何が起きたのか、理解出来ないまま、地面に倒れていた。
数秒、気を失っていたのかもしれない。
周りの騎士達が、ザワザワとどよめいている。
彼らも何が起こったか見えていない。
フリードリヒが剣を構え、攻撃した次の瞬間には地面に倒れていたのである。
クラクラする頭を振りながら、地面に落ちた剣を拾い、再び剣を構える。
「何をした?」
歯を食いしばりながら、驚きに混乱するフリードリヒ。戦いの最中に相手を見失い、何をされたのか分からずに倒されたなど、生まれて初めてのことだったからである。
「わからなかったか?お前が剣を振り下ろしたのを、かわして、後ろに回り込んで、手刀を首の後ろに叩き込んだ。それだけだ」
だから言ったろ、とでも言いたそうに、フリードリヒを見るバハムート。
リヴァイアサンは、無表情でミライを見ている。
「もう一度だ」
剣を構えるフリードリヒ。
「いいぜ」
自然体で立ち、指でかかってこいとジェスチャーをするミライ。
次の瞬間、フリードリヒは、コマのように反時計回りに回転をする。まず左手に逆手で持った短剣をミライに突き刺し、次に右手の片手剣に回転の勢いを乗せて袈裟懸けにしようとする。
しかし、次の瞬間、ミライの姿は消え、フリードリヒの剣は空を切る。そして、別の角度からフリードリヒの首元にミライの剣が突きつけられているのに気づく。
勝負あった。殺す気になれば、いつでも首を落とせていたということだ。
しかも、全く剣筋を捉えることができなかった。
「ここまで、歯が立たないとはな‥」
自分に対し苦笑する。
生まれてから、一度も負けたことがない男の初めての敗北だった。
「さて、じゃあ、彼は捕虜として捉えさせてもらう。お前達はどうする?」
騎士達の方を向くと、全員手を上げ降伏の意を示す。
「わかった。では、お前達を捕虜として連行する。ついて来い」
そうしてミライ達は、その場に残ったフリードリヒと、120名の騎士と従者達を連れ、城に戻ったのであった。




