第51話 ヒルデブラント・フリードリヒ
デーン村に戻ったミライは、村の北側にある居住区の更に北側に城を置いた。
言わずと知れた、ケスキリカから運び出した古城である。指定した場所に傾くこともなく、元からその場所にあったかのように移設された巨大な城は、街並みに対し、不釣り合いに荘厳さを放っていた。
流石に驚かれたが、まぁミライ様ならこれくらいのことはあるかもしれないと、思っていた以上にさらっと受け入れられたのである。
浄化されたことにより、すっかりと禍々しい雰囲気は消えている。
あちこち風化して、崩れているところはあるのだが、おいおい修繕していけば良いであろう。
ということで、ひとまず住めるように、村人総出での大掃除を始めたのである。
謁見の間、宴会場、応接室、住人や使用人の居室、風呂、トイレ、台所、食堂など。
ミライも自ら率先して掃除をする。
ミライは当然であったが、バハムート、リヴァイアサンにも大きな居室を分け与える。
そして、食事係の蜥蜴族と、グスタフも含む、飛竜には、使用人の居室を与えた。広くはないが、一人で使うには十分なスペースである。
そして、台所や食堂をキレイにし、今後は屋外ではなく、この食堂でご飯を食べれるようにすることにした。
晴れの日は良かったのだが、雨の日はテントの中で食事の配膳を受けて、自分のテントや住居に戻って食べなければならなかったので、不便だったのだ。
食堂は単純に50名程度は入ることができるスペースを確保していた。
食事の時間を2交代から3交代で、運用すれば良いであろう。
巨大な本棚や魔導具が並ぶ執務室については後回しにして、それ以外の部屋を丸1日かかって掃除して、とりあえず住める程度にはキレイになったのである。
部屋は廊下は魔法で光を灯し、薄暗い印象はすっかりと消え失せている。
夜になり、暗闇の中、窓から漏れる灯りは、ライトアップされて美しい城の姿を浮かび上がらせていたのである。
その夜は、ちょっとした豪華な食事が振る舞われた。ちょっとしたお祭りに、村中の人々が、笑い、楽しんだのであった。
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次の日の朝、バハムートとグスタフを街道に待機させていた。
密偵からの情報で、王国騎士団の兵士およそ1000名とハーコート伯爵直属の騎士団および兵士500の計1500名の一団が、街道を西へ向かっているとあった為である。
情報通り、午前中にその一団はデーン村の横を通る街道に差し掛かる。
街道のど真ん中に椅子を置いて、足を投げ出して空を見ながら寛ぐバハムートと、その側で直立不動の姿勢で立って警備するグスタフ。
その態度に、先頭を走る騎士が、馬を止める。
「貴様、我々が王国騎士団と知っての態度か?」
馬に乗りながら、剣を抜き、威圧する。
「ああ、知っての態度だ」
嘲笑を浮かべて、わざと相手を逆撫でするように、騎士を見上げるバハムート。
「貴様っ!」
剣を振り下ろすが、バハムートの顔に当たる10cm手前に剣を突き出し、振り下ろした剣を受けるグスタフ。
馬上からの渾身の力を込めた一撃のようであったが、腕一本で支えているにも関わらず、1mmも動かされることなく、騎士の剣が弾かれる。
その様子をまばたき1つせずに見つめるバハムート。
「バハムート様に剣を振り下ろすことは、許されません。私が相手になりましょう」
グスタフが剣を構え言い放つ。
「いいだろう」
騎士は馬を降り、剣を構えた。
「王国騎士団、ハンス・ジールマン。お前の名は?」
騎士が問う。
「ミライ様配下、警備部隊長グスタフ」
そう言って、剣を構え直す。
「では、こちらから行かせてもらいます」
と発した次の瞬間、瞬時に間合いを詰め、剣の柄の部分で騎士ジールマンの腹部を強打する。
それがモロに入り、ジールマンはうずくまり、口から今朝食べたものを吐き出した。
辺りは酸っぱい匂いが漂い、それをみて、眉をしかめるグスタフ。
今の戦闘で、どうやら強者であることを認識し、先ほどまでジールマンが負けるはず無いと思ってニタニタと笑っていた騎士達の顔つきが変わる。
「何事か?」
後ろの方から、金髪の20代後半に見える騎士が馬を早足でかけてくる。
その後ろからは、60代前半の初老の老人が続く。
「団長。そしてハーコート伯爵殿下」
先頭の集団にいた騎士の一人が声をかける。
「申し訳ございません。街道を封鎖している男がおりましたので、尋問しているところでございます」
「で、ジールマン卿はどうしたのだ?」
団長と呼ばれた男が問いかける。
「いえ、バハムート様に剣を振るったので、少々お仕置きをさせていただきました」
答えようとした騎士を遮って、優雅に一礼しながら答えるグスタフ。
「ほう?」
グスタフの方を向き直る。
表情が変わり、殺気が漂う。
「ああ、悪かったな。お前が王国最強と呼ばれる騎士団長か?」
「どうだ、俺と遊んでいかないか?」
椅子から立ち上がり、剣を抜くバハムート。
「卿の名は?」
「バハムートだ」
「王国騎士団長、ヒルデブラント・フリードリヒ」
そう言うと、騎士団長フリードリヒは、腰の剣を抜く。
その剣は、一目見て特別な剣であることがわかった。深淵の闇を思わせる漆黒の刃を持つ片手剣に、柄の先端には黒い宝石が埋め込まれていた。
刀身からは何やら禍々しい闇が漂っている。
「へぇ、それがかの有名な漆黒の魔剣シュヴェルツェか?」
「そうだ。そう言うお前の剣も、ただの剣ではないな?」
「さすがだね。そう、こいつは竜剣エタンセル」
握り直すと、剣が真っ赤に熱せられた鉄のように赤く鈍い光りを放つ。
その雰囲気に、自ずと距離をとる騎士達。
「いくよ?初撃を受け止めれたら褒めてあげるよ」
そう言うと、フリードリヒは剣を振り上げ、足を踏み込み、剣を振り下ろす。
カンッと甲高い金属音が響き、これがバハムートによって受け止められたことを示していた。
「へぇ、やるじゃん」
ペロリと舌舐めずりをしながら、純粋に感動している様子のフリードリヒ。
残念ながら、この場にいた者で彼の太刀筋を見ることができたのは、フリードリヒとバハムート、グスタフだけであった。
ちなみにグスタフは、なんとか太刀筋を見ることはできたが、恐らく受け止めることはできなかっただろうと分析している。
それ以外の者達には、フリードリヒが一瞬消えたようにしか見えていない。ましてや剣の太刀筋など、わかるはずもなかった。
「初撃を受け止めれたらなんだって?太刀筋が遅すぎて、合わせるのに苦労したぞ」
バハムートが挑発する。
「ふん、言っていろ」
挑発には乗らず、フリードリヒが剣を打ち込む。
上段からの振り下ろしを受け止められ、返す刀で左から薙ぐ。これも軽々と受け止められ、弾かれたところを、バハムートが袈裟斬りにフリードリヒの左の肩口を狙うが、これを半身でかわし、バハムートの腹部に向かって、斜め下から切り上げる。
バハムートは一歩下がり、剣が空を切ったところを、打ちおろすが、フリードリヒの返した剣で受け止められる。
戦っている2人にとっては、まだ相手の技量を図る小手調べだったのだが、周りで見ている騎士達にとっては、驚愕の光景にしか見えないのであった。というか、高レベル過ぎて、その動きを目で終えているものはいなかったのである。
フリードリヒが本気を出して、その剣を受けれる者は
王国騎士団500名の中でもゼロである。
いつも一太刀で終わってしまう。
そのため、フリードリヒが本気で剣を撃ち合うのを見たのは、皆、初めてなのであった。
「騎士団長が本気を出してるのに、全て受け止められてるぞ」
「アイツ、何者だ?」
そんな驚愕混じりの声が漏れてくる。
「まだ、本気じゃないんだろ?いいぜ、本気出してくれて」
「じゃあ、お言葉に甘えて、本気を出させて貰うよ」
そう言うと、フリードリヒは脇差の短剣を抜いた。その剣も、片手剣と同じように、漆黒の刀身を持っている。それを左手小指側に刃が来るように、上下逆に持つ。
「漆黒の魔剣シュヴェルツェっていうのはね、この短剣と2本で魔剣なんだよ。まぁ、この短剣を抜いたのは、昔、下位竜を退治したとき以来かもしれないね」
「へぇ、そいつは光栄だ」
そう言って、剣を撃ち合う。
実のところ、先ほどとは比べものにならないほど剣のスピードが上がっている。
小手調べも終わり、完全に本気であった。
片手剣を受け流したと思ったら、短剣の攻撃がくる。それを受け、攻撃に転じると、片手剣でこれを受けながら、短剣が首元に迫る。
これを体をねじってかわし、一歩引いて、間合いを取る。
一瞬の出来事であった。
グスタフにも、もう太刀筋はほとんど見えていない。
二刀流のフリードリヒに対し、剣一本で受けて攻撃しなければならないバハムートのほうが部が悪かった。
「楽しいなぁ。ミライ相手だったら、動きが早すぎてあっという間に終わってしまうからな。全く勝てる気がしないけど、お前相手だと、ギリギリのところでやれるからちょうど楽しめていい感じだぜ」
ニタニタと、心底楽しそうな笑みを浮かべる。
「へぇ、じゃあ、君を倒して、そのミライとかいう化け物と相手してみたいものだね‥」
「それは無理だろうよ。俺に手こずっているようじゃ、アイツ相手に10秒も持たせられはしないだろうさ」
バハムートは全力の一撃を放つ。
とても片手剣で受けるのは難しいと判断したフリードリヒは、短刀と二本の剣を平行に持ち、横薙ぎの一撃を止める。
手がビリビリと痺れるほどの威力。
威力を流すために、バックステップで下がったところ、空中で踏ん張りの効かない状態を狙い、バハムートが剣を突く。
これを二本の剣をクロスさせ防ぐが、バハムートは手首を捻りねじ込む。
「クッ」
バハムートの剣は、フリードリヒの剣のガードを滑らせ、首元に迫る。
これを首を捻りギリギリで回避したが、数mm避けきれず、肌が裂け、血が滲み出る。
反撃に転じ、片手剣で斬りかかるが、突き出した剣はすでに戻っており、あっさりと弾かれる。
ニャッと笑うバハムートに対し、焦りを見せるフリードリヒ。
「おっ、やってるねー」
そこに現れたのは、黒髪で長身、細身の美男子と、大人びた青い髪の女性である。
ミライとリヴァイアサンであった。




