第49話 ケスキリカ
呪われた禁忌の地、ケスキリカ。
昼間でも薄暗く、その森の中にポッカリと現れる城の周りには、無数の死体が転がっており、昼間でも死者が歩き回ると言われている。
何処からともなく不死者が集まりだし、ある日、その近隣の村々で凄惨な殺戮が行われ、一夜にして、数100人の村人達が命を落としたのである。
事を重くみた王国の騎士団の派遣も検討されたのだが、それが実現することなくその土地は放棄された。
それが、今から30年ほど前のことである。
当時は冒険者に不死者退治を依頼する高額依頼もあったようだが、受けたものが1人も帰ってこないのだから、すぐに倦厭され、受けるものはいなくなったのである。
それ以降、この地に足を踏み入れる者の姿はなく、食屍鬼ですら近寄らないというその地は、一度迷い込んだら帰ってくることはできないことで有名である。
もう数十年の間、その地は黒い霧に覆われ、誰も立ち入ることのない禁忌の地として、そこにあり続けたのである。
その森の中を、6人の男女混合の冒険者風の者達が歩いていた。
ミライ、バハムート、リヴァイアサンと、パニガーレ、エストレヤ、ベスパである。
飛竜3人は、やや気味が悪そうに、周囲を警戒しながら歩いている。
あたりはちょうど陽が落ち、夜空と夕日が溶け合って、群青色の空が浮かんでいる。
しかし、黒い霧に包まれた森の中を歩いている一行には見ることができない。
湿度のある、ネットリと絡みつくような空気の中で、当然多少なりとも怖がったり、警戒をしたりするのが正常な反応のように思われるのであるが、竜の3人は平然と鼻歌でも歌いそうな気軽さで歩いている。
ときおり、ガサッと音がして、骸骨戦士や、腐死体が現れ、生きている者に反応して襲いかかってくるのだが、彼らが軽く武器を一閃するだけで、塵のように粉々に消滅してしまう。
パニガーレ達、飛竜も光属性を武器に付加しており、戦える状態なのだが、彼らが敵を見つけ、倒そうと武器を構える前に、彼らの主人達が終わらせてしまっているのである。
それが3度続いたところで、諦めて、大人しく後をついて行くだけの存在になってしまったのであった。
彼らがなぜ空を飛んで一気に古城に向かわず、わざわざ徒歩で向かっているのか?
それは、上空から俯瞰で眺めているとその理由がわかったかもしれない。
森の中をにポッカリとあいた直径500m程の広場。その中央に王都の城に比べても遜色無いような、大きくそして禍々しい古城が建っている。
その古城を中心にして、直径約10kmにもおよぶ範囲が黒い霧に覆われている。
この黒い霧の範囲が、徐々に小さくなっているのである。1時間ほどが経過したところで直径約8kmほどまで縮んでいる。
この黒い霧の正体は、長い年月をかけて引力に引き寄せられるようにように溜まった負の霊子であったのだが、それが高濃度で存在する故に、黒い霧のように目に見える状態になっているのである。
これをミライが吸収し続けているのである。
負の霊子を、竜の属性にあった中立の状態に変化させ取り込んでいる。
竜剣エルムンドの力と、イグニの高速演算力があってこそ可能な行為であった。
1時間ほど歩いて、黒い霧の中心部に到着した。
高い城壁に囲まれた古城が見える。
大きさはかなり大きい部類に入る。ルクセレ王国の王城と比べるとやや小さいが、レンズブルクの城よりははるかに大きい。
一番高い塔の先の高さは20mほどもある。
城壁も10mを超える高さとなっており、メインの居館部分も城壁を超えてその姿を覗かせている。
屋根部分で15mの高さを超えていると思われる。
城壁に隣接する三角錐の屋根を持つ城壁塔が9本見え、その正面に入り口となる跳ね橋が降りていた。
そのシルエットだけ言えば、堅牢で荘厳な印象を受けるその古城は、城壁だけでなく、塔や居館部分も、部分的に崩れ落ちている箇所が目立ち、廃墟のようになっていた。
近づいていくと、城の周りには杭に磔にされた白骨死体が点在している。
また、城壁や塔からは、首を吊られた白骨死体が並んでいた。
その白骨死体で飾り付けられた廃墟と言っても良い古城は、死の匂いに充満し、禍々しい場所となっていたのである。
ミライは、その城の中に入っていき、残りの者もそれに続く。
相変わらず、低級の不死者がうろついているが、目に入ったものは、すべて瞬殺される。
この場にいる彼らにとって、目の前を飛ぶ虫を払う位の感覚なのである。
そして、彼らは迷うことなく、城壁内部の中央に位置する居館に入って行った。
居館の中は、城に住む人が生活するのに必要な設備がすべて揃っている。
謁見の間と思われる部屋や、宴会場、執務室に応接室のような公的な場だけでなく、住人や使用人の居室や風呂、トイレ、台所、食堂など。
かつては豪華で美しかったであろう建物だったが、死体が所狭しとと転がっており、床や壁には血がこびりついている。
埃が溜まった床の上を、百足や蜘蛛が歩き、目をしかめたくなる。
(ほぅ‥)
おそらくは城主の執務室だったと思われる部屋に入ったときであった。
イグニが頭の中で感嘆の声を上げる。
そこには巨大な本棚が立てつけられており、その棚に無数の本が並ぶ。
この時代、紙自体が非常に貴重なものであり、それに手書きで書写して作成した本はさらに貴重なものである。
恐らくはあの不死王が様々な実験をしていた場所なのであろう。
おぞましい拷問道具などの他に、多種多様な魔法の触媒となる素材や、魔法の力が込められた魔導具が所狭しと転がっており、その中でもいつの時代のものかは分からないが、現代の魔術では生み出せないと言われている遺産と呼ばれる希少な魔導具が、大事そうに棚の上に鎮座している。
ミライにはその価値はよく分からなかったのだが、イグニが唸っているところを見ると、相当に価値のあるまのだったのかもしれない。
まぁ、詳しくは後で教えて貰えばいいのだ。
本棚には、数千冊の本が並んでいた。
大部分は黒魔法と呼ばれる、不死者を作ったり、操ったりする系統の書物であったり、魔族を召喚し、使役する系統に関する書物が並んでいる。
一方で竜に関する伝説やお伽話の類のものや、神や天使に関する本や、過去の英雄に関する本なども多く残っていた。
いずれもかなり貴重なものであるのは間違いない。
(イグニ、この本、全部空間にいれて持っていくか?っていうか、そもそもこんなに入るのか?)
何気なく聞いた俺の質問は、またもや常識外れな答えに驚かされる。
(せっかくだから、この城ごと貰って、デーン村に移設してはどうだ?)と。
は?となるのも無理はないだろう。
いや、つい、「は?」と声に出してしまった。
隣にいた、バハムやレビィが怪訝な顔をする。
「ああ、ゴメン、こっちの話」
そう取り繕って、再びイグニに向かう。
(意味がわからない。移設って、どうやるんだ?流石に重力魔法を使っても持ちあがらないだろう?)
(大丈夫だ。この城の周辺の空間ごと、亜空間に移動させて、デーン村でそれを取り出せばいい。そのあたりの調整は問題ない)
とのことらしい。
どれだけの容量の物が入るのか‥毎度のことながら恐れ入ります、という気持ちでいっぱいになった。
(確かに、一からこの城を作るとなると、もの凄い人と資材が必要だから、改修したほうが早いのは認めるが、これだけ虐殺やら怪しげなことに使われた城だぞ?気持ち悪くないか?)
(それならば、浄化してしまえばよい。さすがに壊れたところは魔法では直せないが、死体やまだウロウロしている不死者は、浄化魔法で消し去ることができるぞ。あと1時間もすればこの辺りの負の霊子をすべて吸収しつくす。それが終わったらやってみるか?)
とのこと。
是非にとお願いして、城内を練り歩く。
よく見ると、外回りは風化して崩れている箇所も多いのではあるが、内装はそれほど大きく痛んでいないのが見て取れた。
豪華なシャンデリアや、壁や階段に飾り付けられた模様。倒れたり壊れたりしているものが大部分だが、そのままでも使えそうなものや、少し修理をすれば使えそうな調度品も数多く残っている。
そういう目で見ると、決して悪くない物件に思えてきた。
時間が経ち、居館の外に出る。
すっかり黒い霧が晴れ、星空が広がっている。夜空には月が浮かび、月明かりに城が照らされ、幻想的な風景であった。
(よし、イグニ、始めるぞ)
そう言って、空中に浮かび上がり、城を見下ろせる位置に止まる。
そして、イグニのサポートを得ながら、浄化魔法を発動させる。
「神聖なる浄化」
水平より斜め下を向くような形で、直径3mほどの巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこに手をかざすと、無数の光が、流れ星のように、地上に降り注ぐ。
何千、何万という光の筋が、暗闇を昼間のように明るく照らし出す。
その一本一本の筋が白骨死体や、ウロついている骸骨戦士、腐死体、死霊、生霊といった、不死者達を、一体一体に降り注ぎ、その存在を浄化し、消滅させていく。
そして、直径10kmすべての範囲に残っていた死体や不死者がすべて浄化され、呪われた地とされてきたケスキリカ地方は、数十年ぶりに、元の静かな姿へと戻ったのであった。
(さて、このまま城を移設させるぞ)
(空間転移)
そう言って、イグニが魔法を発動させる。
城の真上に直径1kmにもなる巨大な魔法陣が現れ、その魔法陣が分かれて一方がだんだん下降していく。
地上まで降りて、魔法陣に挟まれた円柱状の空間が出来たところで、その範囲の中に入っていたものはすべて一瞬にして消え去った。
小さい物と同じ原理ではあるのだが、巨大な城が一瞬にして消えて無くなるのは、圧巻であった。
さて、この地でやるべきことはすべて終わった。
一度、デーン村に戻り、明日の朝、レンズブルクに行って、伯爵に報告してやろうということになり、村に戻り、ひと休みすることにしたのであった。




