第48話 竜剣エルムンド
レンズブルクが目の前に見えてきた時であった。
(ミライ、先ほどの黒い宝玉からの記憶を読み取ったのだがな‥)
頭の中でイグニの声が響く。
(ああ、何かあったのか?)
(先ほどの不死王はレンズブルクから北に、歩いて3日ほど行ったところにある古城に住んでいたらしいぞ)
(昔はどこかの貴族が住んでいた城を奪い、邪教徒の根城としたようじゃ。周辺の村の人々は虐殺され、アンデットとして今も彷徨っている、呪われた地と呼ばれている場所らしい)
(へぇー、で、それがどうかしたのか?)
だからどうしたという内容の話だ。それで終わりではないはずと思う。
(ああ、その古城じゃが、魔法や呪法に関する書物やアイテムなど、面白そうなものが随分と転がっているようじゃ。討伐ついでにすべて貰ってしまったら良いのではないかと思っていてな‥)
ということである。
まぁ、それほど食指が動いたわけではないが、貰っておいてもいいだろうぐらいの感覚である。
(別にどっちでもいいが‥)
そう言う、俺に向かって、イグニが口を開く。
(もう一つ、こちらが本命なのじゃが、その城の周りには、過去から溜まりに溜まった、膨大な負の霊子エネルギーに満ち溢れている。これもすべて貰おうと思う‥)
とのことである。
(大丈夫なのか?また、死にそうになったりしないだろうな‥)
心配する俺を他所に、心配するなと言うことであった。
(まぁ、お前が大丈夫というなら大丈夫なのかもしれないが。。。そんなに霊子エネルギーを集めて、どうするんだ?)
(ミライよ。何を言っておる?もう我らは上位竜に進化する準備段階に入っておるのだぞ?気づいていなかったのか?)
我ながら愚問であったと後悔した。
イグニの目標は上位竜に進化することであった。その為に全力でサポートすると。
しかし、上位竜になる為には、通常1500歳を超えると言っていなかっただろうか?
まだ生まれて200年足らずのイグニが、通常500歳程度で中位竜になるのを遥かに若くして進化したのだ。それだけでも驚くべきことなのに、そこから半年も経たずして、上位竜に進化するというのか?
(おいおい、上位竜に進化するのが目的だったのは覚えているさ。しかし、あと1000年以上かかると言ってなかったか?)
流石の俺も、驚きを隠せない。
(うむ、通常であれば、そのはずだったのであるが、お主が手に入れた魔装具。あれは魔族の中でも上位階級の物じゃった。本来なら地獄に行かないと見つからない代物なのじゃが、座天使級の悪魔の物で、名をトゥードリヒアスギフトというらしい。猛毒という意味じゃ)
(それに、あの聖剣エストレージャス。あれは中位階級の物じゃ。主天使級の神装具じゃった)
(この二つは、物質界の霊素からではなく、星霊界につながり霊素を吸収することができる。物質界の濃度では1000年かかったであろうところを、星霊界の高い濃度の霊素を吸収することで、100倍近いところまで効率が上がっているのじゃ)
(さらにその蓄えられる量も、装具のおかげで桁違いに増えている。竜の身体の中に蓄えられる容量は、年齢と共に増えていくが、上位竜(アークドラゴンに進化するだけの容量になるには1500歳位まで成長する必要がある。しかし、この魔装具と神装具を合成した竜装具が完成した今、上位竜になるのに必要な容量は満たすことができた。あとは、十数年待つだけで進化可能なところまで来ているのじゃが、霊子エネルギーを大量に吸収できれば、その進化への時間も短くなる)
(竜装具のお陰で、星霊界の霊素に直接干渉できるから、正の霊子も負の霊子も、中立の霊子と同様に吸収することができるようになった。よって、その古城の周りに漂う負の霊子を吸収し尽くしてやろうという提案をしたのじゃ)
(‥‥)
言葉も出ない。
レンズブルクへの飛行途中であったが、思わず止まってしまった。
「おい、ミライ?どうした?」
バハムートの言葉が聞こえるが、手を上げて、チョット待つようにジェスチャーするだけで精一杯であった。
(どこから突っ込んで良いか‥)
ため息が漏れる。
納得はした。非常に理論的な解説である。霊子論について理解している者にとっては、分かりやすい説明だった。
なので、上位竜に進化できる条件がもうすぐ揃うという状況は良くわかった。
しかし、話が大きすぎて、まだ腑に落ちないのである。
あの魔装具がそんなに凄いものだったとは。なぜあのような場所にあったのか、あの時よく死なずに済んだと思ってしまう。
そして、一番気になるのが、イグニが完成したと言った竜装具のことだ。
(イグニ。竜装具のことだが‥)
言いかけると、それを待ってましたとばかりに説明を始める。
(そう、竜装具じゃ。ついに完成したぞ)
イグニがそう言うと、聖剣エストレージャスが、光の玉に変化し、右手の籠手も黒い玉に変化する。
その2つの玉はミライの目の前で1つになり、青白い光へと変わる。そして、一振りの剣へと姿を変えた。
その剣は、刃渡り150cmほどの両手剣であった。
竜を模した持ち手は華美ではないが、実用的でいて上質な装飾が施されており、金色に輝いている。そして、両手剣にしてはやや細身なその刀身は、空や海を思い出させる、青白い美しい光を発し、輝いている。
(竜剣エルムンド。世界を意味する剣じゃ)
剣を握る。
春の雪解け水のような、冷たく、清らかな感触がある。
スッと剣を振ると、音もなく空気が切り裂かれ、遥か遠くの雲にまで届き、2つに切り裂いた。
軽く、自分の手足のように馴染んでいる。
聖剣エストレージャスと比べ物にならない程の、圧倒的な力を感じる。
剣から手を離すと、青白い光の玉に変わり、背中の鞘へと戻っていく。
「おい、ミライ。今の‥」
流石のバハムートも、驚きで声が出ないようだ。
「ああ、今のは竜剣エルムンド。聖剣エストレージャスと魔装具トゥードリヒアスギフトから生み出された俺の剣だ」
そう説明する。
バハムートとリヴァイアサンの二人には今の一振りで、どれだけの物なのかわかったのであろう。それ以上の追求はなかった。
パニガーレ達飛竜達にはイマイチどう凄いのか、までは感じ取るにいたっていないようであったが、もの凄い武具だと言うことだけはわかったようであった。
彼らも、改めて自分達の主人の凄さを目の当たりにして、誇らしい気持ちになったのである。
もうすぐ夕日が落ちる頃である。
呪われた地のアンデット達も動き出すであろう。
これを退治し、負の霊子エネルギーを吸い尽くす。そして、古城の宝をゴッソリいただこうというのが、今回のミッションであることを確認し、不死王が住んでいたという古城に向かうことにしたのであった。




