第46話 骸骨竜(スケルトンドラゴン)
まず飛び込んできたのは、大きな大きな空間の奥に横たわる巨大な竜の骨。
竜が死に、朽ち果て、骸骨となった姿である。
そして、その前に立つ、黒いローブを着た骸骨。
格好から、魔導師のように見えるが、骸骨魔導師とは明らかに格が違う。
「屍霊王か?」
「いや、あれは、不死王だ」
バハムートの問いに、リヴァイアサンが答えた。
2人には知る由も無いのだが、奇しくも、ミライが予見していたことが、正解であったことが証明された瞬間であった。
「厄介な相手だな」
バハムートが呟く。
不死王とは、高位の魔導師が、自らをアンデット化させ、長い年月をかけて魔道を研鑽した姿である。
朽ち果てることのない肉体は、数百年活動を続け、その間に、人間では到達し得ない領域の魔法を扱うことができるようになった存在なのである。
不死王はすでにバハムートとリヴァイアサンが来るのを知っていたようで、あれだけ骸骨戦士や骸骨魔導師を倒してきたので当然と言えば当然なのであったが、迎撃の準備はできていたようだ。
「創造不死者・骸骨竜」
竜の骸骨の下に大きな魔法陣が浮かび上がり、骸骨の竜が動き出す。
人間の魔導師であれば、事前に魔法陣を描いて準備しておくなり、長い呪文を詠唱するなりして、魔法を発動させるところを、無詠唱でかつ瞬時に発動させた。
それだけ高位の魔導師だという証明でもあった。
しかし、それ自体は下位竜の2人にとって驚くに足りない。
彼らも生まれた時から当たり前のようにできたことであるからだ。
むしろ人間たちが呪文の詠唱を必要にすること自体が、なぜそんなものが必要なのか理解できないのである。
「おのれぇっ!」
骸骨の竜が動き出したのを見て、リヴァイアサンが、怒り心頭になる。
仮にも同族が亡骸をアンデットとして操られている光景を目の当たりにし、気分を害されたのである。
リヴァイアサンは光と水の属性を付加した素槍を構え、不死王相手に突き出す。
しかし、それよりも早く、骸骨竜が、前足を前に出し、その槍を受け止めた。
魔法陣が光り、結界が働く。
反動で、弾き飛ばされるリヴァイアサンであったが、空中で一回転し、着地した。
「ちっ」
舌打ちし、左手を前に突き出す。
「水槍」
そう口にすると、2mほどの長さの水で形取られた槍が5本、リヴァイアサンの頭上に現れ、骸骨竜に向かって飛んでいく。
しかし、それも全て、結界に阻まれ、弾け、消える。
「これもダメか」
厄介である。
物理結界も魔法結界も張られている。
アンデットなので、精神攻撃や、毒、麻痺といった状態異常系の攻撃も無効化される。
こういう戦闘は、詰まるところ、結界を上回る上位の攻撃をするしかない。
気のせいであろうか、不死王が鼻で笑ったような気がした。
気分が逆撫でされる。
(あー、ヤベェ。レビィの機嫌が悪い)
リヴァイアサンの綺麗な顔の眉間にシワが寄っている。
昔、リヴァイアサンにしつこく絡んできたオスの竜を、半殺しにしたこと。
(このときは、バハムートが止めなかったら確実に殺していたであろう。そして八つ当たりを受けて、大怪我を負わされたこと)
可愛がっていたペットのグリフィンを殺され、町一つを壊滅させたこと
(このときも、危うく国一つを滅ぼすほど怒り狂っており、止めたバハムートが、またもや八つ当たりでとばっちりを受けて、代わりのペット探しに付き合わされたこと)‥などなど、昔の苦い経験を思い出す。
二度あることは三度ある。
人間の世界の諺が頭に浮かぶ。
(だからコイツは苦手なんだ‥)
とはいえ、制止役はミライがいない今、今回も自分がとばっちりを受けそうなことは自覚していた。
(俺のキャラじゃないんだがな‥)
そう思いながら剣を構える。
骸骨竜が、前足の爪で攻撃してくるが、剣で逸らし、攻撃するも、結界に弾かれる。
すると、骸骨竜が口を大きく開け、酸を吐く。
容易に躱すも、酸が撒かれた地面から、ジュッと焼け焦げた音と匂いが上がる。
竜の咆哮ではないのが幸いだった。
成長した中位竜の放つ咆哮であれば、一撃でやられていたかもしれない。恐らくコイツも下位竜だったということか。
であれば、同じ下位竜同士。操られている同族になど負けるはずがない。
「魔法耐性結界無効」
「物理耐性結界無効」
「炎属性付加」
「物理攻撃増強」
「炎属性攻撃増強」
魔法を重ねがけし、相手の結界を無効化しながら、自分の炎、物理属性を強化し放つ剣戟は、彼の人間の姿での最大限攻撃の必殺技であった。
「吹き飛べ!炎魔神殺し!!」
炎の上位精霊である魔人イフリートをすらも凌駕する高熱による剣戟。それが炎魔神殺しである。
その攻撃は結界を通り越し、骸骨竜に対し絶大なダメージを与えた。
しかし、剣がその威力に耐えられなかった。
大きくて頑丈とはいえ、ただの鉄の刀である。魔法で強化されたものではない以上、ある意味耐えきれず、刀身の半分から砕け散ってしまったのは、当然のことかもしれなかった。
そのせいで威力が半減し、確実にダメージを与えはしたが、一撃で骸骨竜を一撃で葬り去ることはできなかったのである。
「ちっ」
折れた剣を投げ捨て、予備の腰の幅広剣を抜く。
その様子を眺めながら、リヴァイアサンが手に持っていた素槍を離した。
カランカランと乾いた金属音が響き、槍は地面に転がる。
「召喚精霊獣ユルルングル」
槍を離した右手を横に突き出し、召喚した魔物は虹色に輝く蛇の魔物であった。
精霊獣ユルルングル。
水の上位精霊の一種であり、天候や雨を自由に操ることができる獣である。
精霊とは自然と調和した存在で、中立の霊子の存在である。そのため、同じ中立の霊子を持つ竜族と親和性が高い。
そして、リヴァイアサンは、この水の上位精霊である精霊獣ユルルングルを支配下に置いていたのである。
決して簡単なことではない。
上位精霊は下位竜と同等の存在である。
それに認められたいうことは、それなりの力を示したということだ。
「変形虹槍」
そう呟くと、虹蛇は身体をくねらせ、一本の槍へと変形していく。
元々持っていた素槍より一回り大きいその槍は、その穂先は、虹蛇さながら波打った形をしており、ボンヤリとした七色の光を輝かせている。
虹槍を手にしたリヴァイアサンは、おもむろにそれを横に薙ぎ一閃する。
小規模だか、津波と言って良い膨大な量の水が発生し、通常の水の何百倍もの圧力で、骸骨竜と、不死王に襲いかかる。
両者は、これに逆らうことができず、巻き込まれて押し流され、壁に押し付けられて水圧に潰される。
水が引き、どこかへ消え去ったのに合わせ、骸骨竜が、粉々に潰され、消えて無くなった。
不死王はまだ立っている。
ダメージを負ってはいるようで、黒いローブのあちらこちらが破れ、その下の骸骨の身体が露わになっている。
そして、それも部分的に、折れて、潰されているのが見てとれた。
何を考えているのか、表情から読み取ることはできないが、怒ったように瞳の奥が赤く光る。




