第44話 放たれた2人
ルクセレ王国とキルシュ公国両国の北側には、東西に伸びる高いプロバンシー山脈があるが、そこから南にT字を描くように、もう少し低い山が並ぶ。これが両国を隔てる国境になっている。
数十年前までは、キルシュ公国という国は無かった。山脈の南側には、ルクセレ王国とカールスタッド王国の二国しかなく、激しい領地争いをおこなっていたのである。
しかし、先代の国王の弟であったエルナンデス・キルシュ公爵が、突如独立を宣言し、王国の西側を我がものにしたのである。
独立を宣言した本当の理由は本人にしかわからないのであろうが、兄よりも武芸に秀でていた弟が、不満を募らせて独立したというのが、世間一般で語られている理由であった。
当時は、弟の謀反に怒りを露わにし、徹底交戦の様子を見せたルクセレ王国であったが、第三者であるカールスタッド王国の存在により、大っぴらな軍事行動が取れず、膠着状態に陥った。
地形的な理由もある。
ルクセレ王国とカールスタッド王国の間は平地なため、数千人規模の大軍を進軍させることができる。
一方で、ルクセレ王国とキルシュ公国の間は、山を挟んでおり、何ヶ所かの狭い道を通るルートしかないため、大規模の進軍が難しい。
そのため、数の優位を活かすことができず、短期間で一気にキルシュ公国を攻め落とすことができなかったのである。
戦いは数週間に及んだが、それ以上は王都をあけて、カールスタッド王国に無防備になるような愚策はとらなかった。
その後は、山を挟んで東西にそれぞれ砦が築かれ、相手の砦を落とすべく、数百人規模の小競り合いが起きているにとどまっているのである。
子の代に変わっても、争いは続いている。
現在、山を越え、東西を結ぶルートは4つある。
カルシ砦はその最北端に位置している。ルクセレ王国側の支配下にある砦である。
ヒルシュフェルト伯爵がこの砦の防衛責任者を務めている。
その砦が、昨晩何者かの襲撃を受け、一夜にして陥落した。
とは言っても、相手はキルシュ公国の兵士ではない。数千の骸骨戦士や骸骨魔導師からなるアンデットの大軍だったらしい。
しかも、キルシュ公国側からではなく、ルクセレ王国側から攻撃されたようである。
砦はキルシュ公国側からの攻撃を想定して作られている。
内側からの攻撃にも多少の防御効果はあるのだろうが、数千という数の多さに、為す術もなかったはずである。
砦の内部、あるいは砦の外にではあるが、ルクセレ王国側の領内には、合計100体を超える兵士の死体が転がっていた。
元々砦の警備を任されていた兵士達と、援軍にきた兵士達のものだ。
しかし、骸骨兵士の痕跡はない。存在していたのかも疑わしいほど、忽然と消えてしまっている。
ミライから、カルシ砦にて待機を命じられたバハムート達は、砦の城壁の上にいた。
「待機してろって言ってもな‥‥今さら何が出るって言うんだよ」
不平を口にするバハムート。
キルシュ公国へ続く扉が大きく開かれているが、敵国の兵士は見当たらない。
ミライからは、キルシュ公国の兵士が攻めてきたら、ここを通さないように言付かっている。
また、昼間なのであり得ないとは思うが、万が一、昨晩のアンデットが出た場合は、全滅させるようにとのことであった。
「まぁ、落ち着け‥。暴れたいのはわかるが、相手がいないのではしょうがないではないか」
リヴァイアサンが、キルシュ公国へと続く山道を眺めながら話す。
「なぁ、昨晩、発生したアンデットってのは、王国領地側から来たんだよな? で、扉が開いてるってことは、キルシュ公国側に向かったんじゃねぇか?向こうにも砦があるんだから、偵察に行ってみたほうがいいんじゃねぇか‥?」
「そう言って、向こうで暴れたいだけだろう?あとでミライに怒られても知らないぞ。お前が言い出したんだからな。私はお前がやり過ぎないように付いて行くだけだからな?」
ノリノリである。
リヴァイアサンも退屈していたのだ。もっともそうな理由が見つかった以上、それに乗っかったほうが面白そうだと考えたのだ。
ニヤッ、とバハムートも笑う。
二人とも、考えていることは同じであった。
大人しく待っているだけなど、性に合わないのである。
「バハムート様、リヴァイアサン様、ご命令いただければ、私が見て参りますが‥」
飛竜のパニガーレが進言する。
本心は、勿論、二人がミライの言いつけを破りそうなのを止めようとしているのである。
「パニガーレ。お前達にはここの見張りを頼む。私とバハムートで、少し偵察をしてくる」
「はい、畏まりました」
リヴァイアサンに命令されては、頷くしかない。
「よし、バハムート、行くとしよう」
そう言って、砦の城壁の上から、キルシュ公国側への地上へと飛び降りる。
空中で静止することも可能なその身体は、音もなく、スッと地上に降り立った。
「おうよ」
バハムートがそれに続く。
二人は、所々崩れ落ちた跡もある、高さ7-8mにもなる高い崖に挟まれた山道を歩き出した。
それを見送りながら、パニガーレ達はため息をつく。バハムートが言い出した話ではあったが、自分たちの主人であるリヴァイアサンのほうが、制止が効かないことが多いのだ。
「やり過ぎないと良いのだが‥」
ポツリと呟き、エストレヤとベスパが同意した。
こればかりは、あの2人の気分しだいなのだ。
2人の後ろ姿を眺めていると、後方の視界に食屍鬼の姿を捉える。
小鬼族にも似た体格の魔物は、二足歩行ではなく、手を付いて四足歩行する。
顔は、死体に貪りつけるよう鼻が潰れ、顔中がただれており、見ていると気分が悪くなるほど醜い顔をしている。
食屍鬼はアンデットではない。小鬼族などと同じく、魔族の眷属である亜人である。その為、昼間でも活動する。
小鬼族を狼だとすると、食屍鬼はハイエナのような存在で、あまり積極的に生きている相手を襲うことはしない。
血の匂いを嗅ぎつけ、屍体がある場所に何処からともなく集まってきて、屍体を食べる存在である。
今回、10匹程度の数が集まってきたようだ。
「ちっ」
エストレヤが、舌打ちをする。
彼女にとって、人間や亜人も虫ケラのような存在であったが、食屍鬼は最も生理的に嫌悪感を抱かせるゴキブリのような存在であった。
弓を構え、狙い撃つ。
矢は弧を描き、食屍鬼の頭部を射抜く。すぐに二射目を放つ。
それを合図に、パニガーレと、ベスパが、城壁から飛び降り、剣を振るった。
一振りで、食屍鬼の首が飛ぶ。
10匹全てを倒すのに、30秒もかからなかった。
この程度は、彼ら、彼女らにとって、戦いではない。害虫を駆除しただけであった。
何の感慨もなく、剣を振り、血を払う。
再び、城壁の上まで飛び上がり、再びキルシュ公国の方角を見る3人。
そこには、小さくなったバハムートとリヴァイアサンの姿があった。
お互いに、自分の方がマトモだと思っているようだが、どちらもトラブルメーカーなのである。
それを知っているが、止められるのはミライしかいない。そのミライが不在の今、飛竜3人ができるのは、主人が機嫌を損ねて、騒ぎが大きくなりすぎないように、祈るばかりなのであった。




