第43話 レンズブルク
カルシ砦に、バハムート達を残し、一人でレンズブルクに戻ってきた。
無いとは思うが、キルシュ公国からの進軍や、アンデットの再出現に対応できるように、念のため残してきたのだ。
伯爵に面会できたのは、昼前であった。
かなり混乱していたらしい。
それでも、援軍の要請に応えてくれた相手を待たせることのないよう、急ぎ面会に応じてくれたようだ。
「ミライ殿、よく駆けつけてくださった。心から礼を言わせて欲しい」
待たされた部屋に入って来るなり、握手を求めてきた。昨夜からほとんど寝ていないのか、目は充血し、無精髭が生えている。
「ヒルシュフェルト伯爵、何があった?先ほどカルシ砦の様子は見てきた。兵士の死体が100体以上。敵の姿も痕跡もなく、ただ虐殺された様子だった」
砦で見た光景を伝える。
「そうであったか。昨夜、敵襲があったとの第一報があって、騎士と兵士を100名援軍に向かわせたが、これも連絡が取れなくなった」
「その後、砦から逃げのびた兵士が、助けを求めてきたのだ。アンデットの大群が砦を襲い、陥落させたと、報告があった」
「急ぎ、そなたと、王都に援軍要請の早馬を出した。今動かせる騎士と兵士は、全て合わせても500人ほどにしかならない。領内全ての兵を集めれば、3,000人以上は集まるが、少なくとも2週間以上かかるだろう」
「王都の援軍要請も、まだ到着してないはずだ。恐らく今夜遅くなるだろう。明日の朝、お伝えしたとしても、ここに到着するまで何日かかることか‥」
途方にくれた様子だ。
「そうだったか。ところで元々、砦には何人位の兵士が常駐しているんだ?」
「50人程いたはずだ。一体何が起こったのだ?アンデットの大軍など聞いたことがない。キルシュ公国の奇襲なのか?」
「いや、それは考えづらい。砦の門は開けられていたが、キルシュ公国の兵士の姿は無かった。また、砦の中の死体も全て王国の兵士だった。敵国の兵士の死体がない戦いなどあり得ない。別の何かの仕業である可能性が高い」
「何?砦の門が開いていたと?この機に、キルシュ公国の兵士が攻めて来ては、為す術がない」
「まぁ、そうだな。砦の警備に、兵を割く必要があるだろう。今のところは俺の部下を残してきたから大丈夫だろう」
「それよりも、敵がどこに消えたのかが一番厄介だ。アンデットは太陽の光に当たると燃えて灰になってしまう。砦の中で日中は隠れているかと思っていたのだが、見当たらなかった」
「というと‥?」
ヒルシュフェルトが、その先を待っている。
「アンデットの大群は、どこからか連れてこられたものではなく、その場で召喚されたと考えるのが妥当かもしれない‥」
考えを巡らせる。
「昨晩、援軍の要請に来た若い騎士は、骸骨戦士や、骸骨魔導師が数千体襲ってきたと言っていた。生霊も数体いたと」
「死体からアンデットを作り出し、操ることは、さほど難しい魔法ではない。戦場跡であれば、数千体の白骨死体も手に入るかもしれない」
「途方も無い霊子エネルギーが必要だが、複数の魔導師が力を合わせれば、可能は可能だ」
「邪教徒集団のような組織が存在していて、その魔導師達が、自らをアンデット化し生霊となったり、数千の骸骨兵士を操ったりすることは可能だ」
「しかし‥その場合は、術が解けると、骸骨兵はただの白骨になり、数千体の白骨死体が見つかるだろう。だが砦には白骨死体は見つからなかった」
「であれば、考えられるのは、アンデットの召喚だ。術が解けると、アンデットは消えて無くなる。今回の状況に当てはまる」
「では、何者かがアンデットを召喚し、砦を占拠した後に姿を隠したと?」
ヒルシュフェルトが、質問してくる。
「現状分かっている情報から推測すると、そうなる。ただし、アンデット召喚は、高位なアンデットしか扱えない。しかも、数千体の召喚など、できる者は限られている」
「ところで、先ほど、砦から逃げ帰ったという兵士に会うことはできるか?」
聞いてみたのだが、ヒルシュフェルト伯爵は首を横に振った。
「傷を負っていて、昨晩そのまま息を引き取ったそうだ」
「そうか‥」
これ以上の手がかりは無さそうだ。
恐らく今回の犯人は、屍霊王のさらなる上位である魔物、 不死王では無いかと考えている。
屍霊王であれば、数百体まで。
千体を超えるアンデットを召喚できる魔物は、不死王しか考えられないのである。
分からないのが、犯人の目的だ。
ただ、魂を奪うことが目的だったのか、単純に砦を通過するときに、邪魔だったから皆殺しにしたのか‥。
もし、そうだとしたら、内側から王国側から侵入された痕跡があり、門が開けられていたことから‥。
(もしかして、キルシュ公国に向かったのでは?)と、いう考えが浮かんだ。
(なぜか‥)
その先に何か求める物があるのかもしれない。人か、場所か、アイテムか。。。
「ヒルシュフェルト伯爵。相手はかなり高位のアンデットである不死王である可能性が高い。依頼があれば見つけて倒しもするし、砦と街を守って欲しいのであれば、何日間かは滞在しても良い」
「報酬しだいだ。どうしたい?」
犯人がキルシュ公国に向かったとすれば、もうこちらには戻ってこないかも知れない。
どちらでも良いのだが、簡単に倒せる魔物でない以上、倒すにしても守るにしても、それなりの報酬はあって然るべきと考える。
「不死王だと‥?」
悪魔とはまた別の穢れた存在であるアンデット。その中の最高位に位置する魔物である。
元は人間の魔導師や高僧が、肉体をアンデットさせ、不死になった姿が屍霊王である。
生霊と同じような成り立ちではあるが、生霊と屍霊王では格が違う。
そして、不死王とは、屍霊王が、長い年月をかけて魔道を極め、膨大な霊子力を身につけた姿である。
魔族にも匹敵する存在である。
「倒せるのか?」
ヒルシュフェルト伯爵はそう呟いた。
天使や悪魔にも近い存在であり、人間には太刀打ちできない存在であるはずだからだ。
「聖剣エストレージャスだ。クラーケンを倒し、竜を倒して貰い受けた」
そう言って、背中の剣を抜く。
「なんと‥あの?」
言葉も無いようだ。
隣国であろうと、カールスタッド王国に代々伝わってきた聖剣の名を知らぬわけがなかった。
「俺なら倒せる」
その言葉に、ようやく観念したようだった。
「まったく、あの時、あなたを敵にせずに良かった。自分の判断の正しさを誇りに思うよ」
あまりのスケールの違いに、苦笑を浮かべている。
「いつ襲ってくるかわからない相手に対し守るよりは、先手を打って攻撃すべきと思う。不死王を倒して欲しい」
「報酬はどうしたら良い?何が妥当なのか、検討もつかないが‥」
ヒルシュフェルトは、そう言って考え込む。
「そうだな。じゃあ、お前、俺の部下にならないか?」
「なっ‥」
突然の誘いに、飛び上がるほど驚く。
「いや、マジで。判断力も決断力も優れているし、人脈も豊富なようだ。優秀な人材が欲しいんだよ」
「国王に対し義理があるのであれば、形としては今のままで良い。領地とか税金が欲しいんじゃ無いからな。技術とか、道具とか、人材とか、そういったものをお互いに出し合って、相乗効果って奴を出したいんだよ」
「ま、俺が不死王を倒しに行ってる間に考えておいてくれ」
「あ、あと、砦に兵士を派遣しておけよ。キルシュ公国がどう出てくるかわからないけど、最低限の守りは必要だろ?」
そう言い残して、再びカルシ砦に向かったのであった。




