第42話 カルシ砦
「ミライ様はおられるかぁっ!」
デーン村にその声が響き渡ったのは、日の出と同時くらいのことであった。
馬に乗った騎士が、命からがらといった様子で、村の北側にある、新居住区まで辿り着き、膝をつく。
「なにごとだ?」
仮設のテントから出て、声の主を見つけ、近寄った。
見ると、ひどく疲れ切った様子で、寒さに震えている。初夏とはいえ、まだ夜中は寒い。
馬も全速力で走り続けてきたようで、血走った目に、汗が蒸発し、身体中から白いもやがでている。
同時に、バハムートやリヴァイアサン達もテントから出てきた。
「朝早くに申し訳ありません。我が主、ヨハネス・ヒルシュフェルト伯爵閣下よりの命により参上しました」
そこで、騎士は一息つく。
「昨晩、キルシュ公国国境にあるカルシ砦が敵襲を受け、陥落いたしました。敵はアンデットによる大軍とのこと。今現在も我が領土にて進軍中。本日夕方には都市レンズブルクに迫るものと予想されるとのことです」
「騎士団および警備兵が砦の内側で戦っておりますが、戦況は不利。恥ずかしながら、デーン自治領主のミライ様に援軍をお願いしに参ったしだいにございます」
まだ20代前半の若い騎士は、頭を下げる。
「俺に助けを求めてきたっていうのは、余程のことなんだろう? で、そのアンデットってのは、どんな魔物で、どの位の数がいるのか教えてくれるか?」
「はい。大部分は骸骨戦士と、骸骨魔導師です。その数、数千体に及びます。また、数体の生霊が確認されております」
(生霊か‥)
生霊とは、魔導師が、自身の魂と肉体を分離させ、自身をアンデット化させた魔物である。魂である為、物理攻撃は効かない。その一方で魔法を使い攻撃してくる。高い知能は維持しており、限りなく不死に近い存在となる。肉体を殺せば倒すことができるが、通常、洞窟や屋敷の地下などで儀式を行う為、人に見つからないところに保管され、仮死状態のまま生き長らえるのだ。
非常に厄介な魔物である。
ただし、幽体である生霊を倒す方法が無いわけではない。
幽体は、負の霊子によって、物質界に顕現しているため、この負の霊子を直接攻撃すれば、存在を消滅させることができる。
つまり、正の霊子の性質を持つ武器や、魔法に対し弱いのである。
また、銀製の武器も、微弱ではあるが、正の霊子の性質を持つため、有効である。
まぁ普通の人間にとっては、特殊な武器が無い限り、どう頑張っても倒すことができない強敵なのだが、霊子に直接干渉できる竜にとって、特に脅威ではない。まして、俺は聖剣を持っているのである。一瞬で葬り去れるであろう。
それよりも、数千体のアンデットを操る存在だ。
レイスもアンデットを操ることは可能だが、十数体がせいぜいだ。
で考えられるとしたら、屍霊王か、死霊使いのどちらかであろう。似たようなものだが、死んでる魔導師か、生きてる魔導師かと違いがある。
当然、死んでる魔導師である屍霊王の方がタチが悪い。
「わかった。援軍を出すのは構わない。で、伯爵は、援軍の見返りは何と言っていたのだ?」
「そっ、それは‥緊急事態で、聞いておりません‥すみませんっ‥」
声が消え入りそうである。
「わかったよ。どのみちレンズブルクの次は、いずれこちらに来るかもしれないんだ。助けてやるよ。しかしタダじゃないぞ。あとでお前からも伯爵に話しておけ。それだけだ」
「少し休んでから戻るといい」
「アヤ。悪いが、来客用の仮設テントへ連れていって、何か温かい飲み物を飲ませてやってくれるか?」
蜥蜴族で食事係のアヤに、案内をお願いする。
「かしこまりました。ミライ様」
若い騎士は、アヤと一緒に、別の仮設テントに向かう。
「グスタフ」
飛竜で警備部隊長のグスタフを呼んだ。
「はっ、こちらに」
すぐに、前に出てきて、片膝をつく。
「密偵から、何か情報は入っているか」
「はい、昨晩遅くに、騎士や警備兵の一部が、何処かに出陣したとの連絡がありました。敵の正体はまだ不明です。状況の確認を命じております。ご報告が遅れ、申し訳ありません」
「構わない。先ほどの騎士の話と一致するな」
「援軍を申し込まれた以上、助けに行ってくる。ここで恩を売っておくさ。バハムとレビィ、パニガーレ、エストレヤ、ベスパを連れて行く。俺1人でも十分だと思うが、念のためだ」
「留守を任せる。一応、最大の警戒で頼む。なにかあれば、使い魔を寄越せ。すぐに戻る」
「はっ、お任せを」
「お前達は準備を」
バハムート達に出発の準備を促す。
「いつでも行けるぜ」
「ああ、私も問題ない」
飛竜3人も、無言で頷く。
「よし、じゃあ、レンズブルクに向かって飛ぶぞ」
そう言って、西へ向けて飛んだのであった。
デーン村からレンズブルクまで、80kmほどの距離がある。
歩くと2日、馬で半日ほどの距離になる。
この距離を、飛竜の最高速度に合わせ、セーブしながら移動したのだが、それでも30分もかからずに到着することができた。
レンズブルクは、兵士達が慌ただしく動いてはいるが、まだ敵襲に晒されてはいない様子だった。市民達は、何事かと、兵士達の様子を眺めている。
そのままレンズブルクを通り越して、カルシ砦まで飛んだ。レンズブルクからカルシ砦まで歩くと1日の距離だ。15分とかからずに到着できたが、途中でアンデットの大群の姿も、騎士達の姿も見つけることはできなかった。
カルシ砦に到着すると、兵士達の死体が無数に転がっていた。確かに何者かに襲われた痕跡は残っていた。
死体は砦の内側から中まで続いている。
逆に、キルシュ公国側の門の外は、兵士の死体が無い。敵はルクセレ王国側の砦の内側から襲いかかったとしか考えられなかった。
しかし、公国側の砦の門も開かれている。キルシュ公国からの侵入を図るために、砦の内側から門を開けさせたのであろうか?しかし、キルシュ公国側の兵士の姿が見当たらない。キルシュ公国側の仕掛けた戦であれば連携が悪すぎる。
また、兵士達を殺し、砦を占拠したという、アンデットモンスターの姿も見当たらない。
通常、アンデットモンスターは日中活動出来ない。太陽の光が負の霊子に対し、直接ダメージを与えるからである。
逆に月の光は、負の霊子を活性化させる。
その為、屍霊王などの幽体のアンデットは姿を消し、夜になると再び現れる。また、骸骨や屍体は、太陽の当たらない地下や建物の中に隠れる。場合によっては、地面に穴を掘って隠れることもあるようである。
死体を横目に王国側から砦の中に入って行く。
高い壁に挟まれたスペースが現れる。天井はなく、屋外さながらのスペースである。
100m四方ほどのスペースで、有事にはここに兵が集まり、待機するのであろう。
壁には塔が併設されており、壁の上にまで登っていくことができるようになっている。
この壁の上から矢を射ったり、石を落としたり、槍を突いたりと、壁を登って来ようとする相手を撃退するのであろう。
塔にも、無数の小さな穴が空いており、ここから矢を射ることができるようになっていた。
その塔内部の螺旋階段も、壁の上も、壁に挟まれたスペースも、足の踏み場も無いほど、兵士達の死体で埋め尽くされていた。
間違いなく、100人を超える兵士が、惨殺されていたのである。
だが、砦の内部も、陽の当たらないところを探しても、アンデット達の姿は見えない。
屍霊王などの幽体のアンデットはともかくとして、骸骨はどこに消えたのだろうか。
イグニに探知をさせているが、反応はない。
太陽の光で燃え尽きたのであれば良いが、その形跡すら見当たらなかった。
まるで忽然と消えてしまったように、アンデットの大群が消えてしまったのだ。
状況こそ確認したが、さしたる成果を上げられず、伯爵と話をする為、ひとまずレンズブルクに戻ることにしたのであった。




