第41話 村の発展
カミングアウトは、しかし、思っていたような悪い事態にはならなかった。
もっとよそよそしくなったり、新しく仲間になった蜥蜴族達を怖がったりされるかと思っていたのだったが、村人はいつも通りの反応をしてくれている。
竜になった俺の姿を見て、もちろん驚いたのではあろうが、恐怖するというより、大きな力で守られていると感じたようで、今まで通り、歩いてると、挨拶や、他愛のない話をしてくれる。
ひとまず安堵し、今までの生活に戻っていったのであった。
あれから、2週間が経った。
蜥蜴族達の配属先も決まったようだ。
結果的に、食事担当に3名、建設担当に8名、鍛治担当に4名、警備担当に5名、農業担当に16名が配属となったらしい。
新たな畑を伐り開く為の開墾作業が、人手不足だったようだ。力の強い蜥蜴族達が入り、一気に作業が進むと、クルトとイェルクが喜んでいた。
リヴァイアサン達は、バハムートと剣の練習をしている。
人間としての戦い方を練習しているのだ。
色々試して見たようだが、本人的に槍が使い勝手が良かったようだ。
2m程の長さのあるシンプルな素槍である。
柄の部分も金属で補強されている為、重量はかなりあるが、軽々と振り回し、リーチと機動力を生かした戦いをする。
小鬼族相手では、無双状態になるであろうレベルまで上達している。
パニガーレは両手剣、エストレヤは弓と短剣、ベスパは片手剣を選んだ。
3人とも、中々の腕であったが、特にエストレヤの弓の腕は凄かった。
30m以内の射程であれば、命中率は9割を超える。しかも速射まで使いこなす。同じ命中率で3秒毎に連射可能だった。
そんな感じで、それぞれが忙しく動いている中、俺はクルトと畑の状態を確認していた。
「まだまだ、畑の面積が足りないな」
「はい。木を切り、根を除去し、畑を耕す。簡単ではない作業です。しかし、イェルクを中心に頑張って作業してくれています」
現在、元々デーン村で保有していた畑が、約1ヘクタール(100アール)ほど。これに短期間で10アールの開墾をした土地が加わっている。
従来の土地部分は、従来通り半分に大麦を植え、半分を休耕地としている。
そして、新しく開墾した10アールにえん麦を植えた。
今までは、50アールで取れた大麦の半分が税金として持っていかれていたが、それを納めなくて良くなったのは大きい。
しかし、それでも人数が20人から150人の大所帯になったことを考えると、まだまだ畑を広げないといけないのだ。
この2ヶ月でさらに50アールの開墾が終わり、農地が広がった。最終的には15ヘクタール位までの土地を開墾をし、畑を広げていく計画を立てている。数年がかりの計画だ。これを3分割し、夏穀用、冬穀用、休耕地とサイクルで運用していくつもりでいる。
農機具の準備も揃い、作った鉄製の農機具や大工道具がほぼ行き渡り、効率も上がっている。
また、少し牛や馬などの家畜も買い足して、さらなる作業効率アップも指示している。
蜥蜴族達の人手が大きく増えたことも大きい。
開墾作業の方は、イェルクの元、計画通りに進められていた。
「あと、土も痩せているようだ。酸性土壌を示す雑草が多いようだしな。肥料の方はどうだ?」
次に考えておかなければならないのは、肥料である。連作障害を防ぐためのローテーションだが、そもそも肥料不足であれば作物は育たない。
作物に吸収された分、肥料を補給してやらないと、次の作物が育たない。
現実、従来から保有していた畑は痩せており、豊作は期待できないと割り切っている。
その為の肥料開発、土地改良なのである。
「こちらに準備しています。良い感じに乾燥、発酵し、使用可能となっています」
以前からイェルクに指示していた、人糞や牛糞、鶏糞を乾燥させたもの、森の中の枯葉を集め発酵させたもの、同じく木の皮を発酵させたものの5種類の肥料を作らせていた。
あとは料理の煮炊きなどに使用した木灰もカリウムを含むので、畑に撒くと肥料になる。
雨で流れてしまうので、あまり効果は大きくないが、酸性土壌を中和してくれるので、これも利用する。
また、港町でたまに貝などを買ってきて、みんなで美味しく頂いているが、これを細かく砕き、有機石灰として利用している。こちらは緩やかに長く酸性土壌を中和してくれるので、酸性土壌で生育の悪くなる麦に対し、大きな効果を期待できる。
現在、休耕地の畑や、開拓したばかりの畑に一度肥料を与え、休ませておく。
秋に冬穀のライ麦を蒔くので、その前に再度元肥をしてから、麦を蒔く予定である。
これらを、土の状態や雑草の種類(これにより大まかな土の状態がわかる)と、与えた肥料の種類と分量を全てデータとして記録ように言ってある。同じ畑でも、1/4は牛糞で、1/4は鶏糞でというように、あえて色々なことを試させ、経験を積ませているのである。
数年後には、こういう土の状態なら、この肥料が適切だというように判断できるようになって欲しいと期待しているのだ。
また、天気や温度の記録も続けさせている。
面倒な作業だとは思うが、自分たちの行った作業による結果として収穫の質や量に違いが出ることに気づき、より良い方法に改善していって欲しいと考えている。
そもそも、そういう発想は今まで無かったようで、今までのやり方を同じようにやっていただけのようであった。
今では、クルトやイェルクを中心に、数名が関心を持って、農作業の傍ら、面倒な土や生育の確認などのデータ記録作業を行ってくれているようになっていた。
いずれ品種改良なんてことも実現するかもしれない。彼らがどう成長していくのかも楽しみなのである。
「良くやってくれているよ。この調子でよろしく頼むな」
一通り見て回った後、農地を後にする。
次に向かった先は、鍛治担当エリアだ。
今では、鉄製品の元となる錬鉄を購入し、それを鍛えて鉄製品を作り出すことはできるようになっていた。そして、その品質も上がってきている。
必要な道具も、建設担当と、農業担当に行き渡るようになった。
次のステップとして、鉄鉱石のまま購入し、塊鉄炉を作って鉄鉱石から錬鉄を作り出すプロセスを確立させようと思い、指示を出していたのだ。
そうすることで、手間はかかるが、安く鉄製品を作り出すことが出来る。
現状、錬鉄の購入費用が馬鹿にならず、問題となりつつあったのである。
鉄鉱石と燃料の木炭を買って自分達で生産できれば、錬鉄を買ってくるよりも約1/5程の値段で手に入れることが出来るのだ。
必要な量の半分でも自分達で生産できれば、材料費がかなり安く抑えられることになる。
今後、余裕が出てきたら、作った鉄製品の道具や武器を販売して、現金収入を得る一つの手段としたい、そう考えていた。
その為に、錬鉄を購入していたのでは利益が出ないので、錬鉄そのものも生産するプロセスを指示していたのである。
プロセス自体はさほど難しくはない。
レンガで高さ1m程の円柱形の炉を作る。そこに、一度火で焼いた鉄鉱石を細かく砕き、木炭と一緒に燃やす。1000℃近い温度になった鉄鉱石に含まれる酸化鉄は、木炭が不完全燃焼することにより発生した一酸化炭素に、酸化鉄の酸素を奪われ二酸化炭素となることで、鉄が残るのである。
鉄の融解温度は1500℃であるが、そこまでの温度を必要とせず、半融解の状態でスポンジ状の鉄が出来る。これを叩いて、不純物を取り除けば、錬鉄の完成である。
ということで、以前から相談していた鍛治担当の部隊長であるドワーフのキエロに、その後の進捗を聞いてみる。
「よぉ、キエロ。どうだ、塊鉄炉はできたか?」
「ああ、ミライ様。実は、一度トライしてみたのですが、失敗してしまいまして‥非常に脆い鉄となってしまったのです」
「そこで、今回は木炭の分量を減らし再度チャレンジしてみようかと思っていたところなのです」
とキエロが言う。
必ず成功させてみせるという、責任感に満ちあふれた目をしている。
キエロ達、数人でレンガを組み、粘土で隙間なく覆った塊鉄炉が出来上がるのを待った。
これに火を入れ、燃えてきたところに、上から鉄鉱石を細かく砕いたものと木炭を入れる。
空気穴から、ふいごで空気を送り込むと、炎は勢いよく燃え上がり、木炭の微粉末が火の粉となり、花火のように吹き出す。
木炭が減っては鉄鉱石と木炭を追加し、を繰り返し、程よいところで炉を少しずつ崩していき、底に溜まった半融解の塊を取り出す。
これを金槌で叩き、不純物を除去していく。叩くことにより、鉄同士が強化に結びつき、不純物が除去され、小さくなっていく。
元の塊の1/3位の大きさになった塊は、さらに叩いて成形され、鉄の四角い塊に変形していった。
「できたぁ」
キエロ達、職人が大喜びで、ハイタッチする。
ここに、デーン村での製鉄第一号が完成したのであった。
手間はかかるが、これから、製鉄も自分達でこなし、鉄製品を作り出していくであろう。
塊鉄炉は、毎回炉を壊し、作り直さないといけないのが難点だが、ひとまずは安く鉄製品を作成する目処がついた。
そうして、今後、鉄製品を一部販売し、外貨獲得の手段としての道すじをつけたのである。
そんな感じで、デーン村は少しずつではあるが、確実に豊かに発展していく道を歩み出していたのであった。




