第37話 黒竜 vs.青竜
翌朝、朝日が昇ると同時に俺とバハムートは出発した。
島の中央に聳える山に向かって、一直線に飛ぶ。
飛竜の住処を探し、山の上空を旋回すると、イグニがすぐに三匹の飛竜の姿を見つけた。
飛竜は竜の亜種である。下位竜の下位の格ではあるが、確かに竜である。
同じ眷属であっても、蜥蜴族とは格が違う。
竜とは、翼の部分が大きく異なる。
竜が四つ足で背中に翼が生えているのに対し、飛竜は前足と翼が合体している。翼の先に手が付いており、独立した翼は無い。
あとは、竜に比べて小柄なこと。成体で体長が5-6mとなる。下位竜で8-10mになるので、やや小さい。
また、竜と大きく異なるところは、飛竜は進化しないということである。飛竜は飛竜のまま進化せずに一生を終える。
寿命も200-300年と、竜に比べると圧倒的に短い。
知能は竜だけあって割と高く、稀にではあるが、魔法を使う個体もいる。
グスタフのように、部下として竜に従っている個体も多い。
この3体も、青竜に従って、住処を守っている可能性が高いのだ。
飛竜の住処は山の中腹あたりにある、崖の上の少し広くなった場所にあった。
その近くまで降りていく。
(おい、飛竜達よ。ここの青竜はお前達の主人か?)
念話を飛ばす。
ミライとバハムートの姿に気づいた飛竜達は、一斉に攻撃的な視線を向け、空中に飛び立ち、俺たちと対峙する。
(貴様達は何者だ?青竜様の身を狙っているのであれば容赦はしない)
オスの飛竜の一体が、警告する。
どうやら1体はオス、2体がメスの飛竜のようであった。
「バハム、赤竜に戻っていいぞ。雲があるから、アイツらからは見えないから」
山の中腹より下は厚い雲がかかっており、ガスがかかって、ほとんど何も見えないであろう。
「わかった」
バハムートは変身を解き、久しぶりに竜の姿に戻った。
「グハハハ。やはり元の身体は良いぜ」
燃えるような真っ赤な色の鱗を持った竜が現れる。
合わせて、俺も黒竜の姿に戻る。
赤竜バハムートよりも一回り大きい、漆黒の鱗を持つ竜の姿があった。
(飛竜よ、見ての通りだ。青竜に用件がある。こちらから行っても良いのだが、奴を呼んで来れないか?黒竜と赤竜が来たと言えば分かると思うが)
(‥わかりました。少しお待ちを)
一瞬迷いを見せたが、どう考えても敵わないと悟り、1体が離れた。
どうやら銀山の洞窟以外にも入り口があるらしい。崖の割れ目のようなところから、山の中に飛んで行く。
(お前達は元々この島にいた個体だったのか?)
待っている間の世間話である。
(そうです。青竜様がここに棲み着いてから、この場所を守る任務を遂行しております)
(へぇー、俺の部下にも飛竜が1体いるんだが、お前達も一緒に来ないか?)
と誘ってみる。
(いえ、すでに青竜様にお仕えしております。勿体ないお言葉ですが、主人を裏切ることはできません)
どうやら真面目な性格のようだ。好感が持てる。
(そうだな、悪かった。だが、もし青竜が俺たちと共にここを出て行くとしたらどうだ?)
(はい、その時は青竜様に同行いたします)
(そうか、わかった。あとは青竜に聞いてみよう)
(はい)
短い会話が終わってしまう。
「‥‥」
気まずい空気が流れる。
竜2体と飛竜2体が、空中で対峙したまま、無言で向かい合っている。
なかなかシュールな光景のように思えた。
その状況に助け舟を出すかのように、先ほどの飛竜が青竜を連れて飛んで来た。
(黒竜と赤竜か、久しいな。何をしに来たか?)
青竜が問いかけてくる。
体の大きさは赤竜バハムートと同じ位。
海のような光の加減でキラキラと光る明るい青色の鱗であった。
(青竜よ、俺と力比べをしないか?身体がなまってるだろ?)
(何を言うかと思ったら、力比べだと?私に勝った試しなど無いではないか)
(昔はそうだったかもしれないけど、今は違うぜ。それとも、負けるのが怖いか?)
(恐れ知らずにも程がある。警告はしたぞ、もう泣いて謝っても許さぬ!)
「グゥワァァァー!!!」
怒りを露わにして、青竜が吼える。
空気が震え、大地にまで伝わる。
雲の上で繰り広げられる竜同士の決闘。
人の目から見ると、神話の世界にも近しい光景である。それをもう1体の竜と、3体の飛竜が見守る。
先に動いたのは青竜である。上昇し、上を取る。
空中戦において、圧倒的に上の方が有利である。
しかし、あえてそれを許す。
青竜は上空から急降下し、強烈な爪による一撃を放つ。
しかし、それは呆気なく弾かれる。
爪の一撃は、俺の張った物理結界により、無効化され、その衝撃で青竜が弾け飛ぶ。
逆にそれを追いかけ、こちらの爪の一撃を叩きつける。爪は腹部に命中し、青竜は地上に向けて吹き飛ぶ。
かろうじて、地上に激突する前に、浮かび上がることができたが、大きなダメージを負ったようである。
間髪入れずに、青竜に対し、咆哮を放つ。大きく開けた口の前に魔法陣が現れ、雷を帯びた円錐状の竜巻が青竜に向かい襲いかかる。
猛烈な勢いで回転し、吹き荒れる風に、発生した真空の刃が、青竜を切り刻む。
全身を覆う硬い鱗を易々と切り裂き、おびただしい量の血が飛び散った。
さらに追い討ちをかけるように、雷が全身を痺れさせ、感電させる。
肉が焼ける匂いがたちこめる。
「グヤァァァァァァ!」
苦痛の叫びを上げる青竜。
飛ぶ力を失い、地上に落ちる青竜。
地面が割れたかのようなものすごい音が響き、大地が揺れる。
飛竜達が駆けつけようとするが、バハムートがそれを制する。
勝負あった。
人間の姿に戻ってから、ゆっくりと青竜の元に降り立つ。
気を失っている青竜に治癒魔法をかける。
傷は回復したが、気を失ったままだ。
人化の魔法をかけてから、抱き抱えた。
そのまま、空中に浮かび上がる。
(大丈夫だ。気絶しているだけだ)
殺気だっている飛竜達をなだめてから、青竜の寝ぐらに案内してもらった。
崖の割れ目から中に入っていくと、大きな空間が広がっている場所があり、そこが寝ぐらだということだった。
ドラゴンの寝床らしく、金貨、銀貨が山になっている。それだけの兵士や冒険者が来たということだろう。
空間から毛布を取り出し、その上に青竜を寝せる。
人間の姿の青竜は、身長170cm位の背の高い20代前半の女性であった。
ミライの女性バージョンとは異なり、大人びた美しい容姿であった。
パリコレに出ている超一流のモデルのような、隙のない雰囲気を醸し出している。
気を失って寝ている姿も、堂々としていた。
長い髪は、頭皮に近い部分が白に近い薄い青で、毛先に向かうに従いグラデーションがかり段々と濃い青になっている。
バハムートは人間の姿に戻っていた。
広い空間とはいえ、さすがに飛竜3体が入るには狭いので、彼らも人化させる。
皆、10代後半の姿になっていた。
オスの方は草食系の真面目そうな男性。メガネが似合いそうだ。
メスの1体は金と茶が混じったようなミディアムヘアで、海外のアーティストのような可愛らしい女性、もう1体は茶髪のショートヘアで元気で活発な女性の姿であった。
人の姿に慣れない様子ではあったが、それよりも青竜のことが心配だったようだ。
3人共、心配そうに見つめている。
しばらくして、青竜がゆっくりと目を開けた。
状況が飲み込めず、ボーッとしている。
(青竜様‥)
ほっと安堵の声を上げる飛竜達。
(目が覚めたか。手加減したつもりだったのだが、少しやり過ぎたかも知れない。すまない‥)
と謝る。
(そうか、私は負けたのだな?)
横になり、天井を見たまま答える青竜。
(そうだ、俺が勝った。中位竜に進化してるからな。昔の俺とは違うと言っただろ?)
(中位竜か、かなうはずもないな。私はどうしたら良い?)
(俺と一緒に来い)
(‥‥わかった。一緒に行こう)
少しの沈黙を経て、覚悟したように青竜は頷いた。
(青竜、お前も名前をつけてもらえ)
と、横からバハムートが言う。
(名前?上位竜でもないのにか?)
(ああ、そうだ。人間の姿で動き回るのに、名前が無いと不便だからな‥)
(そういうものなのか?わかった、頼むとしよう)
(だってよ、ミライ)
バハムートがこちらに仕事を投げてくる。
(ああ、わかったよ)
と言いつつ、青竜の名前は考えていた。
(赤竜がバハムート=ベヒモスだからな、青竜の名はそれに対をなす竜、リヴァイアサンだ。人間名では略してレビィでいいだろう)
(リヴァイアサン‥だな。わかった)
(ついでにお前たちも名前をつけてもらえよ。一緒についてくるんだろ?)
とバハムートが飛竜に対し提案する。
(は、はい‥)
話の流れについて行けてない飛竜達。
(んー、じゃあ、オスのお前はパニガーレで。メスの髪が長いほうがエストレヤ、短い方がベスパ)
と、名前をつけてやる。
(わかりました。我ら3名、青竜リヴァイアサン様と共に、黒竜ミライ様に従いましょう)
と頭を下げる。
(ああ、よろしく頼む)
(良かったなぁ、これで全て丸く収まった。何か忘れてる気もするけどなぁ、ハハハ)
やべっ、バハムートの一言で思い出した。
騎士3人がどうなってるか。。。
(ちょっとこのままもう少し休んでいてくれ。アイツらを連れてくるから)
そう言い残して、洞窟の入り口の方に飛ぶ。
そして、洞窟の入り口に、雨でずぶ濡れになって震えながら待っている騎士3人の姿を見つけたのであった。




