第35話 クラクスヴィーク島
朝日が出て、暗闇の中隠れていたクラクスヴィーク島の姿が照らし出される。かなり大きい島であった。
中央には高い山がそびえる。富士山ほど高くはないのだろうが、似たような形をしている。
利尻島の利尻富士(利尻岳)に似ている景観だった。
山頂からは白い煙が見える。活火山なのかもしれない。
高度の低い場所は、森林で覆われているが、高度が高い部分は茶色に禿げて見えている。
お昼頃に、船を停泊できそうな場所を見つけて、着岸した。昔の港跡であるようだった。
港跡の周りには、銀を製錬する為の工房や、作業員の住居などの跡地が残っていた。
200-300人は暮らせそうな規模であった。
ただ、全くの廃墟とはなっておらず、最近火を使った跡が残っている。
「これは、魔物が住み着いているかもしれないよ。気をつけて」
ファビオが周囲の様子を伺う。
(イグニ‥どうだ?周りに魔物の反応はあるか?)
(建物の影に隠れている個体が12体。小鬼族だな。今、視覚レイヤーに重ねるぞ)
と、建物の陰に隠れている小鬼族が橙色の輪郭として映し出される。
「おい、小鬼族が12体だ。建物の陰に隠れている。イルデフォンソは右手の建物の2体を頼む。セレスティノは正面の建物の2体、ファビオはその間にある茂みの中に隠れている1体だ。
「バハムは左手の建物の裏の残りを頼む」
「ヤバかったら助けを呼べよ〜援護してあげるから」
「小鬼族ごときに遅れを取るなどあるものか!」
とセレスティノが怒っている。
揶揄いがいのある奴だ。
「だよねー。頑張ってねー。じゃあ一斉にいくよ。3、2、1、Go!」
合図と同時に4人が走り出す。
建物の裏に回り込む騎士達。
驚き、逃げようとする小鬼族を一撃で切り捨てる。
ほぼ同時に1体づつを倒し、3体が倒れた。
セレスティノとイルデフォンソは、そのまま隣の2体目も倒す。
5体倒し、残りは、と顔を上げると、左手の建物に向かったバハムートが、7体全てを倒し終わっていた。
みな、見事に胴体真っ二つに吹き飛んでいる。
「お疲れ様。流石だね」
そう言いながら、小鬼族の角を回収していく。
「大量、大量」
1体あたり3銀貨なので、12体で3金貨位の報奨金になるだろうか。
冒険者たるもの、手間を惜しんではいけないのである。
「さて、洞窟の中に行くのは、明日にしよう。今日はここをベースとし、周囲の魔物を駆逐しておこう」
と提案した。
「賛成だな。船の乗組員もいる。ベースキャンプの安全を確保することが先決だろう」
とイルデフォンソ。
何だかんだ、最年長だけあってリーダーシップをとってくれる。判断力も高い。
「オーケー、じゃあ、バハムさんとイルデフォンソがペアで左手から、俺とファビオとミラさんで右手から探索するというのはどうだろうか?」
セレスティノが提案する。
「いいんじゃないか。ただし深追いはしないでいい。夕日が出る頃までには戻ってくること」
「あと、船員達には、食事や寝床の準備をしておいてもらおう」
と俺。
「了解した。ではバハムさん、行きましょうか」
「おぅ」
イルデフォンソとバハムートが歩き出した。
「こちらも出発しよう」
と、セレスティノ。
「ああ」
「そうだね」
俺とファビオが同意し、セレスティノの後ろを歩く。
森の中は、太陽の光が遮られ、鬱蒼として、薄暗かった。
周囲を警戒しながら、ゆっくりと進む。
1時間近く森を歩き続けただろうか、森を抜けて、開けた場所に出た。
右手には岩場にがあり、その先に海が見える。
近づいて行くと、今いるところから2mほど下に砂浜が見え、そこに降りることができる道があった。そして、砂浜には蜥蜴族の姿が見える。
歩き回っている者もいるが、ほとんどは大きな岩の上で寝そべっていた。
蜥蜴族は竜族の眷属にあたる亜人である。ワニが二本足で直立したような姿をしている。
人間と同等の知能があるが、喋ることはできない。唇が無いので、物理的に人間の言葉は話せないのである。これは竜も同じである。
その代わりに念話を使いコミュニケーションを取るが、人間に対しては友好的ではなかった。
また、あまり大人数で群れることはなく、10体前後の集団で縄張りを確保し、暮らしていることが多いようである。
身体が頑丈なので、建物を建てるようなこともしない。基本的には水辺近くに生息し、水の中や、陸地の岩場などで寝ていることが多い。
あまり活動的ではない種族である。
しかし、一度戦闘となれば、強大な力を発揮する。大きな口での噛みつきや、太い尾による打撃などは、人間にとっては致命傷となる。
硬い鱗による防御力も侮れず、剣を弾き返す。
また、槍や剣を扱う個体もあり、かなり強い部類に入る魔物とされている。
そんな蜥蜴族が、海の浅いところに潜っている個体も含め、18体いた。
セレスティノが、どうする?という顔で俺を見る。
全滅させるのは容易いが、竜族の眷属だ。
言うことを聞くかもしれない。
「ちょっとここで待ってろ。話をしてみる」
と言うと、
「君は知らないのか?蜥蜴族とは会話は成り立たないのだぞ。不意打ちしたほうが確実に一体を仕留められる」
とセレスティノ。
「そうだよ、でも、ここは一度、イルデフォンソとバハムさんと合流して、総力をあげて戦った方がいいよ」
とファビオ。
正しい判断だ。通常であれば‥だが。
が、残念ながらあの程度では俺の敵ではないということが理解できていない。
蜥蜴族のような下位の種族が1万体いようと、俺に傷一つつけられないだろう。
数ではなく、格の違いなのだ。
「ま、大丈夫だから。黙ってみてな」
「あ、あと、戦闘になっても、絶対に降りてくるなよ。足手まといになるだけだから、いいな!」
有無を言わさず、スタスタと、砂浜に降りていく。
心配そうに見ているセレスティノとファビオ。
俺の姿を見て、寝そべっていた者たちが起き上がり、俺を囲む。
(この中のリーダーはどれだ?)
念話で全員に向かって発する。
(ここはニンゲンの来る場所ではない。早々に去れ!)
一体の蜥蜴族が答える。
手には木製の柄に先端に石を加工した穂先のついた槍を持っている。
(おまえがこの集団のリーダーか?俺はミライと言う。人間の姿に化けているが、中位竜だ。少し話がしたい)
(ハッハッハー、貴様が中位竜だと?下位竜ならいざ知らず、中位竜が地上にいるはずがないだろう。そんな話誰が信じられるものか。馬鹿も休み休み言え)
そう言って、武器を構える。
(そうか、自分の眷属の上位にいる存在を理解することもできないのだな?いいぞ、少し遊んでやろう。全力でかかってこい)
剣を抜くこともしない。ただ、その場に突っ立っているだけで、ものすごく無防備にも見える。
「グルルルッ」
槍を持った個体が、胸元めがけて鋭い突きを繰り出す。
それを意図も容易く交わし、木製の槍の柄の部分を掴む。それを片手で引き寄せると、バランスを崩した個体の胸元に潜り込み、掌底を打ち込む。
蜥蜴族の巨体が、3mは吹き飛んだ。加減したつもりだったが、生きているか少し心配になる。
それに反応して、別の個体が尾を振り回し、強烈な一撃を放つ‥が、これを軽々と片手で止めて見せ、そのまま尾を掴んで、ジャイアントスイングで2回転ほどした後に、放り投げた。
こちらは5mは飛んだかもしれない。
圧倒的な光景に、さすがに驚き、後ずさりする蜥蜴族達。
(どうだ、まだ納得できないか?じゃあ、ほれ、この腕を噛んでみ?)
そう言って、左腕を別の個体の前に差し出す。
恐る恐る、俺の左腕に噛み付く、蜥蜴族。
人間の細い腕など、容易に噛みちぎることのできる顎の力だが、全くビクともしない。歯が皮膚に食い込むことすら出来ないでいた。
ようやく敵わないことを悟り、頭を垂れる。
(失礼を致しました。中位竜であるとのお話、本当であると信じます。ご無礼をお許しください)
先ほど、吹き飛んだリーダーらしき個体が、戻ってきて、片膝をついた。さすがに頑丈だ。
(もういいのか?巨大な魔法の一発でもぶち込んでもいいんだぞ‥)
ニヤッと悪い笑顔を見せる。
(ご冗談を‥お許しください)
冷や汗を垂らし(いや、実際に汗は流れないのだが)、いっそう深く頭を下げる蜥蜴族達。
(冗談だよ、悪かった。で、聞きたいことと言うのが、この島に棲む魔物のことだ。おまえ達の他にどんな生き物が生息しているか知ってるか?)
(はい、山の中にある洞窟には、下位竜の青竜様がいらっしゃいます。普段は洞窟の中から出てくることはありません)
(他には、山の上の方に、飛竜様が3体いらっしゃいます。あとは、我々とは別の縄張りに蜥蜴族が棲んでおります)
(森の中には、熊や狼、小鬼族も少しですがいるようです)
飛竜もいるのか、取っ捕まえて、仲間にしたいものだ。
(わかった。有益な情報をありがとう)
(とんでもありません)
(ところで、お前たち、俺の部下になる気はあるか?ここにいても、そのうち王国の人間が来て、殺されるだけだぞ)
(人間ですと?人間などに負けはしませんが)
(バカ、多勢に無勢だよ。数百人ががりで来たらやられるだろうが。あと、それなりに腕の立つ人間もいるってことだ)
(しかし、青竜様がいらっしゃるからには、ここに人間が近づけるはずもないのですが‥)
(ああ、そうなんだが、俺が倒すからな。今のところ青竜も部下に連れて行くつもりだが‥)
(なんと‥)
絶句している。
(ま、俺と来るなら、目立たないように人間の姿に変身させてやるよ。俺の領地に来れば、仕事はいっぱいあるから。飛龍の部下もいるし、上手く馴染めるだろうさ)
(はい‥では、お供させていただきたいと思います)
少し考え、蜥蜴族は部下になることを認めた。
(よし、人化させるぞ)
そう言って、右手を前に差し出す。
18体の足元に魔法陣が浮かび、一瞬のうちに蜥蜴族の姿は人間の姿に変身する。
中には雌の個体も混じっていたようだ。
7体が雌であった。雌は女性の姿に変わる。
10代後半くらいの個体から50代後半くらいの個体までいる。
実際の寿命は人間の2倍くらいあるはずだが、人間に直すとこんなものになるのだろう。
服も着た形で変身したので、とりあえずは問題ない。
人の姿に変身した蜥蜴族達は、変わった姿に驚きと好奇心とで、様々な反応を示している。
さて、そろそろベースキャンプに戻るとしよう。陽が傾き出している。
時間的には15時を少し回ったあたりらしいのだが、戻るのに1時間以上はかかるので、そろそろ戻ったほうがいい頃合いであった。
「待たせたな」
隠れていたセレスティノとファビオに声をかける。
「ミラさん!何がどうなったのか説明してくれないか?」
セレスティノが食い気味に質問する。
「なんだよ、見てたんじゃないのか?」
「いや、一部始終見ていたが、戦いになったと思ったら、服従するような素振りを見せ、次の瞬間に人間に変わってしまった。一体何がどうやってるんだ?」
「しかもだ、蜥蜴族相手に素手で戦って、吹き飛ばすってどういうことだよ‥」
混乱している様子だ。
「ちゃんと分かってるんじゃないか。そのままだよ。戦って手下にした。剣を使うと殺してしまうから、素手で戦っただけだぞ。あと、そのまま連れ歩くのは目立つから人間の姿に変身させた。それだけだ」
「ハハハハ‥」
弱々しく笑うセレスティノとファビオ。
彼らの理解の範疇を超えているようであった。
「ミラさん、わかったよ。僕たちの基準で考えたらダメだね」
ファビオが諦めたように遠い目をする。
「そろそろ約束の時間だ。陽が暮れる前に戻るぞ」
そう言って、蜥蜴族達を引き連れて戻ることにしたのであった。




