第32話 謁見
次の日の朝だった。
冒険者ギルド併設の宿屋にて、のんびりとしていたところ、ドアをノックする音が聞こえる。
バハムートだったら、ノックなどせずに入ってくるので、誰だろうと思ってドアを開けると、王国の兵士が3人立っていた。
「あなたが、ミライ殿か?」
「あ? あ、あぁ、そうだが?」
「国王陛下の命により、お迎えに上がった。これより、王城に参上せよとの勅命である。お召し物の準備はしているので心配はいらない。そのままの格好でついてこられよ」
「バハムート殿も同行願いたい」
「何かご質問は?」
いくらなんでも、唐突にも程がある。
「質問? あるよ! いったい何の要件で呼ばれてるんだ?」
「我々は、ミライ殿とバハムート殿を連れてくるように命じられただけ。詳しい話は城内にて直接国王陛下よりお伺いください」
とのこと。
まったく埒があかない。
ミライ殿と呼んでいることから、犯罪者扱いではなさそうだ。とすると、昨日のクラーケンの話が耳に入り、呼ばれた可能性が高いか‥。
褒美をくれるっていうのであればありがたいが、そう甘くはないだろうな、と考える。
たかが冒険者に対し、国王直々に面会ときた。
普通はありえない。
それを上回るような必要性があるのか?
何か厄介ごとを頼まれそうな予感しかしない。
とはいえ、断ると後々面倒なことになりそうなので、少し考え、従うことにした。
「へいへい」と面倒くさそうなバハムートを連れて、兵士の後を付いていく。
ギルドの前には馬車が用意されており、それに乗って王城へと向かった。
当然、ギルドの中では、何事かというような顔をされる。変な噂がたたないと良いのだが。。。
さて、街の中央にそびえる高い塀の向こう側に王城はあった。
多数の兵士に守られた門をくぐり、中に入る。
中庭は良く手入れされた庭園となっていた。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、そのまわりを蝶がヒラヒラと舞っている。
石畳の舗道は、綺麗に掃除され、庭師らしき男達が花を植えている作業をしているのが見えた。
塀の外とは大違いである。
一瞬、観光旅行にヨーロッパの古城にでも来ているかのような錯覚に陥った。
馬車を降り、城の中に案内される。
入口の扉をくぐり抜けると、巨大なホールとなっていた。正面に大きな階段が見える。
天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がり、窓から入った太陽の光に照らされて、キラキラと光っている。
ただ、壁が石造りであり、窓もそれほど大きくはないため、全体的に薄暗く感じる。
重厚感はあるが、夜はかなり怖いかもしれない。
そのまま、1階の奥の部屋に案内される。
そこで、兵士から城内の人間にバトンタッチされ、俺とバハムートは別々の部屋に連れていかれた。
俺の周りには、若い10代後半から20代前半の侍女が3人と、その上司らしき30代後半の侍女が1人。
部屋の中にはお湯の入ったタライと、ドレスが3着ほど。
「ミライ様。私は奥方様の身の回りのお世話を仰せつかっております、カルロータと申します。この者達は、セレナ、フラビア、ロラでございます」
「これより、国王陛下に謁見されるに相応しいお姿に整えますので、お任せください」
そう言いながら、カルロータと名乗る侍女が、笑みを浮かべる。
綺麗で上品な女性であった。
(あー、そういえば、今は女性バージョンだった)とふと気づく。
(それでドレスなわけか‥)
そんなことを考えていると、
「では、失礼します」
と、侍女達に囲まれ、あれよあれよと言う間に、素っ裸にさせられる。
さすがにちょっと恥ずかしい。
「ちょ‥」
抗議の声を上げる暇もなくなく、タライのお湯で濡らしたタオルで、身体をゴシゴシと擦られ、頭も石鹸で泡だらけにされる。
石鹸を洗い流し、タオルで頭をぐるぐるに巻かれた後は、コルセットを装着され、背中の紐を3人がかりで、これでもかと引っ張られ、ウエストを締め上げられる。
限界まで息を吐かされ、肺が小さくなったところを締め付けるのだ。
「うっ」
と、声が漏れる。
浅い呼吸しかできず、深く息をすると、紐が弾け飛んでしまいそうで怖い。
当然身を屈めることも出来ない。直立不動でバレリーナのように姿勢良く立ってるしか出来ない状態だ。
これは想像以上にキツイ。
その状態でドレスを着せられた。
黄色い色の可愛らしいドレスである。
女の子が幼稚園児に憧れた、ディ◯ニー映画のプリンセスにでもなったような気分である。
その後、化粧をされ、アクセサリをつけられ、仕上がったらしい。
侍女達が、感嘆の声をあげる。
「まぁ、本当にお美しい」
「本物のお姫様みたいに見えますわ‥」
などなどと。
だが、残念ながらこちらはあまり余裕がない。
ほとんど身動きの取れない状態で、普通にキツかった。
少し待たされて、時間になったらしい。
呼ばれて、侍女と共に、階段を二階に上り、奥の部屋へと案内される。
途中で、別の部屋からバハムートが出てきた。
笑ってやろうかと考えていたのだが、黒地に金色の凝った刺繍の入ったセンスの良い礼服を、見事に着こなし、なかなか様になっていた。
逆にこちらのことも、なかなか似合っているじゃねえかという感じで見られているようだ。
特に言葉は交わさなかったが、どうも‥と目で返す。
階段を上り、二階の通路をまっすぐ進んでいくと、一際大きな扉が見えてくる。
到着すると、兵士が扉を左右に開け、中に入ることができた。
侍女達はここで脇に下がる。
兵士に案内されるがまま、玉座に座る国王の前へと進んだ。
「ほぅ‥」
「あの者が、魔物を‥」
その部屋の中で、国王の脇に控える、貴族や騎士の数人が、ひそひそと呟く。
通常であれば、国王に謁見するなど、一般市民にはあり得ない状況であることは理解している。
冒険者など一般市民と同等か、それ以下の存在なのだ。
こちらも元社会人だ。それくらいの常識はわきまえている。
相手が過度に無礼な態度や行動さえ取らなければ、こちらも礼を持って接するつもりである。
この間の男爵の件は、相手があまりに非礼だったからだというだけであった。
無礼にならないように、頭を垂れ、国王の足元を見ながら、話しかけられるのを待った。
「そなたが、あのクラーケンを倒したという冒険者か? 名を何という?」
国王から話しかけられた。
低いが、よく響く声で問いかけられる。
「冒険者ギルドに属しておりますミライと申します。こちらはバハムートでございます。国王陛下」
顔を伏せたまま答える。
「顔を上げよ」
その言葉で、ようやく顔をあげる。
アスドルバル・デ・カールスタッド。
玉座に座る男の名前である。
50代前半の割には、若々しく見える。
この国の人種に多い、浅黒い肌を持ち、程よく手入れされた髭が、貫禄を増している。
その目の奥には、鋭い光が宿っていた。
贅の尽くされた服を纏い、頭には宝石の埋め込まれた王冠を冠している。
周りを取り囲む、大臣やら貴族やらとは、やはり風格が違った。
「長年、リスボアとの貿易の邪魔をしていた魔物を退治してくれたそうだな。すでに街中の噂になっているようじゃ。おかげで海路の国交が増し、さらなる富をもたらしてくれるだろう。礼を言う」
「有難きお言葉。身に余る幸せでございます」
一礼する。
「さて、今日来てもらったのは他でもない。予からも一つ頼まれて欲しい仕事があるのだ」
(やはり、来たか‥)
これは予想通りである。
「クラクスヴイーク島のことは知っているな?」
「あの地に竜が棲み着いてから、20年近く経つ。その間に兵を送りもしたし、有能な冒険者を向かわせたりもしたのだが、良い報告を得ることができなかった」
「今では、島に凶悪な魔物も住み着き、危険な島と化しているらしい」
「クラーケンを倒したそなた達であれば、かの竜をも倒せるかもしれないと、来てもらったのだ。褒美は望むものを与えよう。爵位でも領地でも良い。頼まれてくれるか?」
言葉こそ頼んでいるような形だが、有無を言わさないという雰囲気が漂っていた。
断ればどうなるかわからない状況である。
この竜退治の頼みついても予想通りだった。
昨日、カルメロや、船員ギルドの者達から情報を聞いておいて良かった。
しかし、銀鉱山のことは一言も口に出さない。
余計なことを言わないのは当然か。
そのことを知らなければ、不利な条件になっていたのは間違いない。
(イグニ、どう思う?)
(青竜って、バハムが知り合いと言っていたが、お前もそうなのか?)
念話で聞いてみる。
(ああ、もちろんじゃ。知っているぞ。あやつは雌の青竜だ。何というか、非常にマイペースで、時折トンデモないことをしでかす奴じゃよ。バハムートも苦手意識を持っている。出来ることならあまり近づきたくは無かったが‥)
バハムが苦手にしてるって、どんな奴なんだ‥と思う。
(強いのか?)
(いや、戦えば、我らの方が圧倒的に強いが、何というか、そういうのとは別の強さを持っている)
隣を見ると、あのバハムートが、「無理無理」っていう顔をしている。
どんな性格の竜なのか‥。
会ってみたい気もする。怖いもの見たさというものどろうか。
ただ、戦って同族を殺したくはないなとは考えている。
さて、どう返事をしたものか‥。
とはいえ、おおよそのあらすじは決めていたのだった。あとは相手がどう反応するかなのだが‥。
意を決して、発言する。
「国王陛下。聞くところによると、こちら人間社会に対し、敵対行動は取っていない様子。そのためSランク依頼ではなく、Aランク依頼となっているとギルドでは聞いております」
「恐れながら、何ゆえそれほどあの島の竜退治にこだわるのでしょうか?」
「無礼者! 国王陛下に質問するなど、貴様、何様のつもりか?」
その発言を聞いて、憤慨する貴族がチラホラと。
「良い!」
貴族を黙らし、黙って、こちらを見る国王。
こちらの真意を図っている様子であった。
こちらも、国王の出方を待つ。
もの凄く長く感じる数十秒間が過ぎる。
「そなたは、なぜ、予があの島を欲しがっているか知っておるな?その上でこちらの反応を伺ったということか」
「はっ、恐れながら‥」
肯定する。
「ふん、抜け目がないな。ではそれに見合う褒美を望むのだな?何かは決まっているのか?」
「はい、決まっております。銀山一つの富に釣り合うだけの褒美として、この国の騎士団に伝わる聖剣エストレージャスを頂戴したく思います」
この一言に、その場にいた者達、全員がどよめく。
「恐れながら、国王陛下。このセレスティノ。王国騎士団の一員として、今の発言は認められません。一介の冒険者風情に渡るべき剣ではございません」
「私も同じ意見でございます。この場でこの無礼者を斬り捨てる許可をいただけますでしょうか?」
騎士達に反感を買ったようだ。
ま、当然だろう。ただ、それも折り込み済みではあるのだが。
「待て、そなた達の思いはわかった」
国王が、騎士達を制する。
「ミライよ。お主、あの剣がどういうものか、知った上での戯言か?」
鋭い目で睨まれる。が、意に介さずに答える。
「もちろんでございます。この王国騎士団の象徴にして、神より与えられ、星の欠片より鍛えられし聖剣。そして、その剣は使い手を選ぶと聞いております」
「そうじゃ、剣に選ばれなければ、鞘から抜けることはない。剣に選ばれたことのある英雄は、長い王国の歴史の中でもたった3人しかおらぬ。それを知っておるのか?」
「はい、存じております。故にその挑戦権を頂きたい。剣に選ばれなければ、他に褒美はいりません」
「ふむ、そうか」
国王は、髭をさすりながら、思案しているようであった。
「騎士セレスティノ。お主はどう思う?この者が聖剣を手にする資格があるかを確かめるために、竜退治では不足か?」
「いえ‥」
その問いには、勇敢な騎士といえども答えられない。これを否定することは、逆に、お前が竜退治をして、騎士の矜持を見せよと言われてもおかしくないのである。
「他に、我こそは聖剣に相応しいと考える騎士はおらぬか?」
国王が問う。
それに答えられるものはいなかった。
暗に騎士達の不満を黙らせた形だ。
流石である。
「わかった。竜退治を成し遂げた暁には、聖剣エストレージャスへの挑戦権を与えよう」
国王が宣言すると、会場がどよめく。
「ただし、もし聖剣に選ばれた場合、それはこの国の騎士団の頂点に立つことに等しい。その責務を引き受ける覚悟はあるのか?」
「‥‥」
考える。騎士団長になれということだ。が、本音は非常に面倒だ。
何しろ、国王に忠誠を誓い、自由が効かない身になるのであれば、褒美ではないではないか。
「恐れながら、私は騎士ではありません。女だてらに騎士殿の上に立つなど、反感こそ買え、戦いの中で命を投げ出して指示に従ってなどくれないと考えます」
「ですので、仮に剣に認められたとしても、騎士団長の役をお引き受けすることはできません。しかし、この国のために協力することはお約束しましょう。有事の際は真っ先に駆けつけ、先頭を切って戦うことをお約束します」
「いずれにしても、まだ竜退治も為しておりませんし、まして剣に認められた訳でもごさいません。その時に考えるということでいかがでしょうか?」
もっともらしい理由で、やんわりと断っておく。
だからあの時言ったじゃないですかと、後日の布石となるであろう。
「わかった、それで良い。竜退治だが、騎士を何名か同行させよう。船の手配もしておこう。出発は明後日の朝。良い報告を待っておるぞ」
こうして国王への謁見は終わったのであった。




