第29話 クラーケン
船は出航した。
天気は曇りで、やや蒸し暑い気温だ。
まぁ、俺にはあまり関係ないのだけれど。
王都から少し西のリスボア王国の方に向かう。
直線距離で向かうと船で4-5日の距離だそうだが、この途中にクラーケンの出没する海域があり、船乗り達は迂回を余儀なくされているらしい。その為2-3日は迂回の為の余分な時間がかかってしまうとのことだった。
クラーケンが出没するようになって、もう何年にもなるが、退治できた冒険者はなく、また軍ですら、手出しができない為、迂回するだけしかできていない状況が続いているとのことである。
そんな状況下で、クラーケン退治に名乗りを上げた冒険者が歓迎されないはずはない。
出航の時も、皆の期待をひしひしと感じた。
その一方で、どうせ今回も無理だろうとか、たった2人の冒険者で相手になるものかとか言う否定的な声が聞こえたのも事実である。
第三者はともかくとして、一緒に現地に向かう乗組員達は、死にたくないのと、退治できることを信じたいとの気持ちで揺れ動いていることであろう。
こちらとしても金板タグがかかっている。負けるつもりもないが、船が無傷で退治できるよう、作戦を練ったのであった。
さて、船旅の方は順調だった。
途中から晴れてきて、波も穏やかだった。
程よい風に吹かれ、力強く進んでいく。
少し風が弱まっていたので、魔法で細工をしているのは内緒である。
風と雷を操る黒竜としては、これぐらいは朝飯前であった。
様子が変わってきたのは2日目の午後からであった。クラーケンの出没するという海域の少し手前である。
雲が厚くなり、雨が降り出す。
海は荒れ、波が高くなり、時折甲板にまで波が押し寄せる。
カルメロ始め、乗組員達は、忙しく対応に追われていた。
大海原に放り出されるのは、イコール命が尽きることを意味する。
その命綱であるこの船を、守りきるために、帆を下ろし、舵を切り、高波をやり過ごす。
そんな中、俺たちは船室の中でその時を待っていた。
イグニに最大限の警戒をさせ、海中の魔物の反応を探している。
水深100m位までは索敵範囲の為、反応があり次第、すぐに攻撃できる準備をしていた。
そして、その時は来る。
嵐が弱くなり、乗り切ったと安心した時であった。波が急に穏やかになり、風が止まる。
凪という無風状態であった。
あたりはすっかり暗くなっており、雲が流れて、月明かりが顔を覗かせる。
先ほどまでの嵐が嘘のような静寂が訪れた。
その状態が30秒ほど続いただろうか。
海底から、高速でこちらに向かって来る反応を探知する。
「来るぞ! 襲撃に備えて、何かに掴まれ!」
大声で警告する。
それに従う乗組員達。
バハムートが剣を構える。
触手が、海面から現れたのと同時に、バハムートが触手の一本に斬りかかり、切断する。
「雷撃矢」
俺も魔法をフルパワーで発動させる。
矢というより、巨大な光の槍が30本、空中に現れ、魔物の触手と胴体目掛け飛んでいく。
触手はちぎれ、本体にもかなりの深手を与えた。
が、それはものすごい勢いで再生していく。
現れた魔物の姿はなかなかの迫力だった。
イカのような頭に、口のあたりには縦にパックリと割れた大きな口。尖った牙が飛び出ており、食虫植物を連想させる口であった。
色は薄汚れた白で、灰色っぽい。
硬い皮膚に粘液が絡みつき、ウネウネと動き回る触手はタコのそれに酷似していた。
巨大な吸盤が無数についている。
体長は軽く20mを超えているように見えた。
触手の太さは直径で50cm位ある。根元だと1m近くあるかもしれない。
現したそのおぞましい姿に、乗組員たちは、「ヒイッ」と悲鳴をあげる。
「ちっ」
その再生能力に舌打ちして、有効策を考える。
「バハム、触手を片っ端から斬りまくれ。時間を稼いでくれよ」
「焦らなくてもいいぜ、遊んでおいてやるさ」
バハムートは、余裕の表情だ。
触手は決して柔らかくはない。通常の剣では傷をつけることもできないかもしれない。
皮膚が硬く、粘液で覆われている為、上手く垂直に刃を入れないと、刃が滑ってしまい、斬れなくなってしまうのだ。
バハムートは、その8本の動き回る触手を、1本1本と、確実に斬り落としていく。
ものすごい太刀筋である。
重たい大刀を無造作に振り回しているように見えて、着実にダメージを与えている。
斬り落とす先から再生していくのであるが、そんなことは意に介さないようで、生えたら斬り、生えたら斬りを繰り返している。
どちらの体力が先に尽きるのか‥という勝負にも見える。
バハムートが時間を稼いでくれている間に、こちらも仕事をすることにする。
「雷耐性減退」
「魔法耐性減退」
「自己治癒能力減退」
「自己再生能力減退」
「魔法耐性結界無効」
「物理耐性結界無効」
「霊子力増強」
「雷属性増強」
「魔法威力増強」
「バハム、避けろよ!」
「轟雷神の槍!!!」
イグニと2人で、交互に魔法陣を組み立てていく。
10層の積層魔法陣が、空中に浮かび上がる。
相手の能力や耐性を弱める魔法と、自身の魔法の威力を高める魔法を加算し、雷系の最上級魔法を放つ。
雲の上の遥か天空から、一本の光の筋が、積層魔法陣を突き抜けて、クラーケンに直撃する。
核ミサイルにも匹敵するエネルギーが、収束し、より密度を増して、一点を貫く。
その光は、月明かりで照らされた夜の景色を、昼間の明るさにするほどの、眩く、幻想的な光であった。
クラーケンは、再生する間も無く、蒸発し、存在が消滅する。
宿るべき肉体が無くなった以上、魂はじきに消えて無くなるであろう。
クラーケンの持っていた、大量の負の霊子は、キッチリ右手が吸収している。
イグニが、後日、ゆっくりと取り込んでいくだろう。
魔法の威力で、その範囲の水が消失し、海底が見える。どうやら電気分解してしまったのだろう。水が水素と酸素に分かれ、大気中に霧散する。
次の瞬間、そのポッカリと空いた空間に水が流れ込み、反動で高い波が発生する。
海はものすごい勢いで渦巻いたが、これを何とか乗り越え、海は穏やかになったのたのであった。
「やったのか?本当か?」
「夢みたいだ。あのクラーケンを倒せるなんて!」
「もう感謝しかないよ。ミラさん、バハムートさん。あんた達のことは一生忘れない!!」
みな、抱き合って、歓喜に沸いている。
俺とバハムートは、グーパンを合わせ、無言で互いの検討を称えたのであった。




