第28話 金板(ゴールド)冒険者
カールスタッド王国の王都アルブフェイラに戻ってきたのは3週間後のことであった。
そろそろ保留となっていた処分が決定した頃かと思ってのことだった。
ちなみに、人狼は村に置いてきた。
今回もバハムートと2人だけである。
「ああ、ミライさんですね? 少々お待ちいただけますか?」
受付にて、処分のことがどうなったか聞きに行ったところ、少し待つように言われる。
そのまま、受付の女性は奥に引っ込んで、どこかに行ってしまった。
5分ほど待っただろうか、再び現れる。
「処分のことについて、支部長より直接お話しがあるそうです。こちらへ‥」
と言って階段を登り、二階の支部長室に案内される。
「支部長。ミライさんと、バハムートさんをお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
中から声が聞こえ、部屋の中に入る。
「ああ、君がミライくんとバハムートくんだね?」
正面の机に座っていた、50代後半の銀髪の男性から声をかけられた。
「ああ」
と頷く。
「私はここの支部長をしているカリストと言う」
カリストと言う男性は、どうぞ、とジェスチャーをし、部屋の隅にある、ソファに座るよう促す。
受付の女性は一礼して部屋から出て行った。
言われた通りソファに座ると、
「大きな剣だね。それを振れるとはどれほどの実力だい?」
バハムートがソファに座りながらも、大刀を床に垂直に立て、右手で掴んでいるのを見て、カリストがそうつぶやくように訊いてくる。
「問題なく扱える。手合わせしてもいいぞ」
バハムートが答える。
「いや、遠慮しておくよ。ハハハ」
カリストが大げさなジェスチャーで返す。
顔には笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。何気ない会話をしているようで、こちらの様子を見定めているようであった。
「大鬼族を3匹まとめて退治したそうだね。苦戦したのかい?」
「いや、あれぐらいは、問題なかった」
俺が答える。
「凄いね。大鬼族3匹であれば、銀板の冒険者が、4-5人のパーティを組んで、苦戦しながら勝てるかどうかという強さだよ。それを2人で倒してしまうとは、もしかしたら金板の冒険者ほどの実力なのかもしれないね」
「‥‥前置きはいい。要件はなんだ?」
「そうだね。本題に入ろう。オスバルド・ソレス男爵の件だ」
「ああ」
「これについて国王陛下から、我々冒険者ギルドに対して責任の所在を明らかにするように指示があった。つまり何らかの責任を取れということだ。事故とはいえ、仮にも貴族の1人が亡くなり、その場に我らがギルドの一員がいて防ぐことができなかったのだ。当然のことだ。わかるね?」
「ああ、それで? 俺たちを処罰するのか?」
可愛らしい女性(自分で言うのもなんだが、俺のことだ)の口から、俺たちという言葉が出て、少し驚いていたようだが、すぐに真面目な顔に戻る。
「いや、あくまで事故ということで、話を大きくするつもりはない。ただ、誰も何も責任を取らずに終わらせられるいうこともない」
「罰金として、500金貨を支払ってこの件は幕引きを図ることで、概ね合意できている。そのお金をさらなる魔物退治に回して、このような不幸な事故が起こらないよう、更なる治安維持に努めるというのが、建前だ」
「‥‥」
「本音としては、魔物退治の報奨金として、国からギルドに支払われるお金を減らされたのだよ。だから、それを君達に払って貰いたい」
「500金貨、大金だな」
「ああ、そうだ。払えるならこれで話は終わりだが、一応救済策は考えている」
「と、いうと?」
「今回、特別にAランクの依頼を受けることを許可することにした。通常であれば金板の冒険者しか受けることのできない高難度の依頼になる」
「当然、報酬も大きくなる為、1つの依頼達成で、罰金を全て払うことができる」
「‥‥で?」
「報酬500金貨の依頼を受けて終わらせてもいいのだが、今回報酬1000金貨のクラーケン退治の依頼を受けて貰おうと考えている」
「ただし、報酬は無しだ。1000金貨分、ギルドがすべて頂き、足りなくなっている魔物退治の報奨金に充てる」
「その代わり、これが達成できたら、金板タグを渡すことを約束しよう。十分にその実力があるものと判断するからな」
(ふん、金板タグを餌に、無料で仕事をさせようということか。だが、条件としては悪くない。Bランクの仕事をあと何個こなせば金板タグを貰えるか、先が見えなかった状況より、この依頼さえこなしてしまえば、今後Aランクの仕事が受けられるようになるということだな)
そう考えると、受けて損は無いと思えた。
「ちなみに、金も払わない、仕事も受けないという返事をした場合はどうなる?」
「その時はギルドから脱退してもらうよ」
笑顔でサラッと言われる。
「じゃあ、他に選択肢は無いな。わかった。クラーケン退治、引き受けるよ」
「決まりだな。幸運を祈る」
支部長と握手を交わし、交渉は成立した。
船は準備してくれているらしい。
軍資金とコネが無ければ、船を調達し、クラーケンのいる海域までたどり着けないだろうからということだった。
まぁ、飛んで行けるのだが、船で行った方が雰囲気があって良いかも知れない。
ギルドを出て、カリストに紹介された船乗りに会いに港に向かう。
港には、二人乗りボートサイズの帆船が70-80艘程度と、全長15m〜20m位の大型の帆船が10艘停泊していた。
どちらも一本マストの船である。
さすが王都の港だけあって、大きな港である。
貨物を乗せて、近郊の国々と交易を行っているようである。
陸路で行くよりも、大量の荷物を乗せることができ、さらに輸送にかかる日数も早く到着できる。
が、必ずしも安全というわけではなく、天候悪化による難破や、海に住む魔物や、海賊による襲撃も多くあり、危険な旅であることには変わらなかった。
その中でも、クラーケンという、大きなタコやイカのような魔物は、船乗りの間で、死の象徴として恐れられているのであった。
小さいものでも体調10m以上、大きいものになると、体調30mを超す個体もあるらしい。
遭遇すると、海の中から長い触手を船に巻きつけ、マストを降り、乗組員を捕まえて食うという。
クラーケンの出没する海域は魔の海域と呼ばれ、多くの難破船が沈んで降り、船乗りは決して近づかない場所なのである。
今回、そこに連れて行ってくれるという、カリストが紹介してくれた船乗りは、港で船の出航準備をしていた。
「ミラという。こちらはバハムート。ギルド支部長のカリストから紹介を受けてきた。よろしく頼む」
「カルメロだ」
握手をする。
年齢は30代前半。色黒の肌で、痩せ型ではあるが、しなやかな筋肉に覆われた身体つきをしている。この船の船長なのだそうだ。
普段はルクセレ王国やリスボア王国との荷物運搬を請け負っているらしい。
今回、船員ギルドを代表して、クラーケン退治に協力することになったそうだ。
「ハズレくじだよ」
とカルメロは言う。
「誰も好き好んで、そんな危険な仕事はしたくないさ。年長者達に押し付けられたんだ」
忌々しそうに言い放つ。
「ただ、成功すれば、俺たちにも報酬が入り、割のいい仕事を回して貰える約束になっている。こんなところで死にたくはないから、よろしく頼む」
とのことだった。
その後、10人の乗組員との顔合わせをした。
一応、金板の冒険者程度の実力があると聞いていたようで、見かけとのギャップに驚いていたようだが、船長のカルメロと同じようなことを口にして、別れたのである。
出航は明日の早朝。クラーケンの出没するという海域までは約2日の距離とのこと。
出航準備で忙しそうだったので、早々に別れ、宿に戻って休むことにしたのであった。




