第24話 人狼
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多くの方に読んでいただき、張り合いが出ます。
誤字や表現に未熟なところはありますが、
気軽に物語を楽しんでもらえたら幸いです。
男爵が戻ってきたのは、おおよそ30分後。
そういえば、30分だけ待ってやると言ったが、この世界、この時代設定で、伝わるはずもないとあとで気づいたのであった。
日時計などで、時間の概念は無いことも無いのだが、あまり一般的ではないようだ。
一応、ざっくりでも時間の感覚がないと不便なため、俺の場合は、春のある日の日の出を6:00と規定し、次の日の出まで時間を24時間x60分の1440等分させた。これを1分と定めて、イグニにカウントさせている。
基準として霊子の霊子核の周りを負霊荷が何回回ったかという数を元に1440等分したそうなので、それだけは原子時計並みの精度なのだろう。きっちり1440等分したようだ。
ただ、太陽の日の出は目視なので、そのギャップが面白かったので採用とした。
一日が地球と同じ24時間なのか、一年が365日なのかもわからないのだが、ひとまず地球と同じように決めたのだ。
間違いなく誤差はあると思うので、365日毎の日の出を6:00とリセットするようにする。
仮に、1日が23時間で、こちらの1分が地球の57.5秒だったとしても、あまり影響はない。
一年が300日だったとしたら、流石に問題なので、その時はまた考えよう。
そんな感じで、ある程度、慣れ親しんだ地球の時間感覚を再現しているのだった。
あとは、イグニが勝手にカウントしてくれている。全くといって負荷は無いそうなので、お願いしているのだ。
さて、話が逸れた。
男爵である。
30分と言う単語は分からなかったようだが、蜂蜜酒を飲んでる時間程度と解釈していたようだ。
急いで着替え、娘を連れて戻ってきた。
顔はこわばり、下手くそな愛想笑いを浮かべている。
「これしか集まりませんでした‥」
声が小さくなる。
テーブルの上に置かれた金貨袋。
「238金貨になります‥」
「ふーん、足りない分はどうするつもりなん?」
「いえ、いや‥必ず用意いたします」
もう、消えてしまいそうな声である。
初めに会った時の威勢はどこにいったのやら‥である。
「ま、いいや。貸しな。利子つけて返してもらうからな」
「で、その人が、狼男に狙われているという娘か?」
「は、はいっ。これが娘のマルタでございます」
見たところ、普通のお嬢様だった。
美人というからどれだけのものかと思ったが、普通に可愛いかな‥というだけであった。
顔には笑顔も恐れる様子もなく、無表情であった。
「マルタと申します」
軽く会釈をする。
「狼男に狙われた時の状況を教えてもらえるか?あと、命を狙われる心当たりはないか?」
「はい。王都に用事があり、その帰り道でございました。南の森の中を馬車で戻っておりましたところ、突然、狼の鳴く声がして、馬車が倒されたのです」
「私は馬車の中にいたので、外の様子はあまり良くはわかりませんでしたが、馬が殺され、御者も殺されたようでした」
「恐ろしくなったのですが、逃げることもできず、ただ、馬車の中に声を潜め、閉じこもっていたのです」
「護衛の兵士が戦っていたようなのですが、追い返すことに成功したようで、何とか命拾いをしたという状態で、屋敷に戻ってくることができました」
「へーっ、狼男を追い払った‥ねぇ。ところで、護衛は何人いて、生き残ったのは何人だ?」
「はい、護衛は3人。生き残ったのはたった1人です。名前は‥確かテオドロ‥だったと思います」
いや、1人で狼男を追い返すなど余程の腕でなければ無理だろ‥。
ま、何かあるが、本人に聞いてみれば良い。
「そいつに会うことはできるか?」
「はい‥」
そう言って、マルタは父の男爵の方を見る。
「いっ、今すぐ呼んで参ります。しょ‥少しお待ちください」
フットワークが軽くなったようだ。
10分も待たないうちに、テオドロと呼ばれる男が入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
30代前半の色黒の男だった。筋肉の付きもよく、薄手の肌着の上からでも、なかなかの体格であるのが良くわかる。
「少し、コイツと話がしたい。席を外してくれるか?」
そう言って、男爵と娘を追い出す。
部屋の扉を閉め、俺と、バハムートと、テオドロの3人となる。
応接室の椅子に対面に座り、話を切り出した。
「ミラという。コイツがバハムートだ。冒険者をやっている。男爵から依頼があって、娘を狙う狼男を退治してくれということだ」
「‥‥」
テオドロは無言だ。
「で、どうしてあの娘を襲ったのか教えてくれないか?お前がその狼男なんだろ?」
テオドロが、ジロッとこちらを見返す。
「狼男は再生能力があるからな。腕の一本くらい切り落としても、また生えてくるんじゃないか?」
腰から短剣を抜き、スッと空を切る振りをする。
「何で馬車を襲っておいて、途中でやめたんだ?ましてや兵士の振りをして、娘を助けたのはなぜだ?」
「もしかして始めから護衛の兵士ではなかったとかな‥全員殺して、そのうちの一人に成り代わったんじゃないのか?」
口元にクッと力が入ったのが見て取れた。
図星か。
「男爵の娘も、護衛の兵士のことなど覚えていないのだろう。入れ替わっても気づかなかったんじゃないか?」
「流石に命の恩人‥と思っているお前の名前ぐらいはかろうじて覚えていたようだがね」
「‥‥」
「なぜ、そんな面倒なことをしたのか‥」
「俺の予想だが、男爵に近づくためじゃないか‥と?」
そこまで言ったところで、テオドロは観念したように頷いた。
「そうだ。男爵に近づき、殺すつもりでいた」
「理由は?」
「理由‥? アイツは、俺から全てを奪ったのだ。俺の愛する妻を‥」
そうして、テオドロは話し始める。
「俺と妻カルメラは、この町に住んでいた。俺が狼男であることは隠していたが、この町で鍛冶屋として真面目に働いて、それなりに幸せに暮らしていたのだ」
「しかし、あの男、オスバルドが、年に数回、泥酔し、街の中を暴れまわり、視界に入った者を切り捨てることがある」
「たまたま、路地を歩いていたカルメラが、その犠牲となったのだ」
クッ、と苦渋の表情を浮かべる。
「アイツを殺すために、作戦を練った。先に娘を殺し、悲しみに暮れているところを、殺してやるつもりで機会を伺っていた。ウグルゥゥ」
話をしているうちに、再び怒りがこみ上げてきたのだろう。狼のような低い唸り声を発する。
「邪魔をするならお前達も殺す」
テオドロが殺気をむき出し、中腰になる。
「まぁ、落ち着けよ。別に邪魔するとは言ってない」
意外な言葉だったようで、テオドロの殺気が和らぐ。
「ま、そんなことなんだろうとは思ってたんだ。町の人間も、なんか生気が無かったしな。どうせ、ギリギリまで搾り取られて、生きていくのがやっとという生活なんだろ?その上で酔って暴れる貴族に斬られて泣き寝入りしか無いなんて、最悪だよな」
「ただ、お涙頂戴の同情話を聞かされても、お前に協力する義理は無い。男爵からはお前を退治するのに138金貨貰っているからな。お前は何が出せる?」
その言葉に、テオドロに殺気が戻る。
「グルルルッ」
テオドロの身体が、みるみるうちに巨大になっていく。上半身の服が弾け飛び、巨大な人狼の姿に変わっていく。
1m80cm程の身長のテオドロだったが、人狼の姿では3mを越えるまでになっていた。
口が裂け、鋭い牙がむき出しになっている。
威嚇し、こちらに強烈な一撃が飛んでくる。
それを片手でいなし、吹き飛ばす。
「グルゥ、グワァッ」
右手、左手と交互に、鋭い攻撃が飛んでくるが、全て空を切る。
スッと懐に入り込み、鳩尾のあたりに掌底による一撃を与える。
「グフッ」と、血を吐いて、壁に直撃するテオドロ。
敵わないことを悟ったのか、悔しそうに、だが諦めきれずに、唸り声を上げ、こちらを睨みつけている。
その衝撃と音に、男爵と娘が扉を開けて、中の様子を伺う。部屋の中に狼男の姿を見つけ、驚きと恐怖の表情に変わった。
次の瞬間、男爵と娘の姿を見つけた狼男は、こちらを諦め、一矢報いようと、男爵の元に飛びかかる。
俺は、娘のマルタの前に転移し、狼男が男爵ではなく、娘に襲いかからないように立ち塞がった。逆に言うと、男爵はガードしていない。
別に護衛を依頼されているわけではないので、知ったことではない。ましてや、日頃の悪行を聞いたばかりである。助ける義理も、見捨てる後ろめたさも無い。
狼男は、一瞬こちらを見て、察したのであろう、感謝の念を示す。そのまま男爵に鋭い爪を立て、胸を切り裂く。
深い傷跡に、血が飛び散り、男爵は倒れた。
さらに襲いかかろうとしているところに魔法を発動させる。
「地獄の業火」
男爵を殺した狼男の足元に魔法陣が浮かび、黒い炎に全身焼かれ、数秒のうちに燃え尽きた。あっという間に灰になって姿が消えてしまった。
こうして狼男は退治されたのである。
「男爵のことは気の毒だった。失礼する」
呆然と立ち尽くす娘のマルタを残し、早々に屋敷を後にした。
しばらく歩き、森の近くまで来る。
人気の無い場所まで来たところで、空間から狼男を取り出し、地面に投げ捨てる。
先程は、狼男を空間に転移させると同時に、炎の魔法で燃えて灰になったような幻覚を見せたのであった。
これで、ギルドには狼男は退治したと報告出来るだろう。ただ、戦闘途中で狼男が、男爵に襲いかかり、殺してしまった不運な事故だったということで片付けるというシナリオだった。
「ドスン」
地面に膝をつき、こちらを見る狼男。
「なぜ、助けてくれた?敵討ちまで見逃してくれて‥」
狼男が問う。
「え、あー、別に邪魔するつもりは無いと言っただろう? お前を退治するようには依頼されたけど、護衛するようにとは言われていないからな」
「あと、さっきの返事を貰っていない。俺に何を出せるのか?だ」
「‥金はない。差し出せるのは命だけだ」
「いいぜ、じゃあ、その命、その忠誠を俺によこせ。いいな?」
「わかった。いや、わかりました。たった今より、私の忠誠はあなただけのもの。何なりとご命令を」
「おぅ。俺のために存分に働け。あと、俺の本当の名前はミライな。今は女性バージョンのミラだけど、男性バージョンではミライだから。あと本性は中位竜だから。こっちのバハムートも下位流ね。よろしくな」
「なっ‥」
絶句。
「ガハハハ。あまり堅苦しくしなくてもいいぞ。ミライはいい奴だからな。敬語は不要だ」
とバハムート。
「イヤ、タメ語なのはお前くらいだからな?他の部下は皆、敬語を使ってくれているぞ?」
「そうか?まぁ、いいじゃねーか」
こうして、新たな部下。獣人族の人狼のテオドロが仲間になったのであった。




