第23話 男爵の依頼
依頼主は貴族であった。
オスバルド・ソレス男爵。
王都からかなり離れている。徒歩では1週間以上かかるであろう。
カールシュタット王国とキルシュ公国との国境付近に位置していた。
しかし、その程度の距離は、大空を猛スピードで飛ぶことができる俺たちにとっては、50歩100歩である。
2時間もすると、依頼主の男爵の屋敷に到着した。
街というよりは町。
木製の壁に囲まれていたが、二階建てより高い建物はなく、人口も100人程度の様子であった。
ほとんどが農作業に従事している。
一部、兵士らしき姿の者もいるが、あまり多くはなかった。
何より、すれ違う人々の目が死んでいる。笑顔を浮かべている者の姿は無かった。
絶望に無気力となっているように見えた。
この街の中心に男爵の屋敷はあった。
周りの家の質素さに似合わない、華美な屋敷。
このコントラストには、あまり良い印象を受けなかった。
入口の兵士に、冒険者ギルドから来たことを伝えると、奥の応接室に通された。
部屋の中も、無駄に煌びやかなツボやら剣やら鎧やらが飾ってある。
「趣味が悪いな‥」
バハムートが言う。
「同感だ」
と俺。
しばらく待つと、扉が開き、一人の男が入ってきた。
40代後半の、恰幅の良い男性だった。
口髭を蓄え、指には大粒の宝石のついた指輪をいくつもはめている。
「そなた達が、冒険者ギルドの者か?たった二人なのか?しかも片方は女ときた」
男が口を開ける。馬鹿にしたような口ぶりだ。
「男爵閣下。左様でございます。私はミラ。この者はバハムートと申します」
一応‥本当に一応、キチンと挨拶する。
ムカついたらブッチしてもいいが‥。
「ふん、女風情が、冒険者とはな。まあ良い、依頼を達成できたら、報酬をくれてやる。貴様たちには十分すぎるほどの金だ。ありがたく思え」
とのこと。
(斬るか?)
真面目な顔で、バハムートが目配せする。
(待て、まだもう少しは我慢できる)
念話で伝える。
「まずは依頼内容を教えて頂きたい。狼男の退治とありましたが?」
俺が聞く。
「忌々しい狼男だ」
吐き捨てるように言う。
「魔物ごときが、儂の可愛い娘を狙っておるのじゃ。先日、森の中で、娘の乗る馬車が襲われたのじゃ。何とか撃退したのじゃが、生き残った者の証言から、狼男で間違いがない」
「他に襲われた人はいるのですか?」
「いや、いない。儂の娘だけじゃ」
「他にも年頃の娘などいっぱいいるだろうに。魔物のくせに、分をわきまえない、忌々しい奴め」
と怒り心頭のご様子である。
「ご息女に合わせてもらうことはできますか?」
「ダメじゃ。娘は今部屋に閉じこもっておる。誰にも合わせることはできん!」
「ご息女だけを狙うというのは、何か理由があるように考えるのが普通かと思いますが、何か思い当たるようなことは無いでしょうか?」
「そんなもの、我が娘が、美人だからに決まっておるじゃろう。馬鹿なのかお前は?」
(あーダメだ。これ以上我慢するの無理だわ)
「わかりました。依頼の金額ですが、80金貨とのことでしたが、倍の160金貨でしたら受けましょう。嫌であれば、この話は無かったことに」
「‥⁉︎」
面を食らったようだ。断られるなど思ってもいなかったのであろう。ましてや値段交渉など、想像もしていなかったに違いない。
金さえ出せば、ホイホイと言うことを聞くものだと思っていたようだ。
「なっ、何を言っておる? ふっふじゃけるな。たっ、たかが冒険者風情が、儂に口答えするなどと‥」
何かもう、呂律が回っていない。
「そうです。冒険者風情が手を貸さなくても問題ないでしょう?立派な男爵様が退治されてはどうですか?」
(あー、やっちまった。ま、いいか)
隣を見ると、バハムートがニタァと笑っている。
「無礼者がっ、兵士共!」
近くにいた兵士たちが、応接室の中に入ってくる。その数6人。
バハムートが大刀の鞘を抜こうとするが、止める。
(アホ。このスペースでそんなもん振り回したら建物が壊れるわ)
「ま、ここは任せてくれや」
しゃあない‥と言う顔で、どうぞご自由にとジェスチャーをするバハムート。
「一応聞くが、正当防衛ってことで、皆殺しでいいかな?」
「やれぇっ!」
俺の言葉に逆上し、男爵は命令を下す。
剣を振りかざしている兵士にスッと近づき、胸のあたりに右手を当てる。
「即死」
一瞬にして、心臓が止まり、命の火が消える。
その兵士の霊子は右手に喰い尽くされ、肉体が塵となり、サラサラと消え去る。
(あー、これはヤバイ奴だ。さすが悪魔の操る魔法だわ)
続けざまに別の魔法を試してみる。
「恐怖」
次の兵士に恐怖を植え付ける。
「ギッ、ギヤャャァア」
奇声をあげ、剣を落とし、その場で転げ回る。
目が完全に逝ってしまっており、右目の左目が別の方向を向いている。
「ウギャっ、ウッギャャャアー」
ヨダレを垂らし、狂人と化してしまったようだ。
男爵が視界に入ったようで、救いを求めるように、男爵に抱きついたが、その男爵の目の前で、自分の両目をくり抜き、それを食べる。
さながらホラー映画を目の前で見ているような気分だった。
(あー、これはもっとヤバイ奴だ。封印だわ)
「風刃」
かまいたちを起こし、首をはね飛ばす。
面倒だな。
「雷撃矢」
左手を挙げた上空に、光り輝く雷属性の魔法の矢が、30本。
スッと手を振ると、残り4人に7-8本づつ飛んでいき、串刺しにする。
弓に撃ち抜かれた物理的な怪我と、雷属性による感電で、黒焦げになる兵士達。
あっという間の出来事だった。
(イグニ、右手の悪魔の魔法は、チョット使えないぞ。さすがの俺でも心が痛むわ)
(そうじゃの。それに関しては我も同感じゃ。やはり悪魔の力は悪魔じゃな)
男爵は、返り血を浴び、床に這いつくばっている。失禁し、ズボンが濡れているのがわかる。
「そちらから喧嘩売ってきたんだからな?たかが冒険者風情、たかが女‥だものな」
「ということで、命が惜しかったら、今すぐ100金貨持ってきて?迷惑料として」
「あと、依頼受けても良いけど、200金貨ね。前金で。どうする?」
「‥ま、30分だけ待ってあげるよ。着替えてきたら?あと、蜂蜜酒でももらえるかな?」
応接室の椅子に座りなおし、可愛らしい笑顔を浮かべてお願いする。
コクコクと頷くことしか出来ない男爵。
這いずるように、応接室を出て行った。
死体が転がっているのが、目障りだったので、「消失」の魔法で消し去る。
しばらくすると、恐怖に怯えながら、蜂蜜酒を持ったメイドが現れ、机に置いて飛ぶように戻っていった。
(別に取って食ったりしないんだけどな‥)
(お、この蜂蜜酒。なかなかいけるぞ)
ジョッキに注がれた蜂蜜酒を一口飲むと、少し気分が良くなり、約束の30分を待つ俺なのであった。
 




