第19話 自治領デーン
先に村長の家に戻った俺は、奥さんのフローラさんの作ってくれたタンポポコーヒーを飲みながら、くつろいでいた。
ちなみにタンポポコーヒーとは、タンポポの根を一度、灰汁抜きし、細かく刻んで天日干しし、十分乾燥させておく。これを鍋で焙煎し、香ばしさと風味を出した後、コーヒーと同様にドリップしてから飲むのである。
俺がコーヒー党だったので、試しに作らせてみたのだが、程よい苦味があり、すっかりハマってしまったのだ。
まぁ、そんなことは良いとして、作戦的には上手くいった。あとは、伯爵がテーブルに乗ってくるかどうかだ。
こればっかりは、相手の出方次第なので分からないが、交渉のテーブルに着けば良し。つかなければ全滅させ、さらなる恐怖を植え付ければ良い。
程なくして、警備部隊が戻ってきた。
指示通り、戦利品はゲットしてきたようだ。
鍛冶担当部隊に渡し、活用してもらうように指示を出す。
それから1時間ほど経過しただろうか。
伯爵と思われる、他より華美な装飾が施された鎧を着た人物が、4名の騎士を従えて、村長の家に到着した。
そのうちの一人に、以前俺に一騎打ちで敗れたローマイアー卿の姿もあった。
村長が何か言ってくれるかと思い、顔を見ると恐縮して、小さくなっている。
(しゃあない)
「このようなところにご足労いただきありがとうございます。私がミライと申す者でございます。閣下」
一応、相手が相手なので、今回はきちんと対応することにしていた。
「ヨハネス・ヒルシュフェルト伯爵である」
年齢は40代後半。なかなか精悍な顔をしている。
もっとヒョロっとして、威張り腐っているような姿をイメージしていたが。まともそうだった。
「まずはお座りください」
テーブルを挟んで座る。
村長が横に小さくなっている他に、俺の後ろにはマティアスとグスタフが控えている。
「さて、単刀直入に要求を言います」
「こちらの要求は3つ」
「1つ目は、この村の支配権の譲渡」
「2つ目は、税金の免除」
「3つ目は、貿易の自由化」
「以上、ご質問は?」
「貴殿の要求は、独立して国を作ると言っているように聞こえるのだが、わかっているのか?」
ヒルシュフェルトは、眉ひとつ動かさず、こう返した。
「ああ、わかっているさ。とは言っても、独立国家を名乗るつもりはない。自治権だけで十分だ」
「ふむ‥」
考え込む。
「わかった。国王殿下に進言しよう。元々は私の領地だ。問題はあるまい」
「しかるに、我々が受ける恩恵はどう考えておるのか?」
「隣国からの脅威に対しての協力と、こちらから他の土地に攻め込まないという誓約だ。侵略に対しては断固反撃するがな」
「つまりは、同盟を結ぶと?」
「そんなところだ」
「ふむ、わかった。その条件で問題ない。後日、自治権を認める書状を送らせよう。合わせて、商人ギルドに話をして、誰か適当な人間を派遣させる。それで良いか?」
「ああ、十分だ」
「では、失礼する」
ヒルシュフェルトは席を立った。
会談は、ものの5分とかからず終了した。
ある意味、一方的な要求をあっさりと飲んだヒルシュフェルト。
彼らとすれば、税収に対し、大きなインパクトではないだろうが、自治権を認めるというのは、歓迎されるはずはなかった。
それすらも容認するほどに、脅威と感じていたようには見えなかったが‥。
(こいつ、喰えねぇ男だな‥もう少し取り乱すかと思っていたが)
シナリオ通りではあったが、出来過ぎな展開に、やや引っかかるものが残る交渉であった。
とはいえ、正式に自治権が認められ、デーン村改め、デーン自治領が誕生したのであった。
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「よろしかったのですか?」
ローマイアーがヒルシュフェルトに尋ねる。
「良い。むしろ早い段階で気付けて良かった。先ほどのミライと申すもの。あれは人間ではない‥」
「な、なんと?」
ヒルシュフェルトの答えに、ローマイアーが驚きを隠さない。
「うむ、だが、王国に対し、明確な危害を加えるつもりでもなさそうじゃ。ならば、友好関係を維持し、敵にならないことを模索すべきじゃ」
(あの力‥王国騎士団長であるヒルデブラント・フリードリヒと同等か。とすると、奴もまた‥)
一人思慮にふける。
夕陽が沈みかけた街道を、ヒルシュフェルトとその騎士達はレンズブルクに向けて帰路についたのであった。




