業火の十字架
この決断が正しいわけがない。
しかし、正しさよりも抑えられない感情を優先してしまうこともある。
その結果がどうなるかを考えられないほどの怒りと悲しみを抱いてしまえば、思考回路は狂ってしまう。
イイヤツは今の俺の両目を見ると、感極まったような声を出す。
『やはりそうか、感情……特に憎悪のような深い負の感情が起爆剤になったんだ!!さぁ、君の変化を見せてくれ!!』
両手と両足の枷を外され、頭に被されていた黒い装置も外される。
久しぶりに立ち上がったが、立ちくらみも無ければふらつきもなかった。
身体的に自由を得れば、イイヤツは俺の頭の上に手を置く。俺は無言でその腕を掴み、捻りながら上にあげる。すると、ドタンッと言う音をたてて、奴は俺の後ろで床に倒れた。
『ぐがっ!!……すでに薬の効果で才能には目覚めている……か』
うつ伏せで見上げてくるイイヤツの頭を、俺は容赦なく踏みつける。
「俺に触るな。……誰よりも先におまえを潰すぞ」
『僕に怒りをぶつけられても困るなぁ。……あと少しで、君の望みを叶える者たちが到着する。合図はーー』
ドガーンっ!!
遠くの方で、大きな音が聞こえてきた。これはそう……爆発音。
それが聞こえると、イイヤツはクフフッと笑う。
『流石は組織の殲滅部隊。動けと命令すれば、すぐに仕事に取りかかってくれた。さぁ、これで君の思う通りにーー』
俺はパーンっと床を強く踏んで強い衝撃を与える。すると、イイヤツは意識を失ったのか話さなくなった。
「いい加減に黙れ、うるさいんだよ」
映像を確認すると、あの1回目から爆発音は続いており、画面からも遠くからも、子供と大人の叫び声が聞こえてくる。
『助けて……嫌だ、助けてぇえ!!』『どうして、こんなことを!?私が……私がどうしーー』『熱いぃ……熱いよぉ!!お母さぁあん!!』『生存者は全て殺処分にしろ。1人でも残せば、我々はあの方から見放されると思え』
いろいろな声が聞こえてくる。そして、画面の中では映像が変わるごとに子供や白衣を着た研究員が爆弾の炎に焼かれ、軍服を着た男たちに銃で撃たれ、死んでいく。
命乞いを聞かず、どうして殺されなければならないのかの問いにも答えずに、ただ淡々と無表情で人の命を奪う男たち。
それを見て俺は、恐ろしいとか、逃げたいとか、そんな風には思わなかった。
どれだけの人を殺したら、この人たちのようになれるのだろう。
人殺しである彼らに対し、尊敬の念を込めて興味を抱いてしまった。
このレベルまで冷酷になれたら、自分はどれだけの高みに上れるのだろうっと。
部屋の前に、大人たちの足音が近づいてくるのが聞こえてくる。そして、扉を開けて何人か入ってきた。
「イイヤツ、これはどういうことですか!?被験者だけならともかく、何故我々までっ……。貴様は066番!?何故拘束が解けている!?」
今驚いている研究員やその後ろに居る奴らは、あの事件の日に俺を捕らえたメンバーだった。
調度いい、俺を散々実験材料として利用したんだ。
なら、僕がこいつらで実験しても、何の問題もないよねぇ?
驚いている奴らにのらりくらりと近づき、目の前に立つ。
すると、研究員の顔に恐怖が浮かび上がる。こんな小さな子どもに、大の大人が恐れを抱いている。
こいつらの脳は飾りなのか?俺をこうしたのはこいつら自身だというのに、突然変異で俺が豹変したと勘違いしている。
俺は研究員の左胸に触れれば、少し力を入れて押し出す。
すると、目の前に居る男は一瞬震え、口から血を垂れ流し、電池が切れたように横に倒れて動かなくなった。
消してもいいよね?こんなクズ。
状況を理解させる時間も与えずに、俺は目の前に居る残りの研究員にも同じ事をして絶命させた。
からくりを言えば、俺が少し力を入れて心臓がある部分を押しただけ。それだけで耐えられないほどの衝撃を彼らの心臓に与えたのだ。
もう1度言おう、たった少しの力でだ。
床に倒れている死体には興味はなく、俺はその監禁部屋を出て行く。
施設の中には既に炎が広がっており、壁や床には銃殺された者たちの返り血が至るところに付着している。
……汚い。
このまま燃えている施設の中に居ても、床に転がっている死体と一緒に死ぬだけであり、そんなのはごめんだ。
炎が広がっていない所から出口を探しながら歩いていると、子どもや大人の死体が見える中で、映像で見た軍人たちが視界に入った。
近づくべきか、それとも逃げるべきか。
ここで逃げたとしても、生き残れる可能性が上昇するわけではない。なら、ここで俺を殺すかもしれない彼らを排除するしかない。
俺が前に出ようとした瞬間。
後ろから誰かに腕を引っ張られ、口を手で塞がれた。
「はぁ……はぁ……あなただけでも、生き残っていて良かったわ……高太」
俺がその声を聞き、驚いて後ろを振り向くとその女性は立っていた。
腕や口から血を流し、白衣や肌は少し黒くなっていた。
息も荒い。
今までに見せていた余裕そうな表情は焦りに変わっている。
それでも、彼女であることには変わらなかった。
俺が会いたかった人、如月彩に違いは無かった。
炎が死体やまだ息のある者たちを燃やしている中で、俺の後ろに血塗れの彩さんが現れた。
その血は白衣に小さな穴が空いているところから、彼女が弾丸を受けてしまったことがわかる。
軍服の男たちから見つからないように離れ、炎がまだ広がっていない廊下に避難する俺たち。
彩さんは壁に背を預け、息を整えながら俺の目を見た。
「……完全に薬の効果が出てしまっているわね。間に合わなくてごめんなさい……」
頭を下げる彼女に、俺は何も感じなかった。
彩さんを見たら、自分が怒りで殺しにかかってしまうと思っていたけど、本当に無だった。
感情の起伏は何もない。
それを見通してか、彩さんは深刻な表情をする。
「あの薬は、人知を越えた能力を得る代わりに人間から大切なものを奪っていく。それはあなた以外の子の結果からわかっていたわ。五感の1つを失う子や、平常心が無くなる子、その他にも……。あなたの場合は、生きていくのに不自由するものではないようだけれど……感情が消えたみたいね。表情を見ればわかるわ。この状況で冷静すぎるほどだから」
俺はその言葉に反応せず、じっと彩さんを見る。
この人は俺が監禁されている間、ずっと何をしていたのだろう。
あの映像の中で、彼女は俺の専属になると言っていた。
その役割とは何だったのか。
この人は、俺を利用して望む結果を出せたのか。
それを問うべきなのか。
「私は奴らの襲撃を受けた時、初めに子供たちを避難させようとした。けれど、組織の部隊は全てにおいて先手を取ってくる。可能な限り全ての部屋を回ったけど、全員助けられなかったわ」
「全員……そうですか」
全員と言うことは、鳳凰院も死んだのだろうか。考えるだけ無駄か。全員というのであれば、俺以外の全員そうなったのだろう。
少し休むことができたので、彩さんは立ち上がり、左手で廊下の奥を指さす。
「ここから何の障害もなく真っ直ぐに進めば、階段があるわ。そこを目指しましょう。……あなただけは、私が生き延びさせてみせるから」
「彩さん……」
彩さんの目には、覚悟が宿っていた。そして、今の言葉にその場しのぎのような薄っぺらさを感じなかった。
俺は……今の彼女を信じても良いのか?
彩さんが前に進もうとした瞬間、後ろからドガーンと言う音、そして爆風が襲ってきて俺と彩さんを襲った。
数十メートル吹き飛ばされ、壁に身体を叩きつけられる。その衝撃からか、天井にひびが入り瓦礫が落ちてきた。
「高太っ!!」
その声が聞こえた時には、俺は彩さんに身体を押され、瓦礫に押し潰されることは無かった。
そう……俺は無傷だ。
だけど、彩さんは……。
「……良かっ…た。あなたが……無事で……」
頑張って笑ってくれている。
どうして……笑えるんだ?
彼女の下半身は瓦礫が上に乗っていて身動きが取れない。
そして、至るところにから血が出ていて出血量が多い。
「あぁあ……あっ……がぁ……!!彩……さ……!!」
俺のせいだ。俺が一瞬、躊躇してしまったから。
俺が……彩さんを……!!
鋭敏になっている耳が、こちらに近づいてくる靴音をとらえる。
このままだと、俺も彩さんも殺される。
彼女の腕を引っ張り、助け出そうとしても力が足りない。
「やめなさい、高太!!逃げるのよ、あなただけでも!!」
「嫌だ……嫌だぁあ!!逃げるなら、あなたも一緒だ!!」
「現実を受け入れなさい、今のあなたでは無理なの。……そうね、私はここまでだけど、あなたには未来がある。ずっと、あなたを救うために……私は、これを作り出した。だから……あなたにこの力を……」
彩さんはぶつぶつと何かを呟きだし、白衣の懐から何重にも布で包まれた何かを取り出す。
それをめくれば1つの注射器が出てきた。
その中には今までのような赤い液体とは対照的に青い液体が入っていた。
そして、それを、俺の腕に刺し、液体を体内に注入した。
抵抗できなかった。
してはならないと、身体が直感したんだ。
「あなたは、『希望』と『絶望』を宿してしまう。でも、それはただ存在するだけ。どう使うのかは……あなた次第。だから、どうか……どうか、生きて。生き残れば、あなたは道を切り開けるの。……誰にも、あなたの権利を渡してはいけない。あなたの道は、あなた自身……で……」
彩さんは、そう言って動かなくなった。それを確認すれば、俺の両目に実験の時とは違う現象が起こる。
心臓の鼓動に合わせるように、目が脈打つように視界が青空のように蒼くなっていく。
だけど、苦しさも辛さも感じない。むしろ、優しくて心地いい。
そして、紅い世界も広がってきては、蒼い世界と交わる。
怒りと優しさ、苦しみと快楽が混ざり、その狭間にいる俺は自分で自分がわからない。
「俺……は……!!俺はぁあああ!!!」
目の前に、軍人姿の男たちが数十人現れる。
俺は誰だ?この人たちなら、俺のことを知っているのか……?
立ち上がり、男たちに向かって走っていく。
俺は何者だ?
グサッ!!
何がしたい?
グジュリ!!
どういう性格をしている?
ザジュっ!!
何ができて、何ができない?
グルジュっ!!、ガブッ……ンップ!!
どうして……今……人を殺しているんだ?
全てが終わり、真っ直ぐに、誰かが言っていたように廊下を前に進めば、階段を見つけて上る。
俺の名前は……そうだ、最上高太だ。そして……それで、何だっけ?その他にも、何か自分を構成する要素があったはずだ。でも、わからない。
なら……どうすれば良い?
そうだ、今決めよう。俺が何者なのか、どういう人間なのか、それを全て自分で決めるんだ。
そうだな……どんな自分が良いかな。
考えていると、階段の上の方から光が差し込んできた。
上りきれば、芝生や樹木が生い茂っている地上に出た。
すると、すっと力が抜けて倒れてしまう。そして、そのまま当時の俺は意識を失った。
次に目覚めたのは……確か最上家の自分の部屋のベッドの上だった気がする。そこから先は覚えていない。
後から知ったことだが、あの後に俺を捜していた最上家の捜索隊が上空から俺を見つけて救助してくれたらしい。
そして、この施設で起きていたことの真実は、この13年後に知ることになる。
このことがあったから、今の俺が生まれた。そして、あのデスゲームで大切なものを見つけることができ、それを守ることができた。
それでも、俺は人殺しの罪を背負っている大量殺人者であることは変わらない。
その罪は誰でもなく、俺が生きている限り背負わなければいけないことなんだ。




