無能と無力
翌朝。
結論、寝れた感覚は無かった。
寝不足ではない。寝てないけど、いつの間にか頭が覚めたような感じだ。
考えることが増えたということ以外、昨日の深夜は何もなかった。自己完結にできる問題でもないのが、余計に困る。
とりあえず身体を起こし、部屋を出る。
すると、金髪緑目の美人が目の前に居て「うぉ!?」と一歩下がる。
「あ、起きてたんですね。おはようございます、円華さん」
「は、はい……おはよう、ございます…」
やべぇ、昨日の夜の営みが聞こえていたかもしれねぇなんて言えねぇ。
目を引く爆乳に対して視線を向けないようにしながら、廊下を見ると子どもの姿がない。
「……子どもたちは?」
「あの子たちは、朝食を食べに出かけましたよ。主人も一緒です」
「そうなんですか。あ、じゃあ、アスカさんは俺がまだ寝てたと思って……」
申し訳ないと思いながら頭をかくと、彼女は首を横に振ってくれた。
「私は元から、そんなに遠出ができないですから。この子のためにも、あまり身体に負担はかけられないので」
そう言って大きなお腹を擦り、優し気な笑みになる。
東吾さんは、この笑顔を守るために、この島に残ってるんだよな。
「あの……泊めてくれたお礼って言うのもあれですけど、俺に手伝えることがあったら言ってください。学校じゃ寮生活なんで、それなりに家事もできるんで」
「えっ……フフッ、そうですか?だったら、その時はお言葉に甘えようかしら」
遠慮しないことで、俺の気遣いを受け入れてくれた。
本当に、優しい人だな。
こうして言葉を交わしているだけで、心が温かくなる感じがする。
でも、それは優理花さんと話してる時の方が、より強く感じられて……。
「じゃあ、早速で申し訳ないんですけど、主人にお弁当を届けてもらえますか?あの人、いつも『明日こそはちゃんと持っていく』って言うんですけど、忘れちゃうんです」
「わかりました。じゃあ、行ってきます」
お使いを頼まれて外に出て、みんなが居るであろう広場に向かう。
欠伸をしながら歩いていると、急に周囲に影がさしてきた。
空を見上げれば、朝日に雲でもかかったのかとも思ったが、そうじゃなかった。
頭上を見ると、空に黒い、大きな飛行船が近くで浮かんでおり、それが影になってしまったんだ。
「何だよ……あれ!?」
俺が目を見開いて聞けば、ヤナヤツが冷静に説明してくれた。
『あれは緋色の幻影の飛行船だね。加島くんに言ったもしもの時って言うのは、こういうことだ。組織が復活してからと言うもの、この人工島に数ヶ月に1度、不定期で攻めてくるんだよ』
「おい、それって……!!」
緋色の幻影が何時から復活したのかはわからないが、少なくとも2、3回ではないはずだ。
それに、空からの奇襲なんてどうやって回避するんだよ!?
『安心したまえ、我々も弱くない。今、世界で出回っている武器よりも強力なものは大量にある』
ヤナヤツがフフっと笑うのと同時に、突然地震が起こった。
立っていることができずに膝をつきながら周りを見る。
罪島全体を覆うかのように、黒い壁のようなものが地上に出てきた。
「何だよ、これ……現実離れしてるだろ、この島!」
『しかし、その現実離れした機能により、この島の住民は守られてきた。そして、これは第1防衛ラインを作ったに過ぎない』
ヤナヤツの説明を聞きながら、俺は飛行船を目を細めながら見る。
「あの船、砲台とかは付いていないみたいだけど……どうやって攻めてくるつもりだ?」
島に降りてくる気配がない中で、飛行船の小さなハッチが開く。
そして、そこから、俺の予想通りかどうかはわからないが、何かが罪島の沖に投下された。
俺は急いで、投下された先に向かって走り出した。
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恵美side
私が朝、広場でお母さんの準備の手伝いをしてる最中に空を見上げれば、そこにあったのは何度も見た飛行船。
無意識に睨みつけてしまえば、すぐにお母さんに伝えた。
「お母さん、緊急事態!組織の飛行船が近くに来てる!!」
「そんな……。よりによって高太も健人さんも居ないときに……。わかったわ、私は陽菜乃に連絡するから、メグは加島と一緒に海辺を見張ってて。こういう時のための予備のプランは頭に入ってるから」
「はい!」
私は戦闘準備をし、使うかもしれないと思って持ってきていたリュックサックを背負って走り出す。
陽菜乃さんは、お父さんの相談役の1人でこういう緊急事態でも頭の回転が速い頼れる女の人。
あの人ならこういう時はどうすべきか、冷静な判断ができるはず。
お母さんの言うとおりに海辺に向かって走り続けていると、急に地震が起こったので立ち止まり、周りを見ると黒い壁が島の外周に地面から出現した。
「ヤナヤツがやったんだ……。じゃあ、もう乗り込んでくるかも、急がないと」
再び走りだそうとした瞬間、向こうの方からタイミングよく、右腕と左腕にガントレットをした東吾おじさんが来てくれた。
良かった、異能具はつけてきてくれてた。
「恵美、おまえの母さんから話は聞いた。奴らが来たようだな。子供達はアスカがすぐに地下に避難させてる。俺たちは……」
「海辺で敵の警戒。おじさん、急ぐよ!」
飛行船を見れば、そこから何かが落ちていくのが見えた。
幸運なのか不運なのか、それは私たちが向かっている海辺に落ちていく。
海辺に着けば、それが落ちたらしい所から砂煙がたっていて実体がよく見えない。
「一体、何なの……」
レールガンを構え、少しずつ近づいてみる。
危険であることは間違いないけど、確認しないことには何もできない。
東吾おじさんも近づいてきて、私の前に立ってくれる。
土煙が消えれば、金属と金属が擦れるような音が聞こえてきた。
そして、それが見えた瞬間、私と東吾おじさんは目を見開いてしまった。
何かの生物兵器を投入してきたのではないかと思っていた。
そう、予想していた。
しかし、目の前に映るのは、全身漆黒の重装備の鎧を纏っており、フルフェイスで顔を隠している騎士。でも、持っているのは白銀の刃を光らせている、黒い大鎌。
それは片膝立ちから自然と立ち上がれば、私と東吾おじさんを見てウィーンっと機械音を立てる。
『リンカー、起動。……目標、人工島の住人の殲滅。……行動、開始』
ガチャンっと金属音をたてて動けば、両手で大鎌を構え、私たちに刃を向けた。
漆黒の騎士を目にした時、異様とか、異質とか、そう言う言葉が私の頭の中に浮かんだ。
人は、そう言うものを見たとき、2つの反応を示す。
1つは、自分の世界に存在しないものを受け入れたくないと言う思いから排除しようとする防衛反応。
もう1つはこれが理想的だけど、理解して受け入れようとする。それが平和的解決法。
だけど、今の私は前者を選ばざるを得なかった。
騎士は大鎌の刃を私たちに向けている。
これは明らかな敵対の意思を示している。
なら、とるべき行動は1つに限られる。
東吾おじさんは私を庇うように立ち、騎士の前に立つ。
黒い騎士がゆっくりと、1歩ずつ前に進み、私たちに迫ってくる。
私は威嚇の意味で、レールガンを向けて引き金を引いた。
威嚇射撃ではなく、直撃させるつもりだった。しかし、それは騎士に当たらなかった。
「嘘…!!」
直撃できるはずだった。
私の射撃は大きくズレることはないし、電気の速さに人が反応できるはずがないのだから。
引き金を引いた瞬間に、漆黒の騎士は目の前から段々と薄く消えるように虚像を何体も自分の動く後に残し、横に移動したんだ。
その動きだけでわかった。
この騎士は、人間ではないのだと。
そして私が驚いて棒立ちになっている間に、一瞬で漆黒の騎士が私の目の前まで迫ってきて大鎌を上にかかげる。
ジャックよりも速い!!
反応が遅れてしまい、大鎌を振るわれた瞬間、東吾おじさんが左手で私を勢いよく押し、騎士から離してくれたから大鎌の刃を避けることができた。
おじさんの動物並に鋭い反射神経が無ければ、私の身体は2つに分かれていたかもしれない。
ジャックのように、一瞬で消えて一瞬で現れるという奇妙な現象ではない。
機械の性能なのかとも思ったけど、動きは人間のそれと同じだった。そして、『能力』でも無い。
自分を極限まで鍛えぬいたことで得た極限の速さ。
それは1つ1つの動作が一瞬で、目で追うことができない。
レールガンを片手で構え、乱れ撃ちをして距離を取ろうとしても、それを全て、電気の速さを超えた速さで回避しながら距離を詰められてしまう。
私の抵抗が、意味をなしていない。
舌打ちをして再度目の前に迫った騎士を睨みつけると、敵が声を発した。
先程の無感情な感じではなく機械で合成したような声だけど、少しだけ感情がこもっているのを感じる。
『……悲しいな。実力があっても人並み外れた能力があったとしても、それを超える圧倒的な力の前には、それらは全て無力に変わる。無意味だ』
「っ!!」
黒い、圧倒させる威圧感。
でも、ヘッドフォンをまだしていないのに伝わってくる。
この騎士が、何かを悲しんでいる気持ちが。
『無能なのではなく、無力。無力な弱者には、死による救済を』
騎士が大鎌を私に再度振るおうとすれば、遠くから「おらぁ!!」と言う声が聞こえ、何かが大鎌を弾き、騎士の手から武器を離した。
大鎌は砂浜の上に落ち、騎士が後ろを向けば、そこには東吾おじさんが居た。
右拳を前に突き出していて、ボクシングのフォームをとっている。
今のは、おじさんの異能具のガントレットから発射する衝撃波だ。
「俺の存在を忘れんじゃねぇよ」
『……目標変更。最上恵美から、加島東吾に変更します』
今度は無感情な機械の声を発し、大鎌を東吾おじさんに向けた。
そして、また妙に残像を出しながら東吾おじさんに接近して大鎌を横に振るう。
それを東吾おじさんは左腕で受け止める。
「捕まえたぜ、鎧野郎。……そしてぇ!!」
右拳を握り、漆黒の騎士の腹部に打ち込み、衝撃波を発する東吾おじさん。
衝撃波なら、鎧の有無は関係ない。
……はずだった。
『愚かだな。おまえたちは何もわかっていない。おまえたちの持つ旧世代の異能具による抵抗は全て、私には通用しない。無意味だ、今のおまえたちには希望はない』
漆黒の騎士はそう呟き、東吾おじさんに膝蹴りをした。
「んぐぁ!!あふっ!!」
そして、前屈みになった所を上から肘打ちし、倒れさせる。
力が強すぎたのか、東吾おじさんは必死に動こうとしているけど、立ち上がることができないでいる。
『加島東吾、戦闘続行不可能。次の目標を、最上恵美に移行する』
漆黒の騎士は東吾おじさんを見下ろして呟けば、また私に迫ってくる。
力が通用しないと言う現実に、目の前に居る騎士に対して恐怖を覚えている自分が居ることに怒りを覚える。
相手の言っていることが本当なら、レールガンは通用しない。
なら、どうすれば良いの……?戦いたいけど、私じゃ勝てない……!!なら……!!
一瞬、諦めそうになったその時。
騎士の方に何かが横から飛んできて、それが鎧に直撃し、砂浜に落ちる。
それは、鏡のように風景を反射している手裏剣だった。
そして、その声は聞こえてきた。
「最上!白華をこっちに投げろ!!」
私は無意識に声に反応し、漆黒の騎士の注意から離れている隙に背負っていたリュックサックを開き、鞘に納まっている白い刀を声のする方に投げた。
そして、もう既に右目に眼帯をしていた黒髪の青年がそれを受けとれば、スマホを鞘の窪みにセットし、漆黒の騎士を睨み付ける。
「……選手交代だ。おまえはここで止める」
隻眼の赤雪姫、椿円華の左目は深紅に染まっていた。




