思い出した名前
一応、あの男なら1度は夢見る事故の後、服を着た最上が平然と『今日はうちに泊まる?』と聞いてきたが、あの後で彼女と一緒の空間に居られるわけもなかった。
そして、苦し紛れに屋敷に向かって歩いていると、東吾さんと合流して事情を話し、彼は快く家に案内してくれた。
2人で2階建ての大きめの一軒家の前に到着する。
「ここが俺たちの家だ。わりぃな、多分。騒がしいかもしれない」
東吾さんが、罰の悪そうに頬をかいては目の前の扉を開け、「ただいまー」と帰宅の挨拶をする。
すると、玄関にいろんな部屋から下は3歳児から上は中学生くらいの子どもまで集まってきた。
「「おかえり、父さん(パパ)‼」」
数にしてみれば、10人くらいの声が家の中で反響する。
そして、その後でアスカさんがエプロン姿で「おかえりなさい、あなた」と出迎えた。
アスカさんと子どもたちに対して、俺は面食らってしまう。
「もしかして、ここに居る全員……」
「ああ、俺の家族だ。こいつら以外にも、自立した奴が8人くらい居る。毎日毎日騒いでる、元気が有り余ってるガキばっかだ」
「へ、へぇ~……」
まさかのビッグダディ……って言うか、世間で言うそれのレベルを遥かに超えてるだろ!?
とりあえずは家に上がらせてもらえば、1人の男の子が姉の後ろに隠れては顔だけ出してジーっと俺を見てくる。
視線に気づいて怪訝な顔になれば、ひょいっと顔ごと隠れる。
「あ、こら、アキト。そんな失礼な態度とらないの」
「いや、良いよ。気にしてねぇし。そりゃ、いきなり知らねぇ奴が来たら、そう言う風になるよな」
理解を示した言い方に対して、姉の方は「ごめんなさい」と言ってペコリと頭を下げる。
「この子、もうすぐお兄ちゃんになるのに、まだ恐がりな所があって……」
「お兄ちゃん?……そうか、今はこの子が末っ子なんだな」
そう言えば、東吾さんもさっきアキトがどうとか言ってた気がする。
家族1人1人のことを、ちゃんと見てるんだな、あの人も。
「おーい、円華。部屋はこっちだぞー」
奥から声を駆けられれば、2人に軽く会釈して彼の下に向かう。
「今日はこの部屋を使ってくれ。客室にしてはぁ、狭いかもしれねぇけどよぉ…」
東吾さんが申し訳なさそうに言うのも頷ける。
目の前の部屋は、5畳分の広さにベッドと机が置いてあるだけだからな。
でも、泊めてもらうんだから文句は言ってられねぇ。
「いいえ、ありがとうございます。さっき夕飯もいただいたんで、あとは寝るだけですし。ありがたく使わせてもらいます」
そう言って、部屋の中に入れば、彼も入ってきてはドアを閉める。
「……東吾さん?」
「あ、いや、そのぉ…な。1度、2人で話してみてぇって思ってよ。ダメだったら、出直すぜ」
「いや、ダメってわけじゃないですよ。東吾さんが良いなら、俺もそうできると良いって思ってました」
「そ、そっか!それなら良かった」
そう言って、机の前の椅子に座ってはベッドに座るように促してきたので腰を下ろす。
「今日1日で、いろいろと大変だったろ?ヤナヤツはいつも、言うことが突然なんだ。俺たちも、散々振り回されたもんだぜ」
呆れた顔で言うのに対して、俺は苦笑いを浮かべて視線を逸らす。
「まぁ、いきなりハードだなとは思いましたね。でも、知りたいことも少し知れたんで……良かったです。そう言えば、東吾さんはずっと、この島に?」
「そうだな。恵美から聞いてるかも知らねぇが、俺たちは20年前からこの島に住んでる。最上……恵美の父親も、ここで生活していることがほとんどだ」
「高太さん……ですね」
俺が彼の名前を口に出すと、少し複雑そうな表情をしたが、すぐに陽気な笑顔に変わる。
「あいつも、今頃『早く帰りてー』とか項垂れてるだろうぜ?俺とは違って、インドア派だからよ」
「そ、そうなんですか?」
「おうよ。なんせ、恵美がアニメやゲーム好きになった原因はあいつの影響だからな。やることが無かったら、それこそ四六時中家に引きこもってるような奴だぜ」
「こ、高太さんが引きこもりってぇ……そ、そうなんすね」
いまいちイメージがつかなかったのと、恵美の趣味の原因が予想外の所から知らされた。
別にどこで使える情報でもねぇけどさ。
「悪かったな。本当なら、あいつと話したかっただろ?タイミングが悪いんだよ、昔から」
「そんなに気にしないでください。でも……高太さんは、今、どこに行ってるんですか?」
「最後に連絡を寄越したのが2週間前。その時はアメリカに居るって言ってたな。あいつ、俺のことはここに残しておいて、自分はいろんなところに行くんだからズルいよな」
冗談っぽく言う所から、本心ではそんなことは思ってないんだろうな。
だけど、俺は敢えてその言葉を深掘りする。
「やっぱり……島を出たいって思うことは、あるんですか?」
「ん?あぁ~……」
少し天井を見上げて考えた後に、東吾さんは扉の向こうに気を向ける。
「最初は少し不自由は感じてた。だけど、今はそうでもねぇんだ。美人の嫁さんが居て、守りたい家族に囲まれている……それ以上を望んだら、罰が当たるぜ」
「美人の嫁さんって……まぁ、そうですね、アスカさんって本当に綺麗ですもんね」
「おぉ?止めろよ、おまえ!?うちの嫁さんに変な目向けんなよな‼」
「いや、そんなに警戒心剥き出しにしなくても良くないすか!?」
冗談を言い合いながら、少し和やかな空気になっては東吾さんの顔が引き締まる。
「とりあえずだ。俺はここでの生活に満足している。今は嫁さんの腹と、子どもたちが大きくなっていくのを見ているだけで十分だ。みんなが居るから、俺は生きていられる」
そう言う彼の目は力強く、家族を守る者としての喜びと覚悟を感じる。
その佇まいに対して、俺は自然と言葉が出た。
「何か……カッコいいですね、東吾さんって」
「っ!?」
俺の言葉に、東吾さんは目を見開いて振り返る。
そして、少しの間じっと見てきてはハハっと笑う。
「……そんな風に言われるのは、2度目だぜ」
「えっ……嫌、でしたか?」
「いや、そんなことねぇよ。ありがとよ!まぁ、褒めても何も出ねぇしぃ?綺麗な嫁さんも可愛い娘も渡さねぇけどな!」
「いや、誰も求めてねぇし」
「何だと!?うちのが可愛くねぇってか!?」
「そんなこと言ってねぇでしょうに……。あぁ~、この人、面倒くせぇ‼」
もはや、少し話しただけでもこの人の人柄がわかった気がする。
自分の気持ちに対して、とても真っ直ぐな人なんだ。
そして、それは周りの人にも伝わってるんだろうな。
俺たちはしばらく、冗談交じりに言葉を交わしたんだ。
この間にわかったことは、俺はこの人のことが嫌いじゃないってことだな。
ー-----
東吾さんとの話を終えた後、彼は「ゆっくり休めよ」と言って部屋を出た。
そして、その後で俺はベッドに横になって就寝しようとしたんだけど―――寝れねぇ。
上の階から、ギシッギシっと音が聞こえてくる。
これって、もしかしてぇ……いやいや、考えすぎかもしれねぇだろ!?
だけど、時々荒い息遣いが聞こえてくるようなぁ……。
こりゃあ、確かにビッグダディになるよ、あの人。
スマホの時間を確認すると、もう10時を回っている。
ベッドに横になったのは9時くらいだけど、2階での行為が原因か、湖での出来事がフラッシュバックする。
あれ?俺って性欲が皆無に近い男じゃなかったか?うん、断じて俺は標準な思春期の高校生のように欲情しているわけではない。
じゃあ、どうして最上のことばかり考えてんだよ。
俺はあいつに何の感情もない……はずだ。
自身の胸を押さえると心臓の鼓動が早くなり、頭を抱えて深い溜め息をつく。
「どうして、俺……あいつに、あんなことしたんだろう…」
あいつのことを好きになるなんてことはありえない。
誰かに好意を抱いた所で、こんな俺を受け入れてくれる人間が居るはずがないからだ。
普通の人間と違うだけじゃない。俺は多くの人間をこの手で殺してきた、大量殺人者だ。
どんな大義名文があっても、それは変わらない。
それに、最上には……。
「……そう言えば、あの時寝言であいつ……なんて呼んでたんだっけ。確か……」
あ段から始まったはずなんだよなぁ。
それで、あれは確か名字じゃなくて名前だった。
アキト、アキラ、アキヒト、アレックス?いや、違う……。
何か、最近……他にもあったんだよ。
他にもそれっぽい名前。
あ……あ……ア?
悩んでいると、その時。
ある違和感が蘇ってきて、寝言の答えを思い出した。
『会いた…かった…よぉ……アラタぁ』
『俺、梅原改って言うんだ』
アラタ……そうだ、アラタだ!!
梅原改、あの緑髪の男。
待て、待て待て待て!!
ありえるか?最上が会いたいと思っていた男と、最上が同じ学園に居るなんて。
つか、名前が同じなだけで人違いかもしれないだろ。
それに最上は俺を監視と言うか、何故かは知らないが守るために学園に居るわけで……。
いや、違う。
俺がアメリカから転入したのは5月だ。
でも、最上は才王学園に入学したんだ。
何のために?来るかどうかもわからない俺を守るために?違う。
俺が師匠に、帰国して才王学園に行くと言ったのは4月の中旬。
最上はその時には既に学園内に居る。
俺のこと以外に目的があった。
それが梅原改を見つけることだったとしたら……。
梅原改は桜田家と関係がある。
そして、最上とも何かがあるのかもしれない。
いろいろと流れてくる疑問が、1つ1つの確信に変わってくる。
最上恵美、梅原改、そして、梅原と桜田家の関係。
俺が知らなかっただけで、誰かの都合が良い台本のように全ては関係しあっていたのか。
いろいろな謎に気づき、他にも見落としてないかを考えるが今日はもう思考力が底まで来てしまった。
俺は急激な眠気に襲われ、意識を手放してしまった。
ーーーーー
???side
クイーンさんが入室しました。
エースさんが入室しました。
クイーン「今日はキング自らの召集とのことで参りましたが、一体どうしましたの?」
エース「全員に強制参加と命令するくらいだ。また、あの女の弟が変な行動でも起こしたんだろう」
クイーン「あの椿円華って子ね。でも、キングはあの子のことは眼中に無いって感じだったけど?」
キングさんが入室しました。
キング「そうだったんだがな。注意を怠りすぎたようだ。事は緊急を要することになった。予期してなかったことだ」
エース「もったいぶっていないで、早く教えてくれないだろうか。こちらは忙しい身なのだが」
キング「それもそうだな。俺以外の奴らは日常生活が大変だからなぁ。部下が優秀だと、俺はやることがなくて自由で良い。だが、その優秀な部下が1人減ってしまった」
クイーン「?何を言ってるんですの?」
エース「わからん」
ジョーカーさんが、入室しました。
ジョーカー「無能な貴公たちには理解力が足りないようだ。この場に居ないジャック氏が、あのアイスクイーンに討たれたということさ。そう言うことだろ?友よ」
キング「来てくれて嬉しいぞ、ジョーカー。おまえの言う通りだ」
ジョーカー「貴公に来て欲しいと頼まれれば、地平の彼方からでも参上しよう。それで、私を呼ぶ用件が、かの者が討たれたと言うことを伝えるためだけでは無かろうな?」
クイーン「ちょっと、どうしてあなたはいつも、そんなに上から目線なのかしら?」
ジョーカー「悪いが、クイーン殿。私は今日、友とのみ話をしに参った。私のプランを狂わせるような問いかけはやめてもらおうかな?」
エース「要するに、話しかけるなってことだな。相も変わらず、言い方がくどいやつだ」
ジョーカー「思考回路が貴公らとは違うのだよ。私は自身のことは凡人だと自負している。だからこそ、貴公らのことは尊敬する意志はある。しかし、思考と身体が必ずしも一致するとは限らない。であるからして、態度として傲慢に見えたとしても、本心は違うことを理解願おうか、同胞諸君」
クイーン「あなたのことは変態研究者とは思っていますが、同胞とは思っていませんわ」
エース「貴様と馴れるつもりはない」
キング「これは随分と嫌われたものだな、ジョーカー」
ジョーカー「人には感情と言うものが備わっている。好き嫌いをはっきりされたくらいで、私の精神は揺らがない。問題はないよ、友よ」
キング「それは良いな。話は変わるが、あの島への対処の準備は進んでいるのか?」
ジョーカー「その問いを私は待っていた。喜んでくれ、友よ。貴公と私で進めていた開発が、試験段階ではあるが完成には近づいてきた。明日にでも、実験をかねてあの島に送ろうと思っているしだいだ。貴公の許可をもらいたいのだが」
キング「もちろん、構わないさ。君の思う通りにしてくれて構わない。起動可能なのは何体かな?」
ジョーカー「今のところは1体。しかし、一騎当千と言う言葉を実現させるような力は持ち合わせている。例え、相手がかの英雄と言えど、倒される可能性は一桁と言えよう」
キング「それを聞けて安心した。だが、無理はさせないでくれよ?くれぐれも慎重に頼む」
ジョーカー「了解した。では、私はこれで退却させていただこう」
クイーン「え!?そんな、勝手に」
ジョーカーさんが、退室しました。
エース「キング、ジョーカーに対して放任し過ぎではないでしょうか?それに黙っていましたが、我々は開発については何も聞かされていません」
クイーン「そうですわ。私、仲間外れにされて少し悲しいです」
キング「…………どうして、おまえたちに一々云わなければならないんだ?俺が言わなくても良いと判断した。そして、何も言わなかった。……おまえたちに逐一報告しないことで、何か、俺が損するような問題があるのか?」
クイーン「いいえ!何もないてすわ!!」
エース「俺はキングに従うだけです。それだけが全てです。出過ぎた真似をしました」
キング「なら、それで良いだろ。俺も今日は飽きたから落ちる。じゃあな」
all clearと打ち込み、パソコンをシャットダウンする。
そして、スマホを起動すれば、『ドッカーン!』と言う効果音と共に、画面に白いシルクハットを被り、黒い笑顔の仮面をした青いタキシードを着た者が映った。
『ヤッホー!!みんな大好きイイヤツ様だよ~~!!』
「みんなが大好きかどうかはわからないけど、俺はおまえのことが好きだよ?イイヤツ」
『それは嬉しいねぇ。でも、君が好きなのは僕ではなく、僕が考える面白いことではないのかい?』
「それは7割方当たってるな。確かに、俺は面白いことが好きだし、面白い奴も女も好きだ。そして……それを俺の手の平で転がすのはもっと好きだねぇ」
『支配者の思考だね。何でもかんでも支配しないと気に入らないって感じ?』
「何でもってことはないさ。面白くないものを手の内に置いたとしても、使い道が無いだろ。俺が欲しいのは、面白くって使えるものだけなんだよ。って、それは人なら全員同じか」
「君の場合は、その上があるくせに~~。僕は、その先の君を見ることが面白いんだよねぇ」
「趣味が悪いなぁ、イイヤツは。そうだなぁ……使えるものを集めて……」
俺は机の上にチェスの駒をポーンから順番に黒と白の両方並べていき、それを終えれば、机を蹴って駒を揺れで倒す。
そして、盤上を見てニヤッと笑む。
「敵も味方も含めて、飽きたら全部……割るんだぁ」
盤上を見ると、立ったままの駒が2つ残っている。
黒のキングと、白のキングだ。
「さて……おまえに、俺と同じ器があるのかな?カオス」
 




