狂気の狼
恵美side
目の前に広がる光景を、私はすぐには受け入れられなかった。
円華が、円華で無くなってしまっている。
その姿は変わり果て、人のものから氷の身体をした漆黒の人狼へと変わる。
人狼は嬉々として人を痛め付ける、傷つけることを楽しんでいるように見える。
とても、以前の何事にも冷静でいて、衝動で動くことが無かった円華の面影は無かった。
じゃあ、あの……今戦っている円華は何なの?あれが、本当の円華だって言うの?
そんな……そんなのって……!!
私が混乱しているのを他所に、円華とジャックの戦闘は続いている。
実力の差は、圧倒的。
ジャックが霧の中から三日月の斧で攻撃しようとするが、それを円華は見えていないはずなのに、全方向、どこからでも迫るものを全て切り払う。
そして、カウンターとして肘打ち、膝蹴り、裏拳、回し蹴りで圧倒する。
『この程度なわけねぇだろ!?もっと、もっと、俺を楽しませろぉ‼』
霧の効果が無いのか、円華の動きは鋭敏で動きに無駄が一切ない。
言葉は戦いを楽しむ獣の様だけれど、動きはその衝動を管理している。
矛盾しているのに、それが成立している。
まさに、混沌。
形勢が逆転し、ジャックにも焦りが見えてきている。
「ありえない……ありえないありえない、ありえない!!何故、どうして!!私が劣るなど、ありえない‼」
『ありえない?それは、てめぇはもう限界だって言ってるようなもんだぜ。こんなもんじゃねぇだろ!?もっと、おまえの絶望を喰わせろ‼』
両手を広げ、高らかに挑発するような態度を取る円華。ううん、ただ純粋に、力を誇示したいだけにも見える。
ジャックは息を切らしながら、攻撃を仕掛けずに立ち止まる。
「ありえない。この力はまるで……このままでは…‼」
何か小声でぶつぶつと呟いているように聞こえるが、詳しくは聞こえない。
しかし、次の瞬間、ジャックの姿が一瞬で消え、円華の横に移動する。そして、円華がそれに反応した時には、もう既にその姿は無かった。
先程のように、殺気を操る類いのものではない。
本当に、瞬間移動しているようだ。
そして、その移動は段々と速くなり、次に円華の前に姿を現した時、斧を振るい、遂に彼の頬を切った。
しかし、切られた部分はすぐに氷が修復していく。
『良いなぁ……少しは面白くなってきたじゃねぇか』
「常人を越えた化け物が相手ならば、こちらも常人を越えた力を使うほかにありませんからねぇ。こちらも、今の切り札である『能力』を使わせていただきます」
『それで対等になれたとでも思ってんのか?』
「対等?自惚れるな、この雑種風情が。希望と絶望の2つの力を持った所で、使いこなせなければ意味がない。それを理解する間もなく、今からあなたを排除しましょう」
可能性は考えていたけれど、これは最悪だ。
ポーカーズも『能力』を持っている。
それも、過去の薬の力を改良している。
『希望の血』の力が強化されている上に、異能具を使用されれば、ジャックは強力な敵になる。
だけど、状況は理解しているはずなのに円華は落ち着いている。
落ち着いていて、衝動に身を任せる準備をしているように見える。
「私の能力は『加速』でしてね。ミストカーテンの効果もあって、あなたには瞬間移動をしているように見えるかもしれませんね。あなたたちは私に、無抵抗にならざるをえない。そして、死んでいくのですよ。無様にね!!」
ジャックは霧の中に身を隠し、円華を奇襲する機会を窺っている。
円華はその場を動かず、『もう手遅れだ』と言って静かに立ち尽くす。
ジャックは円華の前に瞬間移動して姿を表し、そのまま斧を勢いよく横に振るった。
「これで終わり……!!」
円華はその場を動かない。やはり、霧の効果は彼の身体を蝕んでいたんだ。
しかし、彼の余裕と狂気は変わらなかった。
『ああ……おまえがなぁ!!』
円華は左手を前にかざせば、斧の刃を掴んで受け止める。
そして、その氷は斧を通じてジャックの身体に広がっていった。
「なっ!?なんだ……何なんだ、これはぁああ!?」
ジャックは驚愕の声を発して離れようとするが、氷が砕けることはない。
漆黒の氷は、ジャックの身体を侵食していく。
それが目に映った時、父が私に昔言ったことが理解できた。
『力は、それ自体には何の意味もないんだ。ただ、存在しているだけ。そこに人のいろいろな努力や工夫、意志や感情が伴い、初めて力は発揮される。それが、力を使うってこと。そして、力は……人間によって進化する』
これが……進化なの?
人間によって進化するってこういうことなの?
円華は斧を、そしてジャックの手を氷で固定する。
そして、右手の刃を手に変えて拳を握り、ジャックの顔面を殴り始める。
『さぁ、これでてめぇはどこにも逃れられない!!終わりだ……無抵抗に絶望しろぉお!!』
ジャックの顔を、何回、何十回と殴り続ける円華。
仮面がズレて鼻から下が露わになり、口から吐き出される血が漆黒の拳や狼のマスクに付着する。
ジャックはされるがままになっており、抵抗する気力すらない。
このままでは、ジャックは死んでしまう。
そして、円華はもう戻ってこない気がした。
「やめて……円華ぁああ!!!」
今の私には、叫ぶことしかできなかった。
でも、叫ばずにはいられなかった。
言葉にも『力』はある。想いが強ければ、届かせる力がある。
だから、私はただ1つの想いを伝えるんだ。
「お願いだから……戻ってきて!!」
届いて……お願い!!
精一杯の声で叫んだ。円華を、円華の心を守りたいと思ったから。
『っ!?』
円華の拳はジャックのマスクの前で止まった。
『「……これは……俺……は……?」』
正気に戻り、身体が震えて動揺しているのがわかる。
そして、円華が自分を取り戻すと、人狼の形をした氷の鎧が砕け散った。
状況を理解すれば、すぐに地面に落ちている氷刀を拾い、ジャックの頭に上段から振り下ろして刃を打ち付け、横に薙ぎ払って強い衝撃を与えた。
「がっ‼ぐぶへぁああああ‼」
「……椿流剣術 十紋刃…‼」
その時には、右目は蒼から紫に戻っており、氷も溶けていた。
ジャックが気を失ったのを確認し、白華を手放して両手を地面に突いた。
「俺……一体……何が……どうして…!?」
円華が下を俯いてそう呟くのが聞こえれば、私は何とか身体を動かして近づき、後ろから抱き締める。
「円華……。もう……どうなるかと思ったんだから……!!」
涙を流しながら抱き締める力を強くすると、円華は私の腕を握ってくる。
「そうか…。俺、おまえに……また、助けられた…んだな」
そう言う彼の声はとても弱々しかった。それでも、戻ってきてくれたことが、何よりも嬉しかった。
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