大切
ジャックside
最上恵美と接触する2時間前。
私は学園に残しておいた部下と電話で連絡を取り、椿円華の近況報告を聞く。
あの危険因子の動向は常に注意しておかなければならないので、隠密行動ができる偵察用の部下に、彼やその周りの行動監視させていたのだ。
聞けば、私の影武者の1人であるジャックオランタン役だった金木くんが椿円華に捕まり、朝に生徒会長の桜田奏奈が私の用意した強制ワードゲームの攻略法を見つけてしまったようだ。
やはり、あの2人は侮れない才能を持っているようだ。
物理的よりも精神的に攻めることは正解だったようだ。
椿円華の弱点、それは仲間だ。
人は心の中でどれだけ人間関係に対して無関心を装っていたとしても、行動を共にするにつれて仲間意識が芽生え、その者への価値が高まっていく。
その価値が高ければ高いほど、自身の手から離れれば、感情を取り乱していく。そして、冷静な判断ができなくなり、思考が読み取りやすくなる。
人質とは、人に質があると書く。質とは価値。人の価値が高ければ高いほど、利益は大きい。
私は黒い手袋をし、腰に愛用している三日月型の斧、ムーンアックスをさした。
そして、我が異能具の準備をし、部下を呼ぶ。
「準備は完了しましたか?」
「はっ。全員、催眠弾入りのライフルを装填させ、スタンバトンを所持させました」
「ブレード、あなたは刀を持っていきなさい。もしもの時は、私だけでなくあなたにも戦ってもらわなければなりません」
「……了解」
茶髪の仮面の男、ブレード。彼は私の右腕であり、得物は刀だ。
剣の腕は達人級であり、私の命令通りに何人もの人間を葬ってきた。
いざというときのために、椿円華への対抗策として用意した。
これで、準備は整った。
最重要人物は、最上恵美。ブレードと部隊を2つに分け、挟み撃ちにするように奇襲をかける。
あの桜田家に属する一族と言えど、椿家は我々の敵ではない。
彼女は組織にとって脅威となる男の1人娘だ。
我々のためにも、あの男を脅すためのカードは多い方がいい。
ーーーーー
恵美side
円華と最後に電話をした日から4日が経った。
あの夜から、電話をかけても出てくれない。
別に寂しいわけじゃないけど、音信不通は心配が日に日に増してしまう。
私の『力』の範囲は半径100メートルくらい。だから、ヘッドフォンをしても円華の声が聞こえないのはわかっているんだけど、胸がきゅっとなると無意識にしてしまう。
夜、家の縁側に体育座りをしてずっと座っていると、急に頬に冷たい感触が当たって「むきゃっ!」と声が裏返ってしまった。
「ニァハハ!むきゃって……恵美っち可愛い声だすね?」
「あ、新森……」
私の隣には新森が立っていて、名前を呼ぶと少し不服そうな表情をした。
その手には、棒付きアイスが2つ握られている。
「だから、久美って呼んでって前から言ってるじゃん。どうして呼んでくれないかにゃ」
「今さら呼び方を変えるのは面倒」
「まぁまぁ、そう言わずにさぁ。もう、うちら友達みたいなもんじゃん?」
新森が隣に座って両手を上に伸ばしながら言えば、私は一瞬目を少し見開き、すぐに細めた。
「友達じゃ……ない……!!」
「え?」
「私とあんたは友達じゃないの!ただ、円華が一緒に居るから行動を共にしているだけで、断じて、友達じゃないから!!」
自分でも珍しく怒気を孕んで叫べば、その声を聞いてか成瀬まで来て、怪訝な表情をして私と新森を見る。
「2人とも、何かあったの?」
「あ……瑠璃っち。その……ちょっと恵美っちの虫の居どころが悪いみたいで……」
新森は成瀬を心配させないように考えなからぎこちなく言っている。それが、私のことをイライラさせる。
「この際、はっきりさせる。私はあんたたちのことは何とも思っていないから。円華が居なかったら、関わろうともしなかった。だから、私のことを勝手に友達だとか思って馴れ馴れしくしないで…!!」
左目の眼光を鋭くして言えば、新森は絶句し、成瀬は溜め息をついた。
成瀬の表情は、この状況を予測していたように冷静だ。
「最上さんの行動基準は、薄々気づいていたけど、やっぱり円華くんなのね。だけど、どうしてそこまで彼に固執するのかしら。前々から疑問に思っていたのよ。あなたは、クラスの中で……いいえ、あの学園の中で、心を開いているのは円華くんにだけ。でも、変よね?あなたは最初、彼を拒絶していたのに……」
「何が言いたいのかがわからない」
「なら、コンパクトに聞きたいことをまとめるわ。最上さん、あなたにとって、椿円華はどういう存在なのかしら?」
「……え?」
一瞬、言われていることの意味がわからなかった。だけど、すぐに理解して脳内でリピートはした。
なのに、答えがすぐには口に出なかった。
私にとって、円華はどういう存在……?
支えたい人って言うのが最初に頭の中に浮かんだけど、自分の中でそれじゃ言い表せていないと思ってしまう。
じゃあ、守りたい人?それも違う。
もっと……もっと理屈抜きで感情的。
傍に居たい。私を見てほしい。声が聞きたい。
…………触れていたい、離れたら寂しい。
円華のことを思い出すと、胸の中心が熱くなる。
この感情が何なのかはわかってる。
だけど、認めてはいけないと思う自分も居る。
自分で、自分がわからなくなる!!
いろいろな思考が頭の中で流れるように出てくると、唐突に激しい頭痛が起き、頭を両手で押さえる。
「っ……!!うぅぅう!!」
頭痛で苦しんでいる中、ヘッドフォンをしたままだったので、周りの心の声が勝手に聞こえてくる。
その中で、小さな声だったけれど、確かにこういう声が聞こえた。
『この山のどこかに、椿円華の連れが居る。人質にするためにも、早く捕らえなければ』
緋色の幻影の刺客が……近くに居る!?
狙いは私と成瀬と新森?なら……!!
目の前に居る2人を睨むようにして見て「ついてこないで」と言い、私はすぐに走り、椿家を出た。
あの家に居たら、円華の今の両親が巻き込まれてしまう。
それに、あの2人は家に居た方が外よりも100倍安全。でも、できるだけ周りの被害は避けないといけない。
それなら、私が囮になり、レールガンで倒せば良い。
深呼吸して頭をリセットすれば、段々と頭痛は治まってきた。
山の中にある竹林の中に入れば、スカートの下に付けていたホルスターからレールガンを取り出して両手で構えながら進む。
心の声は、この先から徐々に大きくなってきている。近づいているのが確信できる。
何とか、私1人で止めないと。あの2人に何かあったら、円華が悲しんじゃうから。
警戒しながら進んでいくと、鋭い視線を四方から感じ、どこからか声が聞こえてきた。
「まさか、あなたの方から私たちの元に来てくれるとは思いませんでしたよ。最上恵美さん?」
そう言って、真っ暗な奥から黒いガスマスクをした男が、姿を現した。
「あんたは……一体…?」
その右手には、三日月の形をした刃の武器が握られている。
「私の名前はお教えすることはできませんが、コードネームではジャックと呼ばれています。以後、お見知りおきを。ミス最上?」
「ジャック……そう、あんたが緋色の幻影の……。やっと、大物の登場だね」
レールガンを向ければ、男の声でフフフッと不気味に笑うジャック。
そして、白い手袋をしている指でパチンッと指を鳴らせば、さらに奥から数十人の黒い笑顔をした仮面を着けたレザースーツの男たちがぞろぞろと出てきた。
「私はあなたと戦いに来たわけではありません。目障りな男を排除するために、あなたに協力してほしいだけなのです」
「そんなこと、私が協力するとでも?」
「あなたの意思は関係ありません。断るのなら、ここに居る私と私の部下であるマスカレード部隊が力ずくでもあなたを捕らえるだけですから」
「結局、実力行使だね」
「それが一番手っ取り早いのでね。平和的に解決したいのであれば、大人しく私に同行していただきたい」
強敵であるジャックを前にして、恐怖していないと言ったら嘘になる。
だけど、そんな感情は無視できた。
目の前に、円華が捜していた相手の1人が居る。
ならば、私の役目はただ1つ。
レールガンをジャックに向け、無言で引き金を引けば、1人の仮面男が彼を庇うようにして立ち、電磁砲を受け、「ぐぅぁああ!!」と叫んで気絶した。
「……それがあなたの答えですか。哀しいですねぇ」
「交渉は決裂。……ポーカーズの1人、ジャック。あんたは、私が排除する!!」
私の役目は、この男を逃がさずに捕らえることだ。
目の前に居るガスマスクをした男ジャックと、その後ろに居るその部下だろう者たち。
一目見ただけでわかる、この中でジャックは別格。
見栄を張ってるだけのバカな奴だったら良かったんだけど、世の中はそう思ったようには動いてくれない。
私がジャックの交渉を断れば、仮面の男は手を上に挙げ、スッと下ろす。
それが無言の号令だったのだろう、ジャックの後ろから黒い仮面をしている不気味な奴らの半分の人数が迫ってくる。
最初は数で攻める気のようだ。
奴らの手にはスタンバトンがあり、白い稲妻が轟いている。
レールガンを構え、襲いかかってくる黒仮面たちに照準を合わせる。
照準に入らないように、左右や前後、上下に奇抜に動いている。
常人なら、視覚で捕らえようとするから混乱し、距離を詰められて身動きが取れなくなるよね。だけど、私にはその動き、意味ないんだよ。
視覚だけでなく、私は聴覚を使うからね。
「右……その次は下……!!」
ヘッドフォンをしている両耳に少しだけ意識を集中し、奴らの動きを先聞きして照準を合わせ、1人1発、レールガンで仕留める。
威力は弱めてある。殺してはいない。
近接の部隊を全員感電させて動けなくさせた後に周りを見れば、少し違和感が出てくる。
少し、視界が白くなってきているような……。
夜だから余計にそう感じるのかはわからないが、白い霧が段々と濃くなってくるのがわかる。
気づけば、ジャックたちが見当たらない。
考えられるとすれば、この霧の中に隠れたということ。
「……今のは、霧に気づかせないための陽動だった……!?」
「その通~りです、最上恵美さん!」
どこからか、ジャックの声が聞こえてくる。
だけど、どこに居るのかは全くわからない。
心の声を頼りに探そうとすれば、後ろからバキューンッ!と銃声が聞こえた。
「っ……!!」
私が着ていたパーカーをかすり、少し腕の肌が切れて血が出てくる。
ジャックを探そうとすれば、部下の声も混じって追えない。
しかも、その部下たちの心の声は私に対する遠距離攻撃の照準を呟いている。
ジャックを追うよりも、最初は狙撃部隊を何とかしなきゃ……。
狙撃部隊に心の声を集中しようとすれば、横から三日月型の斧を持ったジャックが迫ってきて、私に振り下ろしてきたのを何とか身体を捻って避けるけど、腹部を削られ、胸からしたの肌が露になる。
薄く切られはしたが、すぐに傷口は塞がる。
私の『能力』は親から遺伝した。そして、それは自然治癒力が高いことを意味している。
しかし、治る力が高くても、勝てなければ何の意味もない。
ジャックに集中しようとすれば、狙撃部隊が動き、逆にしようとすれば、ジャックに斧で削られる。
完全に私の行動を読まれている。ここから、嫌でも気づかなければならない現実に襲われる。
ジャックは、私の能力を知っている。そして、その対策をしてきている。
当然だよね、あの薬を生み出した組織のメンバーなんだもん。
それよりも、私が自分の力を過信していたことが問題。
『俺が帰ってくるまで、あの2人を守ってくれ。頼む』
円華は学園に戻る日の朝に、私の耳にヘッドフォンを当てて心の声で呟いてくれた。
だけど……今の私でそれができるだろうか。
まんまとジャックの策にハマって、手も足も出ないこの状況で。
できるとしたら、ジャック1人に意識を集中し、身体がどれだけ銃弾を受けても、刺し違えてでもあのガスマスクを倒すこと。
もう、それに全身全霊をかけるしかない。
ジャック1人に意識を集中すれば、余計な動きをせずにその場に留まる。
身体の動きが、段々と鈍くなってきている。
おそらく、この霧の効果。
全方位から、スコープ越しの視線を感じる。
一斉射撃でもされたら、流石に苦しいなぁ……。でも、痛くてもすぐに治るんだから、関係ないよね。
深呼吸してから溜め息をつけば、目を閉じて耳に意識を集中する。
どれだけ痛くても、絶対にやり遂げる。
絶対に、円華との約束を守って見せる。
そう覚悟を決めた瞬間、バキューンッ!とまた銃声が聞こえ、ギュッと目を瞑る。
……だけど、いつまで経っても痛みを感じなかった。
そして、次に聞こえてきたのは、「ぐへぁあ!!」という低い男の声。
それが次から次へと聞こえてきて、どこからかカキンッ!と金属がぶつかり合う音が聞こえれば、話声が聞こえてくる。
「あなたは、一体何をしているのですか!?ブレード!!」
「……」
「私への裏切り。それは、緋色の幻影への裏切りと取りますよ?わかっているのですか!?」
ブレードと呼ばれた者の声は聞こえず、ジャックの怒声だけが聞こえてくる。そして、徐々に私に2人近づいてきて、姿が見えてくる。
ガスマスクをして斧を持つジャックと、抜刀せずに鞘に刃を納めたままで戦う、黒い仮面をした茶髪の男。
ジャックからは焦りや動揺が見えるが、ブレードからは何も心の声が聞こえない。
何なの?この男……というか、あの太刀筋って……!!
ジャックの斧がブレードの仮面をかすれば外れ、地面に落ちる。
ブレードは私の前に庇うように立ち、ゆっくりと顔を上げる。
その顔を見て、ジャックは動揺して震えている。
まるで、有り得ないもの……幽霊を見ているかのように。
「どうして……どうして、あなたがここに居るのですか!?ブレードは……!?」
「………」
「答えなさい、椿円華!!」
その名前を聞いた瞬間、ドクンッと胸が打たれるような感覚を覚えた。
「おまえの腹心が、入れ替わっているはずがないなんて誰が決めた?」
腰が抜けて膝から崩れてしまい、目の前に居る茶髪の男の後ろ姿を、目から暖かい雫を流しながら見上げる。
「何……で……?ねぇ……何で!?」
「……何でって、何だよ。おまえを助けに来たからだろうが、アホ」
円華が私に顔を向ければ、その右目は黒い眼帯で隠れていて、左目は紅かった。
鞘から氷の刃を抜き、ジャックに向ける。
「やっと会えたな、ジャック。この時を、ずっと待っていた……」
「そうですか。想定外でしたが、私も会いたかったですよ……いや、正確には排除したかった。あなたは、我らが王の邪魔になる存在ですからね。そんなにお姉さんの復讐が大事ですかぁ?でも、復讐したとしても、椿涼華さんは戻ってきませんよぉ?」
挑発するような言動を取るジャックに対し、私は少し心がざわつく。
大切な目的を侮辱された円華が、これで怒らないことがあるだろうか。
ジャックは円華に正常な判断をさせないつもりだ。
しかし、円華の反応は私とジャックの予想に反し、ただ落胆したように溜め息をついただけ。
復讐者の荒々しい怒りではなく、何か別の静かな怒りをジャックに向ける。
「……前の俺なら、おまえの挑発にまんまと愚かに乗っていたんだろうな。だけどさぁ……今の俺の怒りはそこじゃねぇんだよ、ジャック」
言い終わると同時に一瞬でジャックと距離を詰めれば、氷の刃を胴体にくらわせて3メートル先に跳ばす。
その冷たく鋭い目でジャックを見下ろして、こう言ったんだ。
「俺の大切な女に、手を出すな…!!」




