協力関係の締結
あるマンションのある部屋で、重い空気が流れている。
俺と和泉は低反発のソファーに対面で座っている。
俺の隣には基樹が、和泉の隣には雨水が背筋を伸ばして座っている。
緊張状態というよりは、ただ単に話の切り口がわからないだけなんだがな。
俺はこういう時に口下手になるし、雨水も和泉の前では極力話さないようにしているように見える。
なので、コミュ力が高いこいつを連れてきたのだ。
「い、いやー、それにしても、Aクラスにもなると部屋が豪華っすね!ちょっと羨ましいなぁ、なんて」
沈黙が耐えきれなかったのだろう、基樹が苦笑いしながら言えば、和泉は急にクスクスっと笑いだした。
「そうかなぁ?でも、1人部屋で広いのも考えものだよ」
「1人ではありません。私が随時、お側に使えていますので」
「随時って……いつも!?うっわぁ……羨ましっ」
後半は小声だったが、俺にははっきりと聞こえている。
さて、俺もそろそろ口を開くか。
「急に押し掛けて悪かったな、和泉。今頼れる人間の中で、1番最初に思い浮かんだのがあんただったんだ」
「それは光栄だね。椿くんが私を頼ってくれるなんて、初めてのことじゃないかな?」
「まぁ、そうだな。話を進める前に、和泉に確認したいことがあるんだ。ぶっちゃけ、今起きている強制ワードゲーム、抽象的に言ってどう思う?」
ソファーの端にある肘掛けに肘をついて聞けば、和泉は溜め息をついて横に垂れている髪を指先に巻き、少し目が半開きになる。
「昨日今日でスケールが大きくなりすぎてるね。入学してから、こんなデスゲームみたいなことが起きたのなんて初めて。本当に、何が何やらさっぱり」
「そう言うわりには落ち着いているな。ここに居る基樹なんて、外にある死体を見て吐きそうなほど取り乱してたのに」
「おい!さりげなく俺に関する恥ずかしい事実を言うなや!!」
基樹のツッコミを軽くスルーし、和泉と話を続ける。
「まぁ、そんな話は置いておこう。単刀直入に言えば、俺はこの人の命を軽視しているゲームを終わらせようと思っている」
俺の突拍子もない言葉に、和泉は一瞬だけ目を見開いて驚いたが、すぐに冷静になってくれた。
「止めるって言うけど、その具体的な方法を聞いても良いかな?」
「今、話すことはできない。その前に、死んだ生徒の状況をできる限り多く知りたいんだ。特に表情、凶器があるならそれをどっちの手に持っていたのか。そしてもう1つ、ワード通知の回数を調べて欲しい」
「ワード通知の回数?それも関係あるの?」
「これ以上の犠牲を出したくないならな」
「わかったよ。だけど、どうしてわざわざ私なのかな?椿くんが直接調べることもできるよね?」
「俺は知らない奴にも顔が知られているが、話ができるほどの知り合いは少ないんだ。それに、元軍人が死体の状況なんて聞いて回ったりしたら、恐怖心を煽るだけだろ。こんな俺よりも、周りからの信頼も人気も高い和泉さんに頼みたいわけだ」
「例えお世辞でも、君に言われたら嬉しいな。良いよ、椿くんに協力する。私も、こんなゲームは終わってほしいしね。君が提示してきた項目は、すべて私の方で調べておくよ」
「ありがとう、和泉が味方なら心強い」
俺と和泉は握手を交わし、お互いに微笑んだ。
そして、俺はテーブルの上に置いておいたメモ帳をポケットに入れ、基樹と一緒にマンションを出た。
「円華、これからどうするんだよ?和泉さんが協力してくれたからって、これで全てが上手くいくわけじゃないぜ?」
「わかってるさ。学園が起こしたゲームを1つ潰すんだ。生半可な準備じゃ成功しない。だから、協力してくれそうな奴は全員巻き込むさ」
「それって、例えば?」
「それは……ん?」
Eクラスのアパートに向かおうとすると、視界の端に何か奇怪な者が映った。
この真夏の中で、季節外れのパンプキンの被り物をした者だ。
そいつは、俺に見つけられるとすぐに走って逃げて行った。
「あ、おい、待て!!」
基樹を置いてすぐに走り出して追いつこうとしたが、曲がり角を曲がるとすぐにその姿は消えていた。
何て早さだ……つか、100メートルも離れていなかったのにどうやって消えたんだ……?
戻ろうと後ろを振り返れば、後ろにあった壁に白い封筒がテープで貼り付けてあり、それを取って中身を見る。
中にはオレンジ色のカードが入っていた。
『Don't interrupt me. Otherwise, you will lost your precious girl again. by Jack-o-Lanten(私の邪魔をするな。さもなくば、あなたはまた大切な女性を失うことになります。 ジャックオランタンより)』
ジャックオランタン……。
そうか、そう言うことか……ジャック……。
まさか、そっちから俺に接触するとは思わなかった。
だけど、それならそうで都合が良い。
先に、おまえから断罪してやる。
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ジャックからの警告が来た。
大切な女を失いたくないなら、邪魔をするな……か。
ふざけるな。もう、誰も失うつもりはない。
そちらが奪うつもりなら、そうなる前に俺が潰す。
どんな手段を使おうとも……!
和泉が俺に協力してくれると言うことで、情報の面ではカバーできるはずだ。
万が一、和泉が俺と同じようにポーカーズに目をつけられたとしても、雨水が身を挺してでも守るに違いない。
しかし、情報があったとしてもそれを利用できる状況を作り出さないと意味はない。
真実を言ったとしても、それを信じてもらえる可能性は状況によって違うのだから。
狼少年の話を思い出してほしい。嘘をつき続けた羊飼いの少年は、最後に本当のことを言ったが誰にも助けてもらえずに狼に襲われてしまった。
つまり、情報を使用するためには、その使用する人間への信頼も必要になるということだ。
生憎と、俺には赤の他人からの信頼なんてないし、信じてもらえるようなカリスマ性はない。
ならば、この学園で最も信頼されている者に頼るしかないだろう。
学園に戻ってから1日が経ち、基輝には例の佐伯という友人の元に行ってもらい、俺は生徒会室に向かう。
結局、昨日はあの後1人で居たがワードの通知がくることは無かったが、今日また何時通知がくるかもわからない。
生徒会室の扉をノックすれば、中から気だるげに「ど~ぞ~」と言われたのでドアを開けて入る。
中には机の上に置いてある書類の山に左右を挟まれた長いベージュの髪をした女が椅子に座って天井に顔を向けていた。
「お疲れだな、BC。まるで屍のようだぞ?」
「円華、酷~い。そんなこと言われると、お姉ちゃん泣いちゃうぞ~?」
「泣く水分もないというような顔をしているが、泣けるなら泣けば?つか、過労死しそうになってるな。ちゃんと休めているのか?」
「全く。昨日今日で生徒の動乱に教師からの何とかしろって圧力で手一杯よ~。続々と死亡者が出るので、職員室に生徒は大勢で押し寄せてくるわ、正門を開けろってギャーギャーうるさい。最悪な予想が当たってしまって、もう身体がいくらあっても足りないわ~」
俺と話しながらも書類に判子を押しているBCの姿を見て、彼女自身も事態が深刻なのは見に染みてわかっている様子だ。
「それで、今回はどうしたの?可愛い弟が会いに来てくれるのは嬉しいけれど、お姉ちゃんは今大忙しよ~?甘えたいなら、お姉ちゃんのお仕事を手伝ってくれないかしら」
「だから、自分のことをお姉ちゃんって呼ぶのやめろって言ってるだろぉが。まぁ、手伝いは手伝いでも、あんたの負担を格段に下げることに繋がることならできる」
「……それ、どう言うこと?」
BCが首を傾げて聞いてくれば、俺は近くにあった椅子に座って右手にしている白い腕輪を見せる。
「今起きているゲームを終わらせる。そうすれば、少しは生徒の暴動も鎮まるだろ?」
「……はぁ、やっぱり、そんなことを考えてたのね。流石は私の弟。その後のセリフは読めるわ。ゲームを止めるために、協力しろ……でしょ?も~う、お姉ちゃんにお願いしたいなら、素直に『お願い、奏奈お姉ちゃん』って言えば良いのに~」
「ざっっけんな。今度そんなことをほざいたら、蹴り飛ばすぞ?」
「いや~ん、円華恐~い」
自身の両頬に手を当てて小悪魔な笑みを浮かべるBCを見て、一瞬だけ、『こいつ、本当に到る手を使って泣かせてやろうか』と思ったが、深い溜め息をつくだけに留まった。
今まで、俺の怒りの反応を見て面白がっているこの女を、どれだけマジで泣かせよう思ったかはもう数えきれないが今回は耐えよう。
「ふざけるのもそれぐらいにしろ。それで俺に協力するのか、しないのか……どっちだ?」
「もちろん、可愛い可愛い弟の頼みなら、何でもしてあげるわよ~。それで、どうすれば良いの?」
「それは追って伝える。今は予約と意思表示だけをしに来ただけさ。あんたの場合、前もって言っておかないと行動できない身の上だからな」
「そういうことね、用心深いわ。うん、じゃあ、詳細は後でちゃ~んと聞かせてもらうから」
「……了解だ。じゃあな」
生徒会室を出ようとすると、BCが「待った」と呼び止める。
「最上恵美さん……だっけ?彼女のこと、どう思ってるの?校舎の監視カメラを見る限り、ずっと一緒に居るみたいだけど……もしかして、あの子を信用―――」
「やめろ!!」
BCの言葉を遮り、頭だけ動かして後ろを見て睨みつける。
「そんなわけないだろ?俺は、あの時から誰も……。それで、良いんだ。俺はもう……誰にもそういう感情は抱かない。そういう者に成ってしまったし、もう誰のこともそう思わないって決めたんだ」
「……やっぱり、臆病になってるわね。可哀想に」
「同情なんてするなよ。あんたも、今の俺を作り出した原因の1つなんだからな」
「あなたの2年前から抜き身状態の刃。鞘が消えた今、自分で制御できるの?」
「できるかじゃない、しなきゃいけない。それに、使わなければ反作用もないからな。……俺はもう誰の存在にも、すがるつもりはないから」
そう言って、俺は生徒会室を出た。
涼華姉さん以外で信用できる人間なんて、椿の家族と師匠だけで十分だ。
他の人間には、何の感情も抱く必要はない。
それでも、最上だけには……。
「矛盾だらけだな」
 




