学園の支配下
恵美side
椿家の浴場は、家が広いのに比例して大きい。
脱衣場で着ている物を全て脱いで少し長い髪を後ろでまとめ、タオルと桶を持って入っては身体を洗う。
湯舟に浸かると、自条件反射でふぅうっと吐息を漏らす。
先に入っていった成瀬と新森の一緒に入ろうっと言う誘いを断り、誰とも一緒にならないような時間を見計らったのは自分だけど1人だと無駄に広く感じる。
お風呂に入ったら頭を整理するためにいろいろと考えることがあるけど、こうも広いと気持ちも落ちつかない……。
湯船の中で体育座りをして首まで浸かれば、最近起きたことを思い出す。
円華と接触してから、溜まっていた大量の水がバケツから流されるようにいろいろなことが起きた。
円華が自分の本当の目的を思い出して、一緒に居ることが多くなって、殺人事件が起きて、それを一緒に捜査して、夜の学園内で戦闘になって、私だけじゃなくて、円華も異能具を手に入れた。
しかも、その異能具は私たちにとっても重要なもので、それを作りだしたのは確か……。
まるで、誰かに誘導されているように私たちにとって順調に事が進んでいるような気がする。
考えすぎならそれで良いんだけど。
円華に何かあったらダメだし、私の今の役割は円華の側にいて支えること。
それ以上のことで考えないといけないことはーー。
『最上だけは、守りたいから』
急にあの時の一言が頭の中にフラッシュバックしてしまい、自分で驚いてビクッと一瞬震えて顔が異常に熱くなる。
そして鼻の下まで浸かると、円華のいろんな顔が浮かんでくる。
変に意識してしまう。
円華が驚くようなことを言い出すから。
どうして、あんな思わせ振りなことを言ったんだよぉ。
そんな気がないくせに、その気にさせるようなことを言わないでよ、円華のばかぁ。
気持ちを落ち着けるためにしばらくそのままの体勢で居ると、突然浴場の入り口が開いて誰かが入ってきたので、急いで湯に波をたてて上半身を起こした。
その誰かとは、円華の今のお母さんである静菜さんだったからだ。
あちらも私に気づいたようで一瞬意外そうな表情をしたけど、すぐに平然とした顔に戻る。
「あら、こんな時間に入っていたのね、恵美ちゃん」
「は、はい……ごめんなさい。この時間なら、誰も入ってこないだろうと思っていたので……」
ぎこちなく言えば、静菜さんが苦笑いを浮かべる
「なら、私は出直した方がいいかしら?」
「あっ、いいえ!…私のことは気にならさないでください」
「そう?なら、お邪魔させてもらうわね」
円華のお母さんは身体を洗ってから、私の隣で湯船に浸かった。
「男ばかりの家で女は私1人だから、あの子が女の子を連れてきてくれて嬉しいわ。学園での円華の様子、話してもらっても良いかしら?」
「えっ…!?……私よりも、ほかの2人に聞いた方が良いと思いますよ?私、話すの下手ですし」
「あら、そうなの?でも、私は恵美ちゃんから聞きたいわね。稲美ちゃんや久実ちゃんよりも、あなたの方が円華のことをよく見ていそうだし、それに……」
「それに、何ですか?」
「あの子、姉である涼華が死んでしまった2年前から、誰かに隣に立たれることを無意識に嫌がるのよ。立とうとしたら、一歩前に出るか後ろに下がろうとするし、座っていても拳1個分の距離は作るわ。円華にとって、隣に居てくれる存在は姉だけだったの。だけど、あなたが隣に居ても、あの子は位置を変えなかった。それは、恵美ちゃんのことを心から信頼しているからだと思うわ」
静菜さんは表情を緩め、優しい笑みを浮かべて言った。
「円華が……私を……」
少し、無意識に頬が緩んでしまった。
信頼関係なんて要らないって自分で言ったにも関わらず、信頼されていると言われると嬉しい。
それだけ、私も気づかないうちに円華に心を許しているみたい。
「じゃあ、そうですね。私の話せる範囲で、円華についてお話しします。最初に会ったのは、私が飼っている猫を捜していた時で……」
私は静菜さんが心配しないように、重い話を抜きにして学園生活を話した。
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円華side
これは、何時の記憶だったか。
夏のある日に姉さんと一緒に留守番をしていて、夏バテでだらけていた俺に、姉さんは頬に意地悪な笑みをして棒アイスを当ててきた。
当時はもう二十歳になっているにも関わらず、弟の俺に悪戯をしてくるような姉さんに呆れていたが、今となってはそんなことが起きることもなく部屋の中は静寂に包まれていた。
そう言えば、あの時。
「いい歳してガキっぽいといい男が引いて逃げていくぞ」って皮肉を込めて言えば、いつもだったら『んな訳あるか、アホ』と言ってくるのに、少し戸惑っていたように見えたな。
気になっている男でも居たのかな……それなら、その人には同情するけど。
ベッドに仰向けで寝てハムレットを読み返していると、部屋のドアが開いた。
「円華くん、少し避難させてもらっても良いかしら?」
「?……ああ、成瀬か。何かあったのか?」
ハムレットから目を離してドアの方に目を向けると、風呂上がりで浴衣を着ている成瀬が立っていた。
成瀬は頭を押さえて首を左右に軽く動かし、深い溜め息をついた。
「4人でトランプゲームをしていたのよ。ババ抜きとか、神経衰弱とか、大富豪とか。そしたら基樹くんが急に、ビリになった人は最初に上がった人の言うことを聞くと言うものになったのよ」
「それで結果は?」
「言い出しっぺの基樹くんが連戦全部最下位。どこかの本に書いてあったけど、言い出した人が最悪な状況になると言うのは本当ね」
「なら、別に俺の部屋に来る必要は無かったんじゃねぇの?」
「ええ、本当ならそうなのだけれど、さっきのババ抜きで私が最下位になってしまい、一位が新森さんになってしまって……」
「もしかして、オヤジみたいに服を脱げって言ったんじゃないだろうな?」
「……ご名答」
乾いた笑みを向けて言ってくる成瀬に、俺は苦笑いしかできなかった。
おそらく、断ったら久実が強引に脱がせようとしたんだろう。
「ちなみに、基樹への罰ゲームは何だったんだ?」
「服を脱がせたりって案もあったのだけれど、男の子が服を脱いでも面白くないと言うことで、ジュースの買い出しとか、30分間私の椅子になってもらうとかに止まったわ」
「2つ目の方はむしろご褒美だろ」
「まぁ、基樹くんがマゾヒストだった場合はそうなるわね」
「……そう言えば、4人ってことは最上も参加したってことだよな?珍しい、あいつが俺以外の誰かと一緒にいるなんて」
思ったことを口にすると、成瀬は急に細目になって両腕を組んだ。
「私と居るときでも、最上さんのことを気にするのね。最上さんもあなたのことを信頼しているような節がある。いつの間に、そんなに親密になったのかしら?」
「最上が俺のことを信頼?ないない。あいつは最低限話せるのが俺だけだから、側に居るんだって。俺もそんなあいつが放っておけないから一緒に居るだけ。少し亀裂が入れば、すぐに崩れそうな関係なんだよ」
成瀬に緋色の幻影のことや、高太さんのことを話しても意味がない……こともないのか。
学園長の孫ってことは、少しは緋色の幻影のことについて知っている可能性があるんじゃないか?いや、これは危険な賭けだ。
ここで、本当に成瀬が組織のことについて何か知っていた場合、彼女が敵の場合と、何も知らなかった場合で危険度が違う。
どうする?聞けるとしたら、学園の外に居る今しかないぞ?
即決断して成瀬に「あのさ……」と声をかけようとした、その時だった。
何かはあるだろうとは思っていた。しかし、それは予期していない時に唐突に起きたのだ。
右手にしていた白い腕輪がピピピピっと高い音が急に鳴り、画面が突然光りだしては文字が流れてきた。
『才王学園の生徒のみなさ~ん、夏休み特別ポイント荒稼ぎゲーム、強制ワードゲームがは~じま~るよ~!!強制ワードだけに、学園の中にいる生徒も、外にいる生徒も、全員強制参加で~す!!拒否権はないです、ごめんちゃい!』
俺の考えが少しだけ足りなかった。
奴らが、何も考えずに外に生徒を出すわけがなかったんだ。
俺たちは生徒であるかぎり、力がすべての学園からの支配からは逃れられないんだ。
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