一学期終了
2日間の休みが明け、1学期の終業式の日。
俺がEクラスの教室に入ると席が1つ無くなっていた。住良木麗音の席だ。
クラスの奴らはザワザワと騒ぐことはなく、ありのままを受け入れてた。
前の席に居る基樹の肩を叩けば、ケロっとした表情をしてこちらを向く。
「おはよーっす、円華。どしたの?」
「あ、いや……住良木の席がないなって。あいつ、どっかのクラスに移動になったのか?」
「住良木……?えーっと、誰だっけ?そんな人、うちのクラスに居たか?」
「あ?それって……冗談で言ってないよな?」
基樹が首を傾げて聞いてくるキョトンッとした表情を見て、俺は聞き返してしまった。
それでも、基樹が冗談だと言うことはない。
「冗談って……おいおい、うちのクラスにそんな名前の人が居たか?俺は影が薄いけど胸は存在感がある伊礼ちゃんだって覚えてるんだぜ?それ以上に影が薄い奴なんて居たのかよ、初耳だわぁ」
「……住良木麗音だぞ?」
「うん、フルネームを言われてもわかんねぇや」
記憶が消されているのか?一体どうして……。
俺と基樹が話していると、成瀬と久実も近づいてきた。
「どうしたの?基樹くんが珍しく困ったような顔をしているけれど」
「円華っちと基樹っち、何の話してるのかにゃ?」
基樹が助けを求めるような目線を送れば、成瀬が腕を組んで俺を見てくる。
「円華くん、状況を教えてくれないかしら?」
「……その前に成瀬、おまえは住良木麗音って名前に聞き覚えはないか?」
「誰?名前からして女子よね……。ちょっと待って、今調べるから」
成瀬が調べている内に久実にも聞いてみるが、首を傾げられる。
そして、1分くらいして成瀬がスマホのハッキングデータを俺に見せてきた。
「残念だけどスメラギレイネと言う名前の女子で、この学園内の個人データに該当する人は居ないわね。夢でも見てたんじゃないのかしら?」
「そんな……」
全員に聞いていたら、絶対に怪しまれる。
この3人を信じるなら、考えられる可能性は1つに限られる。
住良木麗音と言う生徒は、学園から存在ごと『消されたんだ』。
菊池のように殺されたわけではなく、そこに居たと言う事実すらも周りの人間から消していった。
手段はわからないが、緋色の幻影が俺や最上が持つような特殊能力を利用する組織ならば、それも可能なんだろう。
戸惑っていると、後ろから誰かに耳を引っ張られた。
「そう、成瀬の言う通りだよ。円華は性質の悪い夢を見ていただけ。くだらない夢の話なんて何の役にも立たないんだから、気にしないで良い」
耳を引っ張ってきたのは最上で、俺に半目で呆れたような目を向けてくる。
基樹が何か腑に落ちないような表情をしても、最上がこれ以上聞くなと言う視線を送れば前を向いて黙り込んだ。
そして、最上が俺の耳をそのまま引っ張って「これ、ちょっと借りてく」と言って3人から離れて教室を出れば、屋上まで連れて行かれた。
「おい、これってどうなってんだ?どうして麗音のことをーー痛っ!」
俺が戸惑いが隠せずにいると、最上が半目で額にデコピンしてきた。
「落ち着いて。こんなことになるだろうってことは予想がついてた。住良木は円華に緋色の幻影と繋がりがあると知られてしまったからね、消去されるのは当然のこと」
「……記憶を消されても、麗音のことが記憶から抜けても、あいつらは違和感すら感じなかったのか。人に忘れられることは死ぬよりも辛いとは聞いたことがあるが、それを客観的に見ても心にくるな」
少し気が重くなりそうになると、また最上がデコピンをしてきた。
「痛いっ!!おまえなぁ、一々デコピンしてくるな!!」
「辛気臭いことを言って、他人のことなのに落ち込んでいる円華が悪い。わかってる?住良木は私たちの敵だったんだよ?敵の心配をして殺された人を、円華は知ってるでしょ?」
「……ああ」
昔の親友のことを思い出せば、深呼吸をして感情をリセットする。
「これからは、こう言うことがまだまだ続くと思う。その度に、今みたいに心を痛めているつもり?意外と優しいんだね、無駄に」
「そんなんじゃねぇよ‼ただ、俺は……」
上手く言葉には出せないけど、このことに納得できない自分が居る。
俺の整理できない気持ちを無視して、最上は歩き出した。
「じゃあ、教室に戻ろうか」
「あ、ああ…」
今は麗音のことを気に病んでいても仕方がない。
気持ちを切り替えるか。
「……ありがとな、最上」
「何のこと?」
最上は後ろを振り返り、怪訝な表情で首を傾げる。
「俺がみんなの前で取り乱すかもしれないって思ったから、離してくれたんだよな。心配かけて悪かった。今さらだけど、ありがと……って、人の話はちゃんと聞けよ‼」
言葉の途中から、最上は無言でヘッドフォンをしてさっさと出口に向かう。
そして、小声で何かを呟いたのが聞こえた。
「変なことを言わないでよ……照れるじゃん、ばぁか」
「……あ?今、何て言った?」
俺が聞き返せば、最上は振り返って少し赤くなった頬を膨らませていた。
「円華はバカだって言ったんだよ。バーカ、バーカ」
「はぁ?おまえなぁ……」
「ほら、さっさと行かないと朝礼始まるよ?」
最上の言葉に同意するように、予鈴がなる。
「そうだな、でも、行く前に聞きたいことがあるんだけど、良いか?」
「何?」
「おまえ、夏休みは家に帰るのか?だったら、おまえの父さんによろしく言っておいてくれ」
最上は何の話かわからないと言った顔をした。
「……何の話?寮から出る気はまったくないし。家に戻る気もサラッサラ無いんだけど」
「そうか。……じゃあ、俺は夏休み中はしばらく学園内に居ないから、1人で安心して引きこもっててくれ」
「どこに行くの?」
「1度椿の家に帰ろうかなって考えててさ。だから―――」
「私も行く!」
「・・・はい?」
露骨に半目で聞き返してやる。
予想外の発言だった。
最上は身を乗り出し、顔の下で両手が拳を握りながら顔を近づけてくる。
「私も!一緒に!行く!」
「……何で?」
「円華の身が心配だから」
「おい待て、おまえは俺のお母さんか」
「円華を守るのが、私の仕事だから」
「もっともらしい理由を付けてきやがったよ…。面倒なぁ……」
目をキラキラとさせている最上とは対照的に、俺は凄く苦い表情をして溜め息をついて折れてしまった。
その後、くだらない終業式を1時間後に終え、1学期が終了した。




