白い空間
ここは、どこだ?
目を開けることも億劫で、身体は指の先を動かすこともできない。
誰かの声が聞こえてくる。
『君の力の根源は、怒りや憎しみだけなのか?』
誰……だ…?
『怒りに任せて暴れ回るだけなら、獣にでもできる。君は、獣になるつもりか?』
獣……か。
怪物、化け物、人外。
こんな力を持ってから、俺は人に恐れられてばかりだ。
自分を否定する者を全て軽蔑してきた。
だけど、そんな俺のことを受け入れてくれたのが姉さんや椿の家族だった。
あの人たちを守るために、俺くなろうと決めた。
そのためなら、どんな過酷な修行にも耐えられた。
こんな俺でも、誰かに必要とされたかったんだ。
だけど、こんな俺を必要としてくれた人は、もうこの世界には居ない。
だから、俺から大切な人を奪ったあいつに、復讐することを決めたんだ…‼
『怒り、悲しみ、憎しみから生まれる力……確かに、それは君をここまで導いてきたかもしれない。だけど、本当にそれだけだったのか?』
負の感情から生まれた力。
だけど、それはあの白騎士には届かなかった。
足りないのか、憎しみが、怒りが、悲しみが…‼
手も足も出なかった。
復讐の誓いを果たすことができなかった。
俺は……どうしたら、強くなれるんだ。
どうすれば良い?と問いかけようと、その答えに導いてくれる人はもう居ない。
『君は既に、その答えを持っているだろ?』
その言葉を受ければ、身体が急に軽くなったような気がした。
ゆっくりと目蓋を開けば、そこは白い世界だった。
そして、目の前に見知らぬ男が立っていた。
白いパーカーに青いジーンズ姿の、黒髪の少年だ。
長い前髪が影を作り、顔が見えない。
「あんた……は…」
『君の中の獣、その目覚めは近い。力に飲まれるか、力を生かすか。その答えには、君1人では辿りつけない』
少年は俺を指さし、言葉を続ける。
『君が今まで信頼できる存在は、お姉さんだけだったかもしれない。だけど、今もそれは同じなのかい?』
俺の……信頼できる存在。
言われてすぐに思い浮かんだのは、銀色の髪をなびかせた図々しい女だった。
『大切なものは……譲れないものを、1つに絞り込む必要はない。そして、それが君の力の根源のはずだ。君が何のために強さを求めたのか。それを忘れないようにね』
少年は俺に歩みより、頭に手を置いて笑みを浮かべた。
ふと前髪が上がり、はっきりと顔が視界に映る。
『君は1人じゃない。……強くなれ、椿円華。誰のためでもなく、君が君であるために』
「あんたは……もしかして――――!?」
その言葉を最後に、意識が遠くなっていく。
そして、目の前の少年の姿も薄くなっていった。
『君ならば、辿り着けるかもしれない。――――希望と絶望を超えた先に』
ーーーーー
意識が夢から現実に戻ってこれば、俺は目を開ける。
目の前に広がるのは白い空間から、部屋の天井になっている。
ここが何処かを確認しようとして身体を起こして周りを見れば、家具の配置などから自分の部屋だとわかるが、足が少し重いと思って下に目を向けると、そこには両手を枕にして寝ている銀髪ヘッドフォン女が居た。
寝顔を見ていると、目の下が赤くなっているようだ。
そう言えば、俺……麗音の部屋で急に……。
そうだ、姉さんの仇である白騎士に……負けたんだ。
「自分の力を過信し過ぎてたって……ことだよな」
それにしても、どうしてあいつは俺を見逃した?
あれだけ痛めつけておきながら、止めすら刺そうとしなかった。
今までに受けた中で、一番の屈辱だ。
両手に拳を握って震わせながら、奴の言葉を思い出す。
「幻影の影に隠れた5つの柱……。その1柱として、俺を待っている…か」
その他の4つの柱も、奴と同等の強さなのか。
だとしたら、今の俺で勝てるのか。
不安になりかけた時、さっき見た夢を思い出す。
本当はただの夢だったのか。
もしかして、あの人は写真で見た……。
オカルトとか摩訶不思議なことを信じないわけではないが、事態が俺の想像を絶しているので現実と受け入れるにはまだ心の余裕が足りない。
溜め息をつき、無意識に最上の頭を撫でると、サラサラな髪で撫で心地が良い。
「……信頼できる存在……か……」
夢で見たあの人の言葉を思い出すも、俺自身に信頼できる者が居るかと考えてみるも、今目の前で寝ている女以外にパッと出てくる者は居ない。
つい最近、裏切られたばかりだからな。
だけど……。
「最上……俺は、おまえのことを信じても良いのか……?」
寝息をたてている最上は、聞こえているはずもなく反応はない。
カレンダーを見れば、1週間後にはもう夏休みに入る。
聞いた話では、Fクラス以外のクラスは里帰りができるらしいので、クラスのほとんどの奴らは夏休みは自宅に帰るらしい。
「俺の力の根源……その答えを、もう俺は持っている……。原点に返れば、何かわかるかもしれねぇな」
自身にとっての原点となれば、それは桜田家になるかもしれない。
だけど、それはもう捨てた過去だ。
俺は桜田円華ではなく、椿円華だ。
だったら、戻るべき場所は決まっている。
あの夢の話を鵜呑みにするわけじゃないけど、あれがただの夢だとはどうしても思えない。
……久しぶりに帰るか、椿の家に。
俺自身の根源と、向き合うために。




