冷酷無慈悲
アイスクイーン。それが桜田の家系での中での俺のコードネーム。
この名前が誇らしいと思うとともに、複雑な気持ちも抱いていた。
自分の異常な部分が浮き彫りにされたような気分になり、俺のことを忌み嫌う者たちから呼ばれるたびに、そいつらを殺したいと言う衝動に駆られていた。
アメリカで軍人をしていた時も、俺は勝手に『隻眼の赤雪姫』なんて異名で呼ばれていた。
1度死んでも、この名前を背負っていくんだ。
眼帯を着けて左目が紅くなった自分を見た時、俺はアイスクイーンであることから逃げられないのだと改めて認めた。
どれだけ逃げても俺の中にある『力』は消えないし、人から受け入れられるなんて思わない。
ずっと、嫌われ続ける人生かもしれない。
それでも俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ。
涼華姉さんを殺した者への復讐。
それと、さっきできた目的。
それを達成するまでは俺は絶対に死ねないんだ。
だから生き続ける。
姉さんが繋いでくれた生きる道を進む。
そのためなら……もう1度アイスクイーンに戻ることへの躊躇いなんて捨てられる。
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氷刀白華を手に入れて内海景虎を倒した後、俺の普段使っているスマホにメールが来た。
送信者は『シャドー』と書かれている。見たことも聞いたことも無い名前だ、誰かのコードネームか?
『中庭に向かえ。住良木麗音はそこに居る。自分のけじめくらいは自分でつけな』
そのメールを怪しいと思わなかったら嘘になる。罠かもしれないと疑った。
だけど、向かうべき場所がどこかわからない以上は罠でも進むのが俺だ。
罠があるなら、それをねじ伏せてから進むだけだ。
化学準備室を出てから中庭に向かおうとすれば、外にはEクラスではない洗脳された生徒の群れが2階目の前の廊下に広がっていた。
おそらく麗音は自分の守りにEクラスの生徒を置き、ほかに関わりを持っていたがために洗脳された別のクラスの生徒は俺たちの探索に当てていたんだろう。
溜め息をついて白華を右手に持ちかえれば、俺はそのまま洗脳されている者の群れに向かって走る。
氷刀で襲い掛かってくる奴らの右腕を打てば、叫び声をあげて右腕を左手で握って床に転がりながら暴れ出す。
そんなことを気にしている余裕はなく、奴らの腕、脚、胴体、背中、首、頭を白華で打てば、やはり打撃した所を押さえてうずくまっていく。
「まったく、これ全部を片付けてたら夜が明けるっての。こうなったら」
奴らを白華で蹴散らしながら窓に向かうと、外で最上が戦っているのが見え、奴らに周りを囲まれて四面楚歌になっている。
俺は急いで窓を開け、2階から中庭に飛び降りた。
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最上の前に立ち、クラスメイトの群れの中から麗音に白華の刃を向ける。
すると、空気を読まずに後ろから男子5人が俺たちに向かってくる。
「最上、道を開けるからそこから出ろ」
「で、でも…!!」
「1人で戦う方が慣れてるんだ。巻きぞえにしておまえを傷つけたくない。……最上だけは、守りたいから」
「!?そ、それってどういう…‼」
頬を急に赤く染めた最上の問いに答える前に近づいてきた5人を、それぞれ右腕、左腕、首筋、胴体、背中と打撃を与えて後ろに飛ばし、かき分けた道を指さして彼女を見る。
「体力落ちてる奴が居ても足手まといだってんだよ。さっさと離れて、自分の身は最低限自分で守れ」
「っ‼そう言う意味だってわかってたし!」
最上は奴らの群れを抜け、彼女を追おうとする者はすべて白華の刃で横に薙ぎ払った。
その時、刃から衝撃波が放たれ、周りの生徒も吹き飛ばす。
「椿流剣術……漣‼」
クラスの人数を考えると、半分は戦闘不能にした。
ん?あれ……何か、人数が若干少ないような……って、今は気にしてる場合じゃないか。
麗音は俺のことを睨んできており、その怒気を冷たい目で受け止める。
「数だけあっても、俺には勝てないぜ。おまえ、ただ命令しているだけか?女王が無能だと、下の能力は活かせない。女王失格だな」
「うるさいなぁぁ!!円華くんもあの女も、あたしを馬鹿にして楽しんで!!うざいんだよ!!」
「おまえには心底失望した。すぐに終わらせてもらう……」
麗音に向かって前屈みに走りだせば、当然洗脳されている奴らは道を塞ぐ。
1人頭一つ抜けてる身長の川並が群れの中から出てきて俺の右足に突進してきてしがみつき、両腕で固定してくる。
「そのまま足の骨を折って!!そうすれば、身動きは取れない!!」
川並に続いて伊礼や坂木も俺の左腕と左腕にしがみついてきた。
行動が早い。怒らせたのは不味かったか。
白華の刃を当てようとしても、刀を動かした瞬間に位置を移動させて回避される。
身体は思う通りに動かなかったが、別に焦りはしなかった。
「そうかそうか。動きを止める……良い判断だ。だけど、おまえ、何もわかってねぇよ」
川並がしがみついている右足を前の方に力を入れれば、固定されているので膝から下の骨がバキッと折れる音がした。
足の骨が折れたことで川並の力が分散し、拘束が解けた折れた足をそのまま上げて顎を蹴った。
左腕も左足も同じようにし、白華を杖にして10秒経てば、すぐに両足で立って左腕の状態を確認した後で3人の胴体に白華を当てて行動不能にする。
麗音は今の光景を見て信じられないと言うように目を見開いた。
「そんな、自分から骨を折るなんて…!!それに、どうして……骨は折れたはずなのに!!」
「俺は身体を凍らせることができる。温度を下げることに関しては、操作が可能だってことなんだよ。左目が紅くなっている時の俺に痛覚はねぇ。それに再生力が尋常じゃないから、骨はすぐにくっついて元に戻る」
凍らせる能力と再生力があるからこそ、こんな荒業ができる。
超人的な能力を前に、麗音は唇を噛みしめて睨みつけてきた。
「この……化け物がぁあ!!」
化け物……か。
聞き飽きた。
「さぁ、もう終わりだ…」
「まだ…まだぁああ‼」
麗音は残りの群れを操作して俺を襲わせようとするが、段々とその動きがぎこちない。
まるでブリキの玩具のように、手足の動きがたどたどしい。
人間は呼吸をする生き物だ。
そして、寒気の中で息を吐くと白くなる。
その白い息が周囲に薄く広がって行き、麗音は自身を抱きしめるように両手を回す。
「な、何で……今は7月……夏なのに……何で…こんなに……寒気が…‼」
彼女が寒さで震えている間に、立ち尽くすことしかできない残りの奴隷を白華で全て薙ぎ払った。
「俺の能力が、自分の身体だけを凍らせるなんて誰が決めた?」
「っ…‼」
身体から放たれる凍気は空気から伝わり、周囲の人間の身体も凍らせ、動きを鈍らせる。
直接触れればすぐにでも、凍らせて身体の自由を奪うことは可能だ。
もう周りには麗音を守る『友達』は存在せず、彼女1人だけだ。
麗音は目を見開き、俺を見上げる。
「円華くん……あんたは本当にあの円華くんなの?いつものあんたなら、大切に思っていたクラスメイトを傷つけることなんてしなかったはずでしょ!?」
「それは、おまえたちを敵と認識していなかったからだ」
「どうして……こんなことを!!友達じゃなかったの!?みんなと居て、楽しくなかったの!?そう思っていたのなら、みんなを傷つけるなんて酷過ぎるよ!!」
涙目で訴えてくる麗音。
まるで俺が悪者みたいな言い方だ。
その原因を作ったのはどっちだよ。
責任転嫁も甚だしい。
「そうやって演技をして、罪悪感や戸惑いを与えようとしても無駄だ」
「演技じゃない!!あたしは本気で……」
「俺が少し前に言ったことをもう忘れたのか?それに、菊池が殺された日の放課後に言ったことも忘れているみたいだ」
「な……何のことを言ってるの…!?」
麗音の表情がひきつっている。
おそらく、俺はとても冷たい目をしているのだろう。
「俺はクラスメイトの肉を食らおうとも、喰う側になると言った。そして、さっきこうも言ったはずだぜ?今の俺は冷酷無慈悲だ。邪魔するならクラスメイトでも潰す。姉さんの復讐の妨げになるなら、誰だって斬る覚悟はできている……!!」
白華を振るって首筋を狙うと麗音は「ひぃい!!」と怯え、武器を前に出して後ろに下がり、その時に彼女が左手に持っていたスタンガンを宙に弾いた。
そして、地面に落ちたのを左手で拾い、凍らせながら圧を加えることで握り潰した。
「これでチェックメイトだ。住良木麗音」
目を鋭くさせて言えば、麗音は腰を抜かして地面に尻を着けた。
「許して……ねぇ?円華くん!!あたしたち友達でしょ?あたしが信じているのは円華くんだけだよ!!だから、円華くんもあたしを信じて!!」
今さら情に訴えようってか。
意味のないことを。
「あたしは菊池に脅されていたの!!緋色の幻影の使者は彼女だったんだよ!!だから……あたしは何も悪くない……だからぁ……殺さないでぇえ!!」
涙を流しながら許しを請い、言い訳をしている麗音を感情を込めずに見下ろす。
最上が状況を把握して俺たちの元に来ると、レールガンを麗音に向けた。
俺はそれを見て溜め息をつけば、彼女の手を掴んでレールガンを下ろさせた。
「円華……?」
「もう良いよ、最上。おまえが麗音を撃つ必要はないから。もう……良いんだ」
目を見て察したのか、最上は何も言わずに身を引いてくれた。
俺は麗音の前に立って左手を前に出す。
「今までのこと、全部許すことはできない。……だけど、麗音にも麗音の事情があったんだと思うし、菊池が麗音に何をしたのかも俺はわからない。だから……今回だけは麗音を許すよ」
「円華くんっ!!」
安堵と嬉しさを含んだ笑みを見せる麗音。
「麗音……俺たち、本当の意味で……友達になろうぜ?」
薄く微笑んで言えば、麗音は笑みを浮かべたまま手を握ろうとした。
あと少しで手と手が触れようとした瞬間。
俺は右手に持っていた白華を横に振るい、首筋を切るように打撃を与えた。
「何……でっ…!?」
麗音は目を見開き、そのまま白目をむいて倒れる。
その姿を見ると、俺は黒い笑みを浮かべて無様な女を見下す。
「嘘だよ、バーカ」
白華を鞘にしまい、赤眼を紫の瞳に戻して右目の眼帯を取る。
その時……右目から一滴の涙が零れた。
最上は心配するような目を向けてくる。
「円華……大丈夫?」
「……大丈夫だ。俺は……大丈夫」
最上は下唇を噛み、首の後ろに両腕を回して自身の大きな胸に押し当てた。
突然のことで抵抗できず、顔に柔らかい感触が広がった。
「も、最上…!?」
「今だけは……誰も見てないよ?」
「……は、はぁ……?」
「だから、私も見ていないんだからさ、今の内に泣いておきなよ。辛かったんでしょ?苦しかったんでしょ?信じようとしていたんだもんね……」
「……俺は別に……」
「私の前でくらい……弱みを見せても良いんだよ。私は絶対に円華を裏切らないから」
裏切らないなんて、今の状況で言われても無意味だ。
何度も何度も裏切られた人生だった。
だから、言い表すことができないほどの怒りがこみ上げてきたんだ。
それでも、言われてどこか安らぎを感じたのはどうしてだろうか。
涙が流れ、怒りを押し殺そうとしながらも、心の言葉が口から漏れた。
「……何だよっ……それ…!!そんなの信じられるかよっ!!」
心の中で閉じ込めていた悲しみが沸き上がってくる。
戦っている時は押し止めてたのに、今はもう……無理だ。
あぁ……そうか、俺……住良木麗音のことを信じたかったんだ。
そして、結局、また期待していただけだったんだ。
裏切られたんだ。
もう、誰かを信じようとすることに抵抗を感じている。
最上にその心が通じているのか、彼女は静かにこう言った。
「そうだね、今は無理かもしれないね。けど、私は円華のことを信じてるからさ。円華も、何時かは私のことを信じてくれたら嬉しい……。だから今は信じるために、人に弱い所を見せる練習しよう……ね?」
感情の壁が決壊し、最上の腰に手を回して2年ぶりに涙を流した。
「うぅぅ……うぁああんっ!……あぁ……っ!!」
正直、自分がまだ泣ける身体だとは思っていなかった。
姉さんが死んだと聞いたときに流した涙が最後だと思っていたから。
最上はその間、ずっと俺の頭を抱きしめて撫でてくれていた。
姉さん以外の女の前で涙を流したのは、これが初めてのことだったんだ。




