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貴族の裏表

 幸崎ウィルヘルム。


 この男に抱いていた違和感は、最初に会った時から変わっていない。


 傍から見れば、その言動は傲慢不遜、自信過剰なものに見えるだろう。


 だけど、俺は幸崎という男の示す態度は、表面上のものでしかないと思っていた。


 動きとしては、微かなものだ。


 それでも、あいつの態度ではなく、その体動に注目すれば気づく者も少なくなかったはずだ。


「キャラとは、どういう意味かな?私は貴族として、偽らざる姿で生きている。実力で勝てないからと、揺さぶりをかけようとするとは、平民の悪足掻きは見苦しいねぇ」


 まぁ、最初から認めるとは思ってなかった。


 だからこそ、骨が折れる作業になることは覚悟していた。


「悪足掻きかどうかは、このバトルが終わった後にわかることだ」


 ここに来て、俺は氷の刃を幸崎に向けながら宣言する。


「宣言する。このバトルにおいて、俺はおまえに攻撃するのは1発だ。その一発で終わらせる」


「私を相手に、大した自信だねぇ?しかし、庶民の君にできるかな?」


「その庶民の一撃に泣くことになるんだよ、おまえは。アホ貴族が」


 貴族様に対して平民が侮辱するような発言をする。


 それに対して、幸崎の眉間に小さな(しわ)が寄った。


「平民の分際で、私を虚仮(こけ)にするような発言をするとは…。今までは私の寛大な心で許していたが、今は…‼」


 獅子の口が開き、そこから持ち手が伸びては1本の手斧が抜き出される。


「君を(ひざまず)かせて、傷つけられたプライドを取り戻す‼」


 鋭い目付きで、右手に斧を、左手に盾を持って仕掛けてくる。


 もはや、幸崎にとって盾は防具ではなく、攻撃のための鈍器。


 2つの武器で、俺を沈めようとしてくる。


「随分と小さなプライドだな。気が短いのは、俺に図星を突かれたからか?いつものおまえなら、笑って流してただろ」


 心の余裕が無いのは、いろいろな事象が重なっているからか。


 ここで敗北すれば、退学する可能性があること。


 期せずして、俺が異能の力を持っているのを知ったこと。


 そして、大きく心を揺らしたのは、貴族の仮面に小さなヒビを入れたことだろう。


 人は自分の知られたくない部分に気づかれた時、その対処のためにあらゆる方法を取ろうとする。


 この場合、幸崎は実力行使で俺を黙らせようとすることはわかっていた。


 (ほか)でもない、こいつ自身が俺に話していたことだ。


 梅原に戦力外通告をされた時に、奴に手を出そうとしたという事実。


 こいつの心は、自らを貴族と口にはしているが、その域には到達していない。


 未熟な自分を受け入れたくなくて、自らの理想とする自分を演じているに過ぎない。


 だけど、理想との差があればあるほど、精神的に負担は大きくなる。


「ミスター椿。正直、君のことを少し見損なったよ。私は君となら、ファインプレーの精神で純粋な勝負ができると思っていたのだが……。小賢(こだか)しい戯言(たわごと)(のたま)い、私のパーフェクトメンタルに揺さぶりをかけようとしてくるとはねぇ」


「何がパーフェクトだよ?図星突かれて、実力行使に出てる時点で豆腐メンタルなのは目に見えてんだろうが」


 鼻で笑いながら言えば、幸崎の目尻が微かにピクッと震える。


「人はおまえの態度を見て、傲慢不遜(ごうまんふそん)唯我独尊(ゆいがどくそん)な男だと思ってんだろうな。そして、それを貫き通すことで、おまえはアイデンティティを確立しようとしている。実際、ある種の尊敬すら覚えるぜ。そのキャラで1年も(がわ)を被ってたんだからな」


「その口を閉じたまえ、ミスター!」


 左手の盾を飛ばし、再度攻撃を仕掛けてくる幸崎。


 しかし、こっちも今度は正面から受け止めるつもりはない。


 右足を半歩下げながら、身体を横にずらすことで最小限の動きで回避する。


「おいおい、貴族様?庶民1人の戯言(たわごと)に、心を乱され過ぎだろ。もっと、優雅に行こうぜ、優雅に」


 幸崎は直情的な攻撃をしながら、その表情から余裕が段々と薄れているのがわかる。


 単純な身体能力の差だけなら、確かに俺は不利だったかもしれない。


 それでも、どの勝負においても、精神的な部分に(すき)があれば、その差を覆すことはできる。


 盾と幸崎を繋いでいた鎖を掴み、軽く引っ張ることで奴をこっちに近づかせる。


「んぐっ‼」


「どうした?踏ん張れよ。庶民如きの力に、引っ張られるなんて情けねぇな」


「椿っ…円華ぁ…‼」


 俺のことをフルネームで呼ぶ奴の目には、俺がどう映っているのだろうか。


 普段見せている態度とは違う、復讐者としての一面。


 そして、容赦なく自身の内面を暴いてくるやり方に憤りを隠せていない。


「君ごときに、私の何がわかると言うのかねぇ!?私は君たちとは違う‼私は幸崎家の人間として、思うがままに生きている‼そこに嘘・偽りなど存在しない‼私はっ…私だぁ‼」


 踏ん張ることなく、むしろ俺が鎖を引く力に便乗するように、幸崎は突進を仕掛けてくる。


 その勢いは、頑強な肉体を活かして風を切る程であり、その右手に持つ斧を上段から振り下ろしてきた。


「うぉおおおおおおおお‼‼‼」


 身体能力と重力を乗せた一撃。


 それを俺は白華で一秒だけ受け止めた後、そのまま刃に滑らせて受け流す。


「力だけじゃダメなんだよ。必要なのは、意志を貫き通す覚悟だ」


 俺がわざわざ攻撃を仕掛けなくても、氷刃は幸崎の首元に迫っては寸前で止まった。


 理由は単純。


 奴の長い腕のリーチによって、刃が首元に届く前に斧が床に付いたからだ。


「はぁ…はぁ……」


 流石の貴族様も、自身の首筋に迫る凶器を凝視し、額から玉の汗を流しては床に落ちた。


()()()()()()()()()()()……足、震えてるぜ?」


 幸崎の両足は、動揺などの感情の変化により震えていた。


 しかし、今、刃が迫ったからじゃない。


 こいつは()()()()、ずっと身体を震わせていたんだ。


 動揺に反応するように、盾と斧が粒子になって消えたと同時に、左腕に着けた獅子のブレスレットに戻る。


 しかし、その見せかけの傲慢は消えない。


「震えなど……ない‼」


 拳を握り、下から振り上げてくるのを半歩下がることで回避する。


「大振りだな。避けてくれって言ってるようなもんだぜ」


「うるさい‼」


 そこに貴族のような優雅さはなく、感情に任せた拳は読みやすい。


 そして、左右に握られた拳は休むことなく、俺を目がけて振るい続ける。


「私は!幸崎家の人間!だから!君に!負ける!わけにはぁ!いかない!」


 頭、腹部、肩と狙いがわかりやすい直情的な拳を、すべて受け止めることなく払い続ける。


 そして、激情を見せる幸崎に対して、俺は冷たい目を向けて吐き捨てる。


「知るかよ、そんなの」


 攻撃するのは一撃だけ。


 その一撃を効果的にぶつけるには、幸崎の心が折れる寸前まで追い詰める。


 拳を回避しながら、奴の目を見て言葉を続ける。


「己を知らない奴の拳なんて、当たるわけねぇだろうが」


「はぁ…はぁ……くっ、黙りたまえぇ‼」


 俺の口を閉ざそうとするが、それは(かな)わない。


 何故なら、奴の実力は俺に届いていないからだ。


 その実力は、身体的な実力じゃない。


 心の強さだ。


「それはお願いか?だったら、土下座でもして頼んでみろよ。エセ貴族のプライドなんて、()てちまえ」


 俺の口を閉じさせる権利は、幸崎には無い。


 そして、実力で黙らせることもできない。


 その現実を前に、遂に体力の限界が来たようで、彼は両膝を付いた。


 体力的にも、精神的にも、限界が来たんだ。


「はぁ…はぁ……げほっ、ぐほっ…‼椿…円華……」


「何だよ?」


 膝をつく幸崎を、見下ろしながら問いかける。


「私は……幸崎ウィルヘルムという貴族は、君からはどう見えていたんだい?」


 その声は先程までの覇気はなく、(こうべ)()れている。


「貴族かどうかは知らねぇよ。だけど……無理してるのだけは、いつも伝わっていた。少なくとも、鈴城みたいに自身満々な奴って印象は全くなかったぜ」


 表面上の幸崎と似たような存在を上げれば、鈴城紫苑がすぐに思い浮かぶ。


 あいつは周りから女帝と呼ばれ、その評価に(たが)わない実力を見せていた。


 だけど、幸崎は違う。


「おまえ、気づいてたか?おまえは自分のことを貴族って何度も言われてたけど、周りはおまえのことを認めて無かったんだぜ?」


 鈴城は実力を見せつけ、そのカリスマ性から周囲が『女帝』の異名を付けた。


 幸崎は自身から『貴族』というプライドを風潮していたが、それが他者に受け入れられることは無かった。


「まぁ、腰が引けてる、虚勢張ってるだけの貴族なんて、見てて痛々しいよな」


「っ…‼」


 これまで、気づいていたが指摘する理由も無いために、言及しなかった事実。


 幸崎ウィルヘルムという人間の本質。


「おまえは周りに言いながら、自分に言い聞かせてたんだ。自分は貴族だって。そして、周りの人間を庶民と言って見下していたのは、自分は他者とは違うんだって。だけど、そのマインドセットも意味が無かったな」


 多くの人間は、表面上の態度や言動、印象でその人を理解したと考える。


 だけど、その人間を頼りにしようとする、あるいは脅威と認識する者はそうじゃない。


 その本質を知ろうとし、人となりを知るために深く観察する。


 俺もその観察者の1人であり、こいつと交流する中でその本質に仮説を立てていた。


「おまえ、さっき自分を幸崎家の人間だって言ってたよな?だけど、そんなこと知ったことじゃねぇんだよ。俺が見ているのは、知りたいのは幸崎ウィルヘルムっていう男だ。おまえがどんな使命を持ってるとか、貴族がどうこう言うプライドなんて、心底どうでも良い」


 幸崎と同じように両膝をついて視線を合わせ、下から顎を掴んでは無理矢理上げさせて視線を合わせる。


 そこに映るのは、貴族という仮面にヒビが入った男の顔だった。


 左頬が微かに引きつっており、貴族としての不敵な笑みが揺らいでいる。


「私は……()はぁ…‼それでも、幸崎家の、人間でっ…‼」


「下らねぇ貴族なんて殻に閉じこもったって、本当のおまえがそうじゃないなら意味ねぇだろうが。情けなく膝を震わせながらでも良いから、本当のおまえのままで強くなれよ」


 貴族の仮面はヒビが広がり、目に徐々に涙が溜まっていく。


「本当の意味で、貴族になれよ。エセ貴族じゃなくて、みんなを導ける最高の領主にな」


「領主……」


 俺の言葉に、幸崎は目を見開きながら復唱する。


 今のクラス制度において、そのクラスに居る者たちは領民のようだ。


 それを先頭に立って導くのが、領主という存在だ。


「ミスター…いや、椿円華」


 この攻防戦も、残り時間は20秒。


 次のターンに持ち越す必要もなく、このバトルは終わりを迎えそうだ。


 ここに来て、幸崎は最後に何を言うのか。


「お願いがある……」


 そう言いながら、情けない顔を上げて懇願した。


「殴ってくれ、こんな情けない()を…‼エセ貴族ではなく、本当の幸崎ウィルヘルムとして……強くなりたいんだ…‼」


 ここに来て、約束の一撃を放つ時が来たようだ。


「……ったく、しょうがねぇな」


「殴るほどのことではないと思うかもしれない!しかし…って、え、ああ…殴って、くれるのか」


 俺は小声で呟いて了承し、幸崎の肩を掴んで立ちあがらせる。


「遠慮することはない!思いっきり、私の心の殻を破ってくれたまえ!」


 後方に下がり、軽くジャンプをしながら余計な力を抜く。


 幸崎は恐怖からか、目を瞑りながら虚勢を張り続ける。


「さあ!どうした!早く!殴ってくれ!私を!来ないならこちらから行くぞ!どうだ!」


 そう言いながら、声と身体は震えている。


「そんじゃ、遠慮なく……」


 助走をつけながら全力で走り、そのまま勢いに任せて右拳を突き出した。


「うおりゃぁああああ‼」


 柄にもなく掛け声をあげながら繰り出した一撃は、幸崎の左頬にめり込んだ。


「ぶふぉおおおおおお‼‼‼」


 この時、俺は久しぶりに奇妙な感覚に襲われた。


 目の前がスローモーションになり、殴り飛ばされた幸崎の身体が宙を舞う。


 そして、そのまま攻防戦の時間が終了し、タイミングよくシャッターが上がってはそのままA2のマスから幸崎は退場となった。


「うわぁ~お……えらく跳んだなぁ~~~」


 俺は遠くを見るように右手を眉上に着けながら、少し感心した声をあげていた。 


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