マジの貴族
シックス・ロック・スクランブル2日目。
俺と雨水は、バトルルームの前に立っていた。
「おまえがその刀を持ってきているということは、本気で勝つ気のようだな」
雨水の視線は、俺が肩に担いでいる竹刀袋に向けられる。
この試験は、武器の持ち込みが自由だと言っていた。
だったら、崖っぷちの俺に出し惜しみをしている余裕はない。
「勝つ気しかねぇよ。立ち止っている時間は無いしな」
そして、勝利の先で、気に入らねぇ策略をぶっ潰す。
扉が開き、対戦相手と顔を合わせた瞬間に甲高い笑い声が空間内に響き渡った。
「ハーッハッハッハー‼これはこれは、愚かなチャレンジャー2人組じゃないか。ミス高原から、話に聞かせてもらったが……本当に、君たちが私に挑んでくるとはねぇ?」
ドレッドヘアをなびかせ、前髪をかき上げながら幸崎は俺たちにウインクしてくる。
その隣で、高原楓は小さく手を振ってくる。
「相変わらず、あの自信過剰な性格は鼻につくな」
「……どうかな」
2人組エリアになると、バトルルームのマスの数は2×2に減少している。
こうなると、戦略も何も無い。
普通に対戦が展開すれば、単純な一騎打ちになる。
それは俺の望む状況の1つだ。
俺がこのバトルでやることは、ただの勝利じゃない。
これから先の戦いのために、本質を見定めることにある。
そのために、以前から抱いていた疑念に、ここで答えを出す。
『それでは、これよりスクランブル・テリトリーズを開始致します。各チーム、1ターン目の移動を開始してください』
フィールドに流れるアナウンスに従い、各チームでそれぞれにマスを移動する。
順当に、横並びに1列ずつ移動。
マスは俺がA1、雨水はA2、幸崎はB1、高原はB2だ。
それぞれにマスを占領した後、2ターン目が始まる。
この時、幸崎は迷うことなくA1に侵攻。
俺と鉢合わせることになる。
「こうして、君と直接相対するのは初めてのことだねぇ?ミスター椿」
「確かにな」
隣を見た所、高原楓はA2には進行していない。
向こうの戦略は、話に聞いていたものと変わらないようだな。
幸崎の身体能力を活かした、ワンマンプレイ。
つまり、こいつを潰せば、それだけで瓦解する。
問題は、俺と雨水のどっちが幸崎と相対するか。
雨水と衝突した場合は、俺とマスを交換することであいつとバトルするように仕向ける。
どう考えても、あいつと幸崎では相性が悪すぎるしな。
幸崎ウィルヘルムを抑えるなら、俺の方が向いている。
雨水には、俺が幸崎との決着をつけるまでは静観しているように伝えてある。
条件は整った。
断言する。
俺と幸崎のマッチアップが成立した時点で、こっちの勝利は確定事項だ。
『A1のマスにて、双方のチームの接触を確認。1分間のスクランブル・バトルを開始します』
そのアナウンスと同時に、台座から小さなスクリーンが映し出され、カウントダウンが開始された。
1ターンにおける制限時間は60秒。
そして、残りのターン全てをこの対戦に当てるとすれば、9ターン×60秒で単純に9分間の猶予がある。
それだけあれば、こいつの心を折るには十分だ。
「悪く思わないでくれたまえ。君と私では、実力に差があることはわかっている。しかし、私もここで消えるわけには……いかないのでねぇ‼」
風を切るかのように、前屈みの姿勢で突進してくる幸崎。
この時、あいつは手に持っていたスクランブルボールを天井に届くギリギリの高さまで投げており、両手がフリーになる。
そして、右手を前に突き出しては、俺の左腕を捕えようとする。
動きとしては単純な直進。
だけど、その速さと勢いは昨日の藍沢宗とは雲泥の差だ。
一歩後ろに下がりながら、左腕を引いて回避する。
しかし、その時には幸崎の足は床に付いており、次の踏み込みで足に力を入れては左肩を突き出してはタックルを仕掛けてくる。
「急な方向転換からの、突進かよ!?」
「ハーッハッハッハー!君にはできない芸当だったかな?ミスター!」
単調な動きに見せかけて、真の狙いはこのタックルだったのか。
そして、奴の肩は俺の腹部に突き刺さり、そのまま壁の寸前まで飛ばされる。
「んぐふっ‼」
まともに喰らっちまったが、それでも踏ん張れないようなダメージじゃない。
「今ので倒れないとは、流石と言っておこうかな?しかし、やはり、君と私では身体能力において差がある。平民を虐めるのは、貴族の所作として相応しくない。降参するというのであれば、これ以上手荒な真似はしないと約束しよう」
向こうは余裕そうに言っていて、その態度に雨水だったら憤怒の表情を浮かべていたことだろう。
確かに、身体能力だけで言ったら、こいつは俺よりも上だな。
異能を解放したとしても、こいつとは互角が良い所だな。
「ったく、どういう鍛え方したら、そんな化け物染みた身体になるんだよ?冗談きついぜ」
目を見た所で、紅や蒼には染まっていない。
単純に、幸崎自身の素の身体能力が異常なんだ。
真面にやりあったら、勝てる相手じゃないかもな。
『おい、相棒』
頭の中に、ヴァナルガンドの声が響く。
何だよ、この忙しい時に…。
『おまえも気づいてるだろ?あのタコヘッド、普通じゃねぇぜ』
おまえが出しゃばってきたってことは、状況は想定外な方に進んでるってことだよな。
攻防を数十秒繰り広げただけで、違和感を覚えるまでになった。
そして、左目が幸崎に反応するように疼きだす。
こういう兆候が表れた時、感覚として左目に意識が集中される。
「……マジかよ」
視界が紅に染まり、その中心に居る幸崎を見た時に顔が引きつった。
あいつの身体から放出されているオーラは、派手な黄色に染まっている。
幸崎もまた、俺の目を見ては怪訝な顔になりながら、手元に降りてきた自分のボールを回収した。
「ほおぉ~?まさか、君がその瞳を持っているとはねぇ。合点がいったよ。私が何故、これほどまでに君に興味をそそられるのかが…ね」
その言い方からして、俺の能力について知ってるみたいだな。
幸崎は左手に着けている物を見せてきた。
それは獅子を象ったようなブレスレットだ。
「これを見て、君は何を感じる?」
「貴族様が見せびらかしてくる、派手な装飾……って、普通は思うよな」
だけど、俺の左目にはしっかりと映っている。
そのブレスレットから放たれる、強大な黄色のオーラが。
幸崎の能力、その核はあのブレスレットか。
台座の上のカウントダウンを確認すると、残り10秒を切った。
「これは予想外に、面白い勝負になりそうだ。次のターンで私も少しだけ、本気を出させてもらうとしよう。私の期待を、裏切らないでくれたまえよ?」
時間切れになり、閉まっていたシャッターが上がっては幸崎がB1のマスに戻っていく。
ここから先は、次のターンまで1分間のインターバルが発生する。
シャッターが開いたことで、雨水との対話が可能になる。
「おまえでも幸崎を沈めるのに、1ターンでは足りなかったか」
「ちょっと、諸事情があってな…。バトルどころじゃなかった」
「それなら、やはり2対1で奴を……」
「いや、雨水は変わらず、高原を牽制しててくれ。幸崎には確かめたいことは増えたが、迎える結末は変わらない」
竹刀袋から愛刀を取り出し、スマホを嵌めて起動する。
「向こうが本気を出すって言ったんだ……。だったら、こっちもそれに応えてやらねぇとな」
茶番に付き合ってやれるのも、残り8ターン。
それだけで知りたいことを全て見定めるには、少し骨が折れるな。
「3ターン目が始まる。次はもうちょっと……いや、大分手荒くいかせてもらうぜ」
幸崎の着けていた、あの獅子のブレスレット……。
あれが俺の想定通りなら、最悪の場合はシャッターをぶち破るくらいの衝突になりそうだぜ。
雨水にはA2のマスに戻ってもらい、B1から幸崎が戻ってくる。
この時、奴には目に見える変化があった。
「それ……もしかして、さっきのブレスレットか?」
左手を指させば、そこには獅子の顔を模した円形の盾が装備されていた。
それから放たれるオーラは、先程よりも強い。
「言っただろう?少し本気を出すと。私も君と向き合うために、不本意ながら実力を見せてあげようじゃないか。だから……」
幸崎は俺を指さし、目尻を少し吊り上げる。
「君も私に、本当の実力を見せたまえ」
その貴族からの命令に、こっちは氷刀の刃を鞘から抜くことで応える。
「実力を見せるかどうかは、俺が決める。だけど、確かにおまえに見せる一面はあるかもな……」
ポケットから眼帯を取り出して右目を隠しては、今まで、奴に向けたことがない程の冷徹な目を向ける。
「ここから先は、冷酷無慈悲だ……。覚悟しろ」
「覚悟か。平民の底力、見せてみたまえ!」
また前屈みに突っ込んでくるかと思ったが、今度は違う。
武器を持っていることで、行動の選択肢は増えている。
幸崎が盾を装備する方の腕を下から振り上げれば、円形の盾は腕から分離しては回転しながら迫ってきた。
「盾を持っていれば、守りに徹するとでも思っていたかね?」
挑発に対して言葉を返す余裕はなく、迫る盾を氷刃の腹で受け止める。
「ぐっ‼何とも攻撃的な盾だな、おい‼」
回転する度に、そのパワーは減少するどころか増している。
踏ん張りは効かず、仕方なく身体を捻じることで受け流す。
それし、盾が壁に衝突した瞬間―――。
ドガアアァーンっ‼
空間全体が揺れるほどの、大きな衝撃が響き渡った。
盾にはワイヤーが付いており、それを引けば幸崎の左手に戻っていく。
「真面にくらってたら、死んでるだろ…これ?」
「君のような規格外の相手と戦うために、私も鍛えさせられた身でねぇ…。見定めさせてもらうよ、君という男を。この私が本気を出すにふさわしい男であり、直接葬るに足る器であるかを」
口角を上げながら、不敵な笑みを向けてくる幸崎。
その態度は傲慢そのものだが、今の一撃を受けた時に俺は幸崎の動きに違和感を覚えた。
「幸崎……何で、おまえはさっき目を逸らした?」
「……何?」
幸崎は今の攻撃の最後、回転する盾を受け止める俺を見て視線を外した。
その行動……そして、これまでのあいつの態度から、疑念が確信に変わる。
「はああぁ~~~っ。ったく、めんどくせぇな」
頭の後ろに手を回しながら、俺は奴に哀れみの目を向ける。
「おまえ、本当はそのキャラに疲れてんじゃねぇの?」
ここから先、幸崎は俺との本気の勝負を望んでいたことだろう。
だけど、その願いは叶わない。
このバトルにおいて、実力を見せるつもりはない。
見せるのは、椿円華という人間の冷徹さだ。
俺は今から、幸崎ウィルヘルムという男の仮面を―――暴く。
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