道化はどちらか
シックス・ロック・スクランブル開始から1時間後。
俺たちはこの試験で使用するユニフォームに着替え、「スクランブル・テリトリーズ」の舞台となるバトルルームに移動した。
「椿……。ここから先は、予定通りで良いのか?」
雨水が左手にグローブを嵌めながら、最終確認で問いかけてくる。
「そのつもりだ。まぁ、なるようになるだろ」
「全く。また、おまえの根拠のない楽観思考に振り回されるとは……俺も焼きが回ったものだ」
軽く自身の頭を押さえながら、あいつは小さく息を吐いた。
「何だなんだ?2人だけで、何か作戦でも考えてたのか?」
「そんなところだ。おまえにも、後で気が向いたら教えてやるよ」
磯部が問いかけてきたが、それは軽くあしらってバトルルームの前に立つ。
そして、俺たちが3人そろっていることを確認し、重たい扉が左右に開く。
反対側の扉も同時に開いたようで、先程会っている対戦相手の姿が眼に映る。
「逃げなかったことは褒めてあげます、椿円華」
中央に立つ藍沢先輩が、こっちを見るなり声をかけてくる。
名指ししてくる辺り、眼中にあるのは俺だけってか。
「別に逃げる理由もねぇしな。相手は誰でも良い。さっさと終わらせようぜ」
舞台を確認すると、広範囲のフィールドを3×3のマスで区切るように太い線が床に入っており、4つの十字型の柱が天井まで伸びている
3人それぞれに、横並びになるようにスタート位置に立つ。
最初はどのチームも占領するマスは0。
取れる戦略として、ベーシックなのは1人ずつ横並びに3つのマスを奪うことだろう。
『それでは、これよりスクランブル・テリトリーズを開始致します。各チーム、1ターン目の移動を開始してください』
フィールドに流れるアナウンスに従い、各チームでそれぞれにマスを移動する。
藍沢先輩たちは、俺から見て縦並びにA3、B3、C3のマスに移動する。
そして、俺たちはと言うと……。
「何で一か所に集中してんだよ!?分かれるだろ、普通!?」
磯部がそう叫びながら、俺と雨水の行動にツッコんできた。
俺たちは3人固まって、B1のマスに集まっていたからだ。
そして、移動が終了したことでそれぞれのマスを仕切る線からは他のマスを遮るように、分厚いシャッターが下ろされた。
「これで1分間は移動できないってわけか。徹底してんな」
「そんな呑気なこと言ってる場合かよ!?向こうはもう、3つもマスを占領してるんだぞ!?」
「その占領のための台座は、移動後に現れるようだな」
焦る磯部を後目に、冷静に雨水が中央の床から出現した台座を見る。
「これにボールをセットすると……。磯部、面倒だからおまえがやれよ」
「はぁ!?え、良いのか…?」
俺からの促しに、雨水は別に止めはしない。
恐る恐る磯部が台座の上に青のスクランブルボールをセットすれば、マスの床が青色に染まった。
これで俺たちがマスを占領したことになるのか。
シャッターが上がり、それぞれのチームの占領状況が開示される。
向こうは順当に3つ、こっちは邪道に1つ。
「仲が良いですね。3人で1つのマスを占領するとは、思いませんでした」
「気にせずに、次も3つ取りに来たら良いですよ。それとも、後輩に勝利を譲ってくれる優しい先輩だったりします?」
藍沢の視線からは、俺への不信感が滲み出ている。
最初のターンだけで、腑に落ちないという感情を抱いているのかもしれない。
だけど、それで良い。
このバトルで必要なのは、アピールだ。
どんな形であれ、印象に残せればそれで良い。
先輩たちの次の動きが、セオリー通りなら次に取られるマスは合計で6つになる。
『第2ターン、移動を開始してください』
2ターン目が始まり、次の移動を始める。
その結果、雨水はB1に留まり、俺と磯部でB2に移動する。
そして、向こうからも当然、このマスに移動してくるプレイヤーが1人。
藍沢宗だ。
「まさかの2対1ですか」
「望んでいた展開だろ?俺を潰すチャンスだぜ」
シャッターが下ろされ、中央に台座が出現する。
向こうからしてみれば、俺の実力を試す良い機会だ。
そして、俺からしてもこの状況はナイスな展開となる。
「俺があの人を抑える。おまえがマスを占領しろ」
「や、やっぱり、その方が良いよな……」
腰が引けている磯部に指示を出し、奴はそれに納得する。
『B2のマスにて、双方のチームの接触を確認。1分間のスクランブル・バトルを開始します』
そのアナウンスと同時に、台座から小さなスクリーンが映し出され、60秒のカウントダウンが開始された。
「あなたの実力、確かめさせてもらいますよ!」
藍沢は前のめりになりながら、台座ではなく俺に向かって突進してくる。
俺はそれを前に棒立ちになっており、磯部は台座に向かって走る。
「頼んだぞ、椿!」
完全に人頼りな台詞を受けながら、目の前に迫る先輩に集中する。
こいつの狙いは、この姿勢と敵意から伝わってくる。
だからこそ、敢えてその狙いに乗ってやるよ。
「君さえ抑えれば、僕らの目的は果たせたも同然なんですよ!」
スクランブルボールを右手に持ち、ナイフの刃を押し出すのように前に構える藍沢。
正直、ありがたいぜ…。
だけど、少しぐらいの抵抗は見せてやらないとな。
真正面から突き出されたボールを右手の口で横に払うと同時に、俺は自らのスクランブルボールを持った左手を下からえぐるように上げ、藍沢の左胸部にあるターゲットマークを狙う。
「直情的過ぎて面白くねぇよ、あんた」
小さく感想を呟けば、キッと睨みつけてくると同時に「嘗めるな」と言葉を返される。
向こうもただでやられる気はなく、左手でボールを抑えてはそのまま捻じって摩擦を起こす。
「君も君で、動きが正直ですね。その生息な態度とボールは、没収させてもらいます!」
指の力が尋常ではなく、ガシっと掴んだまま離そうとしない。
「仙水の命令は絶対です。彼の障害になるかもしれないのなら、君には消えてもらわなきゃ困るんですよ!」
「っ!!面倒な忠犬かよっ…!!」
この1分間の目的は、藍沢の目を俺に集中させること。
この拮抗状態は想定通り。
磯辺の方を一瞬見れば、既に台座の前に移動していてスクランブルボールをセットしていた。
「良いのかよ?俺に集中し過ぎて、マスを占領されちまったぜ?」
「言ったでしょう?君さえ抑えれば、あとはどうにでもなると!!」
目的は俺の排除であり、マスの占領じゃない。
どこまでも、愚直なことで。
「わかったよ。じゃあ……好きにしろよ」
俺が抵抗を止めれば、そのままボールを奪われては後ろに投げ捨てられる。
そして、体勢が崩れては後ろに倒れることになり、藍沢は容赦なく右手に持っているボールを俺の胸部にあるターゲットマーカーに向かって振り下ろした。
ブーーーッ!!!!
甲高いブザー音がなり、マーカーが血のような紅に染まってはアナウンスが流れる。
『椿円華様。藍沢宗様により、ターゲットマーカーがヒットしたことにより脱落。以降のターンにおいて、行動不能となります』
シャッターが上がり、脱落者としてエリア外に下がる。
「ちょっ!何してるんだよ、椿!?おまえが居ないと、勝てるもんも勝てないだろ!?」
取り乱す磯辺だが、雨水は呆れたような顔を浮かべるのみだった。
「あとは任せる。稼げるだけ稼いどけよ」
「言われるまでもない。まぁ、作戦通りに調節はするがな」
横を通る時に一言ずつ言い合った後、ゲームは再開する。
しかし、結果としてはこっちのチームは2人で藍沢たちは3人。
数的な有利を覆すために、磯部がマスを占領しながら雨水がフォローに回る動きをしていたが、それでも流石は3年生というべきか、連携や身体能力の差は一目瞭然であり、奮戦するも8ターンが経過する頃には……。
『9つのマスが、レッドチームによって全て占領されたことにより、ゲーム終了。勝者はレッドチーム 藍沢宗様、江口望様、志村和夫様になります』
結果的に、俺たちのチームは敗北した。
バトルが終わり、中央に集まっては藍沢より冷ややかな目を向けられる。
「正直、拍子抜け……ですね。それとも、これは屈辱と捉えた方が良いでしょうか」
目的を達成し、勝利という結果を掴んだ。
それにも関わらず、奴の目から不信感は消えない。
「ま、負けっちまった……。はぁ…はあぁ……これから、どうなるんだよ?」
「そんなこと、聞くまでもない…。俺たちの内、誰かが向こうのチームに引き抜かれるだけだ」
磯部が体力を激しく消耗しているのは、それだけマスの占領に大きく貢献していたからだ。
奴の身体能力は速さと柔軟性に特化しており、止めようとする先輩たちの死角を狙ってはマスの占領に一躍買っていたからな。
逆に雨水の方は動きが悪く、足止めしようとするも逆に押さえつけられる始末だった。
向こうは3人で話し合うまでもなく、誰を引き抜くのかはバトルの中で決まっていたに違いない。
「磯部修くん」
藍沢が名前を呼び、手を差し出す。
「君は僕らのチームに来るべきプレイヤーだ。その力を、貸してくれないか?」
「えっ……俺ぇ!?」
引き抜かれたことが信じられず、目を見開いて驚く磯部。
「椿や雨水じゃなくて、俺で……良いんですか!?」
「はい。君の俊敏な動きには、僕らも翻弄されてしまいました。それをここで失うには、惜しい」
戦力として、磯部をチームに引き入れるか。
妥当な選択だな。
「椿…雨水……」
かける言葉が見当たらず、名前を呟く磯部。
「行って来いよ。俺達のことは気にしなくていい」
「ここで死ぬ気はない。おまえは勝ち馬に乗るべきだ」
俺達から背中を押され、藍沢先輩たちと共に次のステージに進んでいくのを見送る。
その時の俺たちと磯辺の表情は、対照的だったことだろう。
扉が閉じたところで、雨水が小さな声で聞いてくる。
「これで第一関門は突破と言ったところか?全く、ほとほと呆れさせられる。ここから先、負けは許されないんだぞ?」
「元々、負ける気なんてねぇよ。……この1回以外はな」
磯部が居なくなり、ここで俺たちは逆に活力を取り戻す。
「ったく、あいつも、面倒な爆弾を押し付けやがって……。最悪のスタートダッシュじゃねぇか」
この一戦の敗北は、今でなければ成立するかわからないものだった。
そして、そうせざるを得ない状況だった。
協力関係とか言っておきながら、俺は毒を飲まされたわけだ。
柘榴恭史郎。
これはあいつにとっても、思惑通りの展開だったんだろうな。
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