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奈落

 円華side



 シックス・ロック・スクランブルも残り1日になり、できることも少なくなってきた。


 それなのに、日が経過するごとにやることリストが増えていくのが恨めしい。


 今は落ち着かない気持ちを抱えて、1人になるために並木道のベンチに座り、風に当たって頭を冷やしている状態だ。


 今日まで、幸か不幸か組織からの妨害も無ければ、ヴォルフ・スカルテットの言う刺客からも間接的な接触はない。


 逆にこの静けさが不気味であり、当日を迎えることに不安を覚える。


 この前のペア戦でも、当日にビーストによる妨害を受けた。


 そして、その時には名無しの存在もあった。


 今回の特別試験は1日だけじゃない。


 期間は10日間。


 その間に、何かしら仕掛けてくると想定するのが普通だ。


 俺個人に対しての妨害だけならどうにかできるかもしれないが、他のブロックに居る仲間に干渉してくる可能性は捨てきれない。


 特に恵美に対して、妨害工作を計画していた場合が最悪だ。


 だからこそ、保険は用意していたわけだが……。


「正直、こればっかりはな……」


 それぞれのブロックに配置されている生徒の情報は、2年生までのものしかない。


 他の1年生、3年生の動きがわからない今、できることはもう無い。


 学園側の思惑通り、当日を迎えれば個人の実力で勝ちあがらなきゃいけない状況になるわけだ。


 確実に退学者が出るようになっている特別試験。


 今回ばかりは、誰かに避けられない死が迫られることになる。


 これまでとは違い、この現実を覆す手段は無い。


 もしかしたら、この試験すらも俺を退学に追い込むために用意された舞台なのかもしれない。


 この学園に居る全ての生徒が、それに巻き込まれただけなのかもしれない。


 だからと言って、そんな自分勝手な責任感に圧し潰されている余裕はない。


 俺も自分が万能だなんて思っていないし、全ての人間を助けられると思うほど自惚(うぬぼ)れていない。


 守るべき者は選別する。


 そして、俺の邪魔をする奴らの思惑を覆す。


 やるべきことは決まっている。


 俺はおそらく、明日から始まる特別試験の中で誰かの命を切り捨てることになる。


 その責任を背負う覚悟は、もうできている。


 戸木慎悟を見捨てた、あの時から。


 綺麗事で飾り立てるつもりはない。


 俺は復讐を果たすため、守るべき者を守るため、不平等に命を選ぶ。


「こんな所で何してんだ、椿?1人で居たら、また面倒くせぇ奴に絡まれるぜ」


 後ろから声が聞こえ、振り向いた先には渦中の獣が居た。


 内海景虎だ。


「っ……おまえかよ」


 舌打ちをしながら反応すれば、内海はズボンのポケットに両手を突っ込みながら隣のベンチに腰を下ろした。


「何だよ、バツが悪そうな顔してんな」


「正直、今、めちゃくちゃ会いたくねぇ奴ナンバー1なんだよ」


 恵美から事前に、こいつとグループを組んだという話は聞いている。


 あいつもバカじゃない。


 内海が組織……緋色の幻影と関係を持っていることをわかっていながら、何も考えずにグループを組んだとは思っていない。


 それでも、不服じゃないかって言われたら話が違う。


 俺が不快さを隠さずに表情に出せば、その顔を見て内海は歯を見せて薄ら笑みを浮かべる。


「おまえにそう言う顔をさせられたなら、俺の選択は間違っていなかったわけだ」


 ベンチの背もたれに左手を回し、横目を向けてくる。


「最上恵美……。今回の特別試験でもしかしたら、あいつから俺の方に来るかもな」


「……おまえ、まだ恵美のことを諦めてねぇのかよ?」


 向こうの笑みとは対照的に、鋭い目付きで睨みつける。


 しかし、その敵意すらも内海は愉快というように受け止める。


「あの女の持つ強さは、俺が持っていないものだ。だからこそ、それを喰らって俺は強くなる。おまえに俺の牙を届かせるためにな」


 あくまでも最終的な目標は俺を倒すためであり、そのために恵美を利用しようとする気らしい。


 それを本人に隠す気もなく伝えてくるあたり、こいつは相当イカれてやがる。


「だけど、あいつの強さにはまだ先がある気がする……。そして、それをあの女自身も気づいている。それを引き出すために、あいつは俺すらも利用しようとしてんのかもな」


 恵美の強さ……その先にあるもの。


 俺にとって、最上恵美という存在は守るべき大切なものだ。


 だけど、内海はあいつのことを『強さ』という(えさ)として見ている。


 そして、恵美もまた、それを知りながらもこいつを利用して自身の強さの先に進もうとしている。


「これは、あいつが選んだ決断だ。最上恵美を大切に想っているなら、あいつを信じてやるのが仲間って奴なんじゃないのか?」


「おまえがそれを言うのかよ?気持ち悪い」


「言葉にするだけなら、何だって言えるだろ。だが、俺はおまえらとは違う。馴れ合いなんて求めねぇ。求めるのは、喰らい合いだ…」


 内海の身体から、闘志が覇気として放たれる。


「精々、あの女が俺に喰いつくされないように祈っておくんだな」


 それは俺に負の感情を抱かせようとするために、(あお)ろうとしての台詞だろうか。


 だとしたら、嘗められたもんだ。


「挑発にもなってねぇぞ、それ」


 奴の薄ら笑みへの意趣返しに、自分でも自覚するほどの悪い笑みで返す。


「俺が隣に居ることを選んだ女だぞ。おまえ如きに喰らいつくせるわけねぇだろ…‼」


 それを聞き、内海は一瞬だけ目を見開いては肩を震わせ、クックックと笑う。


「そう言えば、この並木道……。おまえが俺に説教たれた場所だったよな」


 あいつが言っているのは、1年生の2学期末のことだろう。


 ここで内海に襲撃され、返り討ちにした時。


 あの時、俺は力や強さに執着するこいつの姿に嫌気がさして、柄にもなく持論をぶつけていた。


「1度しか言わねぇぞ。今の俺があるのは……気に入らねぇが、おまえのおかげだ」


 そういう内海の表情を横目で視界に捉えれば、そこに皮肉は感じない。


 その真剣な表情から、本心を口にしているのが伝わってくる。


「おまえに力と強さの違いを見せつけられ、教えられたからこそ、今の俺がある。だからこそ、俺は……それを教えてくれた、おまえを倒す。おまえを喰らって、さらに前に進むために」


 殺意から敵意に変わり、今では超えるべき目標として俺を見つめる内海。


 そのギラギラした目の先に映るのは、強さを求める獣の姿だ。


「だったら、返り討ちにしてやるよ。おまえに俺は越えさせない。目の(かたき)にするなら、おまえを叩き潰すだけだ」


 俺たちは本能として、互いの存在を標的として見ている。


 それが根源を持つ者の宿命なのかは、どうでも良い。


 ここで言葉にはしないが、俺だって復讐という目的とは別の欲望が、こいつを前にすると内側から訴えかけてくるんだ。


 こいつと、白黒はっきりつけてやりたいと。


 だけど、まだその時じゃない。


「こんな(くだ)らねぇ試験で、俺以外の奴に地獄送りにされんじゃねぇぞ……椿」


「その言葉、そっくりそのまま返してやる。おまえこそ、恵美を巻き込んでおいて退学して死ぬなんてことになったら、全力で嘲笑ってやるぜ」


 お互いにベンチから立ち上がり、思っていることをそのまま口にすれば、内海が「あ?」と何かが引っ掛かったのか怪訝(けげん)な顔を浮かべる。


「俺が死ぬわけねぇだろ。()()()()に落とされたって、気分は里帰りと一緒なんだよ」


「・・・はぁ?」


 里帰り…?


 何言ってんだ、こいつ。


「何だよ、それ…?おい、内海、おまえ……何の話してんだ?」


「それはこっちの台詞だ、椿。おまえこそ、誰が何に殺される前提で話してんだ?」


 俺たちは今、互いの思考に対してズレを感じている。


 そして、俺の中の前提が、何度目かの振動によって揺れ動いている。


 地獄送り……里帰り……。


 退学は、それ(イコール)で死に直結している。


 俺は今まで、その事実の先を知ることは無かった。


 いや、知ろうとせずに、ただ学園長の言っていた言葉を自身の常識に当てはめて解釈していたに過ぎなかったんじゃないのか?


 学園長は確か、退学者は組織の人間によって殺されたと言っていた。


 だけど、その方法については知る由も無かった。


 今、改めて、根本的な部分に疑問を抱き始めている。


 退学者は殺される……。


 でも、その方法は…?


 その疑問への答えは、内海の一言で導き出された。


奈落(タルタロス)


 重々しい声音(こわね)で、そのワードを呟いた。


「奈落…?」


 復唱しながらも、何も情報が繋がらない。


 それは内海も俺の反応から察したのだろう、奴は「ああぁ~~」っと苛立たし()に整っていない頭を()く。


()()()、全てを椿に話すって言いながら、伝わってねぇじゃねぇか…‼」


 内海の持つ情報と、俺の持つ情報が一致していない。


 それも肝心な部分が。


 そして、今、内海が口にした『あの女』という言葉……。


 まさかとは、思った。


 それでも、連想した女の名前を呟いていた。


魔女(ウィッチ)…?」


 その言葉が内海の耳に届き、奴は俺と視線を合わせる。


「おまえ、そいつからどこまでのことを教えられた?春休みの時の話だったはずだ。あいつが俺に残したメッセージの中には、おまえには公平を期すために全てを話すと書いてあったぜ」


 ここに来て、今更になって内海と魔女に繋がりがあることを理解した。


 いや、それも当然か。


 あいつは俺以外の根源者のことを知っていた。


 そして、あいつは死ぬ前に内海にメッセージを残していた。


 俺に全てを話す、と。


 あの屋上で、魔女から聞かされた真実を思い出す。


 その中で内海の発言と結びつく可能性があるとすれば……。


 退学の意味合いが、変わる。


「まさか……そういう、ことなのか?」


 この世界は、高太さんが根源の力によって生み出された新世界。


 そして、それは上書きされたわけではなく、前の世界は変わらず存在する。


 地獄のように荒廃した世界が、今も。


奈落(タルタロス)……。それはこの世界から切り捨てられた、前の世界のことじゃないのか?」


 そして、退学した人間は、その奈落に送り込まれる。


 それが死に直結しているということは……。


「退学者がどういう結末を迎えるのか。その具体的な部分については、この学園の中で知っている奴はごく少数だろうぜ。俺みたいな例外でもなければな」


 魔女の話の続きが、今、内海の口から告げられる。


「この学園を退学した者は、ここで直接的に殺されるわけじゃない。おまえの言う前の世界……奈落に追放されるのさ。そこは力無き者に、弱肉強食の地獄を叩き込む世界。何の力も持たない奴は、問答無用で死ぬことになる」


 その衝撃的な事実を皮切りとして、俺は魔女に送り付けられた光景を思い出す。


 血で血を洗うような凄惨(せいさん)な光景が広がる地獄。


 まるでこの世とは思えないような世界に、退学者たちは突き落とされる。


 そして、力無き者は蹂躙され、死んでいく。


 そんな世界で、普通の人間が生き残れるはずがない。


 だけど、それが退学の真実なのだとすれば……。


「内海、おまえ……何で奈落のことを、そんなに詳しく知っているんだ?しかも、里帰りって……」


 言葉では疑問を問いかけながらも、俺の中で1つの確信にも近い予測は立っていた。


 そして、答え合わせをするかのように、内海はその事実を口にした。


「俺は奈落(タルタロス)で生まれて、そこで育った人間なんだよ」


 その地獄を経験した人間が、目の前に立っている。


 俺はこの時…いや、これまでも、文字通りに別世界の人間と対峙していたんだ。

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