二分された生徒会
凌雅side
月に1度開かれる生徒会の会議。
それも終わり、中央の席に座る生徒会長……進藤大和が資料を閉じて皆に視線を向ける。
「今回挙げられた議題については、各々期日までに俺に報告するように。そして、来週から行われる特別試験において、皆の健闘を祈る」
簡潔に挨拶を終え、「これにて、以上だ」と締めれば、役員のほぼ全員が立ちあがって順番に退室していく。
その中で、生徒会長は1人の男子生徒を呼び止めた。
「石上書記」
名前を呼ばれた石上は、足を止めて貼りついた笑みを浮かべて振り返る。
「何でしょうか、進藤会長?」
奴の顔色が前とは違う。
2年生になり、石上が再度クラス移動したのは情報として耳にしている。
それも椿円華の在籍していたクラスから、復帰したての内海景虎のクラスだ。
噂程度の情報でも、生徒会内で疑問の声は何度か上がっている。
「最下位のEクラスに移籍しつつ、この前の試験でクラス順位をBクラスまで上げた手腕……見事だった」
「ありがとうございます。会長からお褒めの言葉に与るとは、光栄です」
軽く一礼して、称賛を受ける石上の態度に社交辞令は感じない。
「僕はこれから、本当の意味で自分の実力を駆使してSクラスを目指したいと思っています。自己の成長に繋げるために、会長からも今後のご指導、ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」
意志表示をした時の目から伝わったのは、たった1つの感情だ。
ぎらついた欲望。
それを隠そうともせず、自身の一部として表面化している。
真正面から受け止める進藤先輩は、表情筋を1つも動かさずに石上を見つめる。
「俺から、おまえに教えられることは何も無い。おまえの願いが叶うことを祈っている。足を止めさせてしまい、すまなかった」
「とんでもありません。それでは、失礼します」
石上が出て行った後、俺は2人きりになったタイミングで口を開く。
「遠回しに見捨てましたよね、今」
「おまえには、そう見えたか?」
進藤先輩は眼鏡の淵を触り、俺に横目を向ける。
「どっちかって言うと、先輩は自分が目をかけた生徒には構い過ぎちゃうところがあるじゃないですか。教えられることがないってことは、石上には興味・関心が無いってことじゃないですか?」
「過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉がある。俺は今、自分のやり方を確かめている際中だ。水を与えられて育つ花と、自ら水を求めて地面に根を張り巡らせる花。どちらがより大きく成長するのかを、見定めたいと思っている」
「その実験に巻き込まれた花は、たまったもんじゃないっすね」
進藤先輩の行動は、学年内に居る駒を使って把握させている。
最近は内海景虎と接触することが複数回ある中で、前までご執心だった椿円華とは距離を取っている。
「もしかして、自分から離れれば、俺から彼を守ることができると考えてますか?」
「……何の話だ?」
気づいていないふりをしているのか、それとも気にも留めてないということか。
どちらにしても、その態度は気に入らない。
「椿円華のことですよ。俺だって、自分の退学を賭けてるんだ。あなたが手助けしなくたって、容赦なくあいつを退学させるつもりですよ」
春休みに俺は、進藤先輩と背水の陣を敷いて賭けを持ちかけた。
この1学期中に、椿円華を退学させる。
そして、それができなければ退学するのは俺自身。
自分のお気に入りを退学させたくなければ、進藤先輩は何かしらのアクションを起こして俺を止めようとするはずだ。
「今回だって、さりげなく彼のことを助けてたでしょ?俺発案のシックス・ロック・スクランブル。それを承認させたのは予想外ですが、その後も生徒会長の権限でルールや生徒のブロック配置に手を加えている。俺の予定通りなら、椿は俺と同じブロックになるはずだった」
「ブロックごとの能力を公平にするための処置だ。おまえの案通りに進めていた場合、実力が偏り過ぎる」
俺は資料を手に取り、パラパラッと捲ってあるページで止める。
「1グループにつき1人だけ挑戦できる、チャレンジステージ。チャレンジ成功で、今後の試験で有利に働くアイテムを入手できるが、失敗すれば退学一直線。こんなものを用意するなんて、何が目的なんですか?」
この人はマニフェストで、誰もが這い上がることができる学園の創造を口にしていた。
それなのに、一歩間違えば生徒たちを絶望に叩きつける選択肢を用意している。
その矛盾に、自分で気づいていないわけがない。
「この学園において、退学は死を意味する。俺は弱者を地獄に突き落とす覚悟を以て、シックス・ロック・スクランブルの開幕を決めた。だけど、あなたは俺の覚悟に便乗するように、地獄への別の選択肢を用意してきた。本当に悪趣味ですよね」
この特別試験を考えたのは、誰でも無く俺の意思であり、思考だ。
それにも関わらず、進藤先輩は俺のやり方を見通したかのように、すぐに自身の思惑を紛れ込ませた。
掌の上で泳がされているかのような不快感に、腸が煮えくりかえる思いだ。
「どう思われようとも構わない。この学園では、戦う力を持つ者が少なすぎる。来たるべき時のために、力を勝ち取る者が必要になる。おまえが用意したこの地獄は、それを選別するための舞台となると思っている。だからこそ、俺はそれを承認した」
あくまでも、自分の思惑と一致するから承認したと言いたいらしい。
「それで、その選別に堕ちた弱者は見殺しですか?絶望から這い上がることができる学園づくりが、聞いて呆れますね」
皮肉を口にしてやれば、先輩の眼鏡のレンズが光で反射する。
「仙水、俺の理念は何も変わっていない。俺は自分を善人などと思っていないし、全ての人間が救われるべきだとも思っていない。それに、過剰な慈悲は人を堕落させる。今までの学園のやり方では、人は成長することができない。必要なのは、自身の
欲望を満たすために、足掻き続ける姿勢だ」
この学園のやり方を否定したいという想いは、俺も同じだ。
だけど、その想いの先にあるものは、俺とこの人では決定的に異なると思っていた。
「そのために、俺の用意する地獄を利用するってことですか……。敵いませんね、あなたには」
「そう言いつつも、おまえは俺を越えたいと考えている。その姿勢は、本当に評価しているつもりだ」
「だったら、俺の手で引きずり下ろされても、後悔しないでくださいよ?」
「実現すればの話だがな」
この人は自身に向けられる敵意や対抗心、反抗心すらも、その全てを受け入れようとする。
そして、その上で自身の思惑通りに事を進めようとする。
進藤大和という男の用意する舞台から降りようとしても、その思考すらも人形劇の演出として利用される。
何かを強制されるわけでも、縛り付けられているわけでもない。
それでも、この男の支配からは逃れられず、その思惑を実現するための駒となってしまっている。
だからこそ、俺はその人形の糸を強引にでも引きちぎり、舞台の上を滅茶苦茶にしたい。
「俺を椿のブロックから外したところで、結果は変わらないと思いますけどね。あのブロックには、俺が潜ませた伏兵が居る。事が上手く運べば、俺が直接手を下さなくても、あいつは退学になるかもしれない」
「だったら、やってみるが良い」
まるで俺の思惑通りには進まないと思っているかのように、進藤先輩は口角を上げて薄ら笑みを浮かべる。
「そして、この試験の結果を見た時に想うはずだ。椿円華という男は、おまえの思惑に収まるような男ではないということを」
それは椿円華に対する、ゆるぎない信頼を表す言葉。
この人の評価を覆してやりたいという衝動が、俺の内側から鼓動する。
「それなら、それで良いんすよ。この試験で生き残ったなら、次の特別試験で確実に潰すだけなんで……。俺が直接、この手でね」
これ以上、この場に居たら感情を抑えられない。
世間話も切り上げ、生徒会室を後にしようとした時だった。
「そうだ……。この際だ、おまえの認識を1つだけ改めさせてもらおう」
「……はい?」
ここまで来てまだ俺を苛立たせたいのか、この人は。
振り返ることはなく、背中を見せたまま足を止めて反応する。
「俺はこの学園の根幹に介入し、1つだけ改変した事実がある。そして、それはこの新学期になって早々に適用されている」
「1つ?何を言ってるんですか。SAS制度の導入や今年の3年生はD、Eクラスも退学せずに進級できている。これ以上、何をしたって言うんですか?」
気に入らない改革を起こし、弱者を救済しようとする準備をしていると思っていた。
しかし、それが全生徒に反映・公表されていることから、今更言うようなことじゃないはずだ。
全校生徒が知らない、進藤先輩の起こした改革があるとすれば……。
「おまえの言っていたことは、確かに間接的には事実ではある。しかし、それは直接的には似て非なるものだ」
意味の分からない言い回しをした後、真剣な声音で告げた。
「退学=死というルールは、もはや変わっている。今はもう、退学は=で―――死という結果に繋がる地獄だ」
それだけ言い残し、進藤先輩は横を通り過ぎて部屋を出て行った。
「死じゃなくて……地獄?」
意味合いとしては、同じように感じる者も居るかもしれない。
それでも、俺には引っ掛かりを覚えてならなかった。
あの人の言葉には、何かメッセージを含ませているように思える。
俺に何かを気づかせようとしているような、そんな意図が。
そして、1人になったことで冷静さを取り戻し、浮き彫りになる違和感。
「力を勝ち取る者…?」
あの人の口にする力とは、一体何を意味するのか。
シックス・ロック・スクランブルの資料を手に取り、チャレンジステージのページを開いて確認する。
これの中にも、その成功報酬については具体的に記載されていない。
「おかしいだろ……。何でこんな意味不明な起案を、学園側は通したんだ?」
起案を提出する際に、口頭……あるいは学園側にだけ、別紙で用意して提出したのか?
しかし、起案者であっても、それが特別試験の内容であった場合は公平性を保つために起案者が有利になるような内容が記載されていれば、それは承認されない。
だとすれば、進藤先輩にアドバンテージがあるわけではないが、それでも学園側が生徒には秘匿しなければならないと判断したことになる。
「ボーナスステージ……。一体、あの人は俺の用意した舞台で、何をしようとしてるんだ?」
生徒会長という権力を得ながら、進藤大和の躍進は止まらない。
そして、彼の思惑はこの学園全体に影響を与えようとしていた。




