契約の理由は
恵美side
シックス・ロック・スクランブル当日まで、残された時間は残り3日まで迫っている。
この状況で、わかりやすく私自身の状態を一言で表す。
ピーンチ‼
この上なく、ピーンチ‼
大事なことだからもう1回言う、ピーンチ‼
グループ決めの期間だけど、誰1人として決まってない‼
ええ、それはそうでしょうよ‼
私自身、何をして良いのかわからずに、そのまま時間が過ぎていきましたからね‼
あぁ~、こんなことなら、嫌いとか言ってないで、柘榴恭史郎の誘いを受ければ良かったのかなぁ!?
放課後の自販機前で、心の中で嘆きながらも思考を巡らせど良い案は思いつかない。
成瀬や麗音、狩野、久実もグループが決まったと聞いている。
正直、別のブロックに分けられていると言っても焦ってしまう。
「そろそろ、余りものにも声がかかる……なんてこと、無いよね」
都合のいい考えを口にしながらも、すぐにそれを自ら否定する。
いちご牛乳をストローで飲みながら、スマホのSAS画面を親指で下にスクロールさせる。
今のところ、私の所属するブロック:レッドでもグループは着々と決まりつつある。
その中で、私のように1人もグループが決まっていない人なんてごく少数。
それか、2人決まっている所に、滑り込みで入れてもらわないと……。
「見つけた、最上恵美」
背後から声が聞こえ、振り向いた先には1人の長い赤髪の女が立っていた。
声をかけられるまで、その存在に気づかなかったのが不思議でならなかった。
「え、何…?暗殺者?」
その鋭い眼光から、思い浮かんだ言葉をそのまま呟いたが、冗談に対してのツッコミは無かった。
ただ一点に、私の目を見つめている。
まるで観察する、あるいは見定めようとしている様。
「こんな間抜けそうな顔してる女を、警戒しているなんて……。あの人も目が腐ってきたのか?」
それは独り言なのか、挑発なのか、私の耳に聞こえるように呟いてきた。
「ねぇ、誰が間抜けそうな顔?初対面なのに失礼なんじゃないの?」
「ゲームしか取り柄の無さそうな女に対して言ってるんだけど、状況把握できないわけ?」
こっちはベンチに座っていて、向こうは立っているだからしょうがないけど、言葉も相まって、言葉通りの上から目線なのがムカつく。
「とりあえず、私に喧嘩を売りにきたんだったら、買ってあげるけど……。あんた、誰?」
名前を聞けば、彼女はスカートのポケットからスマホを取り出して画面を見せる。
それはSASの生徒プロフィールだった。
「2年Sクラス、灰崎菫。あんたと同じ、余りもの」
画面に書いてある名前と、口にした名前は一致している。
それにしても、Sクラスがわざわざ私に話しかけてくるなんて……。
「鈴城紫苑が、あんたのことを偉く高く買っているみたいでね。彼女への嫌がらせも兼ねて、挨拶に来た」
「嫌がらせ…?」
あのクラスは、女帝……鈴城紫苑のカリスマ性で成り立っているのが特徴。
クラス対抗戦の時もそうだったけど、あの女がクラス全体を手中に治めて、意のままに動かすことで利益を得ていたと言っても過言じゃない。
だからこそ、その兵隊の1人から鈴城に対して、『嫌がらせ』なんてワードが出てくることに疑問しかなかった。
「私はあのクラスに、鈴城紫苑を潰すために上がってきたのよ」
私の中の違和感への答えは、すぐに灰崎自身の口から告げられた。
「物騒な目標だね…。それを聞いて、私はどう反応すれば良いの?」
「あんたも、あの女のことは気に入らないと思ってるんでしょ?だから、協力させてあげる」
妙に上から目線の物言いが癪に障るけど、ヘッドフォンを耳に当てなくても、彼女の意志は強く伝わってくる。
鈴城紫苑に対する、並々ならぬ敵意。
本気で、この人はあの女帝をその座から引きずり降ろそうとしているみたい。
「協力するかどうかは、私が決める。確かにあの女帝のことは好きじゃないし、向こうも私のことが気に入らないのは知ってる。だけど、好き嫌いの感情だけで、あの女と戦うつもりは無いよ」
感情だけで先走って、それでYESと答えるのは危険過ぎる。
今のところ、私たちと鈴城の関係はデリケートな部分がある。
円華はあの女と、復讐という目的で協力関係になったと言っていた。
だからこそ、ここで私が勝手にあの鈴城と敵対する人物に協力したら、その関係に亀裂が入りかねない。
「そっか……。それって、ビビってるってこと?」
腕を組んで、煽るように見下して言ってくる灰崎。
それに対して、ピクッと左の目尻が震える。
「はぁ?誰もそんなこと言ってませんけど?」
腹の底に怒りを押さえつけながら、できるだけ平静を装って否定する。
だけど、彼女は話を聞かずにフッとバカにするような笑みを浮かべる。
「いやいや、強がらなくたって良いって。周りの奴らだって、陰であの女のことを悪く言っていたって、面と向かって歯向かうことができない。あぁ~あ、あんたも口だけって人種ね、わかったわかった」
人の話を聞かず、勝手に話を進めることに対して、もはや不快感がMAXになっていた。
「そういうあんただって、女帝を潰すって言っても面と向かって公言してるわけじゃないんでしょ?裏で強がるって意味なら、そんじょそこらのモブと変わらないじゃん」
「残念でした。私はとっくに、それこそ移籍初日に宣戦布告はしてますから」
移籍…?
そう言えば、さっきも『上がってきた』って言っていた。
その場合、可能性があるとすれば2通り。
1つは自分の実力で能力点を集めて大量消費し、Sクラスに上がった場合。
もう1つは、この前のペア戦以降で噂になっているトレード戦略。
「もしかして、あんたも内海のクラスから移動した人…?」
予想で内海の名前を出せば、彼女はバツが悪そうな顔をする。
「……何?だったら、悪い?」
表情から、彼女自身も噂が広まっていることは知っているみたい。
正直に言って、トレード戦略はそこまで良い印象は与えない。
内海が各クラスから欲しい人材を集めることで、クラスの戦力強化を図ったやり方。
それは内海からしたらプラスに働くかもしれないし、引き抜かれた人たちも納得した上で移動している。
だけど、そのために他のクラスに押し付けられた人たちの風当たりは強いかもしれない。
特にその結果、上位のクラスに移動した人ほど、その傾向にある気がする。
何故なら、彼女たちは自らの実力でクラスの階級が上がったわけじゃないから。
内海から能力が低い、あるいは厄介払いで他のクラスに押し付けられた可能性すらもある。
あるいは、彼から何らかの役割を与えられてクラス移動をしていることも考えられる。
総括すると、向けられる疑惑によって、そのクラスに受け入れられる可能性はかなり低いということ。
その点で言えば、うちのクラスの御堂累も例外じゃない。
周りから向けられる目を気にしない彼のようなメンタルの強さが無ければ、精神を擦り減らしていくことになる。
「私だって、周りからどう思われているかはわかっている。だからこそ、自分から移籍した目的を明らかにした。私には、その力があることを証明するために」
「それが、鈴城紫苑を女帝の座から引きずり下ろすってこと?大層な自信だね。そんなことを言って、クラスで浮いてるんじゃないの?」
「あんたの言葉を借りるなら、モブがどう思っていようと興味無いわ。いずれ、周りから私に泣きつくことになるんだから」
今はどう思われていようと、遠くない未来に周りが自身の力を認めると確信している灰崎。
それが過剰な自信なのか、今の段階で判断することはできない。
「ちなみに、あんた……灰崎だっけ?もう、グループは決まってるの?」
「悪い噂が広まってる、クラスの異端者と手を組んでくれる物好きが居ると思う?」
「つまり、未だにぼっちなわけだ」
「それは、あんたも一緒なんでしょ?」
そこら辺を把握しているからこそ、私に声をかけてきたわけだろうね。
「お互いに、実力を確かめる意味でも組んでみない?」
灰崎からしたら、鈴城紫苑が注目する最上恵美という女を見定めることができる。
私からすれば、鈴城に挑もうとしている異端者の実力を把握することができる。
あくまでも、この特別試験は先を見据えた上での実験の場となる。
「面白そうだし、時間も無いから、あんたで妥協してあげる。本当にあの女帝を倒せるのかどうか、私に証明してみなよ」
「調子に乗らないでくれる、Eクラス?足手まといだって判断したら、速攻で切り捨てるから覚悟しなさい」
能力を認めた上でのグループ結成ではなく、確かめるためのグループ。
その異質さが生み出す結果はわからない。
それでも、私はその舞台に上がることを決めた。
この試験で生き残るためではなく、その先を見据えた欲望が重要だと判断したから。
「それで、私たちが組むのはわかったけど……。3人目は?3人1組でしょ?」
最後の1人の候補を聞こうとした時、第3者が靴音を立てて近づいてきては声をかけてきた。
「その話、1枚噛ませろよ」
声を聞いて、私は顔ごと、灰崎は視線だけ横に注目を向けた。
「内海景虎!?」
まさかの登場に驚いているのは、私だけ。
灰崎は目が据わり、呆れたような目を向けている。
「あんた、どこから話を聞いてたわけ?」
「話?特に聞いてねぇよ。だけど、粗方予想はつく」
内海は歩み寄ってきて、私と灰崎を交互に見る。
「おまえらで女帝……鈴城紫苑を打倒しようって話だろ?」
周りには誰も居なかったし、誰かが隠れて聞いているような気配も無かった。
もちろん、内海も今来た感じだった。
それなのに、私たちの会話を言い当てた。
「灰崎菫。おまえは鈴城に対して敵意を抱いている。そして、あの女は椿円華……そして、その一番近くに居る最上恵美に注意を向けている。興味を抱かないわけが無いよな。そりゃ、今回の試験を利用して、こいつの実力を確かめたいと思うはずだぜ」
灰崎の思考を見透かし、その行動の根拠まで説明している。
そのことに対して、彼女は反抗するように睨みつける。
「あんたは私の感情を知って、わざとSクラスに送り込んだんでしょ?本当に悪趣味ね」
「それは感謝の言葉と受け取って良いのか?だとしたら、その意図は理解できるだろ。俺を利用しない手は無いはずだ」
内海は私に目を向け、フッと薄ら笑みを浮かべる。
「俺は今回の試験で、恭史郎を倒す。その特等席に着かせてやるよ、最上恵美」
「……あんたが?前に敗けたのに?」
1年生の2学期末のことをぶり返すと、それに対して内海はクックックと笑って肩を震わせる。
「だからこそ、今度は俺が勝つ。おまえこそ、あいつに利用された屈辱はまだ残ってるんじゃないのか?」
内海も私も、柘榴に煮え湯を飲まされたことを覚えている。
正直、1回でもぎゃふんと言わせたい気持ちはある。
前にあいつが私をグループに誘った時だって、また何かを企んでのことだった可能性もある。
もう2度と、私を悪巧みに利用しようなんて考えないようにしてやる…‼
「灰崎、おまえだって、恭史郎を沈めたとなれば、Sクラス内で女帝派閥から何人かは引き抜ける可能性があるぜ?悪くない話だと思わねぇか?」
あくまでも、3人それぞれに目的があり、利益があるという話でまとまっていく。
「でも……良いの?」
内海と組むことでメリットはあっても、やはり引っ掛かる部分はある。
「私は円華の相棒なんだよ?」
自分から円華の名前を出して確認すれば、彼は「だからこそだ」と即答で返す。
「おまえが俺を認めれば、あいつも俺を無視できなくなる。おまえが近くに居ることが重要なんだ。あいつの目に、俺を映すために」
内海にとっては、柘榴恭史郎すらも通過点という認識。
それほどまでの実力が、自分にあるという自信の表れ。
この時、私は内海を見ていて強い興味を抱き始めた。
本当に、内海景虎という男が円華の宿敵として相応しいかどうか。
円華はきっと、こんなことは望んでいない。
そして、復讐とは関係が無い迷惑な話かもしれない。
それでも、私の中で芽生えた欲望が訴えている。
この2人の戦いが見てみたい。
灰崎も自身の目的のために、1つの答えに辿りつく。
「わかったよ……。結んであげる、その契約」
ここに来て、何かに誘導されたかのようにグループが結成される。
だけど、これは仲間と認めた上での集まりじゃない。
それぞれの目的を見据えた、悪魔の契約だ。
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