表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
484/498

憎しみへの疑念

 セレーナside



 時間は深夜3時。


 誰もが寝静まっている時間で、集合場所は噴水公園。


 周囲には誰も居ない中で、私はベンチに座りながらスマホを確認し、約束の人物が来るまで待機している。


「遅い……」


 予定の時間は過ぎているにも関わらず、人が近づく気配も無い。


 いつものことながら、彼と関わるとストレスが溜まる。


 待たされることが嫌なのではなく、約束を守らないことが許せない。


 どうしても、もう2度と果たされない約束が思い出されてしまうから……。


「おーい、セレーナー」


 苛立ちで両足を小刻みに震わせている間に、待ち人が到来しては間抜けな声で名前を呼んで近づいてくる。


「そんな大声で名前を呼ばないで。……本当に、緊張感のない人」


 私たちは今、敵地に居る。


 本当ならば、組織にいつ正体が気づかれ、排除されるかもわからない状況。


 それにも関わらず、彼はそんな不安など感じさせずに平然と日常に溶け込んでいる。


 自分たちの任務を、忘れているかのように。


「一応確認するけど、この10分の遅刻の理由は?」 


 ジト目で問いかければ、彼は苦笑いを浮かべて人差し指で頬を掻く。


「いやぁ~……ゲームしてたら、面白過ぎて熱中しちゃってぇ……。あ、それでも!10時には寝たんだぜ!?それで、1時には目覚ましかけてたはずなんですけどぉ……鳴らなくてぇ~」


「要するに寝坊よね、それ」


「……おっしゃる通りで」


 セレーナは「はあぁ~」と深い溜め息をついた後に、腕を組んで罵倒(ばとう)する。


「信じられない‼本当に、あなたって人は自覚が無さすぎる‼私たちの置かれている状況、本当に理解できているの!?」


「えっ……そりゃぁ~、もちろん!俺たちの任務は、椿円華をアメリカに連れて帰ること。そのために、まずはあの人の懐に入るって言うのが、第一フェーズ……だったよな、確か」


 途中から、記憶に対して自信が無くなっている彼に対して、私は呆れた目を向ける。


「大方は、それで間違ってないわ……。それで?あなたはアイスクイーン……椿円華に、接触することができたわよね。その後で、進展はあったの?」


「それがぁ~……全くもって!」


「そんな開き直ることじゃない‼」


 ベンチをバンっと叩き、キッと鋭い目を向ける私に彼はビクッと肩を震わせる。


「ほ、ホントにすんません‼いや、でも、あれだって……。何か、拍子抜けしちゃったんだよな」


 頭の後ろを掻きながら、言葉を続けてくる。


「アメリカで聞いたあの人の情報は、人を人とも思わずに命令されるがままに、その手に持つ日本刀で戦場に、敵の血で赤い雨を降らせる伝説の暗殺者。孤高を貫き、同じ部隊の人間すらも、その刃を恐れて畏怖(いふ)する存在……」


 それは私も聞いていた、隻眼の赤雪姫(アイスクイーン)通説(つうせつ)


 アメリカにおいては、その名を口にするだけでも、恐怖で背筋が凍ると言われている。


 最強の暗殺者と言う存在は、某国(ぼうこく)にとっては国の守り手としての希望であり、反旗(はんき)(ひるがえ)せば絶望へと変わる。


 それもたった1つの命令で、コインの裏表は瞬時に変わる。


 それほどまでに、赤雪姫という存在は影響力が強い、力の象徴だったのだ。


 多くの羨望(せんぼう)、恐怖、嫉妬、憎悪。


 とても、10代前半の日本人に向けられるべき目ではなかった。


 それらを一心に背負いながらも、それを気に留めることもなく振るわれる赤雪姫の刃は、多くの人間の運命を変えた。


 変えられた人間の中に、私と彼は含まれるのだから。


 隻眼の赤雪姫としてのイメージが鮮明に思い起こされる中で、彼はその後に「だけど」と逆接の言葉を(つむ)ぐ。


「この学園に来てからのあの人は、話に聞いていた赤雪姫のイメージとは違っていた。今日まで、あの人の背を追っていたからわかるんだ。ここに居るのは、隻眼の赤雪姫じゃない……椿円華なんだよ」


 その一言はどこか戸惑いを感じさせ、それは怒りや悲しみを隠すように小さく拳を握って震わせる。


「俺はあの人が、本当に……仲間を殺せるような人には思えないんだ。今でも、あの人が信じた赤雪姫が……あの人の命を奪ったなんて―――」


「何を言っているの!?」


 私はベンチから立ち上がると同時に、彼の両肩を掴んでギュッと力を込める。


「上官の命令は絶対よ!?私は何が何でも、あの男……椿円華を捕らえて、本国に連行する。そして、罪を償わせる‼絶対に…‼」


 感情を言葉に込めながら、その高ぶりのまま目を潤ませる。


「マイクス兄さんを殺したことを、後悔させてやるっ…‼」


 肉親を殺されたが故の憎しみを(かて)に、私はこの国に来た。


 上官であるカルル少佐から、この事実を聞かされた時は信じられなかった。


 マイクス兄さんは、生前に隻眼の赤雪姫と同じラケートスに所属し、彼のことを強く信頼していたから。


 それなのに、彼は兄さんを殺した。


 絶対に、許さない…‼


 命令なんて、もはや免罪符(めんざいふ)に過ぎない。


 このチャンスを利用して、必ず復讐する。


 そして、本国に連行した後、兄さんの墓の前で罪を認めさせる。


「あなたにやる気が無いなら、好きにすれば良い‼だけど、絶対に私の邪魔はしないで。あなたには、もう期待しないから」


「それはっ…‼セレーナ、落ち着けって。俺は何も、あの人に肩入れしてるわけじゃないんだ。何ていうか……直接聞けば、本当のことを話してくれると思うんだよ、マジで。それこそ、俺がおまえの代わりに聞いたって良い‼」


 あくまでも、あるかどうかもわからない真実を追い求めようとする彼に、苛立ちを隠せない。


 私たちは軍人。


 ただ、命令を遂行することだけを求められる。


 任務の中で、真実が何かなどどうでも良い。


 任務を遂行する。


 結果だけが全て。


 私はそう、上官であるカルル・ヴァリア少佐に教えられた。


「ふざけないで‼私は本当のことなんて、どうでも良い‼あなたはまだ、彼に正体を知られたわけじゃない。そのアドバンテージを、自分から消すようなことをしないで‼これは私からの命令よ‼」


「命令って、おまえ……」


 彼は悲しむような、(あわ)れむような目を向けてきたけど、もう話すだけ無駄だと判断し、背中を向けてその場から離れる。


 しかし、そんな私に後ろから声をかけてくる。


「俺、自分の目で確かめたいんだ‼だから、おまえが止めても、俺はあの人に近づいてみせる‼おまえが、後悔しないように‼」


 彼が何を想って、私が後悔すると言っているのか。


 この時は、気にも留めることは無かった。



 ーーーーー

 円華side



 グループ決めの期間も、残り2日と少なくなってきた。


 そんな中で、既に3人グループを結成した俺にとっては、時間が余ってしまっている。


 本当なら、シックス・ロック・スクランブルの攻略法でも考えたい所だけど、その内容が公開されていないことから何もできない。


 わかっていることは、運動能力、洞察力、統率力を試されるという情報だけ。


 だからこそ、その3点が高い生徒が優先的にグループ編成で選ばれるわけだ。


 まぁ、俺はそんなのは全く気にせずにグループを決めたわけだが、そんな奴は例外中の例外だろう。


 そして、今、時間は昼休み。


 グループの1人から呼び出しを受けて、俺は屋上に向かっている。


 その1人とは、磯部修(いそべ おさむ)だ。


「待たせたな……って、何かおかしな奴が居るな、おい」


 招集場所に到着すれば、そこには磯部と予想外の人物がもう1人。


「……まさか、本当に来るとはな。椿円華」


 男は鋭い目を俺に向け、それは観察するようにジッと見てくる。


黒上哲哉(こくじょう てつや)……だったっけ?」


 実際に顔を合わせるのは、これで2度目になる。


 そして、俺たちが互いの存在を認識している他所(よそ)から、磯部が口を開く。


「Eクラスの分際で、俺たちを待たせるんじゃねぇよ。黒上さんは、待つのが嫌いなんだ」


「黒上…さん?」


 黒上に敬称を付けて呼んでいるのに違和感を覚え、磯部を見ると若干額から汗を流しているのがわかる。


 それは場所が屋上であり、直射日光を浴びることだけが理由じゃないだろう。


 待っていたってことは、磯部が俺を呼びだしたのには、この男も関係しているってことか。


「磯部、黙ってろ」


「は、はいっ…‼」


 奴は低い声で磯部に命令し、両手をポケットに入れた状態で俺に歩み寄って来た。


 そして、対面するように立ってくる。


 背丈が高い分、影を作りながら俺を見下ろしてくる。


 身長的には、重田平と同じくらいか。


「おまえが、柘榴を潰した男……か。この前も思ったが、少しひょろいな」


「そう言うおまえは、筋肉バカっぽい体格してんな」


 少しバカにされたため、こっちも見たままの感想を言って返す。


「御堂から聞いてるけど、内海のクラスから柘榴の下に()いたんだろ?悪ガキの世話は大変そうだな」


 確認のために聞けば、黒上は目を見開いては無言で右足を振り上げてくる。


「うらぁ‼」


 ノーモーションからの、ほぼ0距離からの回し蹴りに対して、俺は紙一重で後ろに下がって回避する。


 そして、自分の蹴りが避けられたことに、黒上は聞こえるような舌打ちをしてきた。


「俺の蹴りに反応するとはな…」


「残念だったな。こういう挨拶をされるのには、慣れてんだよ」


 条件反射と言うべきか、いきなり拳やら蹴りをされることに対して、警戒を向けるのが板についている。


 まぁ、御堂から身体能力が高いって事前情報を聞いていたのも大きい。


 今の蹴りは、常人なら反応はできても、避けることはできなかったはずだ。


 できて腕でガードして、片腕が麻痺してしばらく使い物にならなくなる。


 そして、追撃してくることなく、距離をあけたまま口を開く。


「訂正しろ。俺は柘榴の下に就いてねぇ。俺の上に居るのは、俺だけだ」


 まぁ~た、キャラが濃い奴だことで……。


 つか、柘榴の名前を出した時に感じる、奴への悪意に近い感情が()れてんだよな。


 そして、黒上は俺を睨みつけながら問いかけてきた。


「参考までに聞かせろ。1度あいつを潰したおまえは、柘榴恭史郎をどう見る?」


 ここであいつのことを称賛するようなことを言ったら、また蹴りが飛んできそうだな。


「まぁ、やり方は褒められたもんじゃねぇけど……変わろうとしている奴だと思う。あいつがこれから成長していったら、脅威になるだろうなって」


 あくまで、これはクラス競争をする側の意見だ。


 復讐者としての立場で話す必要は、今のところ感じない。


「そうか……。だったら、おまえたちにとっては朗報だ」


 黒上はポケットから右手を出し、有り余る力を見せるように、親指で人差し指から順番にボキッボキッと間接を鳴らす。


「俺があのクラスを……柘榴恭史郎を潰す。俺に協力しろ、椿円華」


「……マジかよ」


 ここに来て、まさかの勧誘に俺は苦笑いを浮かべてしまう。


 有無を言わさない黒上の目と、奴の覇気に圧されている磯部の震えている態度。


 それらを見て、俺は頭の後ろを掻きながら深い溜め息をついて呟く。


「はあぁ~~。ったく、面倒くせぇな、おい」


 ここに来て、まさかのまた別のクラスの問題に直撃すんのかよ。


 身体がいくらあっても足りねえぜ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ