憎しみへの疑念
セレーナside
時間は深夜3時。
誰もが寝静まっている時間で、集合場所は噴水公園。
周囲には誰も居ない中で、私はベンチに座りながらスマホを確認し、約束の人物が来るまで待機している。
「遅い……」
予定の時間は過ぎているにも関わらず、人が近づく気配も無い。
いつものことながら、彼と関わるとストレスが溜まる。
待たされることが嫌なのではなく、約束を守らないことが許せない。
どうしても、もう2度と果たされない約束が思い出されてしまうから……。
「おーい、セレーナー」
苛立ちで両足を小刻みに震わせている間に、待ち人が到来しては間抜けな声で名前を呼んで近づいてくる。
「そんな大声で名前を呼ばないで。……本当に、緊張感のない人」
私たちは今、敵地に居る。
本当ならば、組織にいつ正体が気づかれ、排除されるかもわからない状況。
それにも関わらず、彼はそんな不安など感じさせずに平然と日常に溶け込んでいる。
自分たちの任務を、忘れているかのように。
「一応確認するけど、この10分の遅刻の理由は?」
ジト目で問いかければ、彼は苦笑いを浮かべて人差し指で頬を掻く。
「いやぁ~……ゲームしてたら、面白過ぎて熱中しちゃってぇ……。あ、それでも!10時には寝たんだぜ!?それで、1時には目覚ましかけてたはずなんですけどぉ……鳴らなくてぇ~」
「要するに寝坊よね、それ」
「……おっしゃる通りで」
セレーナは「はあぁ~」と深い溜め息をついた後に、腕を組んで罵倒する。
「信じられない‼本当に、あなたって人は自覚が無さすぎる‼私たちの置かれている状況、本当に理解できているの!?」
「えっ……そりゃぁ~、もちろん!俺たちの任務は、椿円華をアメリカに連れて帰ること。そのために、まずはあの人の懐に入るって言うのが、第一フェーズ……だったよな、確か」
途中から、記憶に対して自信が無くなっている彼に対して、私は呆れた目を向ける。
「大方は、それで間違ってないわ……。それで?あなたはアイスクイーン……椿円華に、接触することができたわよね。その後で、進展はあったの?」
「それがぁ~……全くもって!」
「そんな開き直ることじゃない‼」
ベンチをバンっと叩き、キッと鋭い目を向ける私に彼はビクッと肩を震わせる。
「ほ、ホントにすんません‼いや、でも、あれだって……。何か、拍子抜けしちゃったんだよな」
頭の後ろを掻きながら、言葉を続けてくる。
「アメリカで聞いたあの人の情報は、人を人とも思わずに命令されるがままに、その手に持つ日本刀で戦場に、敵の血で赤い雨を降らせる伝説の暗殺者。孤高を貫き、同じ部隊の人間すらも、その刃を恐れて畏怖する存在……」
それは私も聞いていた、隻眼の赤雪姫の通説。
アメリカにおいては、その名を口にするだけでも、恐怖で背筋が凍ると言われている。
最強の暗殺者と言う存在は、某国にとっては国の守り手としての希望であり、反旗を翻せば絶望へと変わる。
それもたった1つの命令で、コインの裏表は瞬時に変わる。
それほどまでに、赤雪姫という存在は影響力が強い、力の象徴だったのだ。
多くの羨望、恐怖、嫉妬、憎悪。
とても、10代前半の日本人に向けられるべき目ではなかった。
それらを一心に背負いながらも、それを気に留めることもなく振るわれる赤雪姫の刃は、多くの人間の運命を変えた。
変えられた人間の中に、私と彼は含まれるのだから。
隻眼の赤雪姫としてのイメージが鮮明に思い起こされる中で、彼はその後に「だけど」と逆接の言葉を紡ぐ。
「この学園に来てからのあの人は、話に聞いていた赤雪姫のイメージとは違っていた。今日まで、あの人の背を追っていたからわかるんだ。ここに居るのは、隻眼の赤雪姫じゃない……椿円華なんだよ」
その一言はどこか戸惑いを感じさせ、それは怒りや悲しみを隠すように小さく拳を握って震わせる。
「俺はあの人が、本当に……仲間を殺せるような人には思えないんだ。今でも、あの人が信じた赤雪姫が……あの人の命を奪ったなんて―――」
「何を言っているの!?」
私はベンチから立ち上がると同時に、彼の両肩を掴んでギュッと力を込める。
「上官の命令は絶対よ!?私は何が何でも、あの男……椿円華を捕らえて、本国に連行する。そして、罪を償わせる‼絶対に…‼」
感情を言葉に込めながら、その高ぶりのまま目を潤ませる。
「マイクス兄さんを殺したことを、後悔させてやるっ…‼」
肉親を殺されたが故の憎しみを糧に、私はこの国に来た。
上官であるカルル少佐から、この事実を聞かされた時は信じられなかった。
マイクス兄さんは、生前に隻眼の赤雪姫と同じラケートスに所属し、彼のことを強く信頼していたから。
それなのに、彼は兄さんを殺した。
絶対に、許さない…‼
命令なんて、もはや免罪符に過ぎない。
このチャンスを利用して、必ず復讐する。
そして、本国に連行した後、兄さんの墓の前で罪を認めさせる。
「あなたにやる気が無いなら、好きにすれば良い‼だけど、絶対に私の邪魔はしないで。あなたには、もう期待しないから」
「それはっ…‼セレーナ、落ち着けって。俺は何も、あの人に肩入れしてるわけじゃないんだ。何ていうか……直接聞けば、本当のことを話してくれると思うんだよ、マジで。それこそ、俺がおまえの代わりに聞いたって良い‼」
あくまでも、あるかどうかもわからない真実を追い求めようとする彼に、苛立ちを隠せない。
私たちは軍人。
ただ、命令を遂行することだけを求められる。
任務の中で、真実が何かなどどうでも良い。
任務を遂行する。
結果だけが全て。
私はそう、上官であるカルル・ヴァリア少佐に教えられた。
「ふざけないで‼私は本当のことなんて、どうでも良い‼あなたはまだ、彼に正体を知られたわけじゃない。そのアドバンテージを、自分から消すようなことをしないで‼これは私からの命令よ‼」
「命令って、おまえ……」
彼は悲しむような、哀れむような目を向けてきたけど、もう話すだけ無駄だと判断し、背中を向けてその場から離れる。
しかし、そんな私に後ろから声をかけてくる。
「俺、自分の目で確かめたいんだ‼だから、おまえが止めても、俺はあの人に近づいてみせる‼おまえが、後悔しないように‼」
彼が何を想って、私が後悔すると言っているのか。
この時は、気にも留めることは無かった。
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円華side
グループ決めの期間も、残り2日と少なくなってきた。
そんな中で、既に3人グループを結成した俺にとっては、時間が余ってしまっている。
本当なら、シックス・ロック・スクランブルの攻略法でも考えたい所だけど、その内容が公開されていないことから何もできない。
わかっていることは、運動能力、洞察力、統率力を試されるという情報だけ。
だからこそ、その3点が高い生徒が優先的にグループ編成で選ばれるわけだ。
まぁ、俺はそんなのは全く気にせずにグループを決めたわけだが、そんな奴は例外中の例外だろう。
そして、今、時間は昼休み。
グループの1人から呼び出しを受けて、俺は屋上に向かっている。
その1人とは、磯部修だ。
「待たせたな……って、何かおかしな奴が居るな、おい」
招集場所に到着すれば、そこには磯部と予想外の人物がもう1人。
「……まさか、本当に来るとはな。椿円華」
男は鋭い目を俺に向け、それは観察するようにジッと見てくる。
「黒上哲哉……だったっけ?」
実際に顔を合わせるのは、これで2度目になる。
そして、俺たちが互いの存在を認識している他所から、磯部が口を開く。
「Eクラスの分際で、俺たちを待たせるんじゃねぇよ。黒上さんは、待つのが嫌いなんだ」
「黒上…さん?」
黒上に敬称を付けて呼んでいるのに違和感を覚え、磯部を見ると若干額から汗を流しているのがわかる。
それは場所が屋上であり、直射日光を浴びることだけが理由じゃないだろう。
待っていたってことは、磯部が俺を呼びだしたのには、この男も関係しているってことか。
「磯部、黙ってろ」
「は、はいっ…‼」
奴は低い声で磯部に命令し、両手をポケットに入れた状態で俺に歩み寄って来た。
そして、対面するように立ってくる。
背丈が高い分、影を作りながら俺を見下ろしてくる。
身長的には、重田平と同じくらいか。
「おまえが、柘榴を潰した男……か。この前も思ったが、少しひょろいな」
「そう言うおまえは、筋肉バカっぽい体格してんな」
少しバカにされたため、こっちも見たままの感想を言って返す。
「御堂から聞いてるけど、内海のクラスから柘榴の下に就いたんだろ?悪ガキの世話は大変そうだな」
確認のために聞けば、黒上は目を見開いては無言で右足を振り上げてくる。
「うらぁ‼」
ノーモーションからの、ほぼ0距離からの回し蹴りに対して、俺は紙一重で後ろに下がって回避する。
そして、自分の蹴りが避けられたことに、黒上は聞こえるような舌打ちをしてきた。
「俺の蹴りに反応するとはな…」
「残念だったな。こういう挨拶をされるのには、慣れてんだよ」
条件反射と言うべきか、いきなり拳やら蹴りをされることに対して、警戒を向けるのが板についている。
まぁ、御堂から身体能力が高いって事前情報を聞いていたのも大きい。
今の蹴りは、常人なら反応はできても、避けることはできなかったはずだ。
できて腕でガードして、片腕が麻痺してしばらく使い物にならなくなる。
そして、追撃してくることなく、距離をあけたまま口を開く。
「訂正しろ。俺は柘榴の下に就いてねぇ。俺の上に居るのは、俺だけだ」
まぁ~た、キャラが濃い奴だことで……。
つか、柘榴の名前を出した時に感じる、奴への悪意に近い感情が漏れてんだよな。
そして、黒上は俺を睨みつけながら問いかけてきた。
「参考までに聞かせろ。1度あいつを潰したおまえは、柘榴恭史郎をどう見る?」
ここであいつのことを称賛するようなことを言ったら、また蹴りが飛んできそうだな。
「まぁ、やり方は褒められたもんじゃねぇけど……変わろうとしている奴だと思う。あいつがこれから成長していったら、脅威になるだろうなって」
あくまで、これはクラス競争をする側の意見だ。
復讐者としての立場で話す必要は、今のところ感じない。
「そうか……。だったら、おまえたちにとっては朗報だ」
黒上はポケットから右手を出し、有り余る力を見せるように、親指で人差し指から順番にボキッボキッと間接を鳴らす。
「俺があのクラスを……柘榴恭史郎を潰す。俺に協力しろ、椿円華」
「……マジかよ」
ここに来て、まさかの勧誘に俺は苦笑いを浮かべてしまう。
有無を言わさない黒上の目と、奴の覇気に圧されている磯部の震えている態度。
それらを見て、俺は頭の後ろを掻きながら深い溜め息をついて呟く。
「はあぁ~~。ったく、面倒くせぇな、おい」
ここに来て、まさかのまた別のクラスの問題に直撃すんのかよ。
身体がいくらあっても足りねえぜ。




