制限されていた者たち
円華side
久実の下らない想いつきに付き合うつもりはないが、そのまま退場したらマジで恵美に恨まれると思い、仕方なく部屋に残ることにした。
ちなみに、水着に着替えるのは断固として拒否したが、周りはそのままの格好で居る。
「全く、円華っちのノリの悪さは1年経っても変わらないなぁ~。周りに合わせようという考えは無いのかね、ちみぃ~~」
右手人差し指を、左頬にめり込むほど押し付けられては頭が横に傾く。
「部屋の中で水着になる理由がねぇだろうが。プールにでも行けよ」
「プールを1つのクラスで貸切ることなんて、できるわけないじゃん‼常識的に考えなよ‼」
まさか、久実から常識云々を言われる日が来るとは……。
「俺は別に水着でも良いけどねぇ…。このまま風呂に入れるし。服を脱ぐのも面倒くさぁ~い。特にゲームをしてると、食べるのも面倒臭くなるんだよねぇ」
猫背の状態で、欠伸をしながら画面を見てコントローラーをカタカタと鳴らす御堂。
「あぁ~、その気持ちちょっとだけわかるぅ。ゲームに夢中になると、10時間とかぶっ続けでやって、そのまま動きたくなくなるもんねぇ~」
同じく画面を凝視しながら、恵美もコントローラーを鳴らしている。
2人は今、腑抜けた顔をしながら対戦格闘ゲームで互角の戦いを繰り広げていた。
気だるげな顔をしながら、ボタンを操作する時の指の動きは常人じゃ目で追えねぇ。
「お、話わかるじゃん、恵美っち。ポテチの袋とってー」
「んー。じゃあ、ルイルイも近くにあるグミちょうだいよ」
「あいよー」
め、恵美っち…?ルイルイ!?
何の気なしに呼び合う2人を見て、戸惑いと共に胸がざわついた。
「いやぁ~、共通の趣味があるっていいですなぁ~。2人とも、もうあだ名で呼び合う仲になっちゃって」
久実が腕を組みながら、感慨深そうにうんうんっと頷く。
「い、いやいやいや!おまえ、あの恵美だぞ!?歩くATフィールドって呼ばれる、コミュ障根暗の電波女だぞ!?それが、そんな1日や2日で他人っ……それも男と打ち解けるなんて―――痛っ‼」
動揺の余りに口走っていると、後ろから何かが飛んできてはパーンっと頭にぶつかる。
それは空になった2リットルサイズのペットボトルだった。
「……何か言ったぁ?」
横目を見ながら、静かに怒りの覇気を放って睨みつけてくる恵美。
投げた後にギロっとこっちに視線を向けたことから、もはや視界で捉えることなく当ててきたのだとわかる。
こ、こえぇ~~~、まさかのノールックかよ!?
「ナ、何デモナイデス、ハイ」
思わず片言で返事をしてしまい、その様子を見て久実がプッと笑っては口に手を当てる。
「本当に、円華っちって恵美っちには頭が上がらないよねぇ~」
「ったく、放っとけっての…」
誤魔化すように頭を少し荒く掻いた後、御堂の方に目を向ける。
「おい、御堂」
声をかければ、奴は画面から俺に視線を移すも、コントローラーの指は止まらない。
「何、有名人?」
「その有名人って呼び方やめろよ……。こうして、おまえと会うのも良い機会だしな。元・Eクラスのおまえには、聞きたいことがいろいろとある」
正直、こいつからどれだけの情報を引き出せるかはわからない。
それでも、アクションを起こさないよりはマシだよな。
「おまえが前に居たクラス……内海のクラスで、おまえが思う要注意人物は誰だ?」
これからのことを考えると、あいつのクラスのことは少しでも多くのことを知っておきたい。
思い返してみれば、内海……元は木島江利のクラスは、目に視えて突出した存在が居なかった。
それが今、内海の起こした改革によってメンバーも変わっている。
残っているメンバーの中で、注意するべき存在は割り出しておきたい。
ここから先、俺が内海と戦うために。
「そう言うの、前にあの……紫髪のつり目の恐い人にも聞かれたけど、正直わからないんだよね、今のあのクラスの状況。俺、ほとんど寝てただけだからさ」
「……マジかよ」
まぁ、予想通りの返答だった。
期待した俺がバカだったか。
こいつ、見るからに周りの人間に興味ないって感じだもんなぁ。
多分、内海もこいつは手に負えないと思って、こっちに押し付けてきたんだろう。
マジで迷惑だぜ。
聞くだけ無駄だったと諦めの溜め息をつくと、「でも」と御堂は言葉を続ける。
「あのクラスに居た人は大体、ステータスが偏り過ぎだし協調性が無い奴ばっかだったから、そんなに危険にはならないんじゃない?ゲームで言ったら、パーティーのバランスが壊滅的で、全員が混乱状態。ふぁ~あ……大丈夫、あんたたちでも勝てるよ」
眠たそうに欠伸をしながら話す奴の言葉の中に、違和感を覚える部分があった。
「周りに興味は無さそうなのに、ステータス……クラスメイトの能力は把握してたんだな」
「ゲームを攻略するなら……そりゃ、味方キャラのステータスくらい確認するでしょ?リアルだと数値化するのに時間が掛かるのが嫌なんだけどね」
「数値化……」
気になるワードを復唱しながら、俺の中で御堂累という男への見方が変わる。
そして、スマホを取り出してはSASを開く。
「おまえから見て、こいつのステータスは数値通りか?」
それは適当に選んだ、元・内海クラスの人間のSASデータだ。
チラッと画面を一瞥すれば、それに対して怪訝な表情を浮かべる。
「あぁ~、それ?正直、意味ないと思うよ。それだけ見て、リアルの人間のステータスがわかったらヌルゲー過ぎるでしょ」
確か、こいつのSASの評価は……。
そういうことか。
「それなら、おまえが視た中で、誰が喧嘩が強かった?」
SASはあくまでも、学園側が分析した数値でしかない。
これが全てになるなんて、そんな思い込みで動く奴はバカを見る。
それなら、より正確に『人を視る目』を持つ奴の分析を知る必要がある。
「喧嘩…。身体能力……フィジカル……」
スマホをスライドさせながら、ピトッとある名前で指先が止まる。
「この人……黒上哲哉。こいつのパワーは、洒落にならない。普通に喧嘩したら、勝てる奴は想像つかない」
聞いたことが無い名前だが、名前をタップするとその顔写真を見て目を疑う。
「こいつ……柘榴のクラスに居た奴じゃねぇか」
柘榴と似た雰囲気の男だったから、記憶に残っている。
そして、あの時は本能がこの男を警戒していた。
「俺と同じで、その人のクラスに移動していたからね。本人は最後まで、ごねてたみたいだけど」
「なるほど?少しだけ、腑に落ちたぜ」
全ての人間が、クラス移動することに納得していたわけじゃねぇのか。
中には、納得していないにもかかわらず移動した者も居る。
だから、柘榴も手をこまねいていたってわけだ。
「他には、何が聞きたいの?」
途中から完全にゲームを切り上げ、コントローラーを置いては俺との話に集中する御堂。
この時、ゲーム画面では恵美のキャラが勝利していた。
単純に飽きただけか。
「じゃあ……例えで身体能力を出したけど、他のSASの評価基準になってる項目で、おまえが強いと思う奴を教えてくれ」
御堂の分析では、以下の人間が強者の候補に挙がった。
学力:空式真。
運動:只野美祐。
対人関係:麗樹徹。
思考力:綺羅明日羽。
洞察力:澄野昭英。
統率力:|宮本辰巳。
マジか……全然、知らねぇ名前の奴ばっかり。
まぁ、これまで動きが無かった内海のクラスだし、当然か。
「全然知らない名前ばっかり……。本当に、強いの?この人たち」
「ステータスは偏ってるし、重複してるところはあるかもしれないけど……。強いよ、間違いなく」
そう語る御堂の目から、冗談のようには思えない。
「第一、あのクラスに居た時はみんな、自分のやりたいようになんてできなかったからさ……。木島江利が、俺たちの実力を制限してたから」
木島江利。
その名前を聞き、俺の表情が少し曇る。
そして、それを察した恵美が聴取役を代わる。
「制限してたって、どういうこと?自分のクラスメイトが強いってわかっているなら、そんな必要無いじゃん。むしろ、クラスで競争しているんだから、抑えたらダメなんじゃない?」
木島が生きていた時、クラスが躍進することは無かった。
それがクラスの能力をセーブしてのことだったのだとしたら、今までの前提が覆る。
「確かに、クラスの中で不満を漏らす人は少なくなかったよ。それでも、彼女はずっと、こう言ってた……。まだ、その時じゃないって」
協調性の無い奴らをまとめ上げながら、あの女は自分の存在を押し出して、クラスのカードを見せなかった。
まさか、ここに来てあの女の思考の一端が見えることになるとはな…。
一体、何を考えていたんだ、あの魔女は?
時を待って、手持ちのカードを他クラスに悟らせなかった目的。
あいつの中で、そのカードを切るタイミングはいつだったのか。
今となっては、誰も知る由は無い。
「とにかく、今のあのクラスが危険なのかどうかは、正直俺にもわからない。でも、個人的に危険だと思える奴は……こいつかな」
御堂が指さしたのは、只野美祐の名前だった。
「この女は、強いとかそういう話じゃない。狂ってるし、常識が通用しない。もしかしたら、気まぐれに人を殺すかもね」
殺人の危険がある女。
そんな女が移動したのは、Aクラス。
和泉と雨水……そして、梅原改が居るクラスだ。
「いろいろと、かき乱されそうな感じだな……どのクラスも」
頭の後ろに右手を回しながら、物事の面倒さに溜め息が漏れる。
「そう考えたら、このクラスに移動したのが俺で良かったんじゃない?俺は人畜無害だし、危険性なんて0でしょ」
いや、おまえの場合はやる気0だし、正直クラスの荷物になりかけてるだろうが。
心の中で本音を吐き出しながらも、内海の意図を探ろうとする。
何故、あいつは御堂累という男をうちのクラスに送り込んだのか。
その目的が、未だに読めない。
そして、御堂を見ていると、あることを思い出した。
「あ、そう言えば……。おまえのことを知ってる奴と、この前会ったんだ。確か、今はSクラスって言ってたけど……」
「Sクラス?そっちに移動した人の中に、俺が知ってる人はぁ……あぁ~、1人だけ居た気がする」
記憶を探るように天井を見上げながら、奴はその名前を口にした。
「空式真。何か……勉強熱心な人だなぁって感じだった」
「確か、学力が秀でている奴だったか…」
先程の強者の候補に、その名前があったことを思い出す。
「さっきは学力ってカテゴリーに当てはめたけど、あの人……知識欲って言うの?そう言うのが化け物レベルに高いんだよね。正直、俺みたいな面倒くさがりには、理解できないくらいにさ」
「知識欲の化け物…ね」
つまり、学力に秀でてるっていうのは、その副産物ってところか。
パンケーキを作ってる時の奴は、今にして思えば得体の知れない何かに見えた。
俺はあの時、その存在を拒絶していたのかもしれない。
あの『犠牲』って言葉を、空式が吐き出した時から。
「そう言えば、あんたってさ……もうグループ決まってる?」
ここに来て、シックス・ロック・スクランブルの話を持ってくる御堂。
「生憎、もう決まってる。誘おうとしてたなら、残念だったな」
「……いや、むしろ良かったって思ってるよ」
奴の目が、やる気のないものから少し闘志を感じさせるものに変わる。
「俺ももう、グループ組んでてさ…。その中の1人が、あんたとやり合いたいって言ってたんだ。そして、俺も……ちょっと、あんたに興味がある」
御堂と俺は同じグループに居る。
衝突するための条件は、成立しているってわけか。
御堂の放つ静かな闘志に、ずっと黙っていた久実と恵美が息を飲んだ。
先程までの和気あいあいとした空気から一変し、静かで少し空気が重くなる。
その中で、俺は笑みを向けて答える。
「良いぜ?受けてたってやるよ、怠け者」
普段やる気のない怠け者が、俺の器を測ろうとしている。
だったら、こっちも試させてもらおうじゃねぇか。
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