無知への苛立ち
円華side
「お疲れ様です、椿先輩‼」
放課後の玄関で、無駄に大きな声で挨拶してくるのは早瀬進。
その声に反応する、周りからの視線が痛い。
「まぁ~た、おまえかぁ……」
さて、どうしたものか。
特に気に留めるまでのことでも無いと思って、ずっとスルーしていたけど今日までマジでしつこいな。
敢えてそこでは足を止めず、外履きに履き替えて校舎を出る。
すると、早瀬も「あ、ちょっと待ってください!」と追いかけてくる。
「荷物お持ちします‼」
「要らん」
「どうぞ、ミネラルウォーターです‼」
「俺、カフェオレ派」
「いやぁ~、今日もいい天気ですねぇ~」
「どこがだよ、曇天だろうが」
半目で返事をしながら、こいつは許可もなく同行してくる。
「先輩は最近、1人で居ること多いっすよね。もしかして、もう3人グループのメンバーは決まったんですか?」
「まぁな。……そう言うおまえは、俺に絡んでる余裕あんのかよ?」
「えっ…。もしかして、先輩、心配してくれるんですか!?やっと、弟子として認めてくれたってことですか!?」
発想が飛躍し過ぎだろ。
キラキラと目を輝かせている早瀬に、冷ややかな目を向ける。
「いや、ねぇから」
即答で否定すれば、あいつの後ろに効果音でガーンっと重低音が響くのが聞こえた。
「ま、まぁ、心配には及ばねぇっすよ。俺もグループのメンバーは決まったんで。まぁ、同じクラスの仲が良いメンバーで集まっただけですけど。まっ、何とかなるっしょ!俺、これでも運は良いんで」
頭の後ろに両手を回し、楽観的な考えを口にする早瀬。
その一言に、俺は足を止める。
何とかなる…?
この1年で経験してきた数々の試練が、その考えを否定する。
それを口にして良いのは、自分の実力で状況を変えられる奴だけだ。
「何とかなるの精神で、運頼みの戦い方……。そういう奴は、大体勝てねぇよ」
少しマジのトーンで言えば、それに対してあいつは「えっ…」と驚愕の声を漏らした。
「おまえ、そのままだったらマジで死ぬことになるぞ?俺の弟子がどうとか言う前に、その甘ったれた思考を修正しろ」
忠告と同時に、額をトンっと人差し指と中指の2本で小突く。
「痛っ‼……そ、それって、師匠としてのアドバイスですか!?」
「……アホは死んでも治らねぇかもな」
これ以上話していても、無駄に疲れる。
あいつを離すために、手を軽く振って言った。
「弟子入りしたかったら、10キロ走ってこい。日が沈むまでになぁ~」
「え、今からですか!?条件が鬼厳しすぎですってぇ~‼」
泣き言を漏らしながら、沈み始めている夕日を睨みつけながら走って行ってしまった。
「あいつ、マジでやるつもりかよ……。ホントのアホだな」
無茶な難題を出して、遠回しに弟子にする気はねぇって意味なのに、全く伝わってねぇ。
まっ、このまま付きまとわれるよりは良いか。
帰路につきながら、少しの苛立ちを感じ始める。
「運頼りで、生き残れるかよ……この学園で」
甘い考えを口にした後輩に対して、俺の中で抱いた感情があった。
これは怒りだ。
現実を知らない者に対する小さな憤怒。
いつか、この感情を本人にぶつける日が来るかもしれない。
その時は真面目に考えてやるか。
あいつを導く者になるか、どうかを。
ーーーーー
アパートの前に到着すれば、調度スマホに電話がかかって来た。
かけてきたのは恵美だ。
「もしもし、どうした?もう寮の前に着いてんだけど?」
『私、恵美ちゃん。今、自分の部屋に居るの』
「何だよ、そのどこぞの都市伝説みたいな言い方。正直、不気味だっての」
電話口から無気力な声が聞こえて、その向こうから『ニャハハハハ!』と無駄に明るい声が聞こえてくる。
耳を済ませれば、誰かと話しているのを把握する。
「おまえ、部屋に誰か連れ込んでるのか?」
恵美が自分から、俺以外の誰かを部屋に招くことはほぼ無い。
例外があるとしたら、麗音くらいだ。
だけど、今の声は彼女のものじゃない。
「久実と、もう1人……。正直、助けてほしい。私じゃ収拾がつかない」
電話越しの声から、恵美が辟易しているのがわかる。
じゃあ、さっきの笑い声は久実ってことか。
外に居る俺に助けを求めてくるなんて、相当だな。
もしかしたら、耳にヘッドフォンを当てて、外に意識を集中させたまま待ってたのかもしれない。
「はあぁ~~。ったく、しょうがねぇな」
電話を切った後、頭の後ろを掻きながら、渋々自室に向かうルートから外れて寄り上の階に向かう。
恵美の部屋の前に到着すれば、友達登録していることから、自分のスマホで鍵を開けて入る。
収拾がつかないって、一体どういう状況が広がっていることやら……。
玄関で靴を脱いでリビングに向かい、ドアを開ける。
「おーい、一体何があったってっ……あ?」
ドアを開けた先に広がる光景は、いつも見ていた景色とは異なるものだった。
「ま、円華あぁ~~‼」
まるで天の助けとでも言うように、恵美が駆け寄ってきては俺の後ろにそそくさと隠れて盾にしてくる。
「いやっ…はぁ!?おまっ、何だよ、その格好!?」
恵美が着ているのは普段見慣れている制服でも、色気0の私服でもなかった。
まさかまさかの、スクール水着!?
こいつ自身、胸が大きい方だから、そのっ……谷間とか、動く度に揺れているのが視界に飛び込んでくる。
そして、後ろに隠れては、俺を押し出すように両手で背中にしがみ付いてくる。
――と、同時に柔らかい感触が伝わってきて…‼
「ニャハハハハハっ‼飛んで火にいる夏の虫たぁ、このことよ‼円華っち、お主も神妙にお縄につくんだなぁ‼」
そう言って腕を組んで仁王立ちをしているのは、ピンクのビキニに身を包んだ久実だった。
「……ワンルームの水着大会か何かか、これ?」
「んーん。これが今日の正装らしいよ?」
それは無気力な男の声であり、聞こえた方に視線を向ければ、そこにはトランクス型の海パン姿の御堂累が居た。
その前には大き目の薄型テレビと接続されているゲーム機があり、奴はその前に胡坐をかいて座っている。
「御堂…累?」
「やっほー、有名人」
眠たげな目を向け、軽く手を挙げてくる。
何故、こいつがこの部屋に居る?
全くもって、話が見えてこねぇ。
まさにカオスだ。
そして、唖然としている俺を指さし、久実がキラーンっと獲物を見る目を輝かせる。
「この部屋に入ったからにゃぁ、円華っちにも参加してもらおうか!このクラス交流戦である、ドキドキ水着ゲーム大会になぁ‼」
決まったという風にドヤ顔をしている久実を後目に、俺は踵を返して玄関に向かう。
「はい、お疲れっしたー。ごゆっくり―」
「逃げるな、薄情者ぉー‼」
恵美が涙目になりながら、後ろから抱き着いて引き留めてくる。
その時、容赦なく背中にぶにゅっと柔らかい感触が強く伝わっては、押し広げられる。
「ああぁ~、ったく!暑苦しいんだよ、離れろっての‼」
「離したら逃げるくせにぃ~‼」
「おまえ、絵面的にやべぇことになってることに気づけよ‼」
「そんなことは、どうでも良い‼逃げようとするなら、どんな手を使ってでも円華を道づれにしてやるんだからぁ~‼」
しがみ付く恵美を離そうとする俺を見て、久実は微笑まし気な目を向けてくる。
「相変わらず、仲がよろしいですにゃぁ~」
「あれで仲が良いの?よくわかんないな、男女の友情って」
俺たちからしたら通常運転でも、御堂からしてみれば初めて見る光景だったのだろう。
そして、理解しよう「う~ん」と少し思考を巡らせた後、ポンッと手を叩く。
「これが痴話喧嘩ってやつか。もしくは、夫婦漫才」
「「夫婦じゃねぇ‼(じゃないから‼)」」
同時に御堂の天然ボケにツッコんだ後、俺は観念して抵抗を止める。
「まぁ、ツッコみどころが多いけど……。まず最初に、本当に何でおまえらがこの部屋に居んだよ?」
状況確認のために問いかければ、久実が口を開いた。
「いやぁ~、累々の歓迎会をしようって思ったんだけど、意外にも集まりが悪くてさぁ。そしたら、累々と恵美っちがゲームの話で意外にも盛り上がって、この部屋でゲームしながらお菓子でも食べようってわけになったのだよ、ワトソンくん」
どこから持ってきたのか、髭眼鏡をかけながら説明する彼女に呆れた目を向ける。
「それと水着と、どう関係があるんだよ?」
「えぇ~、水着はマストでしょ!本当なら、みんなで水着着ながら水鉄砲で遊ぶつもりだったんだぞぉ~‼それなのに、みんなして苦笑いしながら、次々に予定やら部活やら言い訳しやがってぇ~‼」
絶っっっ対に、その企画に参加したくねぇからだろうな。
つか、まだ梅雨に入ったばっかりだってのに、水着なんて着てられっか。
「さぁ、円華っち!お主もこの水着ゲーム大会に参加するなら、これに着替えてもらおうか‼」
そう言って突き出してきた物を見て、俺は「げっ‼」と思わず顔をしかめた。
「お、おまえっ……それは悪ふざけが過ぎんだろうが‼」
「何が悪ふざけか‼真面目に選んでおるわ‼面白可笑しさを追及してにゃぁ‼」
目の前に居るアホがニヤニヤした顔で見せてきたのは、黒いブーメランパンツだった。
こんなの履いたら、いろいろとアウトだろ!?
それを見た恵美は口を両手で押さえては、パンツと俺を交互に見る。
「意外と、似合うんじゃない?」
「アホ言ってんなよ。……つか、おまえさ」
恵美の方を見れば、その格好をジッと見てしまう。
すると、隠すように胸に手を回しては後ろを向く。
「な、何?ジロジロ見ないでよ、変態」
「誰が変態だ、誰が。おまえ、水着持ってただろ?何でわざわざ、スク水なんて着てんだよ」
「期待に応えられなくて、すいませんでしたね」
唇を尖らせて不服そうに謝っては、顔だけこっちに向いてはボソッと言った。
「着ようとしたけど、入らなかったのっ……。また、大きくなっちゃったから」
「は?大きくって……」
「言わせるな、乙女の悩み、バカ変態」
顔を真っ赤にしながら、非難してくる恵美。
久しぶりに聞いたな、こいつの川柳風。
つか、そういうことか……。
彼女が口にした事実に、俺は思わず視線を逸らした。
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