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同類の匂い

 当時のことを思い出し、石上の目がすわる。


「友情なんかを優先して、自身の向上心に蓋をする……。今の僕からしたら、愚かな選択だと思いますよ」


「考え方は人それぞれだ。俺は自分の選択を後悔していない。目的を果たすために、俺には逆にあのクラスが必要なんだ」


 目的という言葉を口にした時に、あいつは(いぶか)()な顔になる。


「内海くんの言っていた通り、あの時の全てが本音って言うわけではないようですね。ですが、僕にも椿円華を倒すという目的がある。その邪魔になるのであれば、君であろうと容赦はしない……」


「言ってろよ」


 石上真央という人間が、自らの欲望を受け入れて前に進んだ結果。


 それが内海のクラスへの移動だって言うなら、別にそれを否定するつもりはない。


 だけど、そこから先は別の話だ。


「別におまえがどこのクラスに移動して、俺たちの敵になろうと関係ない。正直、どうでも良いんだよ」


 今から、かつての仲間に対する言葉とは思えないような言葉を、俺は口から吐きだす。


 良かった、この場にクラスメイトが居なくて。


 特に瑠璃が聞いたら、平手打ちを喰らうかもしれなかったからな。


「敵対するなら、おまえを殺してでも前へ進む。そこに躊躇いは一切ないからな」


 この言葉を口にした時、俺はどんな顔をしていたのだろう。


 そんなの、石上の顔を見れば人目で分かる。


 感情など一切ない、影に徹した者の闇が映っていたのだと。


「狩野くん……君もまた、僕の欲望を駆り立てる強者の様ですね。君と戦える日を、楽しみにしていますよ」


「少なくとも、それは今回は叶いそうにないけどな」


 俺と石上は、ブロックが異なる。


 今回の特別試験では、お望みの対決はお預けだ。


 そして、俺が珍しく自身の影の部分を表に出したことで、周りにそれを感じとる者が居たようだ。


 シュッ――――スカンッ‼


 遠方から、速度の付いた刃物が目の前を通り過ぎては壁に刺さった。


 壁に刺さったのはナイフであり、それは俺の鼻先を少し(かす)めていた。


「あっれれぇ~。面白そうな感じがビンビンして、思わずナイフ投げちゃったけど……こんな所で何してんのぉ~?」


 声をかけてきたのは、異様なオーラを放つ女だった。


 色白の肌をした、水色の髪を2つ結びにしている細身の体型をしている。


 特徴的なのは、左目から頬まで伸びている巨大な赤い稲妻マーク。


「あなたはっ……只野美祐(しの みゆ)!?」


 石上はその女を見て、目を見開いて名前を呼ぶ。


「何だ、こいつ…?知り合い?」


 こっちとしては、面識がないので取っ掛かりが無い。


「内海くんと同等の危険人物ですよ…。普段は無気力な生徒ですが、1度スイッチが入るとあらゆる物を武器にして暴れ回る、手が付けられない地雷のような女です。彼が()()()()()()と判断して、Aクラスに移籍させた生徒です」


「……なるほどね」


 今の石上の一言で、1つだけはっきりしたことがある。


 あいつが行った、トレード作戦。


 あれは自分のクラスを強化することもそうだが、余計な駒を排除することが目的だったってわけか。


 只野を見れば、彼女は右手にペティナイフを持っては空中に回転させながら振り回してキャッチしている。


 行動だけで、狂ってることを表現できているのが凄いな。


「うわっ、美祐(みゆ)のこと知ってるとか、マジキモい。ストーカーかよ、社不しゃふじゃん、社不」


 自分の行動のことを棚に上げて、説明していた石上を見ては汚物を見る目を向ける。


「社不って何?」


「社会不適合者の意味……だと思います」


「そ、そっか……ドンマイ」


 一応、説明の礼として慰めの言葉を送っといた。


「つか、そういう意味なら、いきなりナイフ投げてくるおまえは何なんだよっ!」


 壁に刺さったナイフを抜き、俺は躊躇いなく相手に向かってシュッと投げつけた。


 しかし、それを只野は持ち手を正確に視認しては手で掴んで止める。


「うわぁ~お。お見事」


「君も君で、僕の前で堂々と相手にナイフを投げつけないでくれませんか?」


 俺が感心していると、石上が呆れた目で注意してくる。


「いやぁ~、やられたらやり返したくならない?」


「……ノーコメントで」


 説諭してこないところから、こいつも思う所があるんだろうな。


 それにしても……。


「ナイフ返してくれてセンキュー!あんた、良い人だね!」


 一歩間違えれば額に刃が刺さっていたにも関わらず、彼女は陽気に礼を言ってくる。


 少しだけ、正当防衛を理由に殺す気だったんだけどな。


「おまえ、内海のクラスから追い出されたんだって?今はどこのクラスなんだよ」


 少し興味が湧いて問いかければ、彼女は急に表情が険しくなって目を逸らす。


「別に追い出されたわけじゃねぇし。美祐は自分で決めて、自分からAクラスに行ったんだし。勝手に決めんなしぃ‼」


 石上のいう地雷に触れてしまったのか、彼女は目を見開いては左右の手に3本ずつナイフを構えては投げつけてきた。


「マジかよっ…‼」


 先程よりも速い(とう)ナイフに、俺は思わず動きがマジになる。


 速いと言っても、やり方は素人のそれだ。


 狙いは定まっておらず、投げた本人から離れるのに比例して散っている。


 言うなれば、範囲が無駄に広すぎる散弾銃。


 それならば、俺が取るべき行動は回避じゃない。


 逆に駆け出して間合いを詰める。


「狩野くん!?」


 後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえるが、そんなのは気にしない。


 今、俺がやりたいことはただ1つ―――。


「調子に乗んなよ、ド素人」


 目でプレッシャーをかけながら、散乱するナイフを空中で回収しながら接近する。


「うっっっそ‼どういう動きしてんの、変態じゃん‼」


「狂った女には言われたくないんだよ」


 言っている間に、右手を伸ばしてはその額に触れ、そのまま着地すると同時に床に押し付ける。


「うげごっ‼」


 女だろうと容赦はせず、そのまま握り潰すかの如く握力をかける。


「痛い痛い痛いっ‼痛いってぇ‼幼気(いたいけ)な乙女の顔を潰すつもりぃ!?」


「そういうことを言う奴、大抵その通りの女じゃないから。つか、ナイフ振り回してる奴のどこが乙女だよ?」


 呆れながらも力は緩めず、彼女は両手で掴んで引き剥がそうとする。


 しかし、俺の手を離すことができるほどの力はない。


 何故なら、俺は腕の力だけでなく、腕を伸ばした状態でその頭に体重を乗せている。


 腕の力()()で振りほどくには、単純に力が足りないんだ。


 そして、そのまま奪ったナイフの刃を彼女の首筋に当てる。


「どうする?このまま切ってやろうか?」


 半分は脅しのつもりで言ったが、只野から表情が消える。


「良いよ?()()()()()がする奴に殺されるなら、悪くない」


 力が抜け、抵抗を止める彼女。


 おいおい、冗談だろ……。


 まさかの脱力に、こっちも少しだけ力が抜けた。


 その瞬間、只野は目を見開いた。


「なあぁ~んちゃってぇ‼」


 彼女は勢いよく両足を振り上げ、その反動を活かして起き上がる。


 その時に、左手で俺の着ているパーカーのフードを掴んではそのまま後ろに引っ張りやがった。


「んぐがっ‼」


「アッハハァ‼気を抜いちゃダメじゃあぁ~ん。美祐の演技に騙されるなんて、雑魚いねぇ~‼」


 こいつ、このまま俺を締め上げるつもりか…‼


 それなら、おまえの武器を利用させてもらう。


 ナイフを後ろに振り上げ、そのまま刃でフードを切っては解放される。


「えっ、そんなの有り!?」


「有りに決まってんだろ。服のために死ねるか」


 そして、そのままよろける彼女の背中に回し蹴りを喰らわせた。


「ぐがぁっ‼」


 そのまま、尻を突き出す形で前のめりに倒れる只野。


 一連の流れを見ていた石上は、ただただ唖然としていた。


「君も大概、普通じゃないですね」


 今の俺の動きを分析して、第一声がそれだった。


「この程度で驚くなよ。円華だったら、もっと上手くやれてたさ」


 円華だったら、こんな荒業をせずとも相手の戦意を削ぐことはできたはずだ。


 だけど、俺は逆に実力で()()せることを選んだ。


 こういう所は、直していかないとな。


 今の攻防は少し大きな騒ぎになり、野次馬が集まりだす。


「何だ、あれ、ナイフ…?」


「あれって、只野美祐じゃない?ほら、前に監獄施設に居た……」


「そいつを打ちのめしたのって……あいつ、Eクラスの狩野じゃない?あのチャラついた奴が?」


 ほぉ~ら、こういうことになる。


 殺意を向けられて、自身の中で影で育ったが故の行動指針が目覚めてしまった。


 自身の命を脅かす者を、屈服させる。


 その本能をコントロールできなかった結果、いつもとのギャップが生まれてしまっている。


「やれやれ、うちのクラスの女子がまたおいたをしたみたいだねぇ」


 それは男の声であり、野次馬の中をのらりくらりと進んで歩み寄ってくる。


「彼はっ―――」


「わかってる。既に有名人だからな」


 石上が反応を示す前に、俺はそいつに目を向ける。


 緑髪をしており、長い前髪をコンコルドで挟んでいる男子。


 2年Aクラス 梅原改(うめはら あらた)


 まるで存在感が無いかのようなオーラを放つ、不気味な奴だ。


「確か、君は……狩野基樹くん、だよね」


 わざとらしく、言葉を区切って聞いてくる梅原。


「そうだけど?おたくのクラスの変な女に絡まれて、少し困っていたところなんだ。何か言うこと無い?」


 引き出したい一言は1つしかなく、それを察しているのかいないのか、奴の目はうつ伏せに倒れたままの只野に向く。


「彼女は自分と同じような存在に惹かれる性質があってね。もしかしたら、君から自分と同じ気配でも感じ取ったんじゃないかな?」


「話をはぐらかすなよ。まずは謝罪じゃないのか?」


「いやいや。俺みたいな雑魚が謝ったところで、許してくれないでしょ?逆に君に対して、失礼になっちゃうよ」


 自分を卑下(ひげ)しているつもりだろうが、その態度が(しゃく)さわる。


「それなら何の()びもなく、この場からその女を連れていくつもり?」


「流石に、そこまで恥知らずじゃないさ」


 梅原は只野を起こした後、俺にだけ見えるように薄ら笑みを浮かべた。


「確か、君は俺と同じブロック:イエローだったよね?」


「……あんたと同じかどうかは知らないけど、ブロック:イエローに違いはねぇよ」


「それなら、詫びの方法はあるね」


 奴は俺と対面するように立ち、手を差し出してくる。


「俺と只野で、君とグループを組ませてもらいたい」


 期せずして、要注意だと思っていた人物と接触し、その手を差し出されている。


 周りのギャラリーは、石上を含めて俺の選択に対して注目しているのがわかる。


「何てこったい…」


 こいつ、強引なやり方をしやがって。


 狂人を使って、この俺を()めやがったな。


 その悪魔の手を見ながら、目尻がピクピクっと不快感で痙攣(けいれん)した。


「まずはパーカー代、弁償してくんない?」

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