狐と蝙蝠
基樹side
特別試験に向けて、校舎内は騒がしくなっている。
この前のペア戦もそうだったけど、こうも複数人で、それも他学年を巻き込んだ試験が行われると周りから向けられる目が嫌でも気になってくる。
それは俺も例外ではなく、複数の生徒が興味・関心を向けてくるのがわかる。
SASの数値は平均的になっていて、グループを組む際に余りものになるのは目に視えている。
積極的に動かない限り、理想のグループを組むことはできない立ち位置であることは自覚している。
俺のブロックはブルー。
所属している生徒の一覧を確認するが、その中でグループを組みたいと思える人間が居ない。
何故なら、俺の思考は周りとは前提が異なるからだ。
今の段階で、強者と組む必要は無いと思っている。
いや、むしろ自分よりも実力の高い者とは組まない方が良いとさえ。
皆、自分が勝つために強者を求めているが、試験内での対決内容によっては敗北することもありえる。
そして、敗北した時に誰か1人を引き抜かれるのなら、それは十中八九、その敗北者の中で実力が高い方だ。
友情だとか、クラスの絆だとか、そう言うのを優先する者ももちろん居るだろう。
だけど、それよりも自分が生き残る可能性を上げる存在を手に入れようとする者が大半のはずだ。
それは人間として抗えない、生存本能による決断だ。
そうは言っても、いつかはグループを組まなきゃいけない。
余りものとして声がかかるのを待ちながらも、ブロック:ブルーの中で注意を向けなきゃいけない存在をピックアップする。
気になる人物で名を挙げるとすれば、和泉要と梅原改。
特に梅原に関しては、要注意人物だと思っている。
個人でAクラスに上がった実力もさることながら、妙に惹きつけられる何かがある。
その何かには、大方見当は付いている。
直接言葉を交わしたことも無ければ、接点があるわけでもない。
それでも、長年染みついた感性が訴えかけてくる。
同類の臭いって奴を。
「あれ、こんな所で会うなんて奇遇ですね……狩野くん」
スマホを見て考えことをしながら歩いていると、向こうの方から声をかけられる。
「石上……」
声をかけてきたのは、石上真央だ。
元・クラスメイトであり、今はBクラスに所属している。
あいつがクラス移動をしてから、今日まで接点は無かった。
向こうが俺を避けていたのか、それとも生徒会としての仕事が忙しかったのか。
どっちでも良いけど、こっちは話しかけられていい気分じゃない。
そして、不愉快な気分は伝わったのか、石上は眉を下げて困ったような笑みを浮かべる。
「そんな怖い顔をしないでくださいよ。僕のことを、よく思われていないのは重々承知しています」
「だったら、何で俺に声をかけた?気まずさで、そのまま素通りすることもできたはずだ」
「ここで顔を見たのも、多少の縁かなって。良い機会だと思ったんです。あなたには、確認したいことがあったので」
奴の顔から笑顔が消え、真剣な表情に変わる。
「どうして、狩野くんはあのクラスに残っているんですか?僕は正直、君も内海くんのクラスに移動するものだと思っていました」
「……」
「あの時、僕と一緒に君も彼に声をかけられていた。それなのに、誘いを断ったのは何故ですか?あなたも、本当は椿円華と戦いたいと思っていると考えていましたが」
石上は内海の誘いに乗り、円華の敵となることを選んだ。
だけど、俺は違う。
「この前、おまえと内海景虎に言った通りだ……。理由は、あの時と変わらねぇよ」
ーーーーー
時はペア戦期間まで遡る。
俺は廊下にて、内海と石上の交渉の場に聞き耳を立てていた。
石上はこの時、内海からの誘いに対して難色を示していた。
「おまえ、椿を前にした時の闘志が隠しきれてないんだよ。本当は、あいつと戦いたいって思ってるんだろ?」
あいつの心を揺さぶるために、問いかける言葉を投げかける。
「確かに、僕は最終的には椿くんと戦いたいと思っています。彼は僕にとって、いつかは越えなければいけない目標だと思っていますから」
「だったら、何で同じクラスに居る必要がある?」
内海は石上の中に宿る闘志だけでなく、その奥にある感情をさらけ出そうとする。
「おまえ……本当は恐いんじゃないのか?椿円華っていう存在が」
「っ!?」
円華に恐怖を抱いている。
その言葉に、石上は目を見開いた。
「椿に勝ちたいと思っている。だけど、それとは反対に不可能だとも思っている。同じクラスに居ることで、あいつの恐ろしさを感じては差を感じ、闘志を隠さなきゃいけない苛立ちを感じている……」
内海は言葉を続けながら奴に歩み寄り、腰を丸めては俯く石上の顔を覗き見る。
「本当は、居心地悪いんじゃないのか?本心を隠しながら生きていく、あのクラスが」
隠さなければいけないのは、闘争心だけじゃない。
円華に対しての恐怖。
それを見透かした内海に、石上は動揺を隠せずにいた。
「君に……君なんかに、何がわかるって言うんだ!?」
奴の顔を払いのけるように、右腕を横に薙ぐ。
それを背筋を伸ばすことで回避した内海は、右の口角を上げて歯を少し見せて笑う。
「わかるぜ。何故なら、俺もおまえと同じだからな」
自身の胸の中心を押さえ、手を震わせている。
「椿円華。あいつの顔がチラつくだけで、身体が震えるんだよ…‼あいつを潰したいという欲望と、敗北することへの恐怖が入り混じって、それが身体に反応として現れやがる…‼おまえも、この震えを押さえながら、ずっと生きてきたんじゃねぇのか?」
偽らざる本心を引き出そうと、視線を合わせて訴えかける内海。
その目を見て、石上は肩を震わせた。
「……確かに、君の言う通りです」
小さく、奴はそう言葉を返した。
「欲望と感情が入り乱れて……震えが止まらない…‼僕にとって、彼は目標であり、恐怖の対象だった…。だから、いつか、乗り越えなきゃいけないと思っていた…」
「それなら、そのチャンスは今じゃないのか?俺たちは、同じ目的と感情を持っている。そして、この2つを備えている人間は、あのクラスには居ない……」
内海は改めて石上に迫り、その胸倉を掴んで顔を引き寄せる。
「俺が求めているのは、自分の欲望をさらけ出せる強者だ。そして、おまえはその素質がある…‼俺はおまえを、おまえは俺を利用して、あの椿円華を喰らうんだよ……。そうすれば、おまえの中で恐怖は消えるだろ?」
自身の中の恐怖を消すための、悪魔の契約。
それを迫られた瞬間、石上の表情は―――引きつった笑みを浮かべていた。
「喰らいたいのは……椿円華だけじゃない」
内海に引きずりだされた欲望は、奴の底に沈んでいた闇を引きずり出す。
「僕はあのクラスで……椿円華の影響を受けて、変わっていくクラスメイトを見て……イライラしたんだ。そして、彼によって変わっていく僕自身にも…‼」
これから先に吐き出されるのは、石上真央という人間の本性だろう。
それから、俺は目を逸らさず、耳を塞がなかった。
「僕以外の強者によって、周りの人間が変わっていく…‼僕にはできなかったことを、彼はやり遂げていく‼その現実を見ているのが……耐えられない‼」
頭を押さえ、全身を震わせながら表情を歪ませている。
「僕は椿円華を、強者と認めてしまっている‼そして、その彼の力を間近で見て、ずっと思ってたんだ…‼あのクラスを、否定したいってっ……ぶっ壊したいってぇ‼」
黒い欲望を口にし、内海はそれを聞いて自身の欲望に引き込む。
「だったら、やれよぉ‼俺たちは、その欲望を肯定してやる」
石上の欲望は、一言で言うなら悪意に近いものだと思った。
自分以外の強者が変えたクラスを、否定するために破壊する。
それが石上真央という男の本性だった。
そして、その本性と欲望を肯定された瞬間、石上の目の色が変わった。
奴は根底にある悪意を引きずりだされ、内海のより強い悪意に染まったんだ。
悪意に呑まれたクラスメイトを見ていると、その悪意の根源はこっちを見た。
「……おまえも来るか?金髪野郎」
名前を呼ばれ、俺は思わずドクンっと心臓の鼓動が高鳴った。
「ずっと、聞いていたんだろ?興味あるんじゃないのか、俺たちの話に」
誤魔化すには、俺はこの長話に耳を傾け過ぎた。
物陰から姿を現し、頭の後ろを掻く。
「興味…?あぁ~、何か変な宗教の勧誘みたいだなって感じで?野次馬気分だよ」
内海は俺の顔を……いや、佇まいを見てはクックックと笑う。
「やっぱり、おまえだったか……。1年生の夏休みで、俺をぶっ倒した仮面野郎は」
「……記憶力が良いな。何でわかった?」
はぐらかすことも考えたが、時間の無駄だと判断した。
こいつの目から、確信めいた自信を感じたからだ。
「自分を打ち負かした奴のことは、面を隠していても覇気でわかるもんだ」
「なるほど……。野生の勘ってことね」
否定せずに納得すると、内海は俺のことを指さす。
「おまえも、俺たちと同類なんじゃないのか?椿に対して恐怖しながら、それでもぶっ倒したいと思っている……。だからこそ、俺とこいつの話に引き込まれていた、違うか?」
「状況だけ見たら、確かにそう思われるかもな…」
内海と俺の対話に、石上は間に入らずに見守っている。
俺たち2人の間に広がる、覇気のぶつかり合いに声を発することも憚られたのだろう。
「石上と一緒に、おまえも来るか?1度は俺を倒したおまえだ、歓迎するぜ?」
円華の時と違い、俺のことは評価しつつも戦力として受け入れようとする。
以前までのこいつなら、そんなことは考えもせずに噛みついてきただろう。
その勧誘に対して、俺が向けたのは笑顔と前に突き出すサムズダウンだった。
「おととい来やがれ!俺にとって、円華はダチだ。裏切る気はねぇんだよ」
この返答を受けて、内海は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに肩を震わせては腹を抱えて笑った。
「クックックッ…‼クハハハハハハハっ‼マジかよ、おまえ‼面白えぇなぁ‼」
それは自身の勧誘を断ったことに対する怒りから来るものではなく、予想外のことに虚を突かれたが故の反応だった。
「まぁ、そういう選択もあるか……。なるほど、欲望よりも友情を取るか。古いマンガのド定番の展開だぜ…。だけど、その目を見る限り、マジなんだろ?」
「当たり前だ。俺にとって、あいつは恐怖の対象でも、倒すべき目標でもない。大切なダチだから、一緒に戦う。それだけだ」
淡々と口にし、それに内海は耳を傾ける。
「……どこまでが本心なんだろうな、おまえって」
「さぁな?化かすのは得意なんだ。その言葉を、おまえはどこまで信じる?」
友情を口にする俺に、懐疑的な目を向けながらも内海はそこから先に踏み込まない。
「まるで狐だな、狩野基樹」
「狐を利用しようとしたら、逆につままれるぜ?今日は蝙蝠だけで我慢しとくんだな」
石上の方に目を向ければ、奴の目は既にクラスメイトに向けるものから変わっていた。
敵対者に向ける、闘志の目だ。
「決断するなら、止めはしないぞ。石上」
それだけ言い残し、俺は冷ややかな目を向けてその場を離れた。
その後、内海と石上は正式にクラス移籍の契約を結んだのだろう。
俺は混乱を避けるために、このことを誰にも伏せたままペア戦を終了した。
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