氷刀『白華』
人の命をこの手で奪った時、最初はただ興奮状態で頭が正常に作動せず、自分が自分じゃない何かにでもなったような気分だった。
その後は何も考えられなくなり、罪悪感に飲み込まれていった。
きっと、椿家に居なかったら、ずっと罪の意識を飼いならすことはできなかっただろう。
内海景虎は、どうなんだろうな。
こいつは、自分の中の罪にどう向き合ったんだ。
目の前に俺に殺意と狂気を向けている内海を見て、やっぱり無意識に哀しみのこもった目を向けてしまう。
「おまえの目的は、俺か……」
「ああ、そうだ。おまえは獲物だ。俺は好きなものから先に食べる派でなぁ、おまえを殺したら麗音が殺したい女を殺しに行くのさ」
「それは叶わねぇから、先のことなんて考えるなよ。今ここで、おまえを止める」
「丸腰の状態で何言ってんだよ!!三枚におろしてやるぜ、椿ぃい!!」
刀をブンブンッと左右に横に8の字を書くようにして振り回せば、内海は俺に走って迫ってきた。
刀を使う者との戦いでは、間合いが大事になってくるが、それ以外にも足の向きや腕と手の動きなどを見て攻撃を予測することも重要だ。
化学準備室までは残り50メートル。
タックルするか?いや、腹に串刺しにされるのが落ちだろ。
刀を振るったと同時に駆け出すか?無理だ、内海に背中を向けたら背後から斬られる。
一本道って言うのがまた内海に有利な状況だ。
1度一階に戻った方が良いのか?だけど、下に誰かが居たなら挟み撃ちだ。
時間がない、早くしないと最上が作ってくれた時間が無駄になる。
考えている途中で距離を目の前まで詰められ、内海は上段から刀を縦に振り下ろす。
「うぉおりゃぁあ!!」
「っ‼」
左に踏み込みながら回転して背後を取ろうとしたが、それより先に内海の回し蹴りが来る。
両腕を十字に組んで防ぐが、予想以上に一撃が重い。
「逃がすかよぉ。獲物は捕食者に極限状態まで追いつめられて、絶望しながら喰われるんだ」
「大きすぎる獲物だったら返り討ちにあうぜ?」
「黙ってろ‼」
内海は刀をでたらめに振るい、動きが読めない。
型が決まっていないだけに、次の一手が視えない。
左目の下が斬られ、Y-シャツも斬られて右腕に切り傷ができ、血が流れる。
壁まで追いつめられ、刃先を目の前に突きつけられる。
「よえぇ、この前のおまえはこんなに弱くは無かった。何だ?何があった?おまえは俺よりも強かったはずだぁ……何か焦っているのかぁ?動きに繊細さがまるでねぇ」
深い溜め息をつき、内海は中段構えで刀を横に大きく振るって。
「飽きたから死ねよ‼」
両腕を前に十字に組み、そのまま内海の手首に押し当てて止める。
しかし、右腕に痛みが走って押し返される。
「椿円華……おまえも俺と同じなんだろ?」
「……何の話だ?」
顎を引いて鋭い目を向ければ、内海は狂気の目で返してくる。
「俺と同じで殺人経験があるって聞いたぜぇ。どうだったぁ?殺した後、スカッとしただろ!?さっきまでバカみたいに『殺さないでくれ』、『助けてくれ』って泣き叫んでいたカスがいきなり何も言わなくなる!!人形の糸が切れたみたいに動かなくなる!!あれを見た瞬間に俺は思った、俺はカス人形を壊すことに快楽を覚える人間なんだと」
うわぁ……勝手に自分語りが始まった。
呆れて何も言えなくなるが、それに内海は気づかない。
「あのプチンって切れるような表情を見た時の爽快感‼これを1度味わえば、また命の糸を切りたくなる!!止められない、止まらない!!おまえもそうなんだろ!なぁ!?」
感情の高ぶりに比例して言っている内海の言葉が、俺の心に突き刺さる。
力を抜けば、右腕を犠牲にして刀を止める。
肉に刀が食い込んで血が大量に出ているが、叫び声もあげずに内海を睨む。
「おまえと一緒に……するなよっ!!」
その時にはもう、左目の瞳が深紅に染まっていた。
脳裏に、藍色の髪をした姉さんの笑顔を思い出す。
俺が戦ってきたのは、そんなことのためじゃない‼
「俺は……快楽のために人を殺す、おまえとは違う!!」
食い込んでいる所から冷たい凍気が放出される。
痛みなど感じない。
右腕の体温を下げて神経を麻痺させ、痛覚を無くしているんだ。
左足で回し蹴りをして横にある階段に落とせば、すぐに化学準備室に向かって走る。
使えるのは左腕だけ、頼むから片手で使える武器であってくれよ…‼
化学準備室に入って鍵を閉めて戸棚で軽くバリケードを作り、例の武器を探す。
そう言えば、どういう武器かを聞いていなかったな。
俺だけの武器って言ってたけど……。
周りを見回して探せば、その最中に化学準備室のドアがバンバンっと叩かれる。
「椿ぃいい!!出て来い!!俺と戦えぇえ!!!」
バリケードを破られるのも時間の問題だ。
まったく、今日は時間に追われる日なのか?ふざけんじゃねぇっての。
武器らしいものを探していると、目の前にある人体模型に何か違和感を覚えた。
胃腸の部分に何か、最上がレールガンにそうしていたように、スマホがはまるぐらいの窪みがあった。
「もしかして、これが……」
嫌な予感がしながら黒いスマホを窪みにはめ込んで押し込むと、人体模型が急に震えだし、皮膚のある男の部分と筋肉だけの部分が縦にパカッと割れた。
そして、そこに在った物を見て一瞬目を見開いた。
「これって……刀?」
白い日本刀だ。
黒いスマホは鞘にはめ込まれており、左手で握ってみると鞘が冷たくなっている。
柄を握って抜刀しようとするが、刀が抜けない。
「何だよ、これ……不良品か!?」
抜けない刀の柄を右手で握ってどうにか鞘から抜こうとしたが、全然抜けない。
そうこうしていると何かが倒れて大きな音が聞こえて振り向けば、バリケードを突き破った内海が不気味な笑みを俺に向けてくる。
「これで完全に逃げ道はねぇ……詰みだぜ、椿!!」
こうなったら鞘に納めたまま戦うしかないと覚悟を決めると、ピピピっと黒いスマホが鳴る。
『アプリダウンロード完了。氷刀白華は、最上高太様の武器となりました。刀身生成、完了。抜刀可能です』
聞き間違えか?今、ありえないワードがスマホから発せられた。
「えっ……氷刀……白華?それよりも、最上高太って―――」
「戦いの最中に、余計なことを考えてんじゃねぇよ!!」
内海が怒鳴りながら空中に飛んで重力の乗った刀身を下してくると、俺は鞘で受け止める。
流石に左手だけだと受け止めきれず、下に傾けて受け流して回転し、そのまま距離を取る。
「このスマホ、最上の父親のだったのかよ。…謎が増えて、ますますこんな所じゃ死ねなくなった」
左手で鞘を右手で柄を握り、氷刀を抜刀する。
刀からは冷気が放出され、月明かりに照らされた刀身が白く輝く。
刀身は鉄ではなく透き通るような氷でできており、その刃に目を見開いてしまう。
「氷の刀……か」
刀を左手で握り、左目が紅に染まっている状況。現役を思い出す。
全盛期ほどじゃないけど、7割は出せるか。
内海は野獣が警戒するように俺を下から睨みつけてきており、それに対して溜め息が零れる。
「失せろ、おまえじゃ俺を殺せない。時間の無駄だ」
「余裕だなぁ?なら、やってやるよ、椿!!!」
猪突猛進なイノシシのように刀を振り回しながら突っ込んでくる内海に、俺は冷静に鞘を捨てて両手で白華を構える。
「切り刻んでやるよ、椿円華ぁあああ!!」
「椿流剣術…」
内海が左から横に刀を振るったのを跳躍して回避し、そのまま空中で横に回転すれば、そのまま白華で首の後ろに向かって振るう。
「回天!!」
内海の首に強い衝撃を与えれば、そのまま彼は「ぐふぇああ!!」と声を発し、そのまま床に倒れて気絶した。
首の後ろの打撲したような痕と白華の刃を交互に見る。
「この刀……刃が丸くなってて斬れないようになってる。これって、もしかして……まさか、な」
ありえない考えに笑ってしまい、白華を鞘に納めてから内海を見下ろす。
「俺はおまえとは違うんだ。もう、人は殺せない……。この世界に、もう姉さんは居ないから」
そう言ってポケットにしまっていた黒い眼帯を右目にし、部屋の中にある鏡を見る。
「それでも、戻らないといけないみたいだな……最悪だ」
髪はバッサリ切り、黒に染めたにもかかわらず、顔だけは変わっていない。
鏡に向かって悲しい笑みを浮かべ、自然とこう呟いた。
「久しぶりだな、赤雪姫」
それは、最強と呼ばれ、幾人もの人々に恐れられた暗殺者の名称。




