自滅因子
円華side
多くの生徒が部活動に精を出す時間に、俺は恵美、成瀬と共にはショッピングモールのカフェに立ち寄っていた。
「まさか、この中で1番最初にグループが成立したのが、あなただとは驚きだわ」
「いやー、偶然ってマジですげぇよな」
成瀬から怪訝な目を向けられ、目を逸らしながら言葉を返す。
「何が偶然よ。1人は柘榴くんの側近で、もう1人は雨水くんでしょ?あなたが無策で、そんな人たちと組むとは思えないわ」
彼女も無駄に俺と1年間、同じクラスに居たわけじゃない。
自然と何か悪巧みをしていると考えているのだろう。
まぁ、大体は当たってるけど。
「成瀬はどうなの?残り1週間でグループは組めそう?」
「一応、目星は付いてるわ。1人は目の前に居る、気に入らない彼の推薦って言うのが不服なのだけど」
ジト目を向けられ、顔を逸らして知らんふりをする。
この前、成瀬がブロックの名簿を見ていた時に、重田の名前を偶然見つけたことを装って、あいつのSASを見せた効果はあったようだ。
「まさか、柘榴くんと要らぬ取引でもしたの?」
「何だよ、取引って……。俺が柘榴と繋がってるとでも思ってるのか?」
図星を突かれたが、ここで素直に認めたら後々で面倒になる。
ここははぐらかした方が吉だな。
「それを言うなら、この前……私は柘榴恭史郎に話しかけられた」
恵美が思い出したように、少し上を見ながら口を開く。
「恵美が!?それって……大丈夫、だったの?」
成瀬が過剰に反応し、険しい表情になる。
「うん、特に何もされなかった。でも、様子が変だったんだよね。いつもの俺様な感じが無かったって言うか……逆に気持ち悪い感じ」
「何だよ、それ。急に王子様キャラにでも転身したってか?」
「そこまで180度変わったわけじゃないけど……。何か言いたげだったけど、気まずい感じだった。結局、話を要約したら誰かとグループを組んだのかって確認だったね」
そう端的に説明しては、いちご牛乳をストローで吸引した。
柘榴の奴、謝ったわけじゃねぇのかよ。
つか、逆に見て見たかったな、その時の2人の会話。
絶対に笑いを堪えることになると思うけど。
「おまえ、その時に柘榴にグループを組むかって言われたらどうするつもりだったんだよ?」
「え、普通に断るけど。私、あいつ、嫌い」
「・・・ですよねー」
即答で、当然のことと言うように返された。
「何?円華は、私に柘榴と組んでほしかったの?」
「別に、そういうわけじゃねぇよ」
「でも、何か不服って顔してる」
「考えすぎだって」
成瀬だけでなく、恵美にもジトーっと疑いの目を向けられる。
その空気が耐えられなくなり、丁度カップの中身が空になったため席を立つ。
「ちょっち、おかわり行ってくるわ」
席を離れながらも、背中に2つの鋭い視線が痛かった。
セルフドリンクバーコーナーに立ち寄れば、思っていた以上に空いていたのでカフェオレをカップに注ぐ。
この時、少し焦げた臭いがしたために、ドリンクバーの隣を見ては「えっ…」と思わず声が漏れた。
そこはパンケーキ作りができるコーナーであり、その前には少し外に跳ねた灰色の髪をした男が立っていた。
大き目の皿の上に、8枚ほどの黒く焦げたパンケーキが積んである。
なんじゃ、こりゃ……。
これをやったと思われる本人は、ホットプレートの上に広げられた生地をボーっと見つめている。
そして、既に生地はブクブクと熱で泡だってらっしゃる。
「えーっと……それ、そろそろひっくり返した方が良いんじゃねぇの?」
思わず、声をかけてしまった。
すると、男は「あっ」と我に返ったように顔を上げてはヘラで生地をひっくり返した。
少し焦げ目があったけど、先程の5枚と比べたら全然マシなレベルだ。
「ここまでの時間、約1分30秒……。そうか、これくらいでやれば良いのか」
どうやら体内時計で焼く時間を計測していたようで、今の時間がベストだと判断したらしい。
「パンケーキ作るの、初めてなのか?」
「ああ。初めての体験なんだ。だからつい、探究してみたくなった」
探究…?
料理に対して、熱心な奴だな。
「ありがとう、良い学びになった。あとは同じく1分30秒後に同じ行動をすれば、完成するはずだ」
「|大袈裟だな、おい。……だけど、8枚も失敗したら勿体なくねぇか?流石に」
「?勿体ない…?」
何の気なしに言ったつもりだったが、それに対して男は首を傾げる。
「これらは、俺が成長するために犠牲になった。その犠牲には意味がある。このおかげで、俺は大きな学びを得ることができた。それに、おまえは俺がこの8枚を犠牲にしたから、話しかけたんじゃなかったのか?」
犠牲。
その言葉を平然に、それも無感情に口にするこいつに対して、違和感を覚える。
「確かに、流石にやべぇなって思って声はかけたけど……。やっぱ、おまえ、言い方が大袈裟だな」
これ以上話していたら疲れてくると判断し、早々に話を切り上げてその場を離れようとする。
「御堂累は扱いにくい男だろ?」
まるで、そう言えば俺が足を止めるとわかっていたかのように、男は話を切り替えて問いかけてきた。
「……おまえ、あいつの知り合いか?」
「元クラスメイトだ。あまり、接点は無かったが」
元ってことは、今の内海のクラスメイトってことか。
「一応言っておくが、俺ももうあのクラスの一員じゃない。今はSクラスに所属している」
俺の思考を読むように、こっちが考えていることを訂正してきた。
そう言えば、紫苑が扱いにくい奴が移籍してきたと言っていたな。
「Sクラスか…。じゃあ、女帝様に振り回されて大変だろ?」
「いや、そうでもない。彼女からも、学ぶべき部分はたくさんある。今は充実した日々を送らせてもらっている」
酔狂な奴だな。
俺がもしもSクラスに居たら、心身ともに疲弊していた未来が容易に想像がつく。
「御堂を利用するつもりなら、あいつは自分の興味・関心のあるものにしか行動しようとしない。そのことを、頭に入れておくことだ」
「アドバイスどうも。だけど、それはうちのリーダーに伝えてやってくれ。俺はクラス競争にはノータッチなんだ」
自分のスタンスを伝えれば、男は「そう言う意味じゃない」と言ってはパンケーキをもう1度ひっくり返しては皿に盛った。
「おまえの目的に利用するなら、という話だ」
その言葉を聞いて、一瞬だけ思考が停止した。
俺がこの男に会ったのは、今日初めてだ。
それなのに……俺の目的を、知っている?
「おい、どういう意味だ―――って…あれ?」
その意味を問いかけようとした時には、そいつの姿は消えていた。
Sクラスに移籍した、謎の男……。
あいつは一体、誰なんだ?
ーーーー
景虎side
Cクラス寮の自室にて、俺は椅子に座りながら計画書に目を通す。
「ここまでは、計画通りですか?」
「ああ……ほとんどは、な」
ティターニアの問いかけに、俺は小さく返事をした。
これから先の展開を、魔女の用意した計画書に目を通しながら予想する。
「あなたが撒いた、各クラスへの変革の種はどんな風に芽を出すのでしょうか。私には、彼らが1つのクラスをかき乱す存在になり得るとは思えませんが……」
「物は考えようだってことだろ。ここに書いてあるが、俺が他のクラスに送り込んだのは……自滅因子だ」
魔女のファイルには、トレードする前のクラスメイトの情報が全て乗っていた。
それは生年月日だけではなく、それぞれの能力が何に秀で、何に劣るのか、その生徒の性質なども。
そして、第1段階として、クラストレードをする上で、どこのクラスに送り込むのが有益なのかも記載されていた。
俺は各クラスから下剋上を狙う者たちを引き抜き、逆に毒となる者を送り込んだ。
「各クラスに送り込んだのは、そのクラスと波長が合わない奴らだ。協力することで勝ちあがってきたクラスには、非協力的な奴を。独裁体制で成り立っていたクラスには、それに屈服することがない強靭な奴を。カリスマ性で先導していたクラスには、凡庸な奴を。正反対の生徒を送り込むことで、少なからず混乱が起こる」
各クラスの性質を理解した上で、その対極に居る者を投入することで調和を崩す。
そして、自分のクラスは各クラスから同士を募ることで戦力を増強する。
この状況で、各クラスに起こる変化。
このまま、変化に順応できずに陥落するのか、それとも変化に順応して進化するのか。
進化するのであれば、どのような強さに目覚めるのか。
内海の目的は、予定調和をぶっ壊すこと。
そして、その中で進化した強者を喰らい、自らを高めることにある。
その上で、目標である椿円華との決着をつける。
言わば、自分以外の強者は自らを成長させる上での経験値でしかない。
「まずは借りを返すって意味で、次のシックス・ロック・スクランブルで恭史郎を喰らう。そして、その次はBクラス、Aクラス、そしてSクラスだ。その上で、最後に椿を仕留める」
「順番に攻めるのですか。まるで、王道漫画の主人公のような展開ですね。しかし、そう簡単に事が進むでしょうか?」
俺のこれからの計画に、ティターニアが異を唱える。
「柘榴恭史郎は、暴食の大罪具『スカルグラトニー』を所持しています。借りに景虎様と勝負になった際、互いに異能を駆使することになったら……。簡単に勝利することは難しいでしょう」
「7つの大罪具って奴か…」
修業期間に、話だけは聞いたことがある。
異能具や魔装具、そして魔鎧装の基になった原初の武具。
その力は強大であり、使用者には圧倒的な力を与えると言われている。
しかし、その1つである色欲の大罪具に椿は勝利したと聞いた。
だったら、俺も勝つことができなければ、椿に近づくことはできないってことだ。
「逆に好都合だ…‼あいつに勝つためには、それぐらいの壁は超えねぇとな」
ティターニアの忠告に、逆に闘志が湧き上がる。
「焼石に水でしたね……。少しは冷静になってください。あまり遠くを見過ぎていると、足元をすくわれますよ?」
「はっ、言ってろよ」
メイドの言葉に聞く耳もたず、ファイルに目を通しながら1人の男に目が留まる。
「こいつ……」
昂っていた気持ちが、その生徒の資料を見てから冷めていく。
「空式真……ですか。彼が何か?」
ティターニアが資料を覗き見て問いかければ、俺は目尻を吊り上げる。
「こいつだけなんだよな。俺が言わなくても、自分からクラス移動した奴は」
「確か、彼はSクラスに移動したはずでは?」
「その時は、まだ俺たちはEクラスだったんだぞ?それがいきなり、俺たちと同時期に、同じやり方でクラス移動をしたんだ。気にならなねぇわけがないだろ」
俺がクラストレード作戦を行ったのは、魔女の用意した計画書があったからだ。
そして、そのトレードに必要な自滅因子として、この男の名前は無かった。
だからこそ、俺は空式に声はかけていないし、声をかけた奴には移籍する当日まで他言しないように誓約書も書かせていた。
そこまで徹底していたにも関わらず、奴は自主的に、同じやり方でクラスを移籍した。
それによって、こっちのクラスには予想外の相手が1人入ってきている。
条件としては、俺のクラスにも不協和音が流れる要素が成り立っているわけだ。
「こちらに入って来たのは、沖野伊万里……。彼女の存在が、要らぬことを起こさなければ良いのですが」
「……どうだろうな」
今のところ、その女が何か行動を起こしている様には見えない。
しかし、何故、空式とのトレードを受け入れたのかはわからない。
だからこそ、今の状況はほぼ魔女の計画通りに進んでいると言ったんだ。
空式真。
こいつは、どこまで見通した上でこんなことをしたのか。
本当に偶然なのか、それとも俺の行動を見通した上で便乗したのか。
いずれ、奴自身に確認しなきゃいけない日が来るかもしれねぇな。
だが、今集中しなきゃいけないのは、シックス・ロック・スクランブルだ。
椿に近づくためにも、今は餌となる強者との戦いに目を向ける。
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