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暴れん坊の行先

 片岡くんに(なか)ば強引に引きずられながら、期せずして冴島くんを尾行することになる。


 遠目から見ていても、彼の人を寄せ付けないオーラが伝わってくる。


 クラス内でも、彼は孤独であることを求めて人と関わることを避けている。


 僕は人間関係を構築するのがド下手なのは自覚しているけど、彼の場合は周りと関わることを放棄しているように見える。


「向かっているのは3階か……上級生に用でもあるのか?」


 階段を上がって行く冴島くんを見て、片岡くんが(いぶか)()に呟く。


「僕たちも行くの?前の特別試験の時ならともかく、上級生の所に行くのは気が引けるんだけど……」


「そんなこと言ってられないだろ。とりあえず、気づかれないように後を付けよう」


「あ、ちょっと…‼」


 そう言う片岡くんを止めることはできず、好奇心に駆られた彼は前を歩きだして階段を(あが)っていく。


 仕方なく、僕も周りを見ながら追随(ついずい)する。


 階段を上がった先、冴島くんが足を止めていたのを見て、「ストップ」と小声で静止してくる。


 そして、冴島くんの視線の先に女子生徒が居るのがわかった。


 確か前に特訓のために椿先輩を呼びに、Dクラスの教室に行った時に見たことがある人だ。


「あ、あなたは……」


 その人は冴島くんのことを見て、少し怯えたような表情になる。


 それは無理もないかもしれない。


 180センチを超える高身長で、強面(こわもて)の顔で鋭い目付きを向けられたら誰だって萎縮(いしゅく)する。


伊礼瀬奈(いれい せな)


 重低音の声で名前を呼ばれ、伊礼先輩はビクッと肩を震わせる。


「おまえに用がある。(つら)貸せよ」


 上級生だろうとお構いなく、命令口調でそういう冴島くん。


 彼にそう言われて、彼女は拒否することができずに小さく頷いては場所を変えた。



 ーーーーー



 2人が移動した先は体育館裏であり、建物の中ではバスケ部やバレー部が練習している際中だ。


 冴島くんと伊礼先輩は、対面する形で顔を見合わせている。


 その様子を、僕と片岡くんは木陰(こかげ)(しげ)みに隠れながら見守る。


「用って何…ですか?私、その……」


 用があるって言いながらも、彼は口を開かずに先輩のことをジッと見ているだけだった。


「次の特別試験、おまえがどこのブロックに所属しているかを教えろ」


 それは学園側のルールに反する提案だった。


 今回のシックス・ロック・スクランブルの説明の時に、九条先生も当日まで上級生の所属するブロックは教えられないと言っていた。


 知れるのは、同じ学年の生徒だけ。


 それを踏み越えるのは、危険な行為でしかない。


「ど、どうしてですか?あの……あなたは、一体…?」


 伊礼先輩としても何故、彼がそんなことを確認してくるのかがわからない様子だった。


 まず前提として、冴島くんが上級生である彼女に関心を示すのが不自然だ。


 伊礼先輩からの問いに、彼は答えない。


「この前の特別試験の時、あなたは私とペアを組んでくれた。あの時のことは、とても感謝しています。そして、交流会の時も、私を助けてくれた……」


 助けた…?


 って言うか、クラスでも浮いている冴島くんがペア戦をどう乗り切ったのかと思っていたけど、まさか誰かとペアを組んでいたとは思わなかった。


 てっきり、1人で挑んでいるものだと。


 それにしても、冴島くんが伊礼先輩を助けたということの方が気になる。


 基本的に他人に関心が無さそうな彼が、誰かを助けるなんて思えなかったから。


 交流会の時に、冴島くんが問題行動を起こしたことは知っている。


 だけど、それに伊礼先輩が関係していることまではわからなかった。


 このことには、そのことで彼を(とが)めた片岡くんも耳を傾けている。


「どうして、そんなに私のことを気にかけてくれるんですか?」


「・・・」


 彼女からの質問に、冴島くんが一瞬だけ目を逸らしたのを見逃さなかった。


 そして、一歩前に踏み出しては威圧的な目を向ける。


「そんなことはどうでも良い。俺の質問に答えろ、おまえの所属ブロックはどこだ?」


「それは答えちゃいけないって、先生が言っていました。答えられません」


 周りに教師が居ないとは言え、どこで誰が聞いているかもわからない。


 何なら、聞いた人が学園側に告げ口することをだってあり得る。


 ルール違反によって、試験が始まる前にペナルティがあるかもわからない。


 自分の身を守るために、ルールを遵守(じゅんしゅ)しようとするのは当然の話だ。


 彼からのプレッシャーに圧されながらも、伊礼先輩の意志は揺るがない。


 すると、冴島くんは小さく溜め息をついては下から手を前に出す。


「スマホを出せ。そうすれば解決だ」


 口を割らせることを諦め、スマホを見て確認する作戦に切り替えた。


「嫌です!どうして、あなたの言う通りにしなきゃいけないんですか!?」


 2人の会話は平行線であり、どちらも引こうとしない。


 彼女の身体は震えているが、恐怖に屈することなく冴島くんを見上げる。


 そして、その状態で沈黙すること20秒。


 状況が膠着(こうちゃく)していると、段々と伊礼先輩の目尻に涙が溜まっていく。


「本当に、あなたは……私の何なんですか…!?」


 涙目になっている彼女を見て、冴島くんは小さく目を見開く。


「俺は―――」


 震えた声で彼が何かを言おうとした時だった。


「あああぁー‼瀬奈っち、こんな所に居たあぁー‼」


 遠くから大きな声が聞こえ、物陰に隠れていた僕らも含めてその方向に目が行った。


 ダダダダッ!とギャグ漫画の効果音のような足跡と共に、砂煙を立てながら茶髪の女子生徒が駆け寄っては伊礼先輩の前に立つ。


「ちょっとぉ!うちの瀬奈っちに何をガン飛ばしてんのぉー!?泣きそうになってるじゃん‼」


 ガルルルルっと獣のように唸りながら、冴島くんの威圧感に物怖じせずに睨みつけてらっしゃる。


「く、久実ちゃん、私は大丈夫だから。その…ね?少し落ち着こうよ」


 眼鏡を外して涙を拭きながら、伊礼先輩は彼女を(なだ)める。


 そう言えば、こんな感じに無駄にテンションが高い人が椿先輩のクラスに居たような……。


新森久美あらもり くみか」


 冴島くんが、ボソッと彼女の名前を呟く。


「んぁ?何でうちの名前を知ってんの?」


 新森先輩は怪訝な顔で首を傾げる。


「……」


 答える気は無いというように、冴島くんは口をつぐむ。


 それに対して納得していない様子だったが、新森先輩は伊礼先輩を守るように両手を広げる。


「とにかく!うちの友達を泣かせる奴は、承知しないぞ!おととい来やがれ!」


 彼女を守ろうとする新森先輩を前に、彼は興醒(きょうざ)めと言わんばかりに(きびす)を返して離れて行った。


「あ、おい!逃げんのか!?」


「あぁ?おまえがおとといきやがれって言ったんだろ?言われた通りにしてやってんだよ」


 2人から離れながらも、冴島くんは1度足を止めて横顔を向ける。


「俺の所属ブロックはイエローだ。同じブロックだったら、真っ先におまえのグループと戦うつもりだ。覚悟しとけ」


 それだけ言い残し、彼は行ってしまった。


 結局、冴島くんが何をしたかったのかは実際のところはわからなかった。


 最後にやったことは、宣戦布告に近い。


 それでも、最後に彼が伊礼先輩に向けた目は、どこか優しだったような気がした。


「チャンスは、今しかないな」


「え、今ぁ!?」


 この展開を見て、片岡くんが行動を起こした。


 先輩2人から気づかれないように移動し、僕らは冴島くんを追いかける。


 そして、彼の背中を捉えては声をかけた。


「おい、冴島」


 片岡くんから名前を呼ばれ、足を止める冴島くん。


 そして、振り向いては鋭い目付きを向けてくる。


「何の用だぁ?ゴキブリども」


 先程まで伊礼先輩たちに向けていたものよりも強い、暴れん坊のオーラを放っている。


 言葉を1つでも間違えれば、暴動に発展しそうな空気だ。


「この前、おまえを咎めたこと……謝る。悪かった」


 意外にも片岡くんが謝れば、冴島は眉をひそめる。


「さっきから、コバエがうぜぇと思っていたが……おまえらだったのか」


 彼からしたら、聞かれたくない内容だっただろう。


 だからこそ、盗み聞きをしていた僕らに険しい顔を向ける。


「周りはおまえのことを、交流会で暴れた愚か者だと思っている。だけど、真実は違ったんだろ?伊礼先輩を助けるために、あんなことをしていたのか?」


「……知るかよ。あれは勝手に、あの女がそう解釈しただけだ。目障(めざわ)りな奴が居たから、潰そうとしただけだ」


 いつもの調子でぶっきらぼうに話す冴島くんだけど、片岡くんと目を合わせようとはしない。


 それが本心からの一言だとは、僕には思えなかった。


「どうして、彼女に本当のことを伝えてあげないの?」


 気持ちがそのまま、恐怖心などを置き去りにして口から吐き出された。


「君は伊礼先輩のことを、大切に想ってるんでしょ?だから、次の特別試験でも、あの人のことを助けたいと思っている。所属ブロックを聞こうとしたのだって、そのために―――んぐっ‼」


 気づいた時には、僕は冴島くんに胸倉を掴まれていた。


 片岡くんですら、制止できないほどの速さで。


 圧倒的な身長差と筋力から、両手の力だけで持ち上げられている。


 そして、顔を近づかれ、鬼の形相が視界に入る。


「わかったような口をきいてんなよ、ゴキブリ野郎がぁ…‼」


 この時、身体は不思議と萎縮しなかった。


 感じたのは、恐怖じゃない。


 身体は良い感じに力が抜けており、向けられるのは殺意にも近い怒り。


 それをひしひしと感じながら、僕は彼と目を合わせて言った。


「そのゴキブリ野郎に見透かされてんだよ、この臆病者(おくびょうもの)のウサギ野郎…‼」


 まるで、自分が自分じゃないような感覚だった。


 身体の内側から、何かに突き動かされているようだった。


 互いに目を合わせながら、罵倒したのは一言ずつだけ。


 そして、僕に「臆病者」と言われた彼の肩が、小さくビクッと震えたのがわかる。


「っ、まさか、おまえに言われるとはな」


 舌打ちをしながらも、彼はゆっくりと腕をろしては手を離してくれた。


 そして、そのまま僕と目を合わせたまま瞳を覗き込んでくる。


「おい、ゴキブリ……いや、真咲って言ったか?」


 クラスメイトなのに、ここに来て名前を確認してくる。


 それほどまでに、周りに対して関心が無かったのだろう。


 僕は何度もコクコクと頷く。


「おまえ、本気で俺と組むつもりか?」


 その問いかけに、僕は思わず片岡くんと顔を合わせる。


「気づいてないとでも思ったのか?おまえらの声がバカみたいにデカかったから、嫌でも耳に入ってきてたんだよ」


 あぁ~、さっきの話、ずっと聞かれてたんだ。


 ・・・。


 それなのに、ずっと教室に居たの!?


 心の中で疑問に思っていると、片岡くんがボソッと呟く。


「もしかして、話しかけられるのをずっと待ってたのか?」


「あぁ!?そんなわけねぇだろうが、ぶっ殺すぞぉ!?」


 そう言いつつ、若干動揺しているように見えるのは気のせいだろうか。


「えーっと……良かったらぁ、組んでほしいなぁ~って希望的観測をぉ…」


「組むのか、組まねぇのか!ハッキリしろ、ゴキブリぃ‼」


「ひいぃ‼ご、ごめんなさいぃ~‼」


 背筋をピンっと伸ばしながら、震える手を前に差し出す。


「さ、冴島憧胡くん。次のシックス・ロック・スクランブルで、僕とグループを組んでください。お願いします‼」


 最後に頭を下げながらお願いすれば、彼はその手を取らずに見下ろしてくる。


「……腰が引けてんな。遂さっき、俺をウサギ呼ばわりした野郎にはとても見えねぇぜ」


「そ、それについても……ごめんなさい」


 癖で謝ると、冴島くんは「はああぁ~」っと深い溜め息をついては、パンっと僕の手の平を叩いてきた。


「足引っ張ったら蹴り飛ばす。それだけは覚えとけ、ゴキブリ」


 そう言って、彼は足早に僕らから離れて行った。


「・・・」


「・・・」


 僕と片岡くんは、互いに冴島くんの背中を見た後に顔を見合わせる。


「これって……僕と組んでくれるってことで、合ってる?」


「そう言うニュアンスだったよな、どう見ても」


 2人で互いの認識を確認した後、同時に安堵の息を吐いたのだった。


「それにしても、おまえ……あの冴島のことを臆病者だの、ウサギだのって。あんなこと言える根性あったんだな」


 片岡君が驚くのも無理はない。


 何故なら、さっきの暴言は自分でも信じられなかったから。


 あんなこと、今まで言ったことは無かった。


 自分が自分じゃないような感覚だった。


 一体、あの一瞬……僕に何が起きたのだろうか。

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