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視覚化するもの

 空雅side



 1年生として迎えた、2度目の合同特別試験。


 ホームルームの時間に、担任の九条先生から説明を受けた時、僕は頭を抱えた。


 また、誰かと組まなきゃいけないの!?


 この学園は、どうしても協調性とか、コミュ力とかを求めてくる特徴があるらしい。


 この前は上級生とのペア戦で、今度は同級生と、しかも3人グループを作らなきゃいけないって?


 中間試験が終わって、6月の初めになっても友達0の僕には鬼畜過ぎるんですけど‼


 放課後になり、重たい溜め息をついていると隣の席からジロっと鋭い視線を向けられた。


「あなたと言う人は、またネガティブ思考からの溜め息ですか?」


「ご、ごめん!セレーナさん」


 反射で謝罪すると、セレーナさんは「全く…」と呆れたような口調になる。


「今日だけで合計54回だな」


 前の席から、回数を口にする声がした。


「えっ……そんなに?」


 聞き返すと、目の前に座る片岡泰時(かたおか やすとき)くんが振り返る。


「溜め息には瘴気(しょうき)が宿ると言われている。真ん前に座る俺からしたら、とばっちりを受けるからいい迷惑だ」


「ほ、本当にすいませんっ…‼」


 ゴンっと机に額を勢いよく押し付けながら謝る僕を見て、前と隣から白い目を向けられる。


 セレーナさん(しか)り、片岡くん然り、なんで僕の周りには鋭くも恐いオーラを放つ人しか居ないんだ。


 正直、入学してから自分から声をかけられたクラスメイトなんて居ない。


 精々、グループワークとか体育の時間で気まぐれに話しかけてくれた人……大抵は前に挙げた2人としか会話はしていない。


 2人組になる時も、大抵は片岡くんが多い。


 そんな彼が僕を選ぶ理由は友人だと思っているからというわけではなく「人畜無害そうで、俺の邪魔をしないから」と言う情けない理由だ。


 何なら、出席確認の時に九条先生から名前を呼ばれた時に返事した後は、放課後まで一言もしゃべらないことだってある。


 こんな僕とグループを組んでくれる人なんて、このクラスはおろか、他のクラスに人でも全く想いつかない。


「そんなことで大丈夫なのか?さっきブロックの所属について通知が届いたが、俺のブロックにおまえの名前は無かったぞ?」


「一応、情けなく(すが)りつかれるのも嫌なので私も言っておきますが、私のブロックにもあなたの名前はありませんでしたね」


「うん。じゃあ、僕はぼっち確定だね‼お疲れ様でした‼」


 涙目で嘆いていると、2人からは哀れみを込めた目を向けられた。


「2人は良いよね!?SASも高いから、誰からも声かけられるもんね!?僕なんて、コミュ力も無ければ、評価だってそんなにだし!?精々、余りものとして最後まで残るのがオチだよぉ‼」


 自分で言ってて情けなくなるけど、それに対して「そんなことない」なんて慰めの言葉をかけてくれる人は居なかった。


 片岡くんが呆れたように鼻から息を吐いた後、椅子に頬杖をつく。


「ちなみに、おまえの所属はどこなんだ?一応、知り合い伝手(づて)で気には止めといてやる」


 まさかの助け船に、バッと顔を上げて目を輝かせる。


「片岡くん!君ってもしかして良い人だったの!?」


「もしかしてって何だよ。俺だって、鬼じゃない」


 確か、片岡くんの所属している部活は剣道だ。


 だったら、身体能力の面で頼れる人が居るかも‼


 彼から「ほれ、スマホ」と渡すように促されたため、「ははぁ」と両手で献上するように手渡す。


 何の気なしに画面をスクロールして、僕の所属ブロックの一覧を見ていた片岡くんは途中で指を止めて険しい顔になる。


「これは賭けになるかもな……」


「か、賭け…?」


 気になった一言を復唱すれば、彼は無言でスマホを見せてくる。


「まさか、おまえのブロックにあいつが居るとは思わなかった。幸か不幸かは、わからないけど」


 そう言って、片岡くんの視線は一番後ろの席に移った。


 その相手は冴島憧胡(さえじま どうご)


 このクラス屈指の問題児兼暴れん坊。


 シンプルに言えば、不良。


「……僕、泣いて良い?」


 そう言う前に、目尻には既に涙が浮かんでいた。


「いや、これは逆にチャンスかもしれないぞ」


 片岡くんは自身の顎を触り、神妙な面持ちになる。


「要するに、この試験は3回勝ち続ければ終了だ。だったら、内容はわからなくても、求められる能力が高い奴と組んだ方が有利なのは間違いない」


 他人事と思って冷静に分析すれば、確かに冴島くんは一緒のグループになれば心強いのは理解できる。


 彼のSASは身体能力の面で評価はAとなっている。


 試されるのが統率力、身体能力、洞察力の3つなら、その中の1つを補える彼の存在は大きい。


 ただ、1つだけ大きな問題がある……。


「あなたが彼と組む利点はあっても、向こうがあなたと組む利点があるのでしょうか。変な提案をしたら、試験が始まる前に痛めつけられるかもしれませんね」


「やっぱり、そこが問題だよねぇ」


 冴島くんの周りに人は居らず、もはや腫れ物のように扱われている。


 不用意に声をかければ、返ってくるのは暴言と鉄拳制裁(てっけんせいさい)


 彼と真面に言葉を交わせるのなんて、このクラスだと目の前に居る片岡くん以外には思いつかない。


 何だったら、片岡くんと冴島くんが話をしている所を見ると冷や冷やする。


 一触即発しそうな空気になって、いつ喧嘩が勃発するかわからないから。


「まっ、無策で声をかけたら、おまえの顔が()れるのは目に見えてるわな」


 片岡くんが容赦なくあり得そうな未来予想を話したのを聞き、アハハハっと苦笑いしかできなかった。


「要するに、あいつがおまえと組むことに対して利を感じれば良いんだ。やることは、この前のペア戦と一緒だな」


 彼は一緒と言うけど、実は決定的な違いがある。


 この前のペア戦は、セレーナさんの存在が大きかった。


 椿先輩との間を取り持ってくれたのは彼女だったし、先輩が僕とペアを組んでくれた条件だって、彼女が最上先輩と組むことが前提だった。


 要するに、僕の力じゃない。


「せめて、冴島くんに話しかける取っ掛かりがあればなぁ……」


 ないものねだりだと思っていても、そんなことを呟いてしまう。


「周りに人を寄せ付けない、孤独を絵に描いたような奴だぞ?世間話で趣味を聞いたって真面に答えるとは思えないな」


 攻略対象は難攻不落。


 そんなことは、言われなくてもわかっている。


 だとしたら、他の人で妥協すべきなのか……。


『それは怠惰な選択ね』


 まるで耳元で囁かれたかのように、女性の声が聞こえては「えっ」と声が出て隣を見る。


 しかし、隣に座るのは吉間勇人(きちま ゆうと)という男子だ。


「どうした、真咲?」


「窓の外でも見て、現実逃避ですか?」


 片岡くんとセレーナさんが、怪訝な目を向けてくる。


 どうやら、2人には何も聞こえていなかったみたいだ。


「いや…あの……アハハッ、不安過ぎてメンタルに来てるのかな。ちょっと、ボーっとしてたみたい、ごめん」


 笑って誤魔化すと「おまえなぁ…」と呆れた目を向けられた。


 今のは幻聴(げんちょう)


 いや、それにしてははっきりと耳に…いや、頭に染みわたるように声が反響した。


 それにあの声は、いつか見た夢の……。


 怠惰な選択。


 怠惰って……確か、なまけるってことだよな。


 ここで妥協したら、僕は自分が生き残るための選択を(おこた)ることになる。


 この学園で、そんな甘えが通じるだろうか。


 いや、そんなことはあり得ない。


 実際、あのペア戦で1年生でも容赦なく退学した人が居た。


 僕は自分が強い人間でも、何か才能があるわけでもないことを知っている。


 だからこそ、生き残るための(すべ)を捜さなきゃいけない。


 何の才能も力も無いからこそ、()()()()を怠ったらいけない。


 それを僕は、椿先輩との特訓で思い知った。


 僕の目には、あの人が輝いているように視えた。


 その輝きはいろんな色が混ざりあっていて、それぞれの色が危うい均衡を保ちながら光っていた。


 学力、身体能力、洞察力、思考力。


 どれをとっても、あの人の実力は僕なんかとは比べものにならない程に(ひい)でていた。


 そんな人と共に戦ったからこそ、視えるものがある。


 人よりも秀でた実力がある者には、その人から発せられるオーラがあるんだ。


 それは目の前の片岡くんや、隣に居るセレーナさんも例外じゃない。


 そして、恐怖を押し殺しながら冴島くんの方を振り向けば、彼もオーラを(まと)っているのがわかる。


 これは僕が、椿先輩のおかげでレベルアップしたから視覚化できたのかはわからない。


 だけど、この目に視えるものは錯覚じゃないと思えるんだ。


 断言する、僕が今回の試験で生き残るためには冴島憧胡の力が必要だ。


「そんな熱い視線を送っても、あいつに気持ちは届かないぞー?」


「わ、わかってるよ……。賭けでも何でも、僕には彼の力が必要なことも……ね」


 求めるものは大きく、昇るべき壁は分厚い。


 どうしたら、それを乗り越えることができるのか……。


 堂々巡りになっていると、セレーナさんがパタンっと読んでいた本を閉じる。


「ここでウジウジと考えるよりも、殴られることを覚悟して話しかければ良いじゃないですか。日本には、当たって砕けろという言葉があると聞きました」


「砕けるどころか、粉微塵(こなみじん)になりそうだけどね!?」


 涙目で訴えつつも、彼女は席を立って僕らから離れる。


「それじゃ、私はこれで帰らせてもらいます。あとは頑張ってくださいね、真咲くん」


「え、あ、うん……さようなら」


 セレーナさんが離れて行くと、片岡くんは(いぶか)な顔を浮かべる。


「あの米国女、おまえには名前呼んでたな。俺は無視かよ、腹立つ」


「そ、そう言うことじゃないと思うよ?僕が情けなすぎるから、心配してくれただけじゃないかな」


 自分で言ってて悲しくなっていると、彼女から目を離した片岡くんが肘で小突いてきた。


「おい、あいつも席を立ったぞ」


 彼の視線の先で、冴島くんが席から立つのがわかった。


 そして、ポケットに両手を入れて教室を出て行く。


「あっ……行っちゃった」


「行っちゃったじゃねぇだろ!?追いかけろよ」


「ええぇ~~~」


 正直、理性と恐怖心がせめぎ合っていて身体が動かない。


「だぁ~もうっ!俺も一緒に行ってやるから!行くぞぉ‼」


 はっきりしない僕に、しびれを切らした片岡くんが腕を掴んでくる。


 そして、そのまま強引に教室から連れ出され、冴島くんを追いかけることになった。

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